表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/25

【回想】美緒

幼い頃の記憶は、なぜだかいつも曇っていた。


それは本当にあった日々なのに、

まるで霧の中に閉じ込められたように、色も音も輪郭もぼやけている。


唯一、はっきりと覚えているのは――

父と母の手のぬくもり。

それが、あまりにも短い時間だったということ。


美緒が六歳のとき、両親が亡くなった。

代わりにやって来たのは、涙を堪えた祖母だった。


「……ご両親は、もう戻らないのよ」


そう言われても、何が起きたのか理解できなかった。

美緒は声をあげずに泣いた。


祖母は優しかったが、もう年老いていて、すぐに体を壊した。


そこから美緒は「誰かの都合」で動かされる人生を歩き始めた。


親戚は誰も引き取りを望まず、

「かわいそうねえ」と言いながら、美緒を次々に他の家へと送った。


「いい子にしてなさいね」

「ほら、お荷物にならないように」

「おばさんの言うこと、ちゃんと聞いてね」


ひとつの家に長く留まれない。

名前を呼ばれることは、少なかった。

代わりに、“あの子”と呼ばれることが増えていった。


いつしか、美緒は誰かに期待するのをやめた。

「よそ者」として扱われることに、慣れていった。


誰かの家の片隅で、居場所を探すことに疲れた頃、

美緒は児童養護施設に送られた。


そこでは、同じように家のない子どもたちが暮らしていた。

施設は清潔で、職員はきちんと対応してくれたし、学校にも通えた。


でも――誰もが、自分の孤独を他人に預けることをしなかった。


人の距離に、慣れすぎていた。

「頼っていいよ」と言われても、それを信じる術を、美緒は知らなかった。


――誰かに必要とされたい。

――心のどこかで、誰かを、待っている。

そんな思いだけが、歳月と共に胸の奥で膨らんでいった。


美緒は努力した。

勉強をし、部活をし、バイトをし、誰よりも「真面目で優等生」であり続けた。

それが、生き残るための唯一の武器だったから。


誰かに「頑張っているね」と言われることで、

ようやく自分が存在しているように思えた。


だけど、夜になると、どうしようもなく孤独だった。

部屋の隅に膝を抱え、誰にも聞こえぬように泣いた夜は数えきれない。


大学に進学できたのは、奨学金と努力のおかげだった。

だけど、心の底にある空洞は、何年経っても埋まらなかった。


誰かの横に立つことを、夢見てはいけないと思っていた。

誰かに「大切だ」と言われたら、それは幻だと信じ込もうとしていた。


――そんな彼女の心に、蓮翔の声が、触れた。


「ようやく……お前に、会えた……」


「好きだ……ミオ……」


その瞬間、美緒の中で何かが壊れた。

そして、同時に――はじめて、心の奥が温かくなった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ