それは草原を舞う蝶のように
1話完結の読み切りです。
もしかしたら後日別の作品のデートシーンとして参考にするかもです。
俺は草野 茂。高校2年生。
文武両道、成績普通。まぁつまり文も武も特別秀でている訳ではないってことだ。
身長も165センチなので男子としては低め。顔は、多分それなりだと思う。
性格は真面目に能天気。友人からは「風になびく草原みたいな奴」と言われている。
季節は初夏。
日中は長袖だとちょっと汗ばむかなってくらいの陽気だ。
そして俺にとって今日は決戦の日である。
「あれ、お兄ちゃん今日ってデートだったんじゃないの?」
「ああそうだよ」
「なんかいつもと変わらなくない?」
「俺がお洒落してたら変だろ?」
「それはそうだけどさぁ」
朝食を食べた後、準備を終えて居間に顔を出せば妹から何とも言えない顔をされた。
デートなんだから勝負服じゃなくて良いの?って事らしいがそんな服は持ってない。
これでも一応身だしなみは整えてあるのだ。
それに今日のコンセプトはむしろそういった特別仕様にしないことだったりする。
「まぁともかく行ってくるよ」
「は~い。残念会の準備して待ってるね」
「せんでいい。せんでいい」
失礼なことを言う妹を適当にあしらって家を出た俺は待ち合わせ場所へと向かった。
そして待つことしばし。
通りの向こうからやってきた少女に俺は軽く手を振った。
「やっおはよう花園さん。早いね」
「おはよう。って、私より先に来てる人に早いとか言われても困るんだけど。
一体いつからここに居たの?」
「僕もついさっき来たところだよ」
「あからさまな嘘ね」
まぁこういうのは決まり文句みたいなものだ。
現在時刻は10:28。
待ち合わせは11時だったからまだ30分前。十分過ぎる程早いと思う。
ちなみに俺が家を出たのは9時過ぎで、家からここまで15分。
つまりそういうことだ。
そんなことよりもだ。
「今日の花園さんは清楚なお嬢様って感じですごく綺麗だね」
「ありがとう。そういう草野くんは、えっと、なんというかいつも通りね」
やはり待ち合わせ場所で合流したら最初は相手の見た目を褒めるもの。
ということで実践してみたんだけど、返答に困らせてしまった。
代わりに質問が飛んでくる。
「ちなみに普段の私はどう見えてたのかしら」
「お淑やかに見えて実はドジっ子、かな」
「ドジっ子って。私そんなにドジじゃないんだけど」
「えっでも先月も……」
「あ、あれは忘れてって言ったでしょ。
どうしてあなたにはそういう場面ばかり見られるのかしら」
俺の言葉に慌てている彼女は花園 揚羽さん。
通称、高嶺の花園。
両親が大企業の幹部という噂で、普段の振る舞いも清楚で成績優秀、文武両道(こちらは本物)。
絵に描いたような優等生お嬢様だ。
人当たりも良いので男女問わず友人も多く、男子からの告白も頻繁に受けている。
なお告白の返事は一貫して「既に心に決めた人がいますので」らしい。
それが誰なのかは謎である。親が決めた許婚がいるのではないかというのが専らの噂。
そんな花園さんと半年ほど前に偶然話す機会があった俺は、以来ちょくちょく行動を共にしている。
お陰で周囲の人間から例の心に決めた人が俺なんじゃないか、なんて言われた事もあったけど、決まってすぐに「あんな平凡な奴のはずがない」みたいに否定された。
まあ確かに俺は見た目も学業成績も平凡と言って差し支えないので反論することもない。
ただそれはあくまで周囲の評価だ。
花園さんからどうこう言われた訳ではないし、今日だってお出かけに誘ったらOKして貰えるくらいには良好な関係を築けている。
「じゃあ予定より早いけど行こうか」
「ええ」
のんびりと歩き出しつつ俺は右手を差し出した。
「その大きい荷物は俺が持つよ」
「ならお願いしようかな」
花園さんは左に肩掛けの小さいバッグを、右手に大きいバッグを持っていたので片方を受け取る。
なお小さいほうはノータッチ。恐らく財布を始めあまり他人には預けたくないものが入ってるだろうし触れないのが吉だ。
「それで、今日って何かイベントとかあるの?」
「いや、特にないと思う。調べたりはしてないから行ってみたら何かやってるかもだけど」
「じゃあ本当にただのお出かけなのね」
「そ。良い天気だし」
どこか気の抜けた感じで話す花園さん。
まあ普通デートっていうともっと気合を入れて遊園地だとか映画館だとか特別なアトラクションに行くのが一般的だろう。
しかし今日の行き先はここから徒歩20分ほど行ったところにある自然公園。イベントなし。
だけど別に騙した訳ではない。
3日前に誘った時の誘い文句だって「今度の土曜日って暇? なら近所の自然公園に出かけないか? ふたりで」だ。
なお雨が降ったら電車に乗って水族館でも行こうかなと考えていた。
そっちのほうがデートっぽいかも。
そしてそう誘って「じゃあお弁当作っていくわね」と二つ返事で受けてくれたのも花園さんだ。
つまりさっき預かった荷物はお弁当と思われる。
あと先ほど気が抜けたと言ったけど、それは別にガッカリしたと言う訳ではなく、変に身構えていた所が取れて普段通りになったと表現した方がいいだろう。
ともかく無事に自然公園に到着。
「のんびり行こうか」
「そうね」
天気は快晴。季節は初夏。
穏やかに風も吹いているのでそこまで汗も気にならない。
公園の芝生は青々と茂っていて、休日ということもあり家族連れやペットを連れた人がちらほらといる。
「花園さんは飼うとしたら犬派?猫派?」
「犬ね。出来れば部屋の中でも飼える子がいいわ。
草野くんは?」
「俺も犬かな。ただ小型犬も良いけどモフモフの大型犬も捨てがたい」
「その気持ちはよく分かるわ」
などと世間話をしながらゆったりと園内を練り歩き、途中自販機で飲み物を買う。
特別何か運動をするでもなく、珍しいお店に寄って行くでもなく。
おそらく周囲の人にアンケートを取れば、ほとんどの人がデートとは思わないと答えるだろう。
そんなまるで休日の余暇を過ごす老夫婦のような時間をゆったりと過ごす。
普通に考えれば若い女性が喜ぶ要素は何もない。むしろ怒って帰ってしまうだろう。
だけど花園さんは変わらず笑顔で俺の隣を歩いてくれていた。
「少し早いけどお昼にしようか」
「は~い」
いい感じの空き地を見つけたので、そこに用意しておいたレジャーシートを敷いて靴を脱いで上がる。
「おっ、ちゃんとシートは持ってきてるのね」
「ベンチに座るって手もあったけど、こっちの方が気分出るかなと思って用意しておいた」
何の気分かはさておき、花園さんが作ってきてくれたお弁当を広げる。
お弁当の中身は俵おにぎりを始め、大体が1口で食べられるサイズのものだ。
ただ重箱3段ってなかなかに気合が入ってる。
「すごい豪華だ。これって用意するの結構大変だったんじゃない?」
「下拵えは昨夜のうちに済ませてたしそんなでもないのよ」
「出た。料理できる人の大したことないよ発言」
きっとこのお弁当を作るには俺には想像もできない手間暇がかかっているものと思われる。
そもそも下拵えとか昨夜のうちにとか、それはプロの料理人がすることではなかろうか。
「草野くんは料理できないんだっけ」
「出来るけど、いわゆる男の手料理ってやつ。
見た目気にしないし、味付け大雑把だから人前に出すのは憚られるかな」
「え~でも一度食べてみたいな」
「じゃあ今度うちに遊びに来た時に披露するけど、文句は言わないように」
「よっぽどじゃない限り大丈夫よ」
「うん。まぁとりあえずは今目の前にあるお弁当をいただきますか。
まずは王道の卵焼きから。あーん。もぐもぐ……」
「じーーっ」
「うん、美味しいね。甘さの加減とか俺好みかも」
「ほっ」
俺の感想を聞いて胸をなでおろす花園さん。
彼女のことだから味見はしてただろうし、そんなに心配することないのに。
そう思っていたら何か思いついたのかムフッと笑うのが見えた。
「今日のこれってデートなのよね?」
「うんそのつもり」
「ならもっとデートらしいことをしましょうか」
お弁当を広げた状態でデートらしい事と言えばあれしかないだろう。
「よし。じゃあ俺から、はい、あーん」
「って、私がされる方なの!?」
「早い者勝ちだ。ほら、あーん」
「ぐぬぬ」
「ぐぬぬじゃなくて、あーん」
「……あ、あーん」
顔を赤くしながらも俺の差し出したミートボールを食べる花園さん。可愛い。
その姿を間近で見れるのはなるほどデート様々だ。
「おいしい?」
「(こくこく)って私が作ったんだから当然じゃない。
じゃあ次は私のターンよ。
はい、あーん」
「あーん。もぐもぐ。うん、美味しいね」
「ってもうちょっと恥じらいなさいよ!」
「あはははっ」
こういうのって堂々としてる方が楽なんだけど怒られてしまった。
ちなみに俺が平気なのは妹で慣れてるから。
あいつもよく「一口ちょうだい」って言って俺の食ってる団子とか強請ってくるから耐性が付いてたりする。
その後も交互に食べさせあったりして無事に完食。
結構量があるかなって思ったけど何とかなるもんだ。
「ごちそうさまでした」
「お粗末様です」
食後は用意されていたお茶を飲みつつ並んでまったり。
遠くでボール遊びをしている子供たちを眺めながら食休みだ。
そうしてのんびりしていた所で花園さんが俺を横目で見ながら聞いてきた。
「ねぇ」
「ん?」
「理由を聞いてもいいのかな」
言葉足らずな疑問文。
でも花園さんが言いたいことは分かった。
今日のデートはどうしてこうデートらしくない感じなのかってことだ。
「そうだなぁ。ちょっとした確認って言えばいいのかな」
「ふむ」
「俺ってさ。結構普通でしょ?」
「ううん」
「いやそこは頷いておいてもらって。
まぁ俺なりに普通なんだ。運動が得意なわけでもないし、面白い趣味や特技があるわけでもない。
だからデートだからって言ってお洒落してデートスポットに行ってってすると、その時だけは楽しいかもしれないけど普段とのギャップが大きくなる。
吊り橋効果やお酒の勢いで出来た関係は夢から醒めるようにすぐ無くなるっていうけど、それと同じでさ。
そうじゃなくて、花園さんがありのままの俺と、俺と一緒にいる時間を受け入れて貰えるのかどうか。
それを確認したかったんだ」
だから特別な一張羅ではなく普段着。
行き先は遊園地じゃなくて自然公園。
やることも日常の延長。
そして。その先の提案も当たり前のような口調で続ける。
「こんな俺で良かったら付き合ってほしいんだけど、どうかな」
俺の言葉を聞いても花園さんは前を向いたまま。
表情だって特に変わった様子はない。
視線の先ではボールを取り損ねた子供が慌てて追いかけていくのが見える。
まぁここには車も走ってないし、すぐに追いついたから何も問題はない。
そして「いくぞ~」なんて言いながら遊びを再開していた。
5分か10分か。実際には1、2分だったのかもしれないけど。
花園さんはようやくこっちを向いてくれた。
「それってつまり」
そこで言葉を切った花園さんは、ちょっぴりいたずらっ子のような笑顔を浮かべた。
「今日みたいなお散歩をいつでも誘って良いし、特に用もないけど一緒に居ても良いってことかな?」
「うん、そういうことだね」
「そっか~」
よっと掛け声と共に立ち上がった花園さんはくるりと振り向いて俺の正面に立った。
「私ね。今の学校生活に1つ大きな不満があるの。
クラスメイトや他の私を持て囃してくる人たちってほとんど私の容姿と親の財力にしか興味がないのよ。
言い寄ってくる男子は例外なく下心だしね。
それでいて私の行動にあれこれ口出ししてきて『花園さんがそれをするのは似合わない』とか『一緒にいる人は良く考えた方がいい』とか。
その最たるものが草野くんについてよ。
まったく何様のつもりなのかしら。
草野くんは唯一、素の私を見て一緒に居たいって言ってくれる男子なのにね」
唯一。まぁ男子の中ではそうかもしれない。
女子なら2人ほどちゃんと花園さんのことを見てくれて、俺とも分け隔てなく接してくれる人がいる。
言い換えると全体の1%くらいってことだな。
「だから今後は堂々と一緒に居られるのはすごく嬉しいかな」
「それじゃあ」
「ええ。これからよろしくね」
俺も立ち上がって彼女と握手を交わす。
それからレジャーシートを仕舞ってデート再開だ。
ただ午前中と違って俺の左手は彼女の右手と繋がっていた。
「そういえば例の断り文句の『心に決めた人』っていうのは誰のことだったんだ?」
「あぁあれね。
8歳の時にいじめっ子から助けてくれた男の子が居たの。
彼が居なかったら私はもっと根暗な性格になってたと思うし恩人みたいなものかな。
といってももう顔も覚えてないし名前も分からないんだけどね」
「そっか」
その男子に少し嫉妬しつつ、でも彼女を助けてくれたことに心の中で感謝した。
個人的にはこういうほのぼのとしたデートが理想です。
これで一緒に居て心が休まる人と思われるか、つまらない人と思われるか。
本作、情熱が沸いてから描き終えるまで1週間も掛かってしまいました。
やはり恋愛ものは苦手です。
出会いから描いてたらここに辿り着くまで多分半年はかかってたと思います。