この物語は打ち切りです
打ち切り。この言葉には不思議な重みがある。漫画、小説、雑誌……いずれも続いていたものが、突如として断ち切られる運命を暗示する響きだ。耳にすると、まるで処刑宣告を受けたような感覚に襲われる。ただ、この衝撃は作者だけのものではない。読者、愛好家、そして……私にとってもだ。
今朝、いつものようにコーヒーを淹れ、新聞を開いた私は、思わず口に含んだコーヒーを吹き出しそうになった。そこには、ありえない見出しが踊っていた。
【この物語は打ち切りです】
一瞬、頭の中が真っ白になり、次に笑いが込み上げてきた。ああ、笑うしかない。ついにこの日が来てしまったのだ。
この物語とは、“この物語”だ。私が端役として生まれ、過ごしてきたこの世界のことだ。
主人公は他にいる。彼、あるいは彼女は、こうしている今もどこかで冒険を続けているのだろう。信頼できる仲間や手強いライバル、劇的な運命が与えられ、世界の中心で輝いているはずだ。
一方で、私のような端役はただ背景の一部として存在し、退屈な日々を送っている。
それでも、この物語は私たちにとって唯一の現実だった。それが今、突然終わりを迎えようとしている。
それなのに……笑える。これから何をどうすればいいのかわからない。きっと、もうあまり時間は残されていない。時計はすでに止まっている。世界の終焉は前もって知らせてほしいものだ。いや、知らされていたとしても、打ち切りを阻止するために私にできることは何もないのだけれど。なぜなら、私は主人公ではないのだから……。
私は考えるのをやめて、外に出てみた。
街の様子は、意外なほど静かだった。もちろん、人々の中には何かしようと奔走していたり、嘆く者もいたが、多くは潔くあきらめているようだった。もともと端役として生まれただけあって、受け入れるのも早いのかもしれない。
今頃、主人公たちはどうしているのだろう。隠れて怯えているのだろうか。それとも、「お前が不甲斐ないせいだ!」と、喧嘩でもしているのだろうか。
いや、きっと彼らは打ち切られることを知らないのだ。彼らは無意識に、自分が物語の中心であり、結末を左右する存在だと信じている。もし仮に彼らが真実を知ったら、この物語はまともな終わりを迎えることができないだろう。彼らは物語が打ち切られたあとも気づかないに違いない。自分たちの戦いが、人生がまだまだこれからも続くと思っているのだ。
なんとも皮肉な話じゃないか。彼らの動向に振り回され、不利益を被っても文句を言わずに消えていく消耗品。踏まれた影ほども関心を持たれていない存在である端役の私たちが、真実を知っているなんて!
「……打ち切り、か。ふふっ」
私は思わず道の真ん中で笑った。打ち切り。その響きには恐ろしさだけでなく、どこか滑稽さも混じっているのだ。
考えるのはやめよう。無駄だ。結局、私がこの物語がこんな結末を迎えた理由を知ることはない。打ち切りを決めたのが、資本主義の編集部にしろ、作者にしろ、それを知る権利は私たちにはないのだ。
私たちとは違い、その彼らの物語はこれから先も続いていくのだろう。羨ましいことだ。もちろん、彼らの人生にも『打ち切り』が、つまり何かが途中で終わってしまうことや予想外の出来事に直面することがあるだろう。それによって、大きな苦しみを味わうことになるかもしれない。
しかし、彼らの場合はそれがどんなものであれ、新たなドアを開かせるきっかけとなるのだ。その先にはきっと素晴らしい物語が待っているに違いない。
……ああ、彼らに倣って、私もドアを開けるとしようか。
私は近くのカフェに足を踏み入れた。前から入ってみたいと思っていたのだが、上品な雰囲気に気後れして入れなかった店だ。
店内にはアラビカ種の豆の香りが漂っており、流れるジャズのメロディが外界と店内を切り離し、心地の良い空間を作り出していた。
マスターはカウンターで黙々と仕事をこなし、客たちはそれぞれの時間を過ごしていた。
私はマスターに視線を送り、指を一本立てると、彼は頷いた。
席に座り、待っている間、窓の外を眺めると、パン屋がひっそりと消えていくのが見えた。この街も人々も、少しずつ消えていく。いずれはこの店も、私も消えるのだろう。
少しして、マスターが私の目の前にコーヒーを置いた。湯気を眺めながら、匂いを確かめる。いい香りだ。
ミルクを混ぜ入れる。その瞬間、窓の外が白い光に包まれ、私は世界が溶けていくような感覚を味わった。
打ち切りだ……。だが、恐怖はなかった。それどころか、私の心は高鳴っていた。実は、この物語が打ち切りだと知ってから、ずっと。
だって、私はようやく手に入れたのだから。悲劇の主人公という役割を。