表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/3

残ったもの

プログレの話が出てきますが、それは深い意味はありませんので、そういうものかと軽く読んで頂ければと思います。



 残ったもの



 私はハンカチで涙を拭くと、すいませんと誰にともなく頭を下げた。そして、残ったコーヒーを飲み干し席を立つ。マスターはお釣りの500円玉をトレイにのせて私に目を向けた。


「本郷さんが、雨城さんが困っていたら力になってあげて下さいと言っていました 彼は、私やここにいる人達にとっても大切な友人でした 何かありましたら遠慮なく仰って下さい 」


 マスターの言葉に、ドアに歩きかけていた私はまたカウンターに戻ると、彼の封筒に入っていた紙に描かれたマークを見せていた。


「これが何か分かりますか? 彼から私へのメッセージだと思うのですが、私には分からないんです 」


 マスターは紙に描かれたマークを見つめていたが、カウンターの奥を向くとそこに座っている男性に声をかけた。


「高杉さん、この鳥の絵、見たことないか? 」


 高杉と呼ばれた男性は、よっこらと席を立つと近くに来て紙を覗き込む。


「ああ、本郷くんが前に描いていたのを見たことある これは“ひばり“だよ 」


 私は、えっと訊き返した。


「鳥の雲雀(ひばり)さ 本郷くんが僕の彼女も“ひばり“というんだと言っていたよ 雲雀(ひばり)みたいに一度話し始めるとなかなか終わらないんだと嬉しそうに笑いながら言ってたな 」


 私は、彼が私の事をそんな風に思っていたのかと初めて知った。いつも穏やかに話を聞いてくれていたと思ったら実は困っていたんだ。もう、早く言ってよ。私は、もう居ない彼に悪態をついていた。


「この中心が雲雀だとして、この円と直線はなんでしょうね? しかも、直線で円を三等分している訳ではなくて変な位置に直線が描かれて円を分割しているけど何か意味があるのでしょうかね? 」


 マスターの言うとおり、直線は円の1時、5時、8時の位置から中心の雲雀に向かっていた。


「あれっ、この5時の所に何か書いてありますね 」


「ホントだ でも薄くて読めないです 」


「ここは暗いから明るい所で見よう 」


 マスターはカウンターから出ると、正面窓のテーブル席に移動して紙を拡げた。


「私はもう目が悪くてね 中岡くん、君も本郷くんと仲が良かったんだ こっちに来て見てくれよ 」


 高杉さんが奥のテーブル席に座っていた男性に声をかける。眼鏡をかけた、この中で一番若いと思われる男性は、ようやく声をかけてもらえたという顔で、サッと素早くやって来て拡げた紙を覗き込んだ。


「薄い鉛筆で書いてますね “H“か“2H“か うん、でも「Larks Tongues In Aspic」ですね 所々消えていますが、本郷さんが書いたのなら、これで間違いないでしょう 」


「Larks Tongues In Aspicって? 」


 私は意味が分からず中岡さんに訊く。


「今流れている雨城さんがリクエストしたアルバム“太陽と戦慄“の原題が“Larks Tongues In Aspic“なんですよ 」


 私は成る程と思ったが、それが何の意味があるのかまるで分からなかった。中岡さんも高杉さんもマスターも一様に頭をひねる。


「雨城さんが一人でここに来たら渡してくれとと頼まれていたんですよね? 」


 中岡さんに訊かれたマスターが大きく頷く。


「という事は雨城さんならこのマークの意味が分かると本郷さんは考えていたと思うのですが 」


「でも、ごめんなさい 私、本当に分からないんです 」


 彼は私が分かると思っていた。言われてみれば確かにそうだ。でも、私は分からない。私は彼に何故分からないんだと責められている気分になっていた。


「いや、本郷くんは雨城さんが困っていたら助けてあげてと言っていた だから、我々にも分かるというか、我々が助けてあげられるという事じゃないか 」


 マスターの一言で中岡さんは、そうかそれなら寧ろ我々の方が意味が分かるのかもしれないと真剣に腕を組んで考え出していた。マスターはいったんカウンターに引っ込むと、みんなの分のコーヒーを淹れて持ってきた。


「マンデリンです これ飲んで腰据えて考えましょうか 」


 マスターはみんなの前にカップを置くと自分も席に座った。その時、中岡さんが何かを思い付いたように額に手を当てていた。


「マスター、今なんと? 」


「ええっ いや、コーヒー飲んで落ち着いて考えてみましょうと 」


「いや、正確には? 」


「マンデリンです これ飲んで腰据えて考えましょうか かな 」


「そうだ マンデリンだ 本郷さんと話している時に、それに似た単語が出てきたんですよ 」


「ええっ! 何かコーヒーに関係しているのかい? 」


「いや、違います その時、話していたのはマンドリン 楽器ですよ マンドリンを凶器にしたミステリーの話 」


 中岡さんは、くるりと私の方を向くと真剣な口調で言った。


「雨城さん、本郷さんはミステリーも好きですよね 」


「ええ、読んでいるのを見たことあります よく「十角館の殺人」の世界が変わるあの一言は最高だとか言っていました 」


 そういえば彼は本などあまり読まないくせにミステリーだけは読んでいた。本棚には、○○の殺人とか殺しの○○とか物騒なタイトルばかりが並んでいた。本棚は人を表すというから、この本棚見られたらあなたは間違いなく怖い人だと思われるわよとからかった事もあったが、彼は穏やかに笑っていた。


「僕ともプログレの話以外にミステリーの話もしていました それで、ふと思い付いたんですよ この5時の位置に書いてあるのはアルバムの事ではなくて、この店の事なのではないかと そして、この8時の位置付近に図書館があるんですよ 彼は、本郷さんはそこでミステリーを借りていませんでしたか? 」


 私は、分からないと答えると中岡さんはそれでも自信たっぷりに言う。


「僕はこのマークは場所を表しているんだと思うんですよ 5時の位置がここ喫茶フリップ 8時の位置が図書館 そして、1時の位置にも何か彼が興味を持っていそうなものがあるはずです 」


 中岡さんは自信たっぷりに言うが、私にはどうしてそう思うのか分からなかった。


「おそらく本郷さんは、雨城さんなら自分の事を良く知っているから、すぐに分かると思ったんじゃないですか そして、もし分からなかったら僕たちの協力で自分の事を本当に分かってもらいたいと思っていたのかもしれない そこで僕に、自分はミステリー好きでもあると印象付けていたんですよ 」


「本当に分かってもらいたい? 」


「ええ 本郷さんは雨城さんのことを本当に好きだったんでしょうね だから、雨城さんが自分の事を知っているのか試したかった それで、もし知っていなかったら、その時には知ってもらいたいと思ったのでしょう 」


 中岡さんの説明でようやく私にも意味が分かってきた。私は彼のことを分かっているつもりだったけど、本当には分かっていなかったのだ。



お読みくださりありがとうございます。

一言感想でも頂けれは幸いです。


よろしくお願いいたします。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ