第一話 ノスタルジア
「シ...ド.....シ.........ド...シドルファス!!!」
「うるせぇなぁ。誰だよ」
眩い夕焼けの陽の光が視界を覆い、誰かが誰かを呼ぶ声で俺は意識を取り戻した。
「こんなところで寝てたら風邪引いちゃうよ!どこにもいないから探しに来てあげたんだからね!」
(なんでこの少女を見るとこんなに安心するんだ)
初めて見るはずの赤髪の少女になぜか懐かしい気持ちが込み上げてくる。
(さっきまで戦場にいたはずなんだが...ここはどこだ?怪我してんだからこんな外にほっぽり出すなよ)
自分への雑な扱いに不貞腐れながらも首を刎ねられたのを思い出し、恐る恐る首と胴体の付け根部分を触ってみる。
(よかった、ちゃんと首と胴体は繋がってるな)
アンデッドにでもなってしまったのではないかと心配になったが、どうやらまだ人間のままのようだ。
ホッと胸を撫で下ろしたが疑問が浮かんできた。
一体どういうことだ?
体の異変に気づいたのは胸を触った時、胸板がやけに細いことだった。
一応、体全体を確認してみる。
縮んでいた。モノの見事に縮んでいた。
「何してるのよ」
「なぁお嬢ちゃん。ここはどこだ?」
こんな身に覚えのない場所に連れてこられて、さらに四歳程のサイズまで体が逆行している。混乱する頭を整理するためになにか目の前の少女が情報を知っていればと一応確認してみる。
「シド!話せるようになったの!でもずっと変な喋り方、おじさんみたい。ここはラグナ村でしょ?自分の住んでるところも忘れちゃったの?」
どうやらここはラグナ村というらしい。
丘の上から辺りを見渡すと、前世の故郷に地形が似ている気がする。
だが、そんな村は聞いたことがない。
なぜか俺はいま違う名前で呼ばれているので、その点についても確認してみようと思う。
「シドって俺のことか?」
「もう、さっきから何寝ぼけてるの?あなたはシドルファスでしょ?今日は泊まって行くから早く帰ってみんなでご飯食べよ!」
今の俺の名前はシドルファスというみたいだ。
目覚める前の出来事を思い出してみる。
長く感じていた命を失う一瞬は死の恐怖に完全に支配されていた。
あれは確実に死んでいた。
混乱している頭で考えた結果、一つの結論に至る。
どうやら俺は全く別の人間に生まれ変わったようだ。
あんな死に方は二度とごめんだ。
今度こそ何物にも縛られず自由に生きてやる。
(そのためにも、とりあえず情報を集めよう)
置いていかれると自分の家も分からないので俺は丘の上から見える村を目指して去る少女の後を追った。
ーーーーーーーーーー
「それでね、シドがね...」
「アリエル、話もほどほどにして先にご飯を食べちゃいなさい」
「はぁ〜い」
子供二人に大人三人。二十台前半に見える優男風のイケメンに注意された少女はどうやらアリエルというらしい。歳は六歳で俺の二つ上だ。
「エドウィンさん、アリエルもはしゃいでるんだと思うよ」
「シドくん、アリエルを甘やかしてはいけないよ」
「シドは何があっても私の味方だもん!」
笑いに包まれる団欒の中、俺は猛烈に困っていた。
・・・。
さっきから俺の親父であろうガタイの良いナイスガイが何も話さない。元々、寡黙な性格ならいいのだが。息子の中に別の人格の人間が入っていることがバレれば捨てられるかもしれない。この幼い体で外の世界を生きていくのはまだ心許ない。
「シド」
「どうしたの?父さん」
寡黙な男がやっと口を開いた。俺は問いただされると気を引き締めた。
「何かあったのか?」
「何も無いよ。丘で休んでたら寝ちゃってたみたいだ」
「そうか。急に話すようになったんでな」
俺の危惧は杞憂だったようだ。父としてただ息子の急成長を心配していただけみたいだ。前世では熱が出ても怪我をしても面倒くさそうな顔をされるだけだったので素直に嬉しい。
「無口だったこの子がしゃべるようになって良かったじゃない。エドガー、男の子は急に成長するものよ」
「そういうものか」
エドガーを宥めた常に笑顔を浮かべているのは俺の祖母にあたるステラというばあさんだ。正直助かった。
「そうよおじさん!シドはシドだもん!」
アリエルの確信めいた一言にエドガーも納得したみたいだ。
楽しい時間というのはあっという間に過ぎるものだ。
(これが家族ってやつか)
横でスースーと寝息を立てる少女を見ながら俺は温かな気持ちで眠りにつくのだった。
俺はアリエルを見送った後、エドガーに遊んでくるとだけ伝えて散策を始めた。
「まずは村を回ってみるか」
家畜が放牧され、辺りを山々に囲まれていることからどうやらこの村は相当な田舎らしい。しかし、こういう田舎の家というのは前世では簡素な木造造りの家が普通だった。
それがより精巧な木造造りへと変わっていることからこの世界の生活水準は前世よりやや上のようだ。
さらに道具屋、鍛冶屋などがあることから生活に必要なものはある程度揃えられる。たまにエドウィンが町から必要な物を安く買ってきてはこの村に行商としてくるのでそれで事足りる。
(前世では町まで出ないとすぐには買えなかったもんな)
道具屋の窓に映る自分の顔を見てみると前世と同じ黒髪の中々に可愛いをしていた。
将来はイケてるメンズになることは確定だろう。
そんなことを考えながら歩いていたら、知らぬ間に村の外れまで来てしまった。
(森の方も見てみるか)
「やい、無口野郎」
自分だと分からなかったが振り返ってみると子供が三人。いや、悪ガキが三人。その中の大将だろうガキがニヤニヤしながら絡んできた。
「今日はバカ女はいないみたいだな」
アリエルが帰るとき、何かされたら私に言ってね!と言っていた意味がようやっと分かった。
「アリエルならいないけど、何か用か?」
「うわ、しゃべったぞ!きもちわりぃ」
「用がないんだったらもう行くぞ」
時間の無駄だと判断した俺はその場を後にしようと振り返った。
「なにぃ!これでもくらえ!」
ビュンッ。悪ガキの大将が怒ったように頭部目がけて投げた石を俺は頭を少しずらし右手で受け止めた。
昔はこうしてよく粗暴な輩に絡まれたものだ。
その石を相手の足元に投げ返してやると大将が転び、覚えてやがれという捨て台詞を吐いて悪ガキたちは逃げていった。
前世での反射神経の良さは今世でも健在らしい。相手の投げた石に反応することができた。
これが分かっただけでも大きな収穫だ。
痛ぇな。
しかし体はまだ幼く、受け止めた手のひらが赤く腫れあがっていたので俺は森の探索を諦め、もう少し辺りを見回って家に帰ることにした。
そ..で..あ..たの子が...
家に帰るとさっきの悪ガキとその母親がエドガーと話している様だった。
「シドルファス。こっちに来なさい」
俺は黙ってエドガーに従い三人の元へ行く。
「この子に石を投げつけてケガをさせたというのは本当か?」
どうやら悪ガキは母親を使って恥を掻かせた仕返しをしに来たらしい。お暇なことだ。
「はい、確かに石を投げつけました」
俺は詳しい事情を話さずエドガーの反応をみることにした。悪ガキの母親はほら見てみなさい。と得意気だった。
「ふむ、右手を見せてみなさい」
てっきり怒られると思っていた俺はエドガーの命令に従い右手を見せる。
エドガーはなるほど。と呟いた後、いつもより重い声で相手に質問した。
「そちらからウチの子に何かしたんじゃないですか?」
それを聞いて相手の母親は激怒したがエドガーはそう考えた理由を話し始めた。
「この子の手が腫れています。この腫れ方は石をおもいきり投げたレベルのものではありません」
そうエドガーが断言したのを聞いて俺は初めて人を信用した。思えば前世は親に捨てられたのも関係していたのだろうが、自分自身しか信じなかった。この人になら裏切られてもいい。そう思ってしまった。
それから母親はバツが悪そうに帰ってしまった。
「明日の早朝、少し付き合いなさい」
最後に父が言った一言にワクワクしながら俺は眠った。