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エピローグ

 □■柊華憐


 〈風雷豹〉の襲撃があった翌日の昼、華憐はいつものように自分のベッドの上で目を覚ましていた。

 昨日は〈黒炎狼〉が来てからすぐに気絶して、その後のことは全く覚えていない。

 だがこの様子だと、誰かが華憐をこの家まで運んで来たのだろう。

 それが〈獄炎蝶〉で無事だった奴なのか、〈黒炎狼〉の奴らなのかはわからないが。


「…………」


 思い出してみれば、昨日は余りにも衝撃的な出来事がありすぎたように思う。

 と言ってもそのほとんどは、あの華憐の嫌いな奴()のせいなのだが。


「…………」


 所々で痛みを感じるが、動けない程じゃない。

 明日には全快して、明後日には普通に学校にも行けるだろう。

 そうなればきっと、また彼奴にも会えるはずだった。



 △▼



「おい! ちょっと待てよ! 神楽!」

「?」


 週末が明けた月曜日の朝、華憐はいつもよりも早く学校へと向かっていた。

 今朝は先日の零のことが気になり過ぎて、いつもよりも早く目が覚めてしまったせいで、そのまま家を出てきた感じだ。

 そしたら偶然にも、華憐はそんな零の後ろ姿を見つけていた。


「珍しいな。お前が俺の名前を呼ぶなんて、怪我はもういいのか?」


 追いついて早々、零は軽い調子でそんなことを聞いて来る。

 一応は心配してくれているみたいだが、華憐は少しだけ、そんな零の軽い反応にイラっとしてくる。

 少し前にあれだけのことがあって、華憐はずっと、気が気ではなかったというのに……


「そうなことはどうだっていいだよ! それよりも、てめぇこの前のあれは何だ! なんであたしらを助けた! つーか何でてめぇが〈黒炎狼〉のボスなんかやってんだよ!」


 この休みの間に、色々と気になっていたことが洪水のように溢れ出て来て、華憐は思わず声を張り上げる。


「声がでけぇよ……まぁ、その辺りは歩きながら話そうか」


 そう言って、零は立ち止まっていたところから歩き出して、華憐もまた、その後についていく。


「さて、まずは何でお前らを助けたかって話だったけど……まぁ、あの場にいたのは偶然だな。ちょうどバイトからの帰り道だったし、最初は何もする気はなかったんだけどなぁ……流石に劣勢になってから見捨てるっていうのも忍びなかったし」

「……は? それだけ?」


 もし本当に、それだけであんな乱闘の中に飛び込んだんだとしたら、それは余程の馬鹿でもなきゃ有り得ないことだろう。

 ほとんど関係のない喧嘩に首を突っ込むなんて、ただの自殺行為でしかないのだから。


(……いや)


 だがそれは、あくまでも普通の奴にとっての話だ。

 〈風雷豹〉の半数以上をたった一人で倒してしまった零では、とてもその“普通”には当てはめられないような気がしてくる。


「まぁ、他にも個人的な理由があったし、お前らには借りもあったからな」

「借りだと?」

「あぁ、お前が助けたっていう中学生、あれ俺の妹なんだよ」

「……は? 妹? てめぇの?」


 確かに華憐も、零に妹がいるという噂は聞いている。

 それも、絶世の美少女と呼べるだけの容姿をしているのだということも含めて。


「あぁ……そんなに驚くようなことか? そこまで似てないわけでもないと思うが……」


 言われてみれば、どことなくあの少女と零が似ているような気がしてくる。


 知らなかったとはいえ、こいつの身内を気安く助けたことに、どこか釈然としないものが湧いてくるが、あれはあれで良かったのだと心を落ち着かせる。


「まぁいい……それで、なんでてめぇが〈黒炎狼〉のボスなんかやってんだよ」


 一つ目の疑問が解消されたところで、華憐はすかさず二つ目の疑問を口にする。


 すると零は、まるでどこか遠くを見るようにして、空の彼方を仰ぐ。


「あぁ。それは俺にもよくわかんねぇんだけどな。少し前に、彼奴らに絡まれた時に全員叩き潰したのは良かったんだけど……何故かその後に妙に慕われてな」

「…………」


 叩き潰したのに慕われるという可笑しな状況を言われて、華憐が何も言えずに黙っていると、零はそのまま話を続ける。


「そしたらまるで心を入れ替えたみたいに、稽古つけてくれって頼まれてなぁ。何回かつけてやったんだけど、そしたらいつの間にか裏ボスってことになってて……」

「…………」

「まぁ特別困るようなことでもなかったから放置してたんだけど……気づいたら勢力も拡大してた挙句に、もうほとんど治安維持部隊みたいになってて……流石にあれは驚いたよ」

「…………」


 一応最後まで話を聞いていた華憐だったが、途中からはもう零でもよくわからない状況になっていたんだなと理解する。

 零が誰かと関わっているところなんて、今まで一度も見たことがなかったから、華憐にとっては少しだけ新鮮で、少しだけ同情心が湧いてくるが、こんな奴に同情してどうするんだと首を横に振って雑念を追い出す。


「まぁ、大体の事情はこんなところだが……理解したか?」

「……あぁ」


 今の会話で、大まかな真相は大体理解した。

 色々と腑に落ちないところはあったが、それが事実ならもうどうしようもない。


「…………」


 だけど一つだけ。

 華憐には未だに、零についてわからないことがあった。


「なぁ」

「?」

「なんでてめぇは、あたしらをそんな風に見られるんだ?」


 そう、それこそが、ずっと前から零に対して不思議に思っていたことだった。


「そんな風にっていうと?」

「あたしらは暴走族だ。てめぇらで言うところの社会のはみだしもんみたいな連中だ。人様に迷惑をかけている自覚だってある。なのに何でてめぇは、そんな風にあたしらを普通の奴みたいに見れるんだ?」

「……逆に聞くが、なんでわざわざそんな違う目で見る必要がある?」

「…………は?」


 華憐の質問に逆に返されたその質問に、華憐は意味がわからずに間抜けな声を漏らす。


 だってそうだろ?

 普通、暴走族なんて聞いたら、人は多かれ少なかれ険悪な視線を向けてくるものだ。

 ありもしない憶測が飛び交い、ありもしない偏見で人の印象が塗り固められて、それがまた違う奴へと伝播していく。

 実際、華憐だって、ずっとそんな視線に晒されて過ごしてきたし、それが人として普通だと思ってきた。


 なのに零は、そんな視線を向ける必要があるのかと聞いて来ている。

 まるで、そんな普通のことが、心の底から面倒くさいとでも言うかのように。


「そもそも。別にお前が俺に何かしたわけでもないだろ。確かにお前は、どこかで人様に迷惑をかけているのかもしれない。だがだからと言って、別に俺がその迷惑を被ったわけじゃない。なら別に俺にとっては、お前もそこらにいる連中も大した違いはねぇよ」


 零はそう言って、本当に何てことないように、そのまま話を続ける。


「第一、人の事情なんて人それぞれだ。人の数だけ違いがあるって言うのに、一々そんなのを気にしていたら切りがねぇって話だ……まぁ、世の中にはそういうのを気にする奴らがいるみてぇだが、そいつらはよっぽど暇なんだろうな。悪いが俺には、そんな暇はねぇ」

「…………」


 世の中にいるそういった人たちを暇人だと言い切る零に、華憐はもう何も言えずに押し黙る。


 はっきり言って、零のその考え方は結構特殊なものだと思う。

 人はそう簡単に、そんな純粋な目で他人を見ることなんてできないし、どうしたって偏見がその人の印象に入り込んで来る。

 他人の本性がわからないのは誰だって怖いことだし、だからこそ人は、他人に偏見を持って、それが本性だと思い込むのかもしれない。

 誰だって自分の目で見たものが、その人の本性だと自信を持って言えるわけじゃない。


 そんなことが出来るのは、余程の馬鹿か、他人を見る目に相当な自信が持っている奴だけだろう。

 多分、色々と規格外な零は、きっと後者の方に入るのかもしれないが……


「変な奴だな」


 思わず出てきたその言葉に、零は特に気分を損ねた様子もなく振り返る。


「確かに、お前にとって俺は変なのかもしれないな。だが所詮、他人なんて全員、本人にしてみれば変人であることには変わらないさ。ただその違いが、大きいのか小さいのかだけでな」


 零はそう言って、再び学校へと向かって歩き出す。

 そんな零の後ろ姿を眺めながら、華憐はたった今言われたことが心の中で反響する。


 他人なんてみんな変人――


 言われてみれば確かにその通りかもしれないし、純粋にそう思える零のことを、華憐は素直にすごいと思う。


 人は誰だって自分とは違うものを怖がるものだし、無意識に常人と変人を区別して、変人を排除しようとしたがるものだ。

 だが零は、そんな常人変人関係なく、みんな等しく変人だと言って、その上で他人のことを全員受け止めようとしている。


 色々と「規格外だ!」「完璧超人だ!」なんて言われている零だけど、華憐はその分け隔てなく人を見ている目こそが、零の一番すごいところだと思えて来る。


 そしてそれは、華憐に対してもそうなのだろう。

 ずっと前から。

 高校で同じクラスになった時から、ずっと……


 華憐を華憐として見ていてくれていたのだと気づいた時、華憐の中で何かが込み上げて来たのがわかった。


 だがその前に、一つだけ零に言い忘れていたことがあったのを思い出す。


「神楽!」

「?」


 呼び止めた零をそのまま追い越して、華憐は振り返って零の前に立つ。


「あの時、助けに来てくれてありがとな――んじゃ!」


 華憐は零の返事も聞かず、それだけ言って一目散に学校へと向かって走り出す。


 自分でもらしくないことをしたなっていう自覚はあるし、今も現在進行形でそう思っている。

 だけど、今はこれでいい。

 ちゃんとお礼も言えたし、今の自分の顔を零に見られずにも済んだ。


 胸の高鳴りは収まってくれそうにないけど、今はそれが何よりも心地良く感じる。

 まるで相棒に跨った時か、それ以上の晴れやかな気分を味わいながら、華憐は朝の通学路を爆走した。


ここまでお読みくださりありがとうございます。


本作は現在連載中の小説『世界を渡りし者たち』の番外編として書かせていただきました。


いかがだったでしょうか?


一応本編を知らなくても読めるようにしたつもりではありますが……


本編の主人公――神楽零の異世界での活躍を読みたいと思って下さった方は本編の方もどうぞよろしくお願いいたします。


因みに、神楽零は本編第一章第一話から登場します。(その他の登場人物の登場は未定です)


『世界を渡りし者たち』

https://ncode.syosetu.com/n4499id/

(↓下にもリンクがあります↓)

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