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前編

 □■???


 夜の都会に鳴り響く騒音――

 肌を撫でるような冷たい風――

 荒れ狂いながらも心地良い振動を伝える相棒(バイク)に跨り、(ひいらぎ)華憐(かれん)は夜の大通りを爆走する。


「やっふー! やっぱ最高だぜー!」


 今の上機嫌な気分を表すように、華憐はブルンッブルンッと空ぶかしをしてさらにその速度を上げていく。

 閑静な街中で、これでもかと騒音を鳴り響かせながら爆走するというのは、日々の憂鬱を晴らすのにはもってこいの楽しみだった。


 何も考えず、ただ風のように走り抜けている今この瞬間だけは、日々の嫌なこと全部を忘れていることが出来るから……


「姉さん、今日もご機嫌っすね!」

「おうよ!」


 後ろから近づいて来た妹分の言葉に、華憐もまた上機嫌に声を上げる。


 そう、今の華憐は、一人で街中を走っているわけじゃない。

 華憐と同じように、日々の生活に何かしらの憂鬱を抱いている仲間たちと一緒に、こうして夜の街で暴れ回っているのだ。


「よっしゃ! 行くぜ野郎どもー!」

「「「「「おぉ!」」」」」」


 そうして華憐は、自らが総長として率いる暴走族――〈獄炎蝶〉を束ねて、今夜も非日常的な魅惑に酔いしれながら、街中を駆け回るのだった。



 △▼



 夜は暴走族として過ごしている華憐だが、昼間は普通に地元の高校へと通っている。

 いくらそっちの道に走ったとは言っても、せめて高校は卒業しておかないと、この先やっていくのは難しいことぐらいはわかっている。


 だから授業も、最低限は真面目に受けているし、大きな問題は起こさないようにとも心掛けている。


 だがそれでも、華憐が暴走族だということには変わらない。

 だから学校の中で、華憐たちの存在は、まるで腫れ物でも扱うかのように、教師や他の生徒達から扱われている。


 華憐がダチ二人と一緒に廊下を歩いていれば、一人、また一人と、華憐が何もしていなくても、自然と道の先から消えていく。


 別にそれ自体は、華憐も特に思うようなことはない。

 こうして怖がられることには、もう慣れている。


 だがそれでも、自分たちのことを何も知らない奴らが、知った風に小言をほざいているのを聞くのは、少しばかり不愉快だった。


「チッ!」


 だから思わず、華憐の口から舌打ちが漏れる。

 今周りでほざいている奴らは、これまで何の苦しみも味わうことなく生きてきたのだろう。

 だから華憐たちを見て、何も知らないくせに知った風な口が利けるのだ。


 世の中にはこうでもしなきゃ、自分で自分を守れない奴がいるっていうのに。

 実際、華憐が暴走族の道に走った理由も、母親が家を出て、父親が酒に入り浸った環境に耐えきれなくなったのが原因なのだから。


 そんな嫌なことを思い出しながら、華憐は機嫌の悪さをぶつけるように、教室のドアを開け放つ。


 今まで騒いでいたのがまるで嘘だったかのように静まりかえった教室の中で、華憐は特に気にすることなく自分の席へと向かう。

 そうなれば自然と、隣の席で本を読んでいる男子生徒の姿が目に入って来た。


「てめぇ、また本ばっか読んでいやがるのか」


 そう華憐が声を掛ければ、その男子生徒――神楽(かぐら)(れい)は華憐の方へと振り向くことなく答える。


「まぁな」


 返って来た答えはたったそれだけだ。

 だがその言葉の中に、華憐たちを侮ったり、恐れたりするような類のものは全く感じない。

 どちらかと言えば、無関心という方が正しいのかもしれない。


「…………チッ!」


 だからこそ、華憐にとっては余計に面白くない。

 華憐たちのことをとやかく言わないことには評価できるが、端から眼中にないという態度は、それはそれで腹が立つ。

 だが他の生徒に対しても同じような態度で接しているところを見ると、それが彼奴の素の態度だっていうことはよくわかる。

 しかも無駄に突っかかってこないもんだから、「こいつの傍は気が楽だ」なんて思ってしまっている自分自身にも、余計腹が立ってくる。


 だから華憐は、心の底から零のことが嫌いだった。



 △▼



 神楽零という名の生徒は、華憐の通う学校ではそれなりに有名人だった。

 と言うよりも、寧ろ有名人にならなければ可笑しいと思えるほどに、神楽零という奴は規格外な存在だった。


 容姿端麗で成績優秀、しかも文武両道でスポーツまで万能。

 イケメンと呼べるような顔立ちではないものの、容姿自体はそれなりに整っているし、定期テストでは全ての科目で学年三位以内には必ず入っているという秀才。

 だからと言って、運動神経が悪いわけではなく、本職の部活動の部員を相手にしても、全く遅れを取らず、寧ろ圧勝したなんていう噂まであるほどだ。

 そんな奴が現実の学校にいて、有名人にならないはずはなかった。


 しかも零に纏わる噂は、これだけでは終わらない。

 嘘か誠かはわからないが、零の父親は世界を股にかける名探偵だとか、零には妹がいて、そいつがまさに絶世の美少女だとか、少し前には、どこかの格闘大会で、零が最年少優勝を果たしただとか、留まるところを知らない。


 まさに完璧超人。

 非の打ちどころが無いほどに、神楽零という奴は完璧だった。

 だがそのせいで、逆に誰かと親しくなっている姿を、華憐はこの三年間ずっと同じクラスになって来たが、一度も見たことはなかった。


 いつも一人で本を読んでいて、誰とも関わらず、ただ孤独でいることを何の苦にもしていないという零の態度が、華憐は心の底から嫌いだった。



 △▼



「そういやぁ姉貴。今度は“虎”の奴らが“狼”に喧嘩打ったみたいっすよ」


 席に着いた華憐に、同じ〈獄炎蝶〉のメンバーでもある草壁(くさかべ)杏里(あんり)が、唐突にそんな報告をし始める。


「……ついに“虎”が動きやがったのか……んで、どうなったんだ?」


 杏里に話の続きを促せば、彼女は軽く頷いてから口を開く。


「結果は“狼”の圧勝っす。そのまま“虎”を吸収して、“狼”の傘下に治めたみたいっす」

「またか? これでもいくつ目だ!」


 杏里の口から出てきた予想通りの結果に、華憐は頭痛を感じて頭を抑える。


 さっきから会話に出てきている“狼”や“虎”というのは、華憐たちと同じ、この辺りを縄張りとしている暴走族の略称だ。

 “狼”は〈黒炎狼〉、“虎”は〈白雷虎〉という組織名で、この辺りでは名の知れた二大暴走族だったはずなのだが、つい先日、その内の一角が崩れ去ったらしい。


「三つ目だなぁ。こりゃいよいよ、“狼”一強時代の幕開けか? 最近あそこに裏のボスが就いたっていう噂は本当かもしれないねぇ」


 この場にいるもう一人のダチ――藤堂(とうどう)(りん)は、ここ最近で出てきたある噂を口にする。


 もともと〈黒炎狼〉は、頭数だけを揃えただけの、ただの無法者の集団だったのだが、ここ最近ではまるで心を入れ替えたみたいに、組織だって動くことが多くなったのだ。

 そしてそれを説明するために流れた噂が、〈黒狼炎〉に新しいボスがついたのではないかという噂だ。

 もっとも、総長が変わっていないことから、あくまでも「裏」ということになっているのだが。


「そうっすね。情報によると、度々“狼”のアジトに出入りしてる妙な奴がいる見たいっすからねぇ。そいつが来てから、“狼”の喧嘩の腕も妙に上がったみたいっすから」

「内らはどうすんだい? 華憐」


 正直、華憐にとってこれは頭の痛い問題だ。

 〈黒炎狼〉が今よりもさらに幅を利かせるようになれば、〈獄炎蝶〉もその渦に飲まれてしまうかもしれない。

 そうならないためにも、ここしばらくは大人しくしておくべきなのかもしれないが……


「ハッ! 別にあたしらはどうもしねぇよ。ただあたしらの好きなようにするだけだ……ただまぁ、万が一“狼”と抗争にでもなったら、逃げの一択だろうけどなぁ」


 暴走族ってのは、もちろんメンツを大事にする生き物だ。

 だが華憐は、その辺りのことに関しては余り凝りがない。

 華憐が率いる〈獄炎蝶〉のメンバーは全員が女で、総勢十数人という割と小さな暴走族だ。

 一人一人の喧嘩の腕はそれなりにあるが、総勢百人近くの規模になった〈黒炎狼〉を相手にするには体がいくつあっても足りやしないのだから。


「あんたのそういう現実的なところは、内も好きだよ」

「あたいもっす!」

「おう!」


 別に華憐たちは、誰かと喧嘩をするために暴走族になったわけじゃない。

 ただ自分の内に溜まりこんだ嫌なこと全部を吐き出す場所として、暴走族に作ったのだから。


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