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海賊たちの宴 1


海賊達の宴 1



 外惑星系の開発計画が提案されてから半年、根回しに半年、始動して一年。ヴランドル子爵領ではガスジャイアントを持たない近隣星系からの投資で、二〇〇以上のプロジェクトが一挙に開始されている。

 それに伴い数多の傭兵艦隊や無数の武装商船が集まり、同時にちらほらと海賊被害発生についても耳にするようになっていた。


「にいさま聞きました? 昨日小惑星帯でまた海賊被害が……」

「フィー、違うよ。武装商船同士の決闘騒ぎだよ」

「ちぇ、残念」

「こら!」

「だって海賊ですわ! ロマンがありません?」


 アルフィーナの台詞に頭を抱えるクラウスである。

 アルフィーナが最近嵌っているVRと通称されるロールプレイ型自由選択式ヴァーチャルムービーに、銀河帝国皇帝の御落胤にして宇宙海賊という主人公が活躍するシリーズがあるのだ。


「あのねフィー、本物の海賊ってVRとは別物だからね? ただの犯罪者なんだから」

「わかってます! 冤罪で海賊認定された悲劇の皇子なんている訳が無いでしょう?!」

「そ、そうか、うん……」

「だからこそのロマン! リト!」

「はい姫様!」

「決闘の稽古です!」

「えー! またですかー!」

「そうです! 私が主攻でリトが邀撃! 連携を上げるのです!」

「でも姫様、決闘って一対一なんじゃ……」

「勝てば官軍!」

「えー、良いのかなぁ?」


 と、チラチラと止めて欲しそうなリトを無視して午後ティーを再開するクラウス。

 実は少々厄介な問題が出ていたのだ。

 所謂「メガ・コーポレーション」と呼ばれる超大企業の参入である。

 元は一〇〇万人企業という意味であったが現実は余裕のギガ・コーポレーションもあり、血縁によって貴族社会とも結びついたその力は想像を絶する。

 現在では「一〇〇万の星々に広がる大企業」の意味で使われ、特に巨大な帝国企業上位一〇〇社にのみ使われていた。

 要するにクラウスのヴランドル子爵領などクシャミ一つで吹き飛ばせる経済界の巨人が、なにを思ったのかわざわざこんな辺境にまで手を伸ばして来たのである。

 それも三社。

 一社はグランツェル大公家の一門が当主のメガ・コーポレーション。これは良い。

 クラウスにわからないのは残りの二社だった。単に釣られただけでは無いはずなのは間違い無いが、一体何が目的なのか?


(しかも全社が外惑星系での開発計画を提示して来るとか? 何か珍しい資源でも有ったのか?)


 が、三社はそれぞれ別のガスジャイアントの開発計画を提示している。

 どれもメガ・コーポレーションからすれば地方の支社の新人クラスが担当するレベルの開発であったが、ヴランドル子爵領からすれば国家予算にも匹敵する規模の投資なのだ。


(一体何が目的なんだ?)


 いくら考えても納得出来る答えなど出ては来ない。

 その答えは二八〇光年の彼方にあったのである。


「……では第一段階は成功したと見て間違い無いのだな?」

「はい。侯爵閣下のお力により恙無く」


 そこは巨大な闘技場の貴賓室である。

 この宙域では大きな人気を誇る竜騎兵同士の一騎打ちや、集団戦や個人戦の勝敗に賭けるのだが、二人は競技の行方にはそれ程興味が無いらしく、厳しい顔をした従者を背後に密談を交わしている。

 豪奢な衣裳に身を包み、恭しく頭を下げているのはもちろんボルデ男爵である。

 四つの星系を領有し、一六〇億の民を与る新興の有力領主であったが、それとは別に十五の星系で様々な利権を有しており、その軍事力は子爵家や伯爵家のものにも匹敵する。

 そのボルデ男爵が次の標的に定めたのがヴランドル子爵領だったのである。


「うむ。随分と苦労した。ワシとてメガ・コーポレーションを動かすのは簡単では無いからの?」

「はい。心得ております」


 そう言って手元の端末を一振りしてセキュリティ・ホログラフィックを展開すると、豪華な飾りのついた腕環に触れて擬似侍従を呼び出した。


「ロックウェル、例の物を表示しなさい」

「はい」


 とロックウェルと呼ばれた擬似侍従が表示したのは、とあるガスジャイアントの画像である。


「ボルデ男爵、これは一体?」

「は、私の領有する惑星の一つにございます。どうかご覧下さいませ」


 そう言ってロックウェルに小さく合図を送ると、このガスジャイアントの特徴をツアー状態で展開してゆく。

 十八の衛星と無数の小惑星鉱山を抱えるガスジャイアントである。

 中央アンシブル網まで四階位の転移で辿り着く距離であり、有人衛星が三つ。

 一つは高度に商業化された観光地でもあった。


「どうかお納め下さい」


 そう言って再度擬似侍従に合図を送ると座席のプロジェクションプリンターが作動し、所有権の譲渡契約書が形成された。


「手際が良いではないか?」

「侯爵様にお仕えする身なればこの程度は……」

「ほっ、言うではないか男爵」

「侯爵様には敵いませぬ……」

 などと言いつつ二枚の契約書に互いのサインと印章を入れ、シャンパンを空けて笑い合うのであった。


(アスベルめが散財させおってからに……。これで負けたらその首落としても足りぬぞ!)


 ガスジャイアント系丸ごとの譲渡は男爵にとっても大きな散財なのだ。

 そこまでの決意を促した張本人であるアスベルは、現在戦力の再編成と訓練で身動きが取れない。

 ヴランドル子爵軍との戦いを準備し始めて以後、何度も戦力予測に変更が加えられた為である。

 たかが私掠船、されど私掠船。

 所詮は武装商船でしかないのであるが、転移魔法の展開能力に加えて最低でも軍の補給艦程度の火力は備えていたし、中には払い下げの中古艦艇を再武装した物や、最初から私掠船として建造された準軍用船艇まであるのだ。

 正面からの戦いで軍艦を相手にするのは無理だとしても、侵攻作戦中に補給路の遮断や男爵領での通商破壊戦でもされたら大混乱になる。

 もし仮にボルデ男爵領とヴランドル子爵領で戦争になった場合、アスベルがあの青年であったら間違いなく傭兵や私掠船船長達を焚き付け、ボルデ男爵領での通商破壊戦に出るだろう。

 アスベルにとっては想像しただけで寒気がしてくる状況であった。

 私掠船の船長達や傭兵達にとっては、ヴランドル子爵領で通商破壊戦を行うより経済規模の大きなボルデ男爵領(それも複数星系ある)で通商破壊戦に出た方が、獲物を見つけるのも簡単であるし儲けも大きくなるのだ。

 例えヴランドル子爵が敗北した所で帝国法が彼等を護ってくれるし、私掠船の利益は報奨金より鹵獲船や略奪品の売却益の方が大きい。

 長期戦になったらボルデ男爵領の方が大きなダメージを負うのは間違い無かった。

 だから先にヴランドル子爵領で通商破壊戦を始めてしまうのだ。

 もちろんボルデ男爵は表に出ない。

 メガ・コーポレーションが三社、戦場のど真ん中で開発を行う事になったと聞けば、銀河の全域から武装した有象無象がやって来るだろう。

 ヴランドル子爵クラウスは私掠許可証の発行数を最小限に抑えようとしてはいたが、三社目のメガ・コーポレーションの参入で収拾が着かなくなってしまった。

 これで代規模な海賊集団があと二つか三つ現れてくれたら、完全無欠の無法地帯が完成する。

 ヴランドル子爵軍は領内の治安維持だけで身動きがとれなくなり、いずれは艦隊を動かし事態の収拾に着手するだろう。

 そこを別働隊と傭兵艦隊で奇襲・拘束し、混乱した所で本隊が本星を攻略、降伏に追い込む……。


「後は別働隊派遣の口実とタイミングだが、やはりもう一年や二年は必要か……?」


 ひっそりと呟いたアスベルであったが、どうやらガイオに聞かれたらしい。


「別働隊でございますか?」


 不思議そうなガイオを見て、アスベルは副官に対してなんの説明もしていなかった事を思い出した。


「そうだ。ヴランドル子爵領の攻略では、本隊と別働隊の二つの艦隊を動かす。子爵軍の本隊を拘束する別働隊と、敵本星を攻略する本隊だ」


 努めて何気無い風を装っているガイオだったが、アスベルがヴランドル子爵領を指して初めて「敵」と言った事で、遂に戦争が決定したのだと知ったのである。


「それは、腕が鳴りますな」

「そうだな。作戦開始時期はまだ未定だが、早ければ三年以内に、遅くとも五年以内にはヴランドル子爵領を潰す」


 それはアスベルが二年前に初めてヴランドル子爵領を訪れて以来、口癖の様に放つ台詞であったが、その二年前から早ければ三年以内、遅くても五年以内に、と言い続けている。


「……はっ」

「子爵軍はまだまだ弱体ではあるがその潜在力は侮れぬ。深霊艦の運用能力はあちらが上だ。何より正規空母が八隻ある」

「空母ですか? 航宙機など外宇宙ではあまり役に立ちませんが?」


 半年前までならその通りであった。その通りであったのだ。

 ヴランドル子爵軍の主力航宙機は帝国の一般的な航宙機とは違って、核融合推進だのイオン推進だのは使わず、高価な重力制御装置を駆動力にしている。

 当然加減速に於いては重力加速度を無視した凄まじい能力を発揮するのだが、コストが高くなるし大型化も難しいため攻撃力に限界があり、戦艦の防御結界やらレインボウグラブは突破出来ないのだが、それだけにヴランドル子爵軍の空母と航宙機への偏重は不気味であった。


「わかっている。だが不思議に思わないか? 奴は一体なんのために新型航宙機まで開発し、挙句に八隻もの正規空母を用意したんだ?」


 敬愛する上官から諭され口籠るガイオであったが、不意に表情を険しくする。


「惑星防衛……いや、惑星攻略ですか?!」

「そうだ。あの編成は、恐らく外宇宙での戦闘を捨てている」

「そんな非常識な……」

「お前は本星を背後にした敵艦隊への砲撃命令を出せるか?」


 難しい問題であった。

 帝国貴族同士の内戦で戦闘が外宇宙や深宇宙に限定されているのは、居住可能惑星や植民衛星への被害を極限する為の伝統だったのである。

 当然と言えば当然だった。

 敵味方と言えども同じ帝国の臣民なのだ。

 無用の被害は避けるべきだし、下手に被害を出せば帝国正規軍による懲罰まであり得る。


「……ヴランドル子爵は正気なのですか?」

「さてな? 何か考えがあるのかもしれないし、何も考えていないのかも? もしかしたら本気で惑星近傍での艦隊戦を考えている可能性もある」


 ガイオにはわからなかった。


「提督は随分と楽しそうに見えますが?」

「楽しいだろう?」


 そう言って笑い出すアスベル。


「提督!」

「いや、すまん、だが本気で惑星近傍での艦隊決戦を挑まれたらどうする?」


 一瞬言葉に詰まってしまうガイオ。


「……外交ルートで非難してもらい、改めて戦場を指定し――」

「それだとグランツェル大公が出てくるな」

「では、挑発しておびき出すのは?」

「挑発?」

「ヴランドル子爵も貴族でしょう? 武人としての名誉と貴族としての名誉が……何か?」

「乗らんよ。あれは乗って来ない。社交界にも興味は無いようだし爵位にも興味は無い。金には興味があるかと思えば贅沢など全くしないし溜め込む事も無く、さっさと領民に還元するか投資に回している。軍事には力を注いでいるが、あれだけの外征軍を整備しながら他領には興味を示さない。唯一散財したのは妹の持参金用の資産だけ。植民衛星をまとめて三基も建造している。理想主義のボンボン貴族かと思えば平然と私掠許可証を発行し、海賊集団に治安維持を任せる様な事もする。まともな貴族とはいえないな」


 と、一気に言われて返答に窮してしまうガイオ。


「……何がしたいんでしょうね?」

「それが知りたい」



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