砲艦外交
砲艦外交
「ありがたいお話です。まさか演習にまで参加させていただけるとは」
と、終始上機嫌のアスベル提督であったが、その目は覚め切っている。
いずれ軍を率いて叩き潰す予定の小僧がどの程度の人物なのか、この場で見定めるつもりなのだ。
噂通り才能のある人物であれば、軍の編成や開戦の手順には相当注意しなくてはならないだろうし、ボルデ男爵の言う通り担がれているだけの凡才であっても、影響を与えている人物の有無や軍の編成・練度、実際に指揮する人物の能力など見ておきたい部分はいくらでもある。
「クラウス閣下は名将と名高いグランツェル公爵様のご次男様でらっしゃいますからな、是非ともこの機会に学ばせて頂きたいと思っているのですよ!」
次第に皮肉の度合いを増すアスベル提督の台詞に、はっはっは、いやいや、とてもとても、などと満面の笑みを浮かべて当たり障りの無い受け答えに終始しているクラウスであるが、内心は「なに言ってやがるこの狸が……」と、少々荒れ模様だったりする。
グランツェル公爵とドゥチェ侯爵が許可を出しているなら、クラウス如きが共同演習に反対する余地など存在し得ない。
問題は情報伝達能力の限界で、クラウスには喫緊にそれが事実かどうかを確認する手段が無い事である。
理論上無限の距離を超えて即時の情報伝達が可能となる「アンシブル」という通信手段はあるのだが、装置自体はともかく税と使用料が腰を抜かすほど高価である上、対になった二つの素子は通常空間を光速以下の速度で運ぶ必要がある事から未だヴランドル子爵領まで届いていないのだ。
もちろんグランツェル大公領にはアンシブル網が存在しているし、一部は既にグランツェル公爵領にも及んでおり、大公軍の敷設艦数十隻が、今も深宇宙の何処かで作業中である。
転移魔法で深宇宙に展開して数光年毎に中継機を置き、深宇宙で正確な位置を知るのは不可能なため、電磁波や光学的なビーコンを作動させる。
補給無しの連続転移は最高レベルの探査船でも二回程度が限界なため、たったそれだけの作業だけでも何度も転移と補給が必要となる。
その後中継機同士の凡その中間宙点に再度転移してビーコンを捉えたら、超小型のアンシブル端子数十万個を電磁加速機で亜光速(当然超小型軽量でないと難しい)にまで加速して射出。目標の中継機付近で捕捉機(電磁ネット)を作動させて端子を捉え、中継機に設置するのである。
一回の作業で運が良ければ一個か二個は中継場所で捉えて回線が接続出来る。ダメなら射出宙点の端子を破棄してやり直す。
その間に他の宙点からの信号を捉えたらそちらにも端子を射出する。
最初は失敗が多くても数年毎にビーコンの信号が増え、宙域の情報が蓄積される毎に成功の可能性が上がっていつかは接続に成功する。
複数の敷設船でチームを組んで行う作業ではあるが、その手間はもちろん、当然ながら莫大な費用を要する大事業になるわけだ。
その為アンシブル網の設営は強大かつ巨大な銀河帝国といえども、いや、巨大であるからこそ負担の大きい最難関の事業であり、政治・経済・軍事で重要な星系同士を結ぶ以外は地方の領主に委任されてしまう。
結果として帝国の統治と情報伝達は、帝国偵察局が六階位の転移魔法で運用する、転移船情報網に大きく依存している。
大量の情報を運搬する事に特化させた小型の高速宇宙船を、リレー形式で次々に転移させて主要宙域を結び、後は各宙域の領主に任せるのだ。
アンシブル網も偵察局基地も無い辺境のヴランドル子爵領では、そうした情報が来るのは遅くなっても当然と言える。
さらに「リレー形式で次々に」とは言え、現実には星系内で転移魔法の運用が可能なギリギリの宙域と言えば、星辰や魔力量の関係から惑星その他の重力源から最短でも二から三天文単位、下手をすると二〇天文単位も離れている事がある。
そこから光速の圧縮通信で中継基地局に送信し、確認がとれた所でその星系からの圧縮通信が再送信されるわけであるから、通信文が情報局の電信分局から届くまでにはどうやっても相応の時間が必要となる。
軍や政府の専用船が用意してあった場合でも、再転移まで数十分から数時間は必要だ。
クラウスにとっても常識の範囲であり、ボルデ男爵がどうやってグランツェル公爵を出し抜いたのかは予想が着いた。
恐らくボルデ男爵はグランツェル公爵とドゥチェ侯爵の決定をアンシブル網のある星系で受け、手持ちの艦隊を即座に送り出し、対してグランツェル公爵は通常の伝達経路で決定を伝えたのだろう……と。
そしてこのクラウスの予想は正しい。
(嫌がらせにしては手が込んでるじゃねーか……!)
領地経営に成功しつつあって調子に乗ってる小僧に釘を刺し、あまり出過ぎるなと掣肘したいのだろう。
仮に小僧であるクラウスが血迷ってもアスベル提督なら最低限の損害で撤退し、懲罰軍を起こして正々堂々真正面から叩き潰せる。
乗って来なくてもいずれ機会を掴んで攻め込む際、侵攻軍の司令官となるであろうアスベルが直に戦場と敵軍を見ている事は損にはならない。
状況を利用しただけだとしても、そのフットワークの軽さは見習うべきものがある。
貴族社会では舐められたら終わりなのだ。
寄って集って毟られる事になる。
当然クラウスとしても、自軍の実力を知られてしまう危険を無視して全力で演習にあたるしかない。
踏んだり蹴ったりである。
ただ、このまま相手の手のひらの上で踊ったのではクラウスも腹の虫が治まらない。
「して、今回の演習ではどの程度の規模をご予定でしたかな?」
もちろんアスベル提督は知っている。
クラウスが子爵となって以来、初めて全力を投入する総合軍事演習を行うと聞いていたからこそ、ボルデ男爵はドゥチェ侯爵を通じてアスベル提督の参加をねじ込んだのである。
「いやいや、提督もご存知かと思って居ましたが、そうですか、ははは、一応決まっているのは戦艦ハ隻と重巡軽巡合わせて二〇隻、駆逐艦が六〇隻程、砲艦は三二隻で、他に地上攻撃用のミサイル艦一五隻と強襲揚陸艦六隻に空母が六隻、護衛空母が六隻と補給艦三〇隻に補修艦・工作艦が一〇隻、掃海艇ニ〇隻と敷設艦四隻、その他六〇隻の編成です。強襲揚陸艦を使った上陸演習と艦内戦闘の予定も組まれておりますが、まあ、この程度の海軍しか無い弱小国ですから、とてもとても、アスベル提督にはお目汚しとしかいえませんよ、ははは……」
と一気に言って様子を伺う。
いっそ艦名まで言ってやろうかと思ったクラウスであったが、アスベルが沈黙した事で溜飲を下げ、澄ました顔で温くなったお茶を飲み干し、侍女を呼んでアスベルのお茶を変えさせる。
「……深霊艦は参加されないのですかな?」
おもむろに口を開いて出てきた台詞に、思わず舌打ちしかけるクラウス。
深霊艦とは要するに精霊の力を借りて亜空間に潜む能力をもった、言わば潜水艦的な艦艇である。
「参加はしますが作成内容も参加数も極秘となっております」
「なるほど」
「ところで深霊艦と言えば、ボルデ男爵の深霊艦は何隻の参加になりましょう? 申告をいただいた二隻はともかく、無許可で余り公共施設に近付いては欲しく無いのですが? 男爵の船でなければ一大事、演習を取りやめ全力で迎撃に移らねばなりません」
と、先ほどまでの賑やかしさなど欠片も無い寒々しいほどの沈黙が二人を包む。
「そう言えば申告漏れがあった事、この場でお伝えするつもりでありました。閣下にお会い出来た事をよろこぶ余り思わず忘れておりました。ここで詫び致します。こちらが申告漏れした艦の航路になります。我が軍もまだまだ練度の低い者がおりまして、航法に不安のある艦が一隻……」
送信しきたデータを一瞥したクラウスがアスベルの言葉を遮り不思議そうに聞く。
「ポートゾイに接近中のもう一隻はボルデ男爵の艦では無いと?」
「いえ、二隻。練度不足の艦が二隻。まさかそんな所で迷子になっていたとは。私の方でキツく指導しておきますので、どうかお許し下さい」
どうやらこの場はクラウスがリードしたらしい。
クラウスの言う通り、アスベル提督が率いる艦隊の深霊艦は四隻なのだ。
「いやいや、どうか頭をお上げください、どうかどうか、提督と私の仲ではありませんか、ははは……」
と、そんなこんなで一見和やかでありつつ、当人達にも控えている侍女達にも、ひたすら胃の痛くなるようなひと時が過ぎてゆく。
アスベルからすると完全な誤算であり、クラウスとヴランドル子爵領の防衛体制に対する評価の大幅な上昇が必要となる会談であった。
(暴露ていたとは……!)
一体どうやって探り出したのか見当もつかないのである。
(やはり侮れない。いや、流石はグランツェル公爵家の一門。軍の技術力は民間レベルとは違うという事か……)
クラウスの屋敷から軍港へと向かう風霊車の中で、流れる景色を見ながら深々と溜め息を吐くアスベル。
「提督、会談は上手く行かなかったのですか?」
アスベルの副官であるガイオ中佐が声をかける。
「深霊艦の存在が暴露ていた。それも四隻全てだ」
「そんな!? ハッタリではないのですか?!」
「いや、違う。ヴランドル軍はこちらの深霊艦の動向を掴んでいる」
「まさか、一体どうやって……」
「ヴランドル星系の哨戒能力は、どうやら我が軍の上をゆくらしい。――ヴランドル軍の深霊艦の動向は掴めているのか?」
「いえ、帰港中の三隻以外は全く……」
つまりヴランドル子爵軍が保有する深霊艦三〇隻の動向が全く掴めないままなのだ。
「では深霊艦の能力も我が軍の上だな」
考え込んでしまったガイオ中佐を放置して、密かに口を歪めるアスベル。
嬉しくてたまらないらしい。
アスベルはボルデ男爵家の提督となってより十余年、ボルデ男爵の拡大政策による五つの戦争と紛争に参加し、二〇を超える戦闘で勝利し敗者の血を浴び呑み干してきたのである。
クラウスと会った事でその戦いの血が騒ぎだしたのだ。
(あの小僧は手強い、今の内に潰せ、手に負えなくなる前に喰い殺せ!)
アスベルの心の奥で目覚めた何かがそう叫ぶのである。
戦いの本能のようなものかもしれない。
「久しぶりに楽しませてくれそうではないか……」
「は?」
アスベルも思わず口に出してしまったらしい。
「ボルデ男爵には早急に侵攻の糸口を掴んでもらう必要がある。情報部にも協力を要請しろ。五年、いや、三年以内に開戦に漕ぎ着けるぞ」
「はっ!」
即座に旗艦に飼っている情報通信担当のキメラにインプラントを通じて念話を行うガイオ。
上位権限でその内容を確認しながら満足げな様子でガイオを眺め、辺境の新興国とは思えないヴランドル子爵軍の根拠地に目を遣る。
視界にアスベルが自身のインプラントを通じて呼び出したフリートベルグ市の全景映像を重ねる。
三〇もの対宙高射砲塔に護られ、最新鋭の設備を配した巨大軍港。
ボルデ男爵領の根拠地に勝るとも劣らない規模と設備の軍港であった。
(大公家や公爵家の支援があったとは言え、あの小僧は十年に満たない間にこの光景を生み出したのだ)
ボルデ男爵軍の三割にも満たない規模であったが、中核は帝国でも最新鋭の艦艇で揃えられ、その編成はどう見ても外洋海軍のそれだった。
この星系に来るまでは中古の艦艇で編成された沿岸海軍と侮っていたアスベルであったが、まさか防空艦や掃海艇の類いに至るまで、その全てを転移魔法が展開可能な艦艇で揃えているとは思っていなかったのだ。
一見数は少ないし小型の艦艇も多いが、同規模の領主軍が編成可能な外征軍と比べてみたら、その異常性は一目瞭然である。
ヴランドル子爵軍は保有する全ての艦艇で外征出来るのだ。
(つまり外征軍の規模では我が軍の四割割近い規模になる。今なら勝てる。だが一〇年後は? 今は良い。ボルデ男爵が生きている。男爵の死後はどうだ?)
負ける。
ボルデ男爵家には男爵自身の強烈な野心と個性だけしかない。
(つまりは俺の出番というわけだ)
アスベルの思索は入港中の旗艦が風霊車を呑み込むまで続いたのであった。
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