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家族の肖像 2


家族の肖像 2



 クラウスの屋敷はヴランドル星系第四惑星シューヌリラの、コーラッド大陸北西部の都市、フリートベルク郊外にある。

 人口は凡そ一二〇万人で、この大陸では幾つかある一〇〇万人都市の一つに過ぎないが、大きな湾の奥にある天然の良港であり、湾はそのままヴランドル子爵軍の海軍(宇宙海軍)及び水軍(水上・水中軍)・浮遊軍(空中浮遊軍)の根拠地となっている。

 その海軍艦艇及び水軍艦艇が浮かぶ黒々としたカンデラ湾と、中・高層建築が目立つフリートベルクの街並み。

 周囲の山並みに隠れる様に聳える、縮尺がおかしくなるほど巨大な対宇宙高射砲塔群。

 霞の向こうに微かに見える、巨大な複合生産施設群とエネルギープラント。

 魔法使いや携帯飛行器具を付けた人々がその身一つで空を飛び、自立型の風霊車(エアリアル・モービル)や奇怪な魔法理論でプラントから直接エネルギー供給を受けて飛ぶエアモービル等が列を成し、火の精霊力で蒸気を生み出してタービンを動かし、風の精霊力で浮かぶ大小の飛行船(低コストの超大量輸送機関であるため現役)や浮遊している軍艦艇が優美な姿を晒してコーラッド大陸各地の港と 空港を行き来している。

 発展著しい辺境の都市である事を示すように、宇宙港にはひっきりなしに船が降り立ち舞い上がり、それでいてのんびりとした辺境らしい帆船型の浮遊船が、海からゆっくりと浮上しては大陸の何処か他の都市へと人や物を運んでゆき、同じ様にのんびりとした様子で戻って来た浮遊船が、静かに着水しては港の桟橋へと進んでゆく。


(相変わらずぶっ飛んだ光景だよなぁ……?)

「にいさま、なにを見てらっしゃるの?」


 アルフィーナである。


「僕の星……かな?」


 クラウスの言葉にガラリと声を変えると、悪戯っぽく微笑むアルフィーナ。


「あらヴランドル子爵、『私たちの星』ではありませんの?」


 アルフィーナの台詞は正しい。

 アルフィーナは先日帝国から正式にヴランドル子爵夫人の地位を認められ、アルフィーナ・テレーゼ・ユーディットから、アルフィーナ・テレーゼ・ヴランドルに変わっていたのだ。


「そうでしたねヴランドル子爵夫人」


 そう言って楽しげな様子でアルフィーナに微笑むクラウス。

 ヴランドル子爵とヴランドル子爵夫人と言っても、この兄妹二人は配偶者になった訳では無い。

 ヴランドル子爵領の共同統治者というだけである。

 一応クラウスが謂わば「先任」であるため指揮系統はクラウスが上位者となり、アルフィーナが嫁ぐ時には子爵夫人領の経済価値が持参金の額となって、領地そのものはクラウスの元に残る事になっている。


「……にいさま、我儘言ってごめんなさい」


 不意に改まった口調で頭を下げるアルフィーナであったが、「気にするな」とでも言う様に、下げられた頭を軽く撫でる事で終らせるクラウス。

 実はヴランドル子爵とヴランドル子爵夫人は、単一の領地から爵位に応じた税や軍事力(税だけで済ませる事も可能だし、当然ながら税率は軽減はされる)を二重に納めなくてはならないのだ。

 「贅沢をしなければ余裕」そう言ってあっさりと受け入れたクラウスには、実はほとんどメリットが無い。

 ただし大公国としては大きなメリットがある。

 身内に爵位を持つ貴族が一人増えて一門全体として見た場合においては、帝国より許される事になる軍事力と税収が増えるのに対し、領地を新たに与える必要が無いのだ。


「そうだ、お父様からフィーのサロンを開く様に言われているんだ、希望があれば聞いておくよ? 何かある?」

「開かなくて良いです」

「お前ももうすぐ十六になるし、そんな訳にはいかないだろ?」

「私はにいさまがいれば良いんです」


 言われて思わず頬が緩みそうになるが、心を鬼にして再度サロンの希望を聞く。

 だがもちろんアルフィーナの反応は変わらない。

 とは言っても、アルフィーナのサロンを開くのは決定事項である。

 この世界の中・上流階級には学校が無く、必要な知識は睡眠学習で身に付けてしまう。子供達を集めて教育を施すような施設は必要無いのだ。

 当然子供時代から対人関係の能力を磨く様な場所が存在しないため、サロンを開いて人を集めるか、どこぞで開かれているサロンに集まるのである。

 そうしてサロンに集まった者達がそのまま独立した時の家臣団となるため、サロンとは上級貴族はもちろん、富裕層及び裕福な中位貴族にとっては非常に重要な施設なのだ。


「我儘言ったらダメだよ。フィーはもうヴランドル子爵夫人なんだからね?」


 アルフィーナにもそれはわかっているのだろう。

 ぷぅっと頬を膨らませてそっぽを向いてしまう。


「そんな顔してもダメ。フィーにもわかってた事でしょう?」


 むぅ、となにやら一瞬考え込んだアルフィーナであったが、顔をあげるとニッコリ笑って一言。


「にいさまのサロンに入ります」

「はぁ? 共同のサロンにするの?」

「いいえ、私が、にいさまのサロンに入るんですわ」


 言われて今度はクラウスが考え込んでしまう。

 が、悪い手では無い。

 クラウスが開いているサロンには有能な人材が集まって来る。

 予算やポストの都合上その全てを雇用するのは不可能であったが、アルフィーナには最低でも数年は大公家からの援助金が入る。


「その手があったか……」


 何も無理して一からサロンを開く必要は無いのである。

 援助金を使って未開地に新たな都市を築き、星系内の資源を開発するのは当然だが、アルフィーナの家臣団が揃うまで実際にそれを行うのはクラウス配下の者達である。

 アルフィーナがクラウスの家臣団に混じり、安定した一定規模の領地経営が行える様になった時点で、改めて領地と家臣団を分割しても良いのだから。

 それならいざアルフィーナが嫁ぐ時には、クラウスの思う通りの持参金を持たせてやる事が出来る。


(これならアルフィーナに銀河一の持参金を持たせてやれる! 皇帝陛下も腰を抜かす宇宙一の花嫁……完璧だ!)

「うん、良いね」

(これなら持参金なんてゼロに出来るわ。噂を流せば小うるさい金や縁故目当ての連中は二の足を踏むはず……完璧だわ)

「良い手よね?」


 お互い微笑みを交わして窓に映るフリートベルクを眺めつつ口の中でなにやら呟くと、ふっふっふっ……と道化師のリトですらドン引きする不気味な笑い声を漏らす兄妹であった。


「クラウス様、アスベル提督がご到着なさいました」

「もうそんな時間か……」


 家宰のリシャールが慎ましく声をかけて来た。近隣星系からの表敬訪問の艦隊が到着したらしい。

 心地良い時間というのは長くは続かないのである。

 一瞬だけアルフィーナに視線を送って微笑みを交わし、左腕の腕輪に触れる。

 即座に魔法陣が展開して幾つかの情報窓が現れた。

 流石は領主の端末だけあり機密情報が満載であったりもするが、アルフィーナ以外の者には同時に展開される高度な認識阻害の魔法で読み取られる事はない。


「このアスベル提督って出身はポートゾイなのね? なぜボルデ男爵に仕えてるの?」


 横から画面を覗き込んでいたアルフィーナが不思議そうに呟く。

 ポートゾイは人口五〇万に達するヴランドル子爵領が誇る最大最新鋭の植民・工業衛星であり、アスベル提督はボルデ男爵という、よく言っても敵対的な貴族の海軍司令長官なのだ。


「ポートゾイは元々ボルデ男爵領から購入した中古の工業衛星だから、かな? この星には提督の知人も多いしね。表敬訪問先にはポートゾイも含まれてる。断り難い上手い人選なんだよ」

「ボルデ男爵領の中古品がヴランドル子爵領では最新鋭……」

「それは言わない。悲しくなるだろう?」


 大して悲しくもなさそうに言うクラウスであったが、実はかなり深刻な問題なのだ。

 父のグランツェル公爵領からの援助で軍事面では、帝国全土でも優良と言って良い艦艇と装備を誇るヴランドル子爵領であったが、民生品の製造分野では周辺諸領と比べて三歩も四歩も遅れているのである。


「ヴランドル子爵領はまだ若い。アンバー指定が解除されて三〇年にしかならない後進国なんだ。これからだよ」

「それはわかってるけど……」

「けど?」

「悔しいの。ヴランドルは美しくて良い国だわ。資源も豊富で活気もある。多少技術的に劣る面があるにしても、見下される云われは無いもの」


 アルフィーナが言いたい事はクラウスも良くわかっている。

 今回の表敬訪問でアスベル提督は、事前の通告無しに外惑星系圏内に侵入している。

 ヴランドル子爵軍の哨戒範囲外からの通告であれば、帝国の法律上「事前通告」の規定は満たしているため問題は無いと強弁は出来るのだが、ヴランドル星系はオールト雲まで含めた恒星系全域が子爵領である。

 貴族同士の慣行上「門番が居なかったから戸口まで来てノックした」では済まない侮辱的な行為だったのである。


「まぁヴランドル子爵軍の哨戒範囲は内惑星系までしか無いからね。最近の慣行では無いけど、二〇〇年位前なら一般的な行為だったはずだよ?」

「――二〇〇年前なら「表敬訪問」の顔をして侵攻軍を送るのも常套手段だったわ」


 全くもってその通りである。

 負けたよ、と直ぐ側にあったアルフィーナの額に自身の額をくっつけて微笑むクラウス。

 実際問題表敬訪問させるには少々物騒な人選ではあったのだ。

 ボルデ男爵はドゥチェ侯爵派の貴族として、グランツェル公爵家の軍とは幾度となく戦っており、アスベル提督にはグランツェル派閥の貴族が何度も煮え湯を飲まされている。

 要するに仇敵とも言える人物なのだ。

 とは言え建前上は同じ帝国貴族として、ヴランドル子爵とボルデ男爵が友好関係を結ぶのはおかしな話では無い。

 ヴランドル子爵領とボルデ男爵領は僅か二階位の転移魔法で行き来が出来る「ご近所さん」であり、経済的な結び付きで言えば六階位の転移魔法が必要であるグランツェル公爵領より遥に親密なのである。


「戦艦二隻に重巡四隻、軽巡・駆逐艦が合わせて十二隻か……」

「その他補助艦艇八隻。でも強襲揚陸艦や空母は無いのね」

「うーん……」


 戦力としてはそれなりではあるが、ヴランドル子爵軍の二割程度の規模でしかない。しかも惑星攻略には必須となる揚陸艦や空母が無いため、子爵領への侵攻が目的の艦隊とは考え難い。


「……完全に嫌がらせ。でしょ?」

「こちらの防御体制を確認したいって面も強いんだろうな?」

「嫌らしいやり方ねぇ? アスベル提督の案かしら?」

「どうだろうね? ただアスベル提督にヴランドル星系を直に見せておきたいのは確実だろうけど」

「……ボルデ男爵はヴランドル星系の攻略を狙っている?」

「今直ぐじゃ無い。名分も無いし市民感情も良い。ヴランドル子爵領は男爵家のお得意様でもある」

「つまり将来的にはお兄さまがライバルになると見ている……ボルデ男爵って人を見る目はあるのね」


 なかなかの言い草である。

 アルフィーナは見る目があると評して上げているようだが、戦いになればヴランドル子爵軍の、クラウスの勝利を疑っていないため実は貶して切り捨てているのだ。


「さて、表敬訪問の使節を待たせるのも悪いしそろそろ行って来るけど、アルフィーナはどうする?」

「ヴランドル子爵にお任せいたしますわ。わたくしは朝から気分が優れず臥せっておりますの」


 満面の笑みで言う台詞では無いが、予想通りであるため苦笑するしかないクラウスであった。






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