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朝の夕餉  作者: さんちょ
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遺書を書いてカフェに行こう

 拝啓、世の中へ。私は今日、死んでやることに決めた。

 それは覚悟じゃなくて思いつきに近く、一度思いついてから磁石のように引き寄せられて離れられなかった。

 死ぬと決めたからには、周りに迷惑がかからないように遺書を残すつもりだった。死に場所はもちろん海。首吊りや練炭など死体が残るものは嫌だった。私は友達からお土産でもらったボールペンを手に取り、こっそり用意してあった手紙用紙を一枚取り出した。

 当たり前だが、遺書の書き方など教わったことはない。作法とかあるんだろうか。

 両親は私が死ぬことなんて微塵にも想像していないだろう。彼女たちの理想の中で私は今まで生きてきたわけだが、その私とは成績優秀、親孝行で心配などかけることがない子供だ。それが空想であることに気づけない分、両親は救えないバカらしさがあってかわいいと思うくらいの呆れが存在していた。

 遺書には謝罪を書いてはいけないような気がするのだった。私が死にたくて死ぬのだから、謝るのは筋違いだと。とりあえず育ててもらった感謝くらいは書こうと考えた。幼いころから面倒を見てもらったこと、学費を出してもらって学校に通わせてもらえたこと。自分が本当に感謝していることを二、三文程度書いたところで手は止まっていた。手紙は半分以上空白に染まった。最後に小学生のころから大事に使っているお花のスタンプを押した。ちなみにこれは死守した最後の一つで、ほかのほとんどは掃除のときに捨てられてしまった。理由は子供っぽいから、必要がないからだそう。それでも私は、一番のお気に入りであったこのスタンプに最後の役目を与えられて満足した。

 少し上機嫌になった私は、死ぬ場所に向かうまでに何をしようか悩んだ。どうせ死んでしまうのなら、お金を渋る必要もないし恥を恐れる必要もない。とりあえずお気に入りの喫茶店に行こうと考えた。その喫茶店でおすすめのスイーツを全部食べよう。私は軽く身支度をしてすぐに家を出た。

喫茶店までは徒歩5分、私は携帯の通知にびくびくすることもなく、ここ最近ずっと悩まされてきた頭痛も気にならず、軽い足取りでステップを踏んでいた。まるで小さい頃みたミュージカルの主役のような気分になれた。タップタップタップ、ターン。普段なら絶対にこんなことできない、というかしない。私の想像の中では、ロープでぐるぐる巻きにされた私がこっそりロープから抜け出した絵が浮かんでいた。

 まだ細い葉を懸命に伸ばす木々も、雨上がりに光る水たまりも、澄んだ空気の音も、全部ひさしぶりの再会のような気がする。それは小学生の頃の夏休み、自分が楽しいと思うこと以外何も考えず駆けずり回った公園の景色に近かった。ずっと悪い夢でも見ていたんだろうか。喫茶店はもうすぐだった。

 住宅地に溶け込むように、その喫茶店はひっそりと存在する。私が中学二年生の時に開業したこの店は、どこか強面のマスターが経営するシビアなお店という偏見から入るのを渋っていた。最終的には自然さに凝ったデザインに惹かれて恐る恐る押しドアを開けたのであった。今では店長さんとも仲良くなり、家にいるのがつらくなるとここにきていた。今日で最後になるのは少しだけさみしいけど、このお店がモチーフにする自然だって、移り変わっていくものなのだ。私一人がいなくなったところで、このお店には常連さんがたくさんいる。そのうち私という存在も溶けてなくなっていくだろう。

喫茶店の前には季節限定パフェのポップアップが置いてあった。カラフルなスイーツパフェや、シックな雰囲気の外観に甘いシロップがかかっているチョコレートパフェなど、食欲をそそる要素しかない。私はどのパフェを食べようか逡巡しながらカフェのドアを押し込んだ。


「いらっしゃいませー。あ、さきちゃん久しぶり~!待ってたよ!元気?」

ミディアムより少し長い金髪を後ろで束ねたお姉さんがこの店の店長をやっている。学生時代はルーズソックスに大量のストラップを付けたガラケーを持ち歩いてました、といった雰囲気の店長だ。これもまた偏見である。


「お久しぶりです」

思っていたより三トーン下の声が出た。それは自分の胸により低く響いた。相手に心配をかけてしまうかも、という不安が少しだけ胸を突いた。


「あれ、元気ない感じかな?とりあえず座って座って!」

 やはり少し心配させてしまったようで、私はできる限り元気そうな笑顔を作って大丈夫です、といった。窓際の二人掛けのテーブルに腰掛けメニューを眺める。店内には私しかいなかった。

メニュー表は店長自らのデザインで、かわいいイラスト付きの手作り感満載なメニューである。私はいつも頼んでいるカフェラテと、スイーツを選んだ。


「じゃあこの、季節限定のフルーツパフェと、カフェラテを一つお願いします。」

 本当はもっとスイーツを頼みたかったけれど、全くもって意味のない体裁を守ってしまうような感覚から、これ以上頼めなかった。あとで勇気を出してもう一つくらい頼もう、


「おっけー!お姉さん腕によりをかけて作っちゃいます!」

 店長は袖をまくり上げて力こぶを作って見せた。その仕草に自然と笑みがこぼれた。


 窓の外に目を向けると、いつもと同じ風景が私に挨拶をしているようだった。この席は窓から見える木々が一番輝いているように見える。今日は雨あがりの晴れの日だから、いつもより木々は生き生きと私の視界を彩ってくれる。夏になればもっと青々とするのだろう。私はもう見ることはないから、今日だけは精いっぱいの愛を木に送ろう。

 まるで、自然に対して罪滅ぼしをしているようで少しおかしくなった。

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