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ガラスの靴ならぬ、木彫りの首飾り






 王がひとりの女性を探している。


 そんな噂が王城内に広がったのはつい先日のことである。


 現国王は御年三十三歳。

 王妃が早逝してすでに十年、未だ正妃の座は空位のままであり、並み居る候補者たちをのらりくらりとかわし続け、未だ即妃さえ娶られぬ、と家臣たちの悩みの種となっている。

 子はひとりもいない。

 

 このままでは王弟の血筋が玉座を継ぐことになるのでは、とまことしやかに噂され、裏の舞台では様々な駆け引き、権謀術数が繰り広げられているが、王はその噂を否定しない。

 それどころか、そんな未来もあるかもしれないな、と人目憚らず口にする始末である。

 

 そのような態度も相まって、影では愚王と評されることもあるが、側近たちは知っている。それらがすべて計算ずくの言葉であることを。

 

 何にしても、一国の王がいつまでも独り身というわけにはいかない。後継問題以外にも外交やら何やら、様々な側面から配偶者は必要なのである。

 王妃という存在が。

 

 しかして、側近たちはその女性を血眼になって探すことになった。



「ガラスの靴ならぬ、木彫りの首飾り、ねぇ」



 そして、キリカもそれに駆り出されるうちのひとりだった。


 件の女性が肌身離さず持っているという木彫りの首飾り。

 その意匠は機密事項だったが、キリカたち第零ゼロ騎士団には周知されていた。

 

 何しろ、王家の暗部であり、諜報活動を専門とする部隊である。今回のシンデレラ探しの特攻的立ち位置にあった。


 そんな第零騎士団の一員であるキリカは自分の胸元をまじまじと見やる。


 そこにあるのは首飾りだ。


 ドラゴンが、その鋭い鉤爪で水晶を抱えている。

 瞳の部分には貴重な黒曜石が嵌め込まれており、水晶には紅玉が使われている。

 ドラゴンの造形を象る素材は木、つまり木彫りだ。


 機密事項としてまわってきたペンダントそのものだった。


 早くも、探し人を確保して証拠品を押収したわけではない。

 ペンダントは元からキリカの持ち物だった。随分前から肌身離さず身に付けている、御守りでもある。


 資料として、意匠の図面がまわってきたときには、変な声を上げそうになった。

 自分が王の探し人?

 あるわけがない。直属とはいえ、面識さえないのだ。


 なぜ、こんなややこしいことになっているのかは分からないが、血眼になって探している面々からすれば、灯台下暗しもいいところだ。



「お役目、どうしよう」



 ひとりごちつつも、そこまで深刻ではない。

 王の気まぐれなど今に始まったことではないし、すぐに忘れ去られると楽観視していた。


 そして、キリカはひとつの仮定を立てる。


 この首飾りの元の持主……キリカの母を王は探しているのだろう、と。


 王と母の間に何かしらのロマンス的あれこれがあったのかもしれないなーとぼんやり考えて首を振った。

 考えたくもない可能性に気付いたからだ。


 キリカは父親の顔を知らない。


 とある高貴な方なのよ、と悲しげに笑んだ母の顔が今更ながらに思い起こされた。

 もはや会うこともままならない遠い地の方だから、と言っていたが、まさか身分的に遠いという意味だとは夢にも思うまい。

 幼いながら、父は死んだか、もしくは異国の人間なのだと勝手に想像していたというのに。



 そして、キリカは名乗り出るつもりなどさらさらなかった。

 今の地位も実力で勝ち取ったものだ。

 だが、名乗り出ようものなら、そこにケチがつくに決まっている。今さらあれこれと横槍が入るのは御免被りたかったのだ。


 そっと胸元にしまい込み外側から念入りに隠す。

 今の仕事着は幸いにも露出が極めて少ない。襟ぐりも非常に狭く、首元が詰まっている。清楚・清廉を良しとする風潮の影響だ。

 

 そこに隠せば首飾りの在処を探ることなどできない。

 そう、無理矢理にでも暴かれない限り。



「一生見つかんないな、こりゃ」



 そして、戦闘員であるキリカの胸元を暴くなど、容易いことではない。

 

 その辺の平騎士など束になっても敵わないだけの自信はあった。なのでこの騒動を知らぬ存ぜぬでやり過ごすことなど楽勝楽勝。

 そう、考えていた。

 今、このときまでは。



「そこのおまえ」

「はい?」



 だからこそ、そんな呼びかけにも気軽に振り向いた。無害で無力な《女官》の顔をして。

 

 騎士団と名はつくものの、第零騎士団の所属人数は両手で足りるほど。

 

 その存在自体が秘匿されているため、実在を知る者は極ひと握りの人物だけだ。

 一介の女官として働くキリカの正体を目の前の男は知らないだろう。

 だが、キリカは知っていた。

 

 王立騎士団の中でもエリート中のエリートが所属する近衛部隊、さらにその隊長である。貴族としての地位は侯爵家嫡男、独身。

 

 ラダト・ティスターナ。

 

 王城内でも超がつく、優良物件だ。

 

 キリカは一瞬身構えるが、今の自分が女官姿であることを思い出し、自らを叱咤する。



「失礼しました。私をお呼びでしょうか」

「見ない顔だな。所属は?」

「王城の東棟を担当しております、女官のキリカと申します」

「そうか。今手にしていた首飾りは?」



 でかい図体のくせして何という気配の制御。そして本能。

 

 近衛騎士として非の打ち所のない優秀さに舌を巻く。決定的とは言わずとも、何ともまずい瞬間を目撃されてしまったようだ。

 近衛隊長ともなれば、今回の”シンデレラ” の首飾りも資料として確認していることだろう。

 

 魔法を巡らせていなかった自分に盛大な舌打ちを漏らしつつ、表面上は恐縮した様子をつくる。一介の女官が逆らえる相手ではない。



「母の形見ですが……これがどうかされましたか?」



 服から取り出した首飾りを相手へと掲げ、不安を滲ませる。

 

 それはさきほどの木彫りとは明らかに違う意匠のもの。咄嗟に物質変化の魔法を発動できたことに自画自賛する

 

 目の前の男は納得がいかない様子だったが、魔法に疎ければ決して看破されたりはしない。

 そして目の前の男が魔法を使わない生粋の武人であることは把握済み。

 

 難しい顔をしてキリカと首飾りを見比べているが、違うものは違う。 

 ドラゴンに見えたのは目の錯覚だ。魔法の痕跡を一切残さない超上級魔法、見破れるものなら見破ってみろ。

 

 そんな内心とは裏腹に、キリカはハラハラとした様子をつくってみせる。

 

 もうすぐだ。

 もうすぐラダトの副官がこの場を収めてくれるはず。

 気配察知の魔法を発動させつつ、キリカは勝ったと思った。野生の本能では勝てずとも、魔法を上乗せした自分に勝る者などない。

 それがキリカの誇りだった。

 

 自分の見たものに絶対の自信を持っているのか。

 疑い深く、キリカの首筋を視姦し始めたラダトだったが、そのときようやく救世主が現れた。



「ラダト様……!?」



 いや、後で思うと、余計に事を大きくする人物の登場だったかもしれない。



「――――ゼクスか」

「ラダト様、いかがなされたのです!」

「いったい何だというのだ。騒がしいぞ」

「は。申し訳ありません。しかし、そちらの女官は……?」



 そこで初めてラダトは弾かれたように身を引いた。

 無意識にキリカへと迫る大きな図体は、か弱い女官に無体を働こうとする構図そのものだ。怯えて身を引いてる風を装ったのだから当然と言えば同然だ。



「す、すまん。つい……」

「いえ。大丈夫です」

「いや、しかし。申し訳ない」



 少しばかり赤く染まった顔を手のひらで覆うラダトに、女性慣れしてないのは事実だったかと分析する。



「キリカ殿。驚かせてしまい本当に申し訳ない」

「いえ。とても真剣な顔で迫ってくるものですから、私が何か粗相をしたのかと……なにぶん、最近お城へ上がったばかりですので失礼があったのなら申し訳ございません」

「俺の一方的な勘違いだ。本当に申し訳なかった」



 謝罪合戦を繰り広げて終わらない。

 

 副官であるゼクスがその場を収めてくれなければ、しばらくずっと頭を下げ合う羽目になっていたかもしれない。






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