第1話 緩み切った表情
お待たせ致しましたー
大好きな彼氏から……同棲のお誘いをもらえるとは思わなかった。
まだ一年くらい先の約束ではあっても、裕司が一度決めた約束を破ることは……滅多にない。よっぽどのことがない限り、反故されたことはなかった。
実家に帰省する前……お互い年度末最後のバイトをするのに、怜はうきうき気分でロッカーへ向かう。
顔がニヤけているのは仕様がないが、仕事では切り替えようと気を引き締めようとしたけれど。
「…………マトーさん。大丈夫デスか?」
苺鈴とグラス磨きをしている時に、心配そうに聞かれてしまった。
「大丈夫だよー?」
「けど……ずっと、ユルんでマス」
「そんなに?」
「はい。ユルユルデス」
首を何度も縦に振られたので、変に心配をかけさせたかもしれない。怜はバックヤードに今他に誰かいないか見てみる。
年末間近なので、宴会業務も少なくて……逆に年始以降の三ヶ日のためのセッティングに必要なものの整頓をしている。
今やっているグラス磨きも……アルコールで薄く、トーションナフキンの古いやつで丁寧に磨き、保管するラックに入れたら業者がラップ巻きにしてくれるのだ。
その業務をやっている、怜と苺鈴以外今は誰もいない。
「……王ちゃん、あのね?」
「はい」
「…………まだ少し先だけど、こもやんと一緒に住むことになったんだよ!」
「! つまりは、ドーセー!?」
「だから、ゆるゆるなのだよ〜!」
「素敵、デス!」
苺鈴もそれなりに可愛い顔立ちをしているが、国元に彼氏がいないわけでもなく今はフリーらしい。彼氏が欲しくないと言うわけではないものの、研修のバッジが外れて準社員になった今も急ぐ必要はないそうだ。
まだ一応二十代であるし、中国の場合……地方にもよるが親子ほど離れた年の差婚も珍しくない。だから、きちんと仕事を全うした上で、寿退社を目指してもいるんだとか。
「言われたのだよ!! この間、こもやんのおじいさん達のお家に行ってきた帰りに!!」
「おじいさん……コモリさんの?」
「うん!! 美味しいところてん食べさせてもらったのだよ!!」
あの美味しさは、今でも忘れられない。このホテルのまかないで食べた以上に、出来たてでちゅるるんとした喉越しが堪らなかった。
一年のうちに、ほんのわずかな時期にしか食べられない……生のところてん。
あの味は、一度知ってしまうと病みつきになってしまう。
「お出かけガエリ……からの、プロポーズ……デスか」
「へ? プロポーズ??」
「違うンデスか??」
「い、言われては……ないかなあ」
「そうデスか」
思い返してみても、同棲は提案されたが結婚までは言われていない。
それに、年明けの怜の実家への挨拶を思うと……それは結婚の挨拶ではないかと思ってしまった。
次回は16時45分〜




