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7 握った手


 

(どうしてランドがここに?!)


店の入り口で、リリとランドの長い沈黙を破ったのは、ランドの隣にいる壮年の男だった。


壮年の男は、互いに見つめあった状態で固まる二人を交互に見て尋ねた。


「もしかして、二人知り合い?」


しかしランドはその問いに答えることなく、リリに向かって言ってきた。


「何してるんですか」

「見ての通り、働いているのよ」

「どうしてそのような格好を?」

「べ、別に着たくて着てるんじゃなくてっ、ここの制服だから!」

「……っ」


その後、ランドが何か言いかけようとした時、厨房から出てきたクランに声をかけられた。


「リリー、早く席まで案内してやんな」


(そうだった……)


「こ、こちらへどうぞー……」


ランドたちを空いている一階のテーブル席へと案内ようとした時、壮年の男が突然声を上げた。


「リリ!? もしかして、あんたがリリ様!?」


その声に驚いていると、ランドがその男の頭を叩いた。


「いてっ」


そしてランドは案内しようとしたテーブル席へ、その男を連れて座った。


(どうして私の名前を知っているのかしら)


暫くして、注文を取りに行くと、さっきの男が申し訳なさそうに笑顔を向けてきた。


「さっきはすみませんね。いきなり噂の人に会えたので驚いちゃって……」

「噂?」


何のことか分からず、首を傾げているとランドがその男を紹介した。


「リリ様、この男はドリカ護衛騎士のケイファです。怪しいものではありませんよ」

「どうもー、ケイファです」

「ど、どうも……」


リリがぎこちなく会釈をすると、ランドが付け足した。


「リリ様の素性を知ってますが、信用できるので大丈夫です」

「お、珍しいな、ランドが褒めるなんて」

「いや、やっぱり嘘吐くし信用できない」

「照れるなよー」


あまり見ないランドの態度を見て、二人は本当に仲がいいのだと思った。


「まあ街で困ったことがあったら言ってくださいよ、リリさん。可愛い人のためなら、俺はいくらだって飛んでいきますよ!」


ケイファが胸を張って、そう言ってきたので少し顔を赤くした。社交界で会う男の人にも可愛いなんて言われたことがなかったからだ。


しかし、その様子をランドが見ていたことには気づかなかった。



ランドとケイファが料理を食べ終わる頃、ふとランドの頰に細く伸びた切り傷があるのが見えた。今朝にはなかったものだ。


ランドに近寄って、尋ねた。


「ランド、あなた顔に傷があるわ」


するとランドはその傷を触りながら、平然と言った。


「ああ、大した傷じゃないです。四日も経てば消えますよ」

「あー、あの時か」


ケイファも平然とその傷を眺めた。


「手当てしたの?」

「いや、してませんけど……」

「ダメよ。ちゃんと手当しないと」

「大丈夫ですよ。このくらいの傷には慣れてますから」

「でも……」


「おーい」


その時、二階にいる客に呼ばれた。


「あ、はーい!」


ランドとの会話を中断させて、呼ばれたテーブルへ向かうと、そこには首から顔まで真っ赤に染め上げた若い男二人がいた。そのうちの一人がニヤニヤしながら話しかけてきた。


「お嬢さん、新人さんー? 名前何ていうの? ヒック……」

「……リリ、です……えっと」

「今度俺とさ、デートしてよ。ヒック……」


(完全に酔ってるわね。でも蔑ろにすれば、お店に迷惑が……)


もう一人の男を見ると、眠そうに首を上下に揺らしていた。


「なー、いいだろー」


リリが黙っていると、あろうことか、男はリリの腕を掴んできた。

その瞬間、生まれて初めての事態に、全身に寒気が襲い、足がすくんでしまった。


(どうしようっ……)


すると、急に男の手がリリの腕から放れたのと同時に、男が悲痛な声を上げる。


「いててて!」


そこには、いつの間にか現れたランドがリリを掴んだ手を腕ごと捻じ曲げていたせいだ。


驚いていると、ランドは男の腕を解放して振り返らずに言った。


「リリ様すみません、やっぱり手当してもらってもいいですか」


その様子を下で眺めるケイファは出る幕なし、と残っている料理を摘んだ。


捻じ曲げられた腕を抱えながら蹲った男は、ランドを睨んだ。


「はあ? この子は俺と話してるんだよ! お前は引っ込んでろ!」


その瞬間、ランドが男を見下ろしながら睨み返すと、男は後ずさった。


厨房から騒ぎを聞きつけたクランがやってきた。


「ちょっと何騒いでんだい! あんたら飲み過ぎだろう! もうさっさと帰りな!」


すると、男たちは煩わしい顔をして、大人しく帰っていった。


「すみません」


申し訳なく思い、謝ると、クランはリリの頭の上に手を置いた。


「気にすることないよ。ああいうのは私に任しときな。怖かっただろう」


その優しさにリリは心が温かくなった。




厨房の奥の部屋を借りて、リリは椅子に座ったランドの顔にある傷の手当てをするために薬箱を開けた。


布に消毒液を付けながら、ランドをチラッと見た。


「さっきはありがとう。助かったわ」

「……」


この部屋に来てからずっと黙っているランドは、何故か目を合わそうともしない。


(なんで黙っているのかしら。さっきみたいなこと、いつもなら直ぐにからかってくるのに)


「その服……」


突然ランドが口を開いた。


「分かってるわよ。どうせ似合ってないとか言うんでしょ」

「いえ、すごく似合ってます」

「!?」


驚いて、ランドの顔を見ると、やっと目が合った。

しかし今度は自分から目を逸らし、ランドの顔の傷に消毒液を付けた布を押し当てた。


(この男が素直に褒めるなんて、ありえないわ。きっと、またからかっているのね)


再び布を押し当てると、不意にランドがその手を握り、目を見詰めてきた。


「……ちょっと、手当てができないわよ」

「俺は、本当は働くのは反対です」


いきなり何を言い出すのかと、ランドを見る。


「リリ様のことを皆に見せたくありません」


(やっぱり似合ってないんじゃないのよ)


「でもリリ様が望むことなら我慢します」


するとランドの手の力が少し強くなった。


「だから、俺の握った手は離さないでいてください、リリ様」


真剣に見詰めてくるランドに、リリはなんだか目を逸らせなかった。




最後の客が帰り、店が閉店し、リリとランドは並んで家に向かって歩いていた。後ろにある満月が二人の歩く道を照らす。日中は多くの人が行き交っている街道も、今はリリたち二人しか歩いていなかった。


ランドの頰には、リリが手当てして貼った絆創膏が貼られている。


「今日はなんだかとても長い一日だったわ」

「大変でしたね。まさか、そんなに働く先が決まらなかったなんて」

「う、うるさいわねっ」


すっかり調子を取り戻したランドにリリは足を止めて言った。


ランドはリリの先を歩きながら、笑った。


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