6 欲張りになる
リリが働くと言った日、ランドは街近くにある森の中を歩いていた。
「おーい!」
森の中で手を振って出迎えてくれたのは、ケイファ・ボルドー。
綺麗に整った短い髪が、更に活発そうな印象を付ける風貌の彼はドリカ在住の騎士で、ランドの騎士見習い時代からの唯一の友人だった。
見習い時代から多くの功績を挙げていたせいで、良くも悪くも周りと溶け込むことができなかったランドは、妬まれ、嫌厭されているのは自分でもよく分かっていた。だが、それを気にしたことは一度もなかった。なぜならランドにとって、功績などどうでも良かったからだ。それは早く見習いから脱却する手段でしかなかった。
ケイファとは歳も近く、任務で一緒になった時に仲良くなった。
「久しぶりだなー、ランド」
「久しぶり。元気だった?」
途端にケイファは、げっそりした表情をする。
「毎日毎日書類に追われてるよ……」
騎士の仕事は案外、書類提出が多い。大きな街に在住するケルファは特に多いだろう。盗賊や山賊の動きだけではなく、街で異常な動きはないか、報告する義務がある。訓練も行っているが、実際は書類に追われるだけの一日もあるというわけだ。
「最近机にしか向かってないから、こうして付き合ってくれるのは本当にありがたいよ」
ドリカに住むことになった日、ケイファに報告すると、すぐに連絡が来た。
久しぶりに、稽古に付き合ってくれという、ケイファの頼みに内心胸を弾ませていた。
静かな森に、刃と刃のぶつかり合う音が響いた。
「それで? 暫くはこっちに居るのか?」
剣を振り回しながらケルファが尋ねる。
「リリ様次第かな」
剣を受け止めて、答えた。
そして互いに剣を弾いて、向き合った。
「出たよ、リリ様。昔からほんと、そればっかだなお前は」
昔とは騎士見習い時代のことを指していることを、ランドは察していた。
「当たり前だ」
再び剣を交える二人は会話をしながらでも、隙はない。
「それにしても街暮らしがしたい令嬢なんて聞いたことないよ」
ランドはリリの顔を思い浮かべて、心の中で頷いた。
「それで? そのリリ様は今どこに? 一緒にいなくてもいいのか?」
「働くって言ってた」
「え!? 令嬢が働くのかよ!?」
ケイファの、その一瞬見せた隙を見逃さなかった。
ランドは自分の剣を振り上げ、ケイファの剣を弾き飛ばした。そしてその剣は回転しながら空を舞い、地面に突き刺さった。
「ああー! 油断したー!」
悔しがるケイファを無視して会話を続けた。
「本当はケイファなんかと会うよりもリリ様に付いて行きたかったけど、あまり付きまとうと嫌われるから今日は我慢したよ」
「色々突っ込みたいところはあるけど、あれだろ? また余計なこと言って怒らせてんだろ? 悪いとこだぞー」
ケイファは地面に刺さった剣を取り上げ、土を振り払って鞘に収めた。
それを見て、ランドも剣を鞘に収めた。
「リリ様はいろんな表情をするから、からかい甲斐があるよ」
と、今までのリリの反応を思い出して笑う。
リリ様って令嬢も変な奴に目を付けられたな、とケイファは想像上のリリを哀れんだ。
そして意気揚々と身を乗り出した。
「よし、じゃあ行くか!」
「どこに?」
連れてこられたのは、さっきいた場所から遠く離れた、森の奥深くにある洞窟の前だった。森の茂みに隠れるようにある、その洞窟はかすかな苔が貼り付いていた。洞窟の入り口は暗く、奥行きがありそうだった。
大体の情報を踏まえて、ケイファがなぜここへ連れてきたのかを察した。
「山賊か」
「ご名答」
キメ顔を向けてきたケイファに踵を返した。
「帰るよ」
すると、ケイファは腕を掴んで、全体重をかけてきた。
「ちょちょちょ、待って。ごめん。今、人が少なくて任務が溜まってるんだって」
聞こえない振りをして、ケイファを引きずりながら歩いた。
「頼むよー! 王国最強の騎士様ー!」
ケイファは泣きべそを掻いたような情けない声を出して、右腕に縋り付いてきた。
「知らないよ。俺関係ないし」
「そんなこと言っていいのかよ。大切なリリ様の住む街の治安が悪くなるぞ」
ランドは急に、動きを止めた。
それを見て、しめた、と言わんばかりにケイファが畳み掛けた。
「そうなったらリリ様危険だなー。あの時、討伐してたらって後悔するかもなー。まあでも無理強いするつもりはないし、いいよ。帰りたいなら帰っても」
ようやっと腕を放したケイファはランドに背を向けて様子を伺った。
暫く沈黙が続き、ランドが口を開いた。
「ケイファ」
ケイファは振り返ると、ランドの顔を見てギョッとした。
「いい度胸してるね」
ランドは蔑んだような表情で見下ろしていた。
その時、洞窟の方からランドたちに向かって声が飛んできた。
「おい、そこで何してる!」
ケイファの騒がしい声にいつの間にか、洞窟から出てきた山賊たちが武器を構えていた。
(それはそうだ。これだけ騒いでたら)
ランドは引き抜いた剣を構え、ケイファに尋ねた。
「何人いるんだ?」
「情報では十五人だ」
ケイファはランドをチラッと見て、小さく笑みを浮かべた。
「余裕だろ?」
「当然」
「やれ! お前ら!!」
山賊たちの中心にいる大男が叫ぶと、一斉に斬りかかってきた。
ランドはケイファと二手に分かれ、山賊と対峙することにした。
静かな森に喧騒な音が入り混じる。
山賊たちの動きは鈍く、先ほどケイファと剣を交えていたおかげで、素早く対処することができた。離れた場所で闘うケイファも同じようだ。
次々と仲間が倒れていく光景に、先ほど叫んだ大男が尻込んだ。
大男と目が合うと、意を決した表情で剣を持って突進してきた。
しかしランドは身を翻し、大男の背中を蹴り飛ばした。大男が地面に倒れると、持っていた剣は遠くへ飛んでいった。
それでも立ち上がろうとしてきたので、顔の目前に剣の刃先を向けた。
すると大男は悔しそうな表情を向けて、やがて大人しくなった。
「いやあ、さすがだな」
感心するようにケイファが歩いてきた。
「正直腕が訛ってるんじゃないかと思ったけど、全然そんなことなかったな」
「今度、酒奢れよ」
そう言って、剣を下ろした瞬間、大人しくなっていた大男が懐から隠し持っていた短剣を取り出して、ランドへ向かってきた。
「このやろおおお!」
「ランド!!」
ケルファがそう言ったのも束の間、ランドは大男の腕を掴んで投げ飛ばした。頭から落ちた大男は今度こそ大人しくなった。
ふと、頰に何かが流れたような気がして、手で拭うと血がついていた。どうやらさっきの短剣が頰を掠ったらしい。
山賊を縄で縛った後、狼煙に気づいたケルファの部下がやってきて山賊を引き渡した。
ランドとケイファが街へ戻ると、辺りはもうすっかり暗くなっていた。
(リリ様はもう帰ってるよな)
最近はずっと一緒にいたため、こんなに離れているのは変な感じがした。そんなことを考えている自分に笑った。
(贅沢な悩みだな)
以前は会えない時間の方が多かった。だか、こんなに一緒に過ごしていると、欲張りになってしまっていた。
無性に早くリリに会いたくなった。
「じゃあまたな」
ケイファと別れて、家の方へ向かおうとした。しかし、隣の男はそれを許さなかった。
「何言ってんだよ。今からメシ付き合えよ」
「いや、俺帰りたいから」
「なんだよー。久しぶりにあったのに冷たいぞー。今日のお礼もしたいんだよ」
「帰って、今日の報告しなよ」
「それ言う?!」
暫く、問答しているとケイファが言った。
「いい店知ってるから! 今度リリ様と行けそうな店! な?」
「……分かった」
つい、リリの名前を出されたことで、誘いに乗った。
そして今……
「お待たせしまし……た……」
ケイファに連れてこられた店に入ると、出てきたのはメイドのような格好をしたリリだった。
いつもとは違う雰囲気を醸し出す姿に思わず見惚れてしまった。