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5 福を招く迷子


「こっちだよ! こっち!」


すっかり泣き止んで元気な子供に、こうして手を引かれながら歩いて、結構な時間が過ぎた。


子供と会った時は青々としていた空も、今ではすっかり夕焼けに染まっていた。


あれから、ヴォルと名乗った五歳の小さな男の子とその母親を探すことになったリリは、はぐれた場所に戻ってみることにしたのだが……


「ここじゃない!」

「ここでもない!」

「ぜんぜんちがう!」


全く、はぐれた場所とやらに辿り着けないでいた。


こんなに歩いたことがなかったため、流石に疲れて立ち止まった。


「ヴォル、家はどこなの? お母さん、もしかしたら家に戻っているかも」

「んー……わかんない!」


どうやらヴォルくんは道が分からないらしい。


(そりゃそうよね。五歳にはこの街は広すぎるものね)


「でもおれ、においはわかる!」

「におい?」

「こっち!」


首を傾げたままのリリにお構いなく、再び手を引いて歩き出したヴォルは街の匂いを嗅ぎながら進んでいく。


(この子、野生動物か何かかしら)


丁度晩ご飯の時間帯だからか、街は美味しそうないい匂いが立ち込めていた。


_____グゥゥゥ


不意に、リリのお腹が鳴った。


そういえば朝食を食べてから、何も食べていなかった。朝から忙しなく過ごしていたために忘れていた空腹を、この匂いが呼び起こしてしまったらしい。



レストランが立ち並ぶ街道に入った時、突然背後から声が追ってきた。


「……ルー、ヴォルー!」


振り返ると、そこにはエプロンを着けたスラリとした大人の女性がこちらに向かって走ってきていた。


「かあちゃん!」


リリの手を離して、ヴォルは嬉しそうに「かあちゃん」と呼んだ女に駆け寄った……しかし、次の瞬間、頭にゲンコツが飛んだ。


「いてっ!」

「あんた探したんだよ、全く。買い出しについてくるなら、大人しく待ってないとダメじゃないか」

「ごめんよ、かあちゃん。でもあのおねえちゃんが、いっしょにいてくれたんだ」


ヴォルが目で促した先に立っているリリに、女が近付いてきた。


「迷惑かけたね。ありがとう」

「いえ、そんな……」

「この子、道分からないから大変だっただろう」


その問いに心の中で大きく頷いた。


(それは本当に大変だった……)


すると女は両手を合わせて言った。


「そうだ。よかったら、うちでご飯食べていかないかい? お礼もしたいしさ」

「え! いいですっ、そんなお礼だなんて……っ」


_____グゥゥゥゥゥ


遠慮するリリの言葉とは裏腹に、お腹は正直なようだ。

リリの顔が赤く染まる。


「アハハッ、遠慮することないよ! 一人くらい増えたって、うちは大丈夫だから!」


誘惑に耐えられず、クラン・シュガノと名乗ってくれたその女性の言葉に甘えさせてもらうことにした。


「じゃあ入りな」


そう言って、クランが扉を開けたのは目の前に建つレストランだった。


「え? ここって……」

「うちはレストランしてるんだよ」


街道の曲がり角に建つ、その建物はレストラン《ラッテリア》と書かれてあった。


「うちは昼に開けて、夜まで一旦閉めるからまだ誰もいないのさ。どこでも座りな」


クランに促されるままに店内へ入ったリリは、まだ誰もいない店内のカウンター席へ座った。


店内はカウンター席とテーブル席に分けられ、カウンター席からは厨房が見えている。そして端にある階段を上ると、二階に行くことができ、そこにもテーブル席が設けられていた。


厨房からガタイのいい中年の男が、料理を持って顔を出した。


「やあ。ヴォルを助けてくれたんだってね。礼を言うよ」

「いっいえ! あの、ヴォルは?」


さっきからいないヴォルのことを尋ねた。


「疲れたんだろうね。今はぐっすり眠っているよ」

「なーに。カッコつけてんだい。いいからさっさと料理出してあげな」


厨房から出てきたクランが男に睨みを利かせ、紹介してくれた。


「こっちは私の旦那で、ヴォルの父親のダビだよ」

「よろしくね」


体のガタイの良さからは想像できない紳士的な笑顔を向けたダビに対し、小さく会釈して「リリです」と自己紹介した。


クランに促されてダビが料理を出してくれた。

少し深さのある丸い器に覆いかぶさるようにチーズが乗った料理だった。


「熱いから気をつけて食べな」

「いただきます」


スプーンでそれを一度掬い上げると、とろーりとしたチーズの中から魚介の食材と混ぜ合わされた黄色いご飯が出てきた。


リリは一口、また一口、味わいながら食べた。


「すごく美味しい……」


その様子を見ていたクランとダビが驚いた顔を、こちらに向けていた。

先に口を開いたのはクランだった。


「あんた、ものすごい上品に食べるんだね。まるで、どっかのご令嬢みたいだよ」


ギクリ、とした。それと同時に、食事をするという当たり前な行動から令嬢であることがバレることがあり得るのか、と動揺した。


「そそそ、そんなわけありませんわっ」

「アハハ、冗談だよ。令嬢がうちみたいな店に来るわけないじゃないか」


(目の前に来てます……)


その時丁度、客がやってきて、二人は持ち場へ移動した。


初めの客からわずかな時間で、店内はいっぱいになった。

客は皆、談笑しながら楽しそうに料理を食べている。


リリは家族で食事をしていた時を思い出した。大きな部屋で静かに食事をする風景。リリは食べることが好きだが、あの空間は好きにはなれなかった。


(どうやら、クランさんがお客から注文を聞いて、ダビさんが料理を作っているみたいね)


店内の様子を眺めた。


にしても……


「おーい、こっち注文頼むー」

「はーい!」

「こっちもお願いします」

「はいはーい!」

「まだ料理きてないんだけど」

「今すぐお持ちしますね」

「料理上がったぞ」

「お待たせしましたー」


(すごく忙しそう……二人でお店をやっているのか。そろそろ帰らないとだけど、もう少し落ち着いてから帰ることにしようかな)


時間を潰すためにメニューを開くと、数ページに渡って料理名が乗っていた。


(本当にたくさんあるわね。でもこれくらいなら……)




「すみませーん」

「はーい、ただいまー!」

「こっちもいいですかー?」

「あ、ちょっと少々お待ちください!」


クランが客の注文を聞いている時、他の客からも呼ばれた。早くいかなければ、と急いで踵を返した時……


「お決まりですか?」


颯爽と現れたリリが注文を受けていた。


「はい、はい、はい……」


注文を聞き終えたリリはクランの元へ行くと、つらつらと話し出した。


「クランさん。あちらのお客様がノルチューガと牛肉のティーヴォのアングレーズ添えとエスベージュ、あと同じお酒を追加したいそうです」

「……」


唖然とした表情で、黙って見返してくるクランに、リリは我に返った。


「す、すみません、勝手にっ。そのっ、大変そうだと思ったので……」

「あんた、ここに来てくれたことがあるのかい?」

「? いいえ、このお店へ来たのは初めてですが」

「じゃあ知らないメニューの注文を何にも書かずに覚えたのかい?」

「いえ、店が落ち着くまで待っていようと思って、さっきメニュー表を眺めてたんです」

「……」


するとクランは一瞬考える素振りを見せた後、いきなりリリの手を強く握り、詰め寄った。


「あんた、うちで働かないかい?!」

「え!?」



忙しい時間帯が過ぎ、店内は先ほどまでの騒がしさがなくなっていた。

その代わり、厨房が騒がしくなっていた。


厨房ではクランとダビが何かを待っているようだ。


不意に厨房の扉が開き、奥の部屋やってきたのは、白と青を基調とした店の制服を着たリリだった。白と青を基調とした色合いが、髪の色の金とよく似合っていた。


「似合うじゃないかい」

「うーん、いいねえ。これはリリちゃん目当ての客が増えそうだな」


リリは初めて着たデザインの洋服になんだか落ち着かなかった。


「あの、クランさんは着ないんですか?」

「私が着て、誰が喜ぶんだい」

「俺はとっても喜ぶよ」

「悪趣味な変態のためには着たくないのさ」


実は「働かないか」と言われたあの後、話はトントン拍子で進んでいき、なぜか店の制服を着らされる流れになったのだ。


「実はこの間、人が辞めちゃってねえ。新しい人を探してたのさ」

「妻はいつもは厨房に立ってるんだよ」

「そうなんですか?」

「実はもう一人、ウエイトレスがいるけど今日は休みだから、代わりに立ってたのさ」


(どうりで……)



「まだやってるー?」


店の入り口で、声がした。


「リリ、あんた行ってきな」

「ええ!? いきなりですか!? 私働いたこともなくて……実はさっきもクランさんの真似をしただけというか……」

「大丈夫さ。失敗しても若ければ、大抵のことは許される!」


クランが親指を立てて、ニカッと笑った。


(そんな断言されましても……)


リリは深呼吸をして、店の入り口へと向かった。




入り口に立つ二人組の元へ歩いた。


「お待たせしまし……た……」


リリの目線の先には、壮年の男と一緒にいる、驚き固まっているランドの姿があった。



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