4 どうしてこうなった
時計の針が響き渡る自分の部屋に、リリは静かに座っていた。
(まさか……この私にこんなにがくるなんて思っても見なかったわ)
思えば、父に勘当されたあの日から、毎日おかしいとは思ってはいた。でも必死に気づかない振りをしていた。
(……そろそろ向き合わなければならない時がきたようね)
心臓の鼓動がうるさく鳴り始める中、目の前のそれを恐る恐る覗き込んだ。
そこには大きな鞄には不釣り合いな、数枚のお金のみが入っていた。
(や……やっぱりお金が底をつきかけてる! 家を出る時に、いっぱい持ってきたのに……!)
リリはもう一度、鞄の中身を確認する。結果は同じだった。
(ど、どうしよう……確かに、知らない土地の民族衣装や、魔除けにいいと言われた龍の置物、今が旬と言われた超高級のキノコをたくさん買ったけど……)
「それが原因ですよ」
振り返ると、部屋の扉を開けたランドが立っていた。
「心の声がダダ漏れてますよ」
「ランド! 勝手に入ってこないでよ」
「呼んでも返事しないからですよ。朝ご飯できましたよ」
考え事をすると、周りの声が聞こえなくなるのはリリの悪い癖だ。
「あのキノコ、消費するの大変だったんですから、もう二度と買ってこないでくださいね」
「何度も言わなくても、分かってるわよっ」
一時、リリが怪しい商人に買わされた謎の大量のキノコのせいで、毎日毎食、キノコ料理三昧だった。二人とももう当分、キノコは見たくなかった。
寂しくなった鞄の中身を見て、ランドは頷いた。
「まあ早かれ遅かれ、いつかはこうなってたんですし。でも俺の金があるので問題は……」
すると、また考え事をしていたらしいリリは全く耳に届いていなかったランドの言葉を遮った。
「働く」
「え?」
「働いて、お金を稼ぐわ」
「……一応聞きますが、今まで働いた経験は」
「街で暮らすということは、街で働くということよ!」
「はあ……」
質問の問いに答えないリリに、ランドは半ば呆れた様子で聞いていた。
「ランド、あなたも働きなさいよ」
「何言ってるんですか。働いてますよ」
リリは驚き、ランドを見た。
ドリカへ住むようになって、ランドとは一日のほとんどを一緒に過ごしていた。その間、働いている素振りを見たことがなかったからだ。
(一体、いつ働いていたのかしら)
「リリ様の付き人として、毎日働いてるじゃないですか」
そういうことか、と考えていた思考を止めた。
「……頼んでないわよ」
「お金も貰わずに、無給でやっているんですよ」
「頼んでないから当然ね」
(全く。考えて損したわ)
朝食を食べ終えたリリは、街へと繰り出した。
働く場所を探すためだ。
なのに……
「うわああああああん!!」
目の前にはリリの服の裾を掴んで泣きじゃくる小さな子供の姿。
(どうしてこうなった!?)
今朝、家を出たリリは、求人募集を張り出している掲示板があると聞き、足早にそこへ向かった。
ランドは一緒ではなかった。今日は何やら予定があるらしく、出かけていった。
あくまでも付き人を全うしようと、遅くなった時用に、ご飯を用意していく姿を見て、彼が王国最強の騎士であることを忘れそうになった。
掲示板へ着いて早々驚いた。
そこには一つ一つを確認するには、あまりにも多すぎる求人の数々が張り出されていたからだ。紙と紙が重なってしまっているため、下の方に埋まってしまった求人はもはや見ることが不可能だった。
まずは表面上に張り出された中から、求人を見ていくことにした。
花屋にカフェやレストランのウエイトレスに料理人、鍛治見習いから大工など、予想以上にたくさんあった。
(よしっ!)
意気込んだリリは求人の出ている店へ手当たり次第に向かった。しかし……花屋ではセンスがないからと言って断られ、カフェのウエイトレスでは皿を豪快にひっくり返し割って追い出され、ダメもとで行った料理人は黒い物体を作り上げて断られた。
再び、掲示板の前に立つリリは大きく項垂れていた。
(全然雇ってもらえないわ……。掲示板を見ていけば、どこでも働けると思っていたのに。仕事を探すのが、こんなに大変だったなんて……これで帰ったら、またランドに馬鹿にされるわ)
思わず涙が出そうになったのを、ぐっと堪える。
「うわああああああん!!」
すると急に、子供の泣き声が聞こえてきた。
(ああ、子供が私の代わりに泣いてくれているわ)
「うわああああああん!!」
(それにしても大きな声で泣くのね)
「うぇええええええん!!」
(ん?)
あまりのうるささに、辺りを見渡した。しかし、どこにも見当たらない。動き出そうとすると、服の裾を何かに引っ張られて戻された。不思議に思い、下を見下ろすと、泣いている小さな男の子がリリの服の裾を掴んでいた。
「え」
「うわああああああん!!」
(ちょ、ちょっとどういう状況なのこれは!?)
そして現在に至っていた。
リリの服の裾を掴んで離さない子供が、リリをチラリを見上げて抱きついた。
「があああざあああん!」
(違いますわよ?!)
子供の相手をしたことがないリリはどうしたらいいのか分からず、慌てふためいた。
そしてその様子を見ながら、街の人たちがヒソヒソと話していることに気づいた。
(こ、これは私が泣かせているように見えるのではないかしら……?!)
リリは子供の目線と同じ目線まで屈み、ぎこちない笑顔を作り、できるだけ優しい口調で尋ねた。
「ど、どうしたのー」
「があああざあああん!!」
「お母さんとはぐれたのねー?」
「があああざあああん!!」
(……ダメだ。お母さんしか言わない……!)
周りに人が集まってきた。
(とりあえず、泣き止ませないと……!)
何か持っていないか、ポケットや鞄の中を探ってみた。
すると以前、店で買ったキャンディが一つだけ入ってた。
しかもリリの好きな味だった。一瞬躊躇して子供へと差し出した。
「キャンディ、食べる?」
興味を示したのか、目の前の小さな男の子は叫ばなくなった。
黙ってキャンディを見詰める子供にもう一度聞いてみる。
「た、食べる?」
その問いに、男の子は鼻水を啜りながら頷いた。
リリはホッと胸を撫で下ろした。