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3 心躍るもの


部屋の中には、あたたかい陽の光が優しく差し込んでいる。

時折、開けた窓から吹き込むそよ風が、街の陽気を運んできていた。

窓のふちに降り立った鳥たちは、さえずりをして身を寄せ合っているようだ。



ランドと向かい合って、食事をしているリリはナイフとフォークを使って、料理をゆっくりと口の中へ運んでいた。最後の一口を食べ終え、ナプキンで口を拭く。


「食後のデザートです」


待っていたかのようなタイミングで、ランドが出してきたのは、美しい装飾を施したケーキ。


「飲み物もどうぞ」


食事を終え、座って本を読む。


窓から吹き込む風に髪が揺れた。


その様子を見て、ランドはリリの膝の上にブランケットを被せた。


「風邪を引いてしまいますよ」


寝巻き姿になったリリが二階へ登ろうとすると、ランドが手を差し出す。


その手を取り、自室へ向かい、ベッドに入った。


「おやすみなさい」

「おやすみ」


目を瞑り、眠りについたかのように見えたが、リリは再びゆっくり目を開けた。


_____バタバタバタバタッ


二階から猛スピードで、一階へと駆け降りたリリは叫んだ。


「こうじゃないっ!」


剣を布で磨いているランドはリリを一瞥することもなく、言った。


「リリ様、お行儀が悪いですよー」

「これじゃあ、令嬢の時と大して変わらないじゃない!」

「ご満足していただけたようで嬉しいです」

「違うわ!」


(こんな生活してたら、家を出た意味がない。私の思い描いていた街暮らしはもっとこう……)




翌日、頭に頭巾を被ったリリは、多くの店が立ち並ぶ街道をランドと歩いていた。


街は今日も多くの人々が行き交っている。中には、店の外で客寄せをする商人の声と相まって、楽しそうに笑いながら駆け回る子供たちの声が響いていた。以前来た時より、賑やかに感じるのはきっとそのせいだろう。


「いやー、さすが、人が多いですね」

「付いてこなくていいって言ったのに……」

「リリ様が変なことしないか心配なんですよ」


小さな声で呟いたつもりだったが、しっかり聞こえていたらしい。


「それより、リリ様。どうしてそんな格好を?」


ランドは、リリが頭に被っている頭巾のことを言っているようだった。

リリは今日家を出てから、ずっと頭巾を頭に被っていた。気にならないはずがない。


「私が元令嬢だとバレたら、せっかくのここでの暮らしが台無しになるでしょ? だから、念のためにこうして身を隠してるの」

「……多分それ、悪目立ちですよ」


周りを歩く街の人々が訝しげにリリを、見ていたことをランドだけは気づいていた。



不意に、いい匂いがして、リリは立ち止まった。

その匂いを辿ると、そこには赤く燃える火の上で、回転させながら大きな肉を焼いている店があった。肉汁が火の中へ沈んでいく。

食欲をそそる匂いと見たことのない光景に目を大きく開けて見入ってしまった。


すると、店の前で肉を凝視するリリに気づき、店主が話しかけた。


「いらっしゃい」

「大きなお肉ね」

「お。嬢ちゃん、食べたことないのかい? この肉をな、野菜や魚介と合わせて少し焼いたパンに挟んで食べるんだ。うまいぜー?」


その時、店から出てきた人がそれらしきものを食べながら出てきた。見たことのない食べ物に心を躍らせたリリは味を想像して、唾を飲み込んだ。


「い、いくらかしら」

「一つ、三百ルビだ」

「三百ルビ?! 三万ルビじゃなくて?!」


自分が思っていたよりも素っ頓狂な声を上げた。


「ははっ。おかしなことを言うお嬢ちゃんだね。三万ルビなんて値段で出したら、誰も買ってくれないよ。あ、いらっしゃいー」


他の客が来たようで、店主は接客に戻った。


(そ、そうなの? 一体、この街の人はどうやって生活しているの……そもそも三百ルビなんてお金、見たこともないわ)


「リリ様とは、だいぶ感覚が違うようですね」


いつの間にか隣にやって来ていたランドが呟いた。


「そんなのっ、今から変えていけばいいのよ」

「変わりますかねえ。だってリリ様、産まれてこのかた三百ルビなんてお金見たことないでしょ」


図星を突かれたことに動揺してしまい、目が泳いだ。


「そそそ、そんなことないわよっ」

「すみません、二つください」


狼狽えるリリを無視して、ランドは店主の元へ注文しに行っていた。


(あの男……!)


少し経って、ランドが戻ってきた。その手には、先ほど店から出てきた人が食べていたものと同じ食べ物を持っていた。


ランドから渡されたそれを、心を弾ませながらジッと眺めた。

持つ手にギュッと力を加えると、溢れ出す肉汁が輝きを放った。

リリは我慢できずにそれにかぶり付いた。昔、行儀が悪いからと何度も注意されたが、今は思う存分かぶり付いた。


「んー! おいしいー!」


幸せそうに食べるリリを、ランドは微笑ましく見ていた。


すると突然、店主が顔を出し、ランドを見るや否や、やや興奮気味に詰め寄ってきた。


「思い出した! あんた、もしかしてランド・ノーサンじゃないか?! ほらっ、前に王国最強騎士って噂になった、あのっ!」

「んぐっ……!」


喉を詰まらせたリリだったが、豪快な音を出してなんとか飲み込んだ。


どうしてランドのことを知っているのか、というよりも先に、名前を当てられたことに驚きの表情を隠せないリリは、これがもし自分だったらその時点でバレていただろう。自分のことではないのに、自然と身構えた。


しかし名前を呼ばれた当の本人は、全くそんな素振りを見せなかった。


「違いますよ」


何一つ表情を変えず、平然とした態度で否定した。


「あれ? 勘違いだったか。前にカーモン地方で遠目にだが、見たことがあったんだけどね……あんたよく似てるね」


残念そうに肩を落とす店主に、今度はランドが尋ねた。


「ちなみにこちら、誰だか分かりますか」


そう言うと、リリの被っている頭巾を下ろして、顔が見えるようにした。


「ちょっ……!」


(何考えてるのよ! さっきカーモン地方で見たとか言ってたばかりじゃない! バレたらどうするの!?)


店主は思いの外、真剣な顔でじっくりと見てきたため、見られることに慣れていないリリは緊張して目を逸らしてしまった。

そして、少し考えて首を横に振った。


「いや、知らねえな。有名人かい、お嬢ちゃん」

「……」


リリは隣で顔を背けて、肩を震わせ笑うランドを力の限り思いっきり睨んだ。




空が夕焼けに染まりだした頃、リリとランドは街の階段を登った場所にある花壇の近くで、下にある広場を眺めていた。


広場の中央には、絶え間なく水を出している噴水が沈みかかった陽の光を受けて、微かに虹を作っているのが見えた。その前では旅芸人が人だかりの中、楽しそうに音楽を奏でている。


その様子を手すりにもたれかかりながら眺めるリリは、まだ頭巾を被っていた。その表情は不服そうにむくれている。


「まだ怒ってるんですか?」

「あなたの方が有名だなんて……」


自分の素性がバレなかったのはいいことのはずなのに、なぜか納得がいかない。


「さっきのは偶然ですよ。俺の名が知れ渡ったところで、普通の人は顔なんて知りませんよ。なんてったって、護衛と任務と訓練漬けの日々で、街へ出かける暇なんてほとんどなかったんですから」


思うところがあり、手すりから離れてランドを見た。


「私をからかう暇はあったようね」


すると、ランドはそれを待っていたかのように私の被っている頭巾をそっと下ろしてきた。


リリの顔が露わになると同時に、前髪が風に揺れた。


「リリ様は堂々と、ここでの暮らしを楽しめばいいんですよ」


ランドがいつもとは違う優しい笑顔を向けたので、何故か胸がざわついた。


「ランド……」


(もしかしてそれを言うためにわざと……)


思ったのも束の間、次の一言ですぐにその考えが吹き飛んだ。


「それにしてもさっきの顔は傑作でしたね」

「……」


(本当に、この男に期待した私が馬鹿だったわ)



すると急に黙り込んだランドが真剣な表情で、ジッと顔を見つめてきた。


「……何よ」


その行動を怪訝に思い、眉を寄せた。


暫くして、ランドは大きくため息を吐いた。


「まさか、今日出会ったおじさん以下だとは……」

「はい?」

「一体、いつになれば気付いてくれるんですかね」

「あなた時々何言ってるのか、全然分からないわ」


不意に、広場から聴こえていた音楽の曲調が変わった。広場を見ると、先ほどできていた人だかりの人々が広場いっぱいに広がって陽気に踊り出していた。

社交界で踊る形式通りのダンスとは違い、音楽に合わせて気の赴くままにそれぞれが違うダンスを踊っているようだ。

リリは隅々まで煌びやかな装飾をされたあの空間よりも、この街の一角にある何の装飾もされていない広場の方が、よほど美しく感じた。



「ランド! 私たちも行きましょう!」


無邪気な笑顔でランドの手を握った。


「え」


リリは戸惑うランドの手を引いて、広場へと走った。




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