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2 一番危険な男


リリは突然現れた目の前の男に目を見開いた。


「ランド……! どうしてあなたがここにいるの!?」


リリの前に現れたこのランドという男は騎士見習いの頃から数々の功績を挙げ、王国最強の騎士とまで言われていたのにも関わらず、王に仕えることのできる城護衛騎士の配属を断って、リリの父が治めるカーモン地方の領主護衛騎士の配属を希望し、やってきた変わり者だ。


そんな男がなぜ、目の前に立っているのか。


「リリ様が家を追い出されたと聞いたので、付き人をすることにしました」

「付き人? 誰が誰の?」

「俺が、リリ様の」


何を言っているのかさっぱり分からず、眉をひそめながら胡散臭い笑顔を向けるランドを見返し、理解した時には顔を歪めた。


(冗談じゃない。せっかく、あの家から出られたのに監視されるっていうの? やっとここまできたのに、絶対にそうはさせない……!)


リリは頭の中でランドを追い払うための言い分を、必死に考えた。


「私は勘当されたのよ! だから、お父様の命令に従うつもりはないわ。監視なんてしなくても私は何もしないから安心して、とお父様に伝えて」


勘当した娘に監視を寄越すなんて、お父様はそこまで私のことを疑っているのか。今はそんなことを考えたところで仕方がない。


するとランドは首を傾げた。


「誰が伯爵のご命令だと?」

「お父様に言われてきたんでしょう?」

「違いますけど」

「……」

「……」


ランドは首を傾げたままだった。

この状況で首を傾げたいのは、間違いなくこっちの方だ。


「違うの?」

「違います」

「……ちょっと、意味が分からないわ」

「俺がリリ様の付き人をしたかったから来たんです」

「もっと意味が分からないわ」


やはり、首を傾げるよりほかなかった。


リリは正直、この男が苦手だった。社交界やお茶会など、騎士という立場でありながら行く先々でいつも邪魔をしてきていたからだ。その時はランドの思惑通りに進んでしまっていたが、今日という今日は絶対にそうはさせない。


引き下がる訳にはいかないのだ。


「あなた、護衛騎士の仕事はどうするの」

「しばらく休暇をもらいました」


王のいる城の護衛騎士なら、多くの騎士がいるため休暇を取ることが可能なのかもしれないが、父のような地方領主の護衛騎士はお世辞にも人手が足りているとは言えないことを、さすがのリリも知っていた。


「そんなこと、お父様が許すはずないじゃない」


(この男がいくら王国最強の騎士と言われていても、所詮は一介の騎士。そんなわがまま、いくらなんでもお父様が許さないわ)


「休暇くれなかったら、ここの護衛騎士やめるって言ったら、許してくれました」


(お父様ー!!)




「おー、本当に広いなー」


いつの間にか、ランドは家の中へ入っていた。


「ちょっと! どうして勝手に入ってるのよ!」


(いったい何なの!?)


ずんずんと家の中に入っていくランドを追いかけた。


部屋には、前に住んでいた住人の家具が置かれている。

リリが興味深く、邸宅では見たことのないデザインの家具が並べられた部屋を見渡していると、ランドはカーテンを開けて、外の眺めを見て振り返った。


「そもそも、ぬくぬくと育ったご令嬢様に、付き人もいない一人暮らしなんて無理なんじゃないですか」


その言葉にリリは嘲笑(あざわら)った。見くびってもらっては困る。


「何を言ってらっしゃるのかしら。私はこれでも令嬢だったのよ。幼い頃から、厳しいスパルタ教育を受けてきたわ。そんな私に不可能はないの」

「それは失礼しました。ちなみにどんな教育を?」


よくぞ聞いてくれた、と得意げにそれらを挙げる。


「まず、バイオリンとピアノでしょ? あと、ダンスと華道……テーブルマナーと……乗馬、だって……」


今度は、ランドがお返しに、と嘲笑った。


「役に立つといいですね」


(ムカつくー!!) 


この男はいつもこうだ。きっと私のことが嫌いなのだろう、と思っていたのに、こんなところまでやってくるなんて、一体何を考えているのか。それともまた邪魔をするために、わざわざやってきたのだろうか。


悶々としていたその時、いいことを思いついた。


「さっきから人のことをバカにしているようだけど、あなたはできるのかしら? 付き人なら、何かやって見せなさいよ」


(フンッ、こんな剣しか振り回してない男にできる訳ないけどね。悪いけど、この勝負、私の勝ちね)


勝手に勝ち誇ったリリに対し、ランドは徐に、部屋中をくまなく磨いて埃を取り、絨毯や窓に掛けられているカーテンを洗うと、元の色に戻ったそれらを外へ干し、次に自分の荷物の中からなぜか入っている食材や調理器具を取り出して、脅威の速さで料理を作ってみせた。


目の前に出されたのは色とりどりの具材と米が合わさった料理だった。邸宅では見たことのない料理に訝しみながら一口食べると、口いっぱいに旨味が広がった。


(ま、負けた……)



それを綺麗に平らげたリリは諦めずにもう一度、どうやってこの男を追い出すか考えていた。


すると、対面に座ったランドが思わぬことを口にした。


「しかしこんな大きな家だ。一人で住んでるなんて知られたら、どこの令嬢だって噂されますね」

「え……」


つい言葉を失ったリリに構わず、ランドが続ける。


「そしたら皆、仲良くしてくれますかね。あ、下心の持った人は仲良くしてくれますね、きっと。よかったですね、やっとお友達ができますよ」


段々と顔が青ざめていくリリに、ランドは再び笑みを浮かべた。


「どうすれば……」


すっかり威勢をなくしてしまったリリを見て、ランドが立ち上がった。


「とりあえず、この家は大きすぎます。もう少し小さな家にしましょう」



ランドに連れられて来たのは、先ほどいた家の何倍も小さな二階建ての家だった。

街に流れる川のほとりに建ち、隣接した家が建ち並ぶ中の一軒。


リリは唖然と、その家を眺めた。


「こんな小さな家に住むの? うちの犬の家よりも小さいけど」

「二人には十分すぎるくらいですよ」


二人、と言ったランドの言葉を聞き逃さなかった。


「私はまだ承諾してないわ」

「では、家事を全てお一人で? 今までやったことも見たこともないのに?」

「ううっ……」


リリは痛いところを突かれて項垂れた。


「さあ、中へ入りましょう」

「はあ……」


観念して家の中へ入ると、リリは驚いた。外からは小さく見えたが中は広く感じられたからだ。

部屋の中にはテーブルや椅子、ソファなど華やかな外観をした家具がすでに配置されていた。


「二階にリリ様のお部屋がありますよ」


ランドが促してきたので二階へ行き扉を開けると、こちらも以前住んでいた部屋に負けず劣らずの家具が並べられていた。


「ちなみに隣は俺の部屋だから子守唄が必要になったら、いつでも呼んでくれていいですよ」

「いらないし、呼ばないわよ」



一階へ再び戻り、ランドが紅茶を入れてくれている間、座って待つことにした。


「それにしても、こんなに沢山の家具、どうしたの。ランドが買ったの?」


するとランドは悪びれる様子もなく言った。


「いえ、これは先ほどリリ様のポケットマネーから払わせていただきました」

「……は?」


リリは急いで、自分の鞄の中身を確認した。


そこには先ほどまで鞄の中いっぱいに敷き詰められていたはずのお金が減っていた。


ランドはリリの前に紅茶を差し出すと、ニヤリと笑った。


「ダメですよ。お金はちゃんと見てないと。これからは自分で管理するんですから」


———……こ、こいつが一番危険じゃないのー!



かくして、私たちの街暮らし生活が始まった。


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