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1:邂逅、あるいは異世界転生者殺し

 俺の名前は石川良太。十七歳。

 何処にでもいる普通の高校生だった。

 だったってのは、何の因果か、ある日事故で死んで、この世界「イストワール」に転生してきたってからなんだが。

 どうにも、神様(そいつは確かに自分のことを神様って名乗ってた。本当なのか?)が言うには、俺が死ぬのは、手違いだったらしい。

 だから、そのお詫びとして、この世界に転生させたとのこと。

 正直、迷惑この上ない話だけど、それはそれ。起こってしまった事は仕方がないし。

「リョウタ! この辺りの地図を貰ってきた!」

 明るいブラウン髪をポニーテールにした少女が俺に後ろから話しかけてくる。

 こいつの名前はソフィー。

 今までフリーの冒険者として世界を周り、活躍していたらしい。

 らしいってのは、本人がそう言っているからで、実際活躍していたかは、分からないんだけどな。

「ちょっと、なんか、失礼な事考えてない?」

「そんなことないよ」

「えー、じゃあ、何ぼーっとしてたのよ?」

「いや、まぁ、あれだな。新しい装備、似合ってるんじゃないか?」

 そう言って、ポニーテールの根元につけられた髪飾りを指さした。

 一見、蝶の形を彩った普通の髪飾りに見えるが、これは領主から貰った加護の魔法が施された結構な高級品、らしい。なんでも矢除けの効果があるそうだ。

「え、そ、そうかな。えへへ」

 普段は男勝りなのに、突然少女らしく照れ始める。

「いや、うん、可愛いと思うよ」

「な、なによ、もう、急に褒めたりして! やっぱり、変な事、考えてたんでしょ!」

 ばしばしと俺の肩を叩きながら、そう言うが、顔が少し赤くなっている。

「こほん、いちゃついている所、すまないが、そろそろ出発しても構わないかな、リョウタ殿」

「い、いちゃついてなんか!」

 ソフィーが反論している、綺麗な金髪が腰まで伸びている少女がロザリーだ。領主の元に使えている護衛騎士だったが、今回、俺とソフィーが受けた仕事に同行してくれている。

 そう仕事。

 転生する時、神様はお詫びのサービスとして、力をくれた。

 この世界で十分やっていけるようってね。

 ゲームで言うなら、ステータス欄が普通のキャラよりも数段高く設定してくれている、そんな感じだった。

 だから、この世界の人間では一つしか使えない筈の属性魔法も、覚えさえすれば全部使えるし、身体能力も高くしてくれている。

 そして、何より、俺だけにしか使えない権能、まぁこの世界の人間が個人個人持っているスキルみたいなものだけど、そいつを授けてくれた。俺が使えるのは【合成】の権能。こいつは、二種類の魔法を文字通り合成して使えるって代物だ。

 おまけに耐毒やら、呪いが効かないとか、そんな感じだ。

 おかげで、俺は冒険者として、そこそこやれている。

「さて、じゃあ、出発するか」

「え、ちょっと、先に行かないでよ」

「そう言えば、ソフィー殿。ルネ殿は一緒ではないのか?」

「あ、うん。今回はあの娘がいると、ぶっちゃけ足手まといだしね」

「しかし、リョウタ殿ほどではないと言え、ルカ殿もそれなりに魔術の使い手。足手まといにはならないと思うのだが」

「いや、聞いたら、オークの残党がいるのは廃墟になった屋敷らしいんだ。あいつ、広範囲魔法は得意だけど、狭い室内だと、逆に巻き添え食らうから」

「なるほど、流石はリョウタ殿、慧眼ですな」

 神妙にロザリーが頷く。

「しかし、ルカ殿も悔しいであろうな」

「うーん、まぁ、あいつの魔法に助けられた事が沢山あるし、俺としても」

「いやいや、そうではない」

「うん?」

「ソフィー殿と二人きりにさせてしまうのがだよ」

「ちょ、ちょっと、ロザリーさん? 何の話よ?」

 なにを言っているのか。俺は苦笑いしながら、聞き流す。

 俺たちが今依頼された仕事は、オーク退治、その残党狩りだ。どうやら前に森の中にあるエルフの村が焼き討ちにあったらしく、その犯人がオーク達だったらしい。だが、集団でいるそいつらに対して、領主の騎士団では対抗出来ないらしく、俺たちへの依頼となった訳だ。

 当然、そいつらがいる集落に向かって、俺たちが退治したが、どうやら逃げ出した奴らがいたらしい。なので、今回はその残党狩りと相成った、そういう経緯だ。

「村の人たちも、怖いよね。こんな近くに、オークの連中がいるなんて」

 ソフィーが静かに呟く。

 こいつは、本当にそう言うところが、凄いと思う。他人のことなのに、自分のことみたいに神妙になってしまう。それが、こいつの本当の強さなのかもな。

「なに、ぱっと倒して、今夜は宴会にしようぜ」

「そうね」

「領主様もリョウタ殿には、先日の一件で一目置かれておられる。今回も安心して、お任せになっているようだしな。これは、報償も期待できるかもしれない」

「報償?」

「ああ、もしかしたらこのまま、我が騎士団の団長になって欲しいと、そんな事をな」

「凄いじゃん、リョウタ!」

「そうなの?」

「そうだよ! もう凄い名誉だよ?」

「でもなぁ」

「うん?」

「そうしたら、こうして、お前と旅が続けられなくなるしな」

「なっ」

 何かもごもご言いながら、赤くなっている。

「すまない、リョウタ殿、ソフィー殿、仲が良いのは良いが、あまり見せつけないでもらえるかな」

「見せつけって、もう! リョウタが変なこと言うから」

「分かった、悪かったって」

 肩をまたバシバシ叩かれる。痛いっての。

「さて、お二方。あれが、その屋敷のようだ」

 そう言って、ロザリーが地図を見ながら指し示した場所には、確かに誰も住んでいなさそうな洋館が建っていた。

「よし、いくぞ!」


 *


 息が詰まる。目の前が多重にぶれて、子細が分からない。

 胃の底が煮えたぎるような吐き気。

 割れ響く頭痛。

 止めどなく溢れる涙が気道を締め上げていく。

 何が起きているのか。それを把握しようにも、眩暈で思考がかき乱される。

 何かを吹きかけられた、かろうじてそれは覚えている。

 だが。

 今までも同じような事をされている。

 それは、オオトカゲであったり、野党一味だったり。

 その時は、そう、その時にかけられた毒は効かなかった。

 毒。これは毒なのか。

 でも、呪いの類とも思えない。

 自分には呪いに対する加護もあった筈だ。

 神様が、そう言っていた。その筈なのに。

 指先が震え、倦怠感と胸への圧迫感が綯い交ぜとなって、身体と頭を縛りつける。

 これは、なんなんだ? 自問を繰り返そうとして、脳の奥に浮かぶ言葉一つ一つ苦みと吐き気で塗り潰され、ボロボロに崩れていく。

 前が見えなくなっていく。震える。体が。思考が。溶け砕けていく。

「自分には耐毒の加護があるのに。そう思っているだろ?」

 声が響く。

 廃墟となった洋館、その細い廊下。

 ががりかがりりと朽ちかけた木の床を掻く音が地面を通じて、前のめりに倒れ込んだ彼の身体に響く。見える景色、そこにいたのは。

 黒いガスマスク。この世界に似つかわしくない、元々自分がいた世界にあった、それ。

 人、人なのだろうか。

 小柄な人間の形をした何か。

 灰色のモッズコートに隠されて、性別も人間なのかも判別は出来なかった。

 分かるのは、コートの右袖から覗く、異形の腕。

 剥き出しになった赤黒い神経、異常に肥大した指、床まで伸びた長い爪、昔見たB級映画に出てきた怪物のような、それ。

 確か、あの腕から霧のようなものを吹きかけられた。

 瞬間の事だから、相手の姿までは確かめられなかったけれど。

 倒れ込んだ彼の首を右腕一本で掴み、眼前へと持ち上げる。

 ガスマスクの向こう側。明かりを背にしている所為で、中は夜色で満ちていた。

「それはあくまでイストワールの毒に対してだけにしか効果がない。だから、お前が元いた世界の毒については何の意味もないんだよ。分かるかい、異世界転生者<ノーヴィス>?」

 何を、言っているのか。

 響き渡る耳鳴りで、思考が砕けていく。

 ただ。

 ただ分かるのは。

「イソプロピルメチルフルオロホスホネート、お前が吸い込んだ毒の名だ」

 ああ、そうか。

 ぎきりと小首を傾げたのか、ガスマスクが微かに振れる。

「お前達が呼んでいる通称は別にあったな? なら、倣って、こう呼ぼうか」

 歌うように。笑っている。それは、ががりきりと笑っていた。

「サリンだよ」

 その名前は、知っている。知っていた。

 ずっと前に、地下鉄が撒かれたテロ事件で使われた神経ガスの名前。

 名前だけしか知らず。効能も毒性も知らないけれど。

 胃がひっくり返る。

 だばりと朝に食べたものが口中へと溢れ、浅く開いたままの唇から零れ、異形の腕を汚していく。

 視線。

 意に介さず、じっと、彼を見ている。

 徐々に首が締まっていく。

「濃度は調整してある。死に至る量じゃない」

 そう言うと、左手を胸元へと当てる。

「権能【掠奪】」

 きぃと魔術権能が起動する音が聞こえ、マスクの向こうにある虹彩に権能紋章が浮かぶのが見える。

 描かれた紋様。

 それは、彼が今までに見たことがない、天秤の影絵。

「僕はお前を奪う」

「っがぁああああっ!」

 紋様を見た刹那、胸元にたぎるような熱を感じる。

 首を絞められて、視線だけでしか確認できないけれど。

 確かに。

 左手が自分の胸の中に埋まっている。

 みちりきちと何かが引きちぎられる音が、ゆっくりと体に響く。

 その度に、心が引き裂かれる痛みが走る。

 喉の奥から呻きが溢れそうになっているのに、異形の腕がそれを留めているせいで、吐息と共に喉に詰まっていた。

 意識が、遠のいていこうとしているのに、激痛が縫い留めてしまっていた。

 みちりみちぎと身体から何かが抜き去られていく。

 左手が外へと。

 手の中に握られているのは、緑青に光る半透明の球体。中に映るのは、自身の権能紋章である獅子のモチーフ。

 そこで、石川良太の意識は、黒に落ちた。


「リョウタ!」

 廃墟の廊下にソフィーの声が響く。

 二手に分かれて捜索しよう。その提案に乗り、別行動をしていた二人だった。

 だが、物音に気付き、彼の元へと来た時に広がっていた光景は。

 遠目から見ても、無事とは言い難いリョウタの姿、そして灰色のコートを身にまとい異様な仮面を被った何か。

(こいつが……オークどもの残党、なのか?)

 横たわるリョウタのそばに立つもの。廊下の奥、窓から差し込む日差しが逆光となって、仔細は分からない。

 だが。

 オーク種の特徴、それは巨大な体躯にある。

 幼年期であっても、成人女性よりも大きく、筋肉も人のそれとは比較にならない。

 だが、目の前にいるそれ、全身を包むモッズコート越しでもわかるほどに、小さかった。

 人間の十代前半に近い。

 じっと、こちらを伺っているそれに対して、剣を構える。

 あの仮面。

 それをロザリーは知っていた。

 確か政府付きの異世界転生者<ノーヴィス>が持ち込んでいたもの。

 何のために必要なのかは、問わなかったが。

「あんた……リョウタに何を?!」

 ソフィーの叫びには答えず。

 ゆっくりと二人へと仮面が向いていく。

「ソフィー殿、気をつけて」

 相手が何であれ、分かることは二つ。

 一つは、相当な手練れであること。

 もう一つは、こちらに敵意を持っていること。

 相手がどんな権能を持っていて、どんな戦い方をするのか。

 それが分からない以上、下手に動けば、向こうの思うつぼだ。

 ロザリーはそう判断し、ただ対峙するだけに留める。

 ソフィーも分かっているのか、構えを取ったままで。

 ぎりききと不快な音が鳴り渡る。黒い爪が床を掻いている。

 赤黒い右腕が、リョウタの頭を掴み、片手だけで持ち上げ。

 めきりと骨の砕ける鈍い音、そして、肉が拉げる音が響く。

 握りしめた指を離すと、ずると持ち上げられた体が床に落ち、そして、潰された頭蓋骨と脳髄が床へと散らばる。

 わざとだ。ロザリーはこみ上げるものと一緒に、飲み込む。

 わざと、頭を潰したんだ。主に。

「ソフィー殿!」

 髪が逆立つほどに怒りを露にした彼女が、跳ねる様にコート姿のそれへと駆け始めていた。止められなかった。分かっている。挑発し、怒りを誘ったのだ。

 目の前で、仲間の死を見せつけることで。

 自分たちの冷静さを殺すために。

「権能!【強靭】! 私は奮い立つ!」

 虹彩に黄緑色の牛を象った権能紋章が光る。

 格闘家である彼女の権能。身体能力を魔力が続く限り、向上させる。

 一足飛びでコートの仇へと近づきながら、右手を腰へと絞る。

「だぁぁぁぁっ!」

 着地した左足を軸に、右足で踏み込みながら、突きを繰り出す。

 一撃が届く、その刹那。

「掠奪権能【合成】、僕はウィンドシールドを基に、トルネードを合成する」

 仮面の奥で獅子を象った権能紋章が緑がかった青に鈍く光る。

 同時に、足元から凄まじい風が巻き上がり、身体の周囲を包み込んだ。

 突いたはずの一撃は風に絡めとられ、ソフィーは衝撃と共に後方へと吹き飛ばされる。

 吹き上がった風の渦は、数秒を待たず、霧散して消えた。

 ロザリーはその光景に、息を呑んだ。

 権能、確かにあれは【合成】の権能。

 リョウタだけにしか使えない、彼だけが持っているはずのもの。なのに、目の前の敵は。

 仮面の奥で尚も権能紋章は光り続ける。

「掠奪権能【合成】、僕はウィンドダガーを基に、フレアボールを合成する」

 再び風が舞う。今度は掲げた左腕にまとわりつくように、刃を形成していく。流れに交じる、緋色の炎。

『炎の魔法は風の魔法と合成させることで威力を増すんだ』

 リョウタが見つけ、そして、代表的な技ともなったそれ。同じものを、同じことを、再現しようとしている。

「合成魔法フレアブランド」

 彼がつけた名前までも。

「ソフィー殿! 逃げるんだ!」

 故に威力も知っている。

 その声に応じるように体を起こすも、炎と風の刃は振り下ろした左腕と共に解き放たれていた。フレアブランドの能力。それは。

 鳴り響く爆音。

 風刃が接触した瞬間に爆発し、周囲を吹き飛ばす。石壁の守りでさえも打ち砕いたものだ。故に、廃墟同然の洋館など、紙にも等しく。

 煙が爆風と共に巻き上がり。

 壁が破壊されたからか、外から吹き込む風に煙が巻き取られ、次第に視界が晴れていく。

 構えを崩さずに、前を見続ける。

 日差しの中に露になったもの。

 焼け焦げ、吹き飛ばされた壁と床。煙の先に見える外の景色。そして、辺り一面に散らばった、かつてソフィーと呼ばれていたものの肉片。

 だが。

 そこに敵はいない。

 咄嗟にロザリーは自らの権能を起動する。

「権能【兵装】! 私は『重騎士の鎧』を纏う!」

 彼女の権能、自身が記憶した武具を魔力が続く限り顕現させることができるもの。

 一回の発動では一種類のみしか纏うことができない。

 だからこそ、あらゆる状況に対応できると判断し、彼女は重騎士と呼ばれる防護を主な役割とする騎士が纏う全身鎧を選択していた。

 魔力で淡く光る鎧の輪郭が一瞬で、彼女の身体を包む。同時に腕を身体の前で交差させ、縮めるように身構える。

 耳の奥で風が鳴いた。

 がきりと金属同士が噛み合う音が鎧越しに響く。

 爪が彼女の首元を狙って振り下ろされたが、腕に阻まれて、弾かれた。

 だが、目の前でくるらとコートが翻る。弾かれた衝撃を利用し、身体を回転させ、そのまま蹴りへと動作を移行していた。

 鎧があるとはいえ、間合いを詰められるのは危険と判断し、ロザリーは後ろへと飛ぶ。

 空を切った左足を見ながら、剣を構える。

 空振りに終わっても、態勢を直ぐに立て直し、爪を前にして腰を低く落とす姿。

「一つ、聞きたい」

 静かに、尋ねる。

「そのコートは、我ら騎士団のものだな」

 彼女には見覚えがあった。それは、自身が仕える領主ギルベルト卿が擁する騎士団が制服として着ているものだと。

 左肩に編み込まれた紋章がそれを物語っている。

「だが、お前のようなものを私は知らない。騎士団全ての人間を把握しているわけではない。ないが、そのような爪を持つものが耳に入らないわけがない」

 ただ、黙って。

「ならば、どこで手に入れた?」

 答えず。

 仮面の敵は背中へと腕を回す。気づかなかったが、そいつは何かを背負っていて。

 左手に取ったもの。それを、彼女は知っている。

「それは……知っている」

 きりと奥歯を噛みしめながら。

「確か、ジェイキンズ殿が持っていた……『銃』だ」

 M16自動小銃。その名前を、彼女は知らない。知らないが、どんな武器かは知っている。

 けたたましくなる銃声。

 反動をものともせず、片腕だけで銃弾を撃ち放つ。

 がりがりと魔力で作られた鎧の上で鋼の矢が踊る。

 権能で呼び出した鎧には摩耗が存在しない。

 記憶にある姿を、常に維持しようとし続けるため、傷がついても直ぐに修復されていく。

 故に、無数の銃弾を浴びても、鎧が破壊されることがない。

 だが。

「くっ……!」

 鎧の輪郭がぶれていく。

 鎧が鎧でいられるのは、あくまでも使うものの魔力が残っている場合である。

 無数につけられていく傷を都度修復していく度に、自身の中にある魔力が削られていく。

 これが、鎧を維持できないほどに消耗したとき。

 それは、死を意味することをロザリーは理解していた。

 しかし。

 薬莢が地面へと雨のように落ちていく。

 何事にも、限界はある。鎧がすり減るように、銃を撃つには弾がいる。そして、それは無限ではない。

 これは、根競べだ。

 奥歯を噛みしめ、左腕で顔を守りながら、隙を伺う。

 銃弾が尽きて、装填する瞬間、それが狙い目だ。ジェイキンズ、彼女の知っている異世界転生者<ノーヴィス>はそう言っていた。

 何事も、無限ではないから、一旦空白が生じる。それが弱点だと。

 押し切ってもいい。だが、余りにも苛烈な銃撃に足を踏み出すこともできない。

 だが。これほどの速度で撃ち続ければ、そろそろ尽きる頃合いのはずだ。

 だが。だが、自動小銃はその雄たけびを決して止めず、尚も鎧が、魔力が削られ続けて。

 銃弾の霧の隙から覗くもの。

 小銃の咆哮の隙から聞こえるもの。

「掠奪紋章【生成】、僕は5.56x45mm NATO弾を生成する」

 矩形を象った緑の権能紋章の光。仮面の奥と小銃の弾倉へと宿る。

「その権能は!」

 叫んだ瞬間、ばきりと金属の罅割れる音が腕を伝う。

 権能【生成】、自分の【兵装】の上位互換にあたるそれは、記憶にあるものであればなんでも顕現させることが出来る。

 それも、ジェイキンズが持っていたもの。

 銃弾は無尽蔵に撃ち放てるのは、装填するように、権能で生成しているから。

 だとすれば、魔力が先に尽きた方が負ける。

 ロザリーは、気づいていた。

 目の前にいる敵は、恐らく、複数の権能が使える。それも、他人が使ったものなら。

 人間は神の祝福として一つだけ権能を授かる。自身で選ぶことは出来ず、神の思し召しのままに、一つだけ。

 それは異世界転生者<ノーヴィス>とて例外ではなく、故に複数を同時に使えるなど有り得ない。

 神に、背かない限りは。

 その祝福を否定しない限りは。

 だとすると、目の前のそれは、何なのか。

 ばきりがきりと鎧が削られ始めている。再生が追い付かない。

 既に魔力は限界に来ていた。

 ここで鎧が解除されれば、自身が蜂の巣になるのは目に見えている。

 故に、次の手段を考えなくては。

 一度引き、幾つかある部屋の何処かに身を隠すか。それとも。

 ふと。

 銃声が止んだのが聞こえる。

 細い煙が銃口から細く棚引いている。

 そうか。

 向こうの魔力が尽きて。

 ここは、勝負に出なければ。ロザリーは叫ぶ。

「権能【兵装】! 私は『軽装歩兵の鎧』を纏う!」

 一度、全身鎧を解除し、胸当てと籠手、足先だけを守る軽装鎧に切り替えた。

 これで、彼女の魔力も切れている。この鎧も一度の攻撃しか防げない。だが、向こうはもう小銃は撃てない。

 ならばこちらの機動力をあげて、一気に間を詰めるしかない。

 地面を蹴り、剣を振りかぶる。

 相手は、分かっていたのか。持っていた銃を地面に捨て、後ろに飛ぶ。

 だが、剣の軌跡、その間合いからは未だ近い。

 一太刀、それで形勢は変わる。

 切っ先が描く弧が仮面を掠めた。手ごたえを感じるも、思っているより向こうは遠くへ飛んでいたようだった。

 切り払ったのは、仮面だけ。

 そして。

 敵は逃げながら、その右手を振るう。長く伸びているとはいえ、逃げながらでは遠い。

 爪は虚空を掠めるばかり。

 直ぐに追撃を。

 左足が地面を踏むと同時に、体重を右足へと動かし、駆ける。

 突きの構え。そのまま、腕を伸ばし、喉元を狙う。

 が、その時。

 目の前に、水を含んだ霧が撒かれたように感じて。

 肌が、ひしゃりと濡れて。

 毒霧か。

 咄嗟に息を止め、目を瞑る。

 吸い込まなければ、どうという事はあるまい。これでも、リョウタ程ではないが、毒には強い方だ。精神力で抑え込める。

 そう霧が晴れるタイミングを感覚で計り、目を開けた瞬間。

 視界が斜めに傾いでいた。

「あ……れ?」

 ゆっくりと身体が重くなって。

 そして、唐突な頭痛と倦怠感が身体を絞め上げ始める。胸が苦しい。ぎりと胃が痛み始め、眩暈と吐き気が交互に頭を侵し始めていた。

 その場で、膝をつき。

 吐瀉物を床に撒き散らしていた。

 吸っていない筈だ。それに毒と言っても、こんな症状を発する毒は、今まで聞いた事がない。何を、されたのか。

 前を向かなければ。

 そう思い、首を前に。

 刹那。

 ぎちりと首を掴まれ、持ち上げられていた。

 目の前で、緋色が揺れる。

 モッズコートのフードを脱ぎ、仮面を切り落とされて。

 その下にあったのは、少女のそれ。

 血のように紅い髪をした、歳にして十二は満たないような、そんな少女の顔。

 そして、その耳は、長く伸びていた。

「エル、フ……?」

 辛うじて、声を絞り出す。

 目の前にいるのは、その顔だけを見れば、エルフの子供。

 長命であり、歳が分かりづらいが、人間にして、まだ成人を明らかに迎えてはいない容姿からしても、恐らくは年はそう取っていない筈だ。

 エルフ。

 そこで、脳裏に浮かぶ。

「お前……あの集落の……」

「ジェイキンズから寝物語にでも聞いていたみたいだな」

 薄く笑っている。

 ぎりと首が絞まって。

「お前の仲間と、異世界転生者<ノーヴィス>どもが焼いた村の生き残り。ああ、正確には生き残りだった、かな?」

「だった……」

 紅い髪のエルフは災厄である。

 昔に聞いた御伽噺。

 紅い髪のエルフは悪魔である。

 何故なら、美しいその金色の髪を、銀色の髪を、同族の血で洗ったものだから。

 そして、全てを呪うと誓った。

「お前、『血の決別』を……!」

「そうだ。捨てたよ、捨てたさ! エルフであることも! 権能も手放した! そして! 誓ったんだ、フリアエに! 呪いの中で! お前たちの地獄を作るとな!」

「復讐の邪神……! お前、世界を、神を敵に回す気か!」

 ぎりと顔を寄せる。

「今更何を? お前らの魂は決して神に還さない。僕が食らう。僕が奪う。僕がすり潰して、無意味に捨ててやる。この世界を墓に変える。お前らのための墓石に変えてくれる」

 こうと、少女の虹彩が光る。

 権能紋章の、光。

 紫の鈍い、天秤を象った、光。

 少女は腕をロザリーの腹へと突き立て。

「権能【掠奪】、僕はお前を奪う」

 彼女の魂を、権能を宿した何もかもを、抜き去って。

 首を放され、崩れ落ちていくロザリーを見ながら、飲み込んでいた。



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