魔王王都観光する
「王都観光をしましょう!」
本日の分の授業を終えた昼下がり。
さて今日も訓練場に行くかと思っていると、エミリアが腰に手を当て、ずびしと俺に向かって指を指しながら宣言した。
「人に指差しちゃいけませんって親から習わなかったか?」
「習わなかったわね!」
「ああ、そう」
この世界に来てから既に1週間が経過した。
ちなみにありがたいことに、この世界の暦は前の世界の物と変わらない。
1日は24時間であるし、週は7日であるし、週の最後の日の曜日は休息日であるし、月は28日であるし、1年は12の月で334日だ。
魔法の法則も伝わっている事に差はあれど、同じように思えるし、前の世界とこの世界は本当に近い法則で結ばれているのだなと思う。
さて、エミリアの提案である。
王都観光。まぁそのままの意味であろう。
本日は2の月の2週目の最終日、すなわち休息日だ。外はまだ肌寒く、出歩くには上着が必要な季節である。
寒いのは苦手だ。育ての親のクソジジイに「強い身体に育つ為に必要だ!」とかなんとか言っていきなり真冬の海に叩き落とされ、寒中水泳をさせられたのを嫌でも思い出すからだ。あの時は本当に凍るかと思った。
気持ち的にはまず屋内に居たいと考えたが、そのあとにふと思い至った。
この世界に来てからまだ一度も王城の外に出ていない。
このままではヤマトが言っていた"引きこもり"とやらになってしまうのではないか?
ヤマト曰く"引きこもり"は社会の底辺だと言う。その後引きこもるのにも事情が、とかなんとか言っていたがよく覚えていない。
だが、社会の底辺というのはいただけない。
これでも前の世界では魔王というある意味世界の頂点的な存在であったのだ。
外に出よう。俺は決意した。
だがそれには一つ問題がある。
「王都観光をするのは構わないが、俺は王城の外に出ても良いのか?」
確か許可が出るまで王城内にいる事、との王命を拝命していたと記憶しているが。
「許可ならもらってきたわ!これからは自由に出入りして良いそうよ!」
仕事が早い事で。
今日の授業の途中で退席していたのは自由外出の許可を取るためだったか。
どうも詳しく外出の許可が出た経緯について聞いてみると、
『その気になった勇者の動きを止められる人間がこの王城には存在しない』
とのことらしい。ただ行動予定は把握しておきたいので外出する際は外出先と戻る予定の時間を教えて欲しいとの事。
何はともあれ少し身軽な身分になった魔王様である。外出が出来る、と聞いて次に思った事は金のことであった。
すばり、金が欲しい。
なにぶんこの世界には着の身着のまま来てしまった。まぁ前の世界の貨幣を持っていたところで使えないのだが。
恐らくいまエミリアに頼めば金は貰えるであろう。だがそういう事ではない。自分で自由に使える金が欲しいのだ。
なので聞いてみる事にした。
「観光ついでに金を稼ぐ手段が欲しい」
「そうね。それならちょうど良いわ!それも今日の観光の目的の1つに入ってるから!」
それも目的に入っているらしい。なんと準備の良い王女様であろうか。
「貴方が手っ取り早くお金を稼ぐ方法は大きく分けて2つよ」
そう言ってまずエミリアは指を1本立てた。
「1つ目はこの国の騎士になる事。貴方の実力なら簡単に騎士になれるでしょうね。ただ、この方法は嫌でしょう?」
「ああ、そうだな」
ルーガート王の事は嫌いではないが、忠誠を誓おうとは思えない。
そもそも前の世界で魔王をしていた身だ。誰の下でも仕える気はない。
「ということで本命の2つ目」
エミリアは指をもう1本立てて続けた。
「冒険者登録をして、ギルドで依頼を受けて稼ぐのよ!」
なるほど。その手があったか。
ギルドの事はシスからの講義で簡単に習っている。
ヤマト王国各地に存在する冒険者ギルドに、主に荒事が中心の依頼が集まる。冒険者達は自分の力量に見合った依頼を受け、それを達成する事で金を稼ぐのだ。
もちろんこの王都にも冒険者ギルドは存在するとの事だ。
「ちなみに、ディスターにギルドに登録して貰うってのはお父様からの指示でもあるわ」
「ふむ。それはまたどんな理由で?」
「貴方。この世界で身分証がないでしょう?」
「ああ、なるほど」
俺は異世界人だ。この王城を出てしまえば身を立てる証は何一つとしてない。
この世界ではギルド証が身分証代わりになるそうなので、都合が良いのだろう。
「あと、言伝がもう1つ。ついでにランクを上げてこい。だそうよ」
そう言ってエミリアは笑いながら1つの封書を俺に手渡した。表側にはマチスへと宛名が書かれており、裏面は王家の紋章で封がしてある。
「これは?」
「ギルドマスターへの紹介状よ。貴方をギルドマスター権限で上げられる限界のBランクまで上げるようにって」
「至れり尽くせりだな」
別にちまちま1からランクを上げても良いんだがな。直近で差し迫ってやらなければならない事もないわけだし。
実際に俺が魔族討伐の旅に出るまでには時間がある。
どうも、旅に出る際には国民達を鼓舞する為、式典を大々的に行うらしい。
その式典には地方に散っている貴族達も招集するため、日程調整に手間取っているらしい。
向こう1ヶ月程度は余裕があるそうだ。
「ギルドに登録するってのはわかった。で、観光っていうのは?」
「ギルドに行くついでに王都を案内してあげるわよ!」
「それはありがたい」
案内役は欲しかったところだ。
俺1人じゃギルドの場所もわからんしな。
自慢じゃないが絶対に迷う自信がある。
「街に行くんですか?」
そう尋ねて来たのはすっかり元気になったリーフィアだ。
彼女はあの後問題なく部屋の外で過ごす事が出来るようになっていて、毎日城中を嬉しそうに走り回っている。
本日は俺が毎日受けているという授業に興味を持ち、一緒に受講していたのだ。
「ええ、そうよ」
「・・いいなぁ」
そう物憂げに呟くリーフィアに、エミリアは腕を組んで唸り始めた。
リーフィアも俺と同じように未だに城の中の世界しか知らないのだ。
当然街にも出た事はない。しかもこの世に生を受けてから14年間ずっとだ。
「リーフィア、街へ行ってみたい?」
「良いんですか?」
「お父様に聞いてみて、許可が出たら私達と一緒に街へ行きましょうか」
「でも・・・」
リーフィアは躊躇いがちに目を伏せた。
リーフィアについては一般的には公表されていない。王城から出られない身であったし、王位継承権もある事から世間の余計な危険から隔離する為の措置であった。
リーフィア自身も自分の立ち位置は理解しているのだろう。
街には危険もある。エミリアとは違いリーフィアには身を守る術がない。それ故の苦悩であった。
「リーフィア」
エミリアは真剣な表情でリーフィアの肩を掴み、リーフィアと視線を合わせた。
「今までずっと我慢してきたんだもの。少しくらいわがままを言っても良いのよ」
エミリアの真摯な言葉を受けて、リーフィアはハッとした後、瞳を潤ませた。
「街に、行ってみたいです」
◇
その後エミリアはルーガート王からリーフィア外出許可を勝ち取り、姉妹揃っての王都観光と相成った。
メンバーは俺とエミリアとリーフィア、そしてシスと本日非番であったルークの計5名だ。
俺とエミリアだけならともかく、リーフィアを連れて行くとなると流石に護衛は必要ということでルークとシスの2人が選ばれた。
シスに関しては直接実力を見たわけではないのではっきりとは言えないが、その身のこなしを見るにかなりの実力者であろう事は伺えるし、ルークに関しては手合わせをした経験もあるので、街の暴漢程度なら軽くあしらえる実力の持ち主だとわかっている。その上俺とエミリアがいるのだから盤石であろう。
そんなこんなで始まった王都観光ツアーであるが、その前にという事でシスからの簡単な王都の地理関係についての説明があった。
ここ王都リューベックは大きく分けると2つの地区に分けられる。
すなわち城壁の内側の内街と城壁の外側の外街である。
リューベックはヤマト王城を中心として周囲を囲むように城壁が聳え立っており、その城壁の内側と外側にそれぞれ街並みが広がっているのだ。
内街は簡単に言えば貴族街で、貴族達の贅を尽くした邸宅が建ち並んでいる。
商店もあるにはあるが、貴族御用達商人の店舗ばかりで一見さんお断りであるとか。
また、この内街に入るには確かな身分であるか、もしくは通行証が必要らしい。
身分証のないうちは俺は一度城壁の外に出たら1人では城に戻ってこれないであろう。
対して外街であるが、こちらは庶民街であるという。外街は東西南北で大きく分けて4つの区画に分かれている。
まず北側にあるのは職人街。様々な業種の職人達が日夜おのれの腕を磨いているという。
続いて東側にあるのは商業街。様々な商店が立ち並ぶ区画だ。
南側は住宅街で、こちらの区画はその名の通り王都に住まう民達の居住区が広がっている。
最後に西側は歓楽街。飲み屋や賭場、娼館がある。この区画にはあまり縁は無さそうだ。
さて、今現在俺たちがいるのは外街の商業区である。
商業区は人で賑わっていた。
城壁の門から一本道が続いており、その道の両側に店舗が建ち並んでいる。
商店の前では店主が宣伝文句を語っており、それに興味を持ち立ち止まる者、通り過ぎる者と様々だ。気を付けて歩かないと向かいから歩いてくる者とぶつかりそうなほど活気がある。
魔族からの脅威に未だ晒されているこの国だが、民達は逞しいものだ。
いま商業区にいる理由を聞かれれば、それはこの区画に冒険者ギルドの本部があるからである。
ただ、まっすぐ目的地に向かってるかと言えばそうではない。
リーフィアは何にでも興味を持ち、その都度姉にあれはなんだと尋ねては答えを聞き嬉しそうに微笑む。それの繰り返しだ。
王城2人を擁するいかにも目立ちそうな一行であるが、意外な事に目立っていない。
俺を含め全員が街人相応の服装に身を包んでいるのも要因であろうが、通りすがる街人達は存外周囲の人間の造作にまで気が及んでいないらしい。
何度か立ち止まった店舗の店主がエミリアに気付いた様子を見せていたが、エミリアは慣れた様子であしらっていた。
エミリアがこの外街に来る事はそう珍しい話でもないらしい。
まぁ彼女はギルドAランクの冒険者だと先程自慢げに述べていたし、ギルドまでの道のりはそれこそ慣れっこなのだろう。
そして今は女性陣が服飾店で服を選んでいる最中である。エミリアは今後旅に出た時の為の普段着を買うと言っていたし、リーフィアは初めて自分で服を選んで買うことに瞳を輝かせていた。
なお、シスは2人のお手伝いである。
男性陣は店の外で留守番だ。もうかれこれ30分は待っている気がする。
「・・長いな」
「女性の買い物は総じて長いものっすよ」
「ルークは随分慣れた様子だな」
「領地に嫁と子供がいるっすからね」
なんと、ルークは既に子持ちであった。
いや、冷静に考えればルークも氏持ち、つまりは貴族だ。
ルークは21歳らしいが、貴族は成人してすぐに縁談を取り行う事も珍しくないというし、これが普通なのだろう。
魔族は寿命の長さからその辺り結構適当であったので、人族の、それも貴族の婚姻の早さはいまいち慣れない。
「ディスター殿も今のうちに慣れておいた方が良いっすよ」
「・・そうか」
その後結局女性陣が出てきたのは更に20分が経過したあとであった。
山のように買込まれた荷物を一度預かり、左手の腕輪に収納していく。
俺がいま身につけている左手の腕輪は"無限収納"の腕輪だ。
リーフィアの病を治したとの功績から、また、今後予定されている魔族討伐の旅でも役立つだろうという事から頂戴したアーティファクトである。
ちなみにやっぱりというかこの腕輪もヤマトが作ったものだという。
かなり貴重な代物であるが、まだいくつか在庫があるから貰っても構わないそうだ。
まぁおかげでいま大量の荷物を持たずに済んでいるのでこれをくれたルーガート王には感謝したい。
全ての荷物を収納し終わり歩いていると、どこからともなくいい匂いが漂ってきた。
この匂いは醤油の焼ける匂いであろう。
リーフィアが匂いの元凶を目敏く発見し、エミリアの手を引いてそちらに向かっていった。
リーフィアが向かった先はちょっとした出店であった。老婆が鉄板で三角状に押し固めた米を醤油で焼いてるようだ。
「これはもしかして焼きおにぎりですか?」
「そうだよ。おひとつどうだい?お嬢ちゃん」
リーフィアは老婆の言葉を受けて、エミリアを仰ぎ見る。
エミリアは苦笑して一つ頷いた。
リーフィアは途端にぱあっと笑顔の花を咲かせた。
その後俺たちにも食べるかリーフィアは質問をし、俺は了承したがルークとシスは仕事中だからと簡単には首を縦には振らず、リーフィアが頰を膨らませた辺りで根負けした。
両面しっかりと焼かれた焼きおにぎりは非常に美味で、空腹だったところにちょうどよかった。
このヤマト王国の食文化はヤマトの影響が大きい。
この米もヤマトが探し出して栽培を始めたものだという。
前の世界でもヤマトは米が欲しい米が欲しいと連呼していたが、この世界でとうとう見つけたようだ。
「食べ歩きなんてちょっとお行儀悪いですね」
満足げに笑いながらリーフィアが言った。
「街に出たら街の流儀に従うのよ」
エミリアも嬉しそうなリーフィアを眺め、眩しそうに目を細めた。
リーフィアも初めての街を満喫できている様子だ。
俺にしてみてもやはりいざ街に出てみるとやはり異世界だという事を実感できた。
そもそも米なんて前の世界には無かったしな。
この世界では当然のように主食として普及していた。
「さぁ、もうすぐギルド本部よ」
焼きおにぎりを食べ終え、一行はギルド本部へと歩みを進めた。