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最強魔王が異世界で勇者になりました  作者: 湯切りライス
第1章ヤマト王国編
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魔王箱入り娘を治療する

 訓練を終えたあと、湯浴みをして汗を流してから食事に向かう。

 前の世界では風呂などに入った事はなく、生活魔法のリフレッシュで済ませていた物だが、この王城にはとても立派な浴槽があるのだ。

 なんでもヤマトが風呂好きだったから作らせたとかで、このヤマト王国には浴槽に浸かるという文化が存在する。

 さすがに一般庶民は家に風呂を持つ事は出来ないが、代わりに週に何回か銭湯と呼ばれる共同湯浴み場に行くのだそうだ。

 また、身体や髪を洗うのにもそれぞれに専用の石鹸と呼ばれる洗剤を用いる。

 この石鹸を使うと身体中の汚れや疲れが一気に落ちるようで爽快だ。

 今まで生活魔法で済ませていたのがすっかり嘘のように、俺はこの風呂という文化を気に入ってしまった。

 これでは旅に出た時に生活魔法では満足できなくなってしまうだろう。どうしてくれる。


 王城の食堂は意外とそんなに広くない。

 10人掛けの横長の木製テーブルが部屋の中央にポツンとあり、白いテーブルクロスが掛けられている。王族はそれぞれ執務があるらしく、食事は自室で取ったり違う時間に取ったりと様々らしく、食事を取る時はこれまでいつも俺とエミリアの2人だけであったが、今日は先約が1人いた。


「・・勇者か。女を侍らせていい身分だな」


 不機嫌そうに向かいの席に座って食事を取っていたのは第1王子のスーガード・ヤマトであった。

 こいつは会った時から変わらず人を見下したような不愉快な視線を向けてくる。

 こちらも当然不愉快なので目礼すら返さず、第1王子から一番離れた席に座った。

 すかさずエミリアが俺の隣の席に座る。

 俺とエミリアが席に座ると同時に、食事が運ばれてきた。


「薄汚い魔族を勇者として仰がねばならんとはな。この国も堕ちたものだ」


 ねめつけた様な視線をこちらに向けながら呟くスーガード。


「スーガード兄様。彼は魔族ではなく人族と魔族のハーフですし、異世界人です。私達が考える魔族とは違います」


 こちらは目線を向けずにぴしゃりと反論するエミリア。


「ふん、ハーフだろうが異世界人だろうが魔族は魔族であろう。それも魔王なぞという大層な役職であったそうじゃないか」


「ですが彼の世界の魔族と人族は和解しています」


「魔族と人族が和解だと?どこまで本当なのだか、信用ならんな」


 それだけ言うとスーガードは席を立ち、こちらを睨みつけた。


「いいか勇者。魔族はこの世界に生きる者達で打倒する。せいぜい貴様はその化物のような力を我らの邪魔にならぬ場所にて振るうがいい」


「スーガード兄様!」


 負けじとエミリアがスーガードを睨み付けるが、スーガードはふんと鼻を鳴らしてこちらを一瞥した後食堂を去っていった。


「ごめんなさいね、ディスター」


 スーガードが立ち去った後、エミリアが申し訳なさそうにこちらを仰ぎ見ながら謝ってきた。


「なぜお前が謝る」


「これでもスーガード兄様の身内だからよ。身内がした事だもの、謝りもするわ」


「そうか。なら謝罪は受け取っておく。だからもう気にするな」


 そう言ってエミリアの頭をぽんぽんと叩く。

 エミリアは頰を少し赤らめながら手を鬱陶しそうに払いのけた。


「それにしても、妹に会ったってのに挨拶の一つも無かったな」


「・・スーガード兄様は私が気に入らないのよ」


 ぽつりとエミリアは語り始めた。

 スーガードは優秀であった。

 魔法の才に富み、剣術にも非凡なる才を持っていた。

 努力も怠らず、周囲も口々にスーガードを褒め称えた。

 ただ1点。縛式が使えない。それだけでこの国では王位継承権がない。縛式を後世に受け継ぐ事。それがいつか魔王が復活した時にまた封印できるようにという、この国の王族の唯一の命題であった。


「だから、昔からスーガード兄様は縛式を使える私に冷たいの。いえ、きっと憎いのでしょうね。縛式さえ使えていれば、王位を継ぐのはスーガード兄様のはずだもの」


 なるほど。

 世襲制の王権制度だとこういった問題もあるわけか。前の世界の魔王は現職の魔王に挑み、勝てれば王座交代だ。実にわかりやすい。


 話を終えると、目を伏せるエミリア。

 その眼には迷いの色が見て取れる。


「ふむ、エミリア」


「なに?」


 俺の呼びかけに応じて、エミリアは顔を上げた。


「お前は縛式が使えるからと、王位継承権第1位だからと、それにかまけて努力を怠ったのか?」


「・・いえ。努力を怠った事はないわ」


「今の位階序列第7位という地位は何の努力も無しになれるものなのか?」


「いいえ。努力の末に私が勝ち取ったものよ」


「ならば、お前に対する周囲からの評価は、お前の努力に対する正当な評価だ。継承権のない兄に遠慮して目を曇らせるのはお前の努力に対する侮辱だ。兄など関係はない。自分の努力を誇るといい」


 少なくともまだ数日ではあるが、エミリアが努力する様子は見て取れた。

 訓練中、カーチスを相手に剣術の訓練をしている時も、俺を相手に魔法の訓練をしている時も、それを見守る騎士達の表情には温かい尊敬の色が見て取れた。

 きっとエミリアはこれまでも、壁にぶつかる度にこうやって努力をしてきたのだ。

 そもそも今のエミリアの境地に辿り着く為には並々ならぬ努力をしたはずだ。

 生まれついて莫大な魔力を持っていたとしても、それを操れなければ話にならない。

 ならば今のエミリアは努力の結晶だ。


「そう、そうね。スーガード兄様は関係ないわよね」


 自分の中で反芻するように呟くエミリア。

 その瞳にもう迷いの色はなかった。


「ありがとう、ディスター。なんだか気が楽になったわ」


「わかったなら、いい」


「ふふ」


 そう言い笑うエミリアの表情はやはり太陽のようで、俺を惑わすのであった。



 食事が終わると、エミリアと共に城の一室へと向かった。

 目的の部屋の扉の前には侍女が控えており、俺達が視界に入ると一歩脇に退いた。


「リーフィア。エミリアよ。入っていい?」


 エミリアがノックしながら尋ねると、中から「どうぞ!」という快活な声が聞こえてきた。

 エミリアに促され中に入ると、窓一つない室内には大きな天蓋付きのベッドが一つ。

 そこに1人の少女が腰掛けていた。

 少女はエミリアを見ると嬉しそうに微笑んだ。

 エミリアと同じ綺麗な金髪を持つ彼女の名前はリーフィア・ヤマト。

 ヤマト王国の第4王女だ。

 彼女は生まれつき魔力制御能力が非常に弱く、長く外に居て空気中に漂う魔力を吸収し過ぎてしまうと、それを制御出来ずに魔力酔いになってしまう。

 前の世界でもこの世界でも全てのものには魔力が宿っている。それは生物でも同様だ。

 大気中にも魔力は存在し、生物は呼吸をするのと同じように当たり前に魔力を摂取している。

 個体ごとの魔力の大きさの違いとはつまり魔力の制御能力の大小である。

 つまり人より魔力の高いエミリアやユーリなどは他人より制御下における魔力量が多いと言える。

 そして、制御下における魔力量が多ければ多いほど魔力を使って起こせる事象の幅が増える。

 例えばそれが生物であれば体長が大きくなったり身体能力が上がったり、何か特殊な能力を持っていたりするし、それが人間であれば行使する魔法によってもたらされる事象の規模が大きくなるというわけだ。

 その魔力を無意識に、あるいは意識的に制御する術を生物は生まれ落ちてすぐに学ぶが、ごく稀に制御する術を知らない、あるいは制御する力が非常に弱いものがいる。

 それがリーフィアだ。

 彼女はその特殊な体質故、一日の殆どをこの魔力を通さない特殊な結界の張られた一室で過ごしているのだ。それだけでなく、更に厄介なことに彼女は縛式が使える。つまり、王位継承権があるのだ。

 逆に言えば彼女が居るからこそ、エミリアは旅に出ることを許されたとも言える。

 そんなエミリアと相反するようにリーフィアは城のこの一室にほぼ軟禁状態であるが、この姉妹は仲がいい。

 それもひとえにリーフィアの人の良さ故であろう。

 彼女はこんな狭苦しい部屋に閉じ込められているなんて、まるで思わせないような快活そうな笑みを浮かべるのだから。


「あ、勇者様!お姉様もどうぞどうぞこちらへ」


 リーフィアはベッドからぴょんと飛び降りるとベッドの横にあるテーブルと2脚の椅子を整え始めた。


「こら、リーフィア。大人しくベッドに座ってなさい」


「はーい」


 エミリアが苦笑混じりに窘めると、リーフィアはニコニコ笑いながらベッドに腰掛けた。

 リーフィアの私室は大きなベッド以外には殆どが本棚で埋め尽くされている。

 彼女にとっての世界とはこの部屋の中で、またこの本棚に所狭しと並べられている本達なのだ。

 これで彼女が内気な性格にならなかったのは、やはりエミリアを始めとする家族の愛故なのではなかろうか。


「それじゃ勇者様。今日もよろしくお願いしますっ!」


「ああ」


 ベッドのすぐ近くの椅子に腰掛け、差し出されたリーフィアの手を取る。

 そして、ゆっくりと魔力を流し始めた。


「魔力が流れているのはわかるか?」


「はい。少しずつわかるようになってきました」


「今は俺が制御して魔力を循環させている。この感覚を覚えるんだ」


「むむ」


 この世界では知らないが、少なくとも前の世界ではリーフィアと同じ症状の魔族は一定数いた。

 人族にも同じようにやはり一定数いたと聞いている。

 さて、そんな時前の世界ではその症状の人間をそのまま放置したかと言えば、答えは否だ。

 この症状の肝は魔力を感じ取る力が弱い事に起因する。

 魔力を感じ取る力が弱いから、魔力を上手く制御できず、制御能力以上の魔力を吸収してしまい魔力酔いを起こすのだ。

 こういった場合、外部から魔力を強制的に流し込み、循環させる事で魔力の流れを感じさせ、魔力の扱いを覚えさせるのが一番手っ取り早い。

 他人の体内に入った魔力を操るのにはコツがいるが、コツさえ掴めばどうって事はない。

 エミリアからリーフィアの症状を聞いた時にすぐに思い至った俺はこの治療法をエミリアに提案。

 その提案は一度実験台となったエミリアによって安全だと認定され、それ以降毎日この時間にリーフィアに治療を施しているのだ。


「これで魔力の制御を覚えたらこの部屋から出られますかね?」


「ああ。大きな魔法を使うのは無理でも、外で普通に生活するぐらいは問題なく出来るようになるはずだ」


「やった!頑張りますね!」


 やる気があるのはいい事だ。これは決して不治の病でもなんでもない。ただ人より魔力を感じ取る力が弱いだけだ。だからきっかけさえ与えて訓練すれば、必ず良くなる。


 さて、リーフィアもこの数日でだいぶ魔力も感じ取れるようになったようだし、そろそろ自力での制御に挑戦してみるべきだろう。


「リーフィア。これから魔力の制御を渡す。自分で魔力を動かしてみるんだ」


「は、はい!」


「これが出来れば外に出られるぞ。頑張れ」


「頑張ります!」


「リーフィア!頑張って!」


 リーフィアは眉間に皺を寄せて唸りながら魔力を動かそうとしている。

 魔力が感じ取れるようになったならもう一息だ。

 必ず魔力を制御する事は出来る。生物の身体は元々そういう風に出来てるのだから。


「あ!」


 リーフィアが声を上げる。

 リーフィアの身体の中を魔力が循環しているのがわかる。

 そして、俺は既に制御を手放している。

 つまり。


「魔力の制御!出来ました!」


 魔力制御成功だ。

 これでリーフィアは外で普通に生活ができる。


「リーフィア!」


「わわっ!?」


 エミリアが感極まった様子でリーフィアに抱き着いた。その蒼い瞳から涙が零れ落ちる。


「良かったねぇ・・!これで普通に生活できるのよ・・!」


「外、出れるの?」


「ええ!」


「やった・・・嬉しいな・・」


 リーフィアもようやくその事実に気付いたのだろう、姉と同じ蒼い瞳から涙がポロポロと零れ出す。


「まず今夜この部屋の外で普通に寝てみて、それで問題が無ければもう大丈夫だ」


「そうだ、お父様にも伝えないと・・」


 エミリアはリーフィアの肩を掴んで放し、腕でゴシゴシと目を拭うと、部屋の外にいた侍女に国王にこの事を伝えるように指示した。

 それから暫く経つと、バタバタという足音と共に国王が現れた。


「リーフィア!!」


 先程のエミリアと同じように国王はベッドに腰掛けるリーフィアを抱き竦めた。


「あぁ、リーフィア。もう大丈夫なのか?」


「えぇ、お父様。この通り魔力を制御できるようになりました」


 そう言って再び魔力を循環させるリーフィア。身体からほんのりと魔力光が滲み出ている。

 しっかりと魔力が循環できている証拠である。


「ディスアスターよ。本当に大丈夫なのだな?」


「ああ。先程エミリアにも伝えたが、今夜この部屋の外で過ごしてみて大丈夫なら、もう心配はいらないだろう」


 それを聞いて安堵の溜息をつく国王。


「・・あの、お父様」


「なんだい?リーフィア」


「部屋の外に出てみてもよろしいですか?」


 その問いに対し、国王は俺の顔を見る。

 それに対し、頷いて答えてみせた。

 リーフィアはニコリと笑い部屋の扉の前まで駆けていく。

 そして開けっ放しの扉の前で大きく深呼吸をすると、ゆっくりと部屋の外に一歩踏み出した。

 そしてリーフィアが動かなくなった。


「リ、リーフィア・・?」


 恐る恐るエミリアがリーフィアの名を呼ぶ。


「・・ありません」


「なに?」


「外に出るといつも感じてた気持ち悪さが、ありません!!」


 勢いよくこちらを振り返りながらリーフィアは言った。瞳からは相変わらず涙がポロポロ零れているが、満面の笑みを浮かべていた。


「ふむ、大丈夫そうだな」


 気持ち悪さは制御能力以上の魔力を取り込む事で起きていた症状だ。

 それが無いという事は制御能力以上の魔力はしっかり排出できているのだろう。


「ディスター!!」


 嬉しそうに泣き笑いするリーフィアを眺めていると、横からエミリアが抱きついてきた。


「ありがとぉぉぉ!ディスタぁぁぁ!」


 ボロボロ涙を零しながら頭をぐりぐりと擦り付けてくる。

 顔は涙と鼻水でぐしゃぐしゃだし、俺の胸元もエミリアの涙と鼻水でぐしゃぐしゃだ。

 まぁ、いいか。

 エミリアの頭をゆっくり撫ぜる。


「ディスアスター・サタンよ」


 国王の厳粛な声が響く。

 声の方に向き直るとそこには真剣な国王の顔があった。その顔に鼻水さえ垂れてなければ厳粛なままでいられたのにな。


「感謝を」


 そう言って深々と頭を下げる国王。おいおい。


「・・国王が頭を下げて良いのか?」


「王とは民あってこその王。ここに民は居ない。居るのは家族と異世界人のみよ。ならばこの私は国王ではなく、ひとりの父親だ。父親が娘の為に頭を下げて何が悪い」


「・・そうか」


 これが父親か。

 俺にはよくわからないが、それでも、胸の中に温かな気持ちが芽生えた。


 この夜。

 異世界の魔王であるディスアスター・サタンに初めて、この愛すべき異世界の人族達のために闘う理由が一つできた。


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