第94話 霊界の力と魔法探偵の女性にまつわる事件
そうしてハーネイトたちはリシェルたちの部屋に戻った。リシェルが少し眠たそうにしながら彼に挨拶をしてから、何をしていたかを尋ねる。
「ふぁああ、おはようございます師匠。どこへ行かれていたのですか?」
「ああ、風に当たりたかったから屋上にいたのだが」
「そうですか、ってエレクトリール、師匠にくっつき過ぎだ! ったく」
リシェルはエレクトリールに対し注意する言い方で離れるように指示した。ハーネイトの声に異変があるのをすぐに見抜いていた。
「何でですか、ハーネイトさんもうれしそうに……」
彼女がハーネイトの顔を覗き込んだ。すると彼は白目をむきかけていた。それに気づくと慌てて彼の体から離れる。しかしそれで彼の表情が元に戻るわけではなかった。
「わわっ!」
「相棒、おーい、大丈夫か?」
「で、電撃と、うっ……」
伯爵たちに言葉を返そうとした矢先、ハーネイトはその場に崩れてしまった。
「また? エレクトリール、一体何をしたの?」
「え、あ、その……」
「はあ、それは私が説明するわよ」
リリーの質問にうろたえるエレクトリール。そしてその場にいたリリエットが屋上で起きた一部始終を話した。
「危ないことをしてくれましたね、全く。いくらハーネイト殿が頑丈でも、なあ」
「エレクトリール! 今度そんなことしたら末代から呪うかんね!」
南雲と風魔は彼女の行いに抗議した。雇い主の危機を招くような事案は二人にとって最も避けたい案件であり、二人とも彼女に詰め寄ると小言を言い始めた。
「だ、大丈夫?」
「治療しましょうか義兄さん」
「い、いや……。いい。ぐふ、なんでこんな目に」
「うーん、目覚めは、まあまあ。ん…ハーネイト、ハーネイトさん?」
爆睡していたシャックスが魔女二人とハーネイトのやり取りで起き、異常事態を確認すると起き上がり彼のもとに来た。
「思いっきり電撃を受けていますね。彼の体ならば、少し安静にしておけば大丈夫だとは思いますがね。霊量子も使える素質持ちですし。しかし出発の時刻を遅らせた方がよろしいかと。万全の状態で行かないと、どうなることか」
「うう……済まない。先にみんな、食事に行ってくれ。自己再生能力でどうにかするから。予定より一時間だけ、あとに……」
「本当に大丈夫よね?」
「魔法かけても効果薄いんだから、自身の能力で治した方が早いぜリリー。前に言ってただろ?」
「それなら、私が治療しましょうか。霊量士の治療術ならおそらくすぐに良くなるはずです。力に目覚めていてよかったけれど」
そうしてリリエットだけ残り、ほかのみんなは部屋を出るとエフィリーネや3人のメイドたちにも声をかけ、全員で2階のレストランでバイキング形式の朝食をとっていた。
「このホテルの食事、いいな」
「本当に、朝からよく食べるのね。エレクトリールは。私朝弱くて」
「私もよ。元気あるのね」
「ん、そうですか?」
「すごい食べっぷりだな。あれだけあった料理がみるみるなくなっていくぞ。健啖家にも程度があるだろうが」
ミカエルとルシエル、そしてアーディンはエレクトリールの食べっぷりにすごく驚いていた。リシェルは既にその件は知っていたが、どうしたらそこまで食べられるのかその光景を見るたびに疑問が尽きない。
「見た目に似合わない大食いですな」
「まあそうだね。さて、食事も済ませた」
「しかし心配ですな」
ミロクはコーヒーを飲みながら主であるハーネイトを心配していた。金属を生成し武器に加工できる創金師は本来、雷属性の攻撃に少し弱い傾向があることを彼は知っていた。そのため主であるハーネイトがその影響を受けていないか気がかりであった。
「じきに、よくなるでしょう。問題は、エレクトリールですね。本来なら処罰じゃすまないですよ。うちでしたら上官への反逆は即処刑ですし。彼女はかなり昔からDGにいたのですが、度々問題行動を外で起こしていまして……」
シャックスは彼女の対応について、ハーネイトのことがどうも気になっていた様子であった。もしこれがDG内で起きていたならと思い、彼は顔をしかめていた。
「確かに、それは機士国だって似たようなものさ。エレクトリールは運がいいというか。ハーネイトさんが大海原のような心の広さを持っていてよかったかなと」
「だがそれだけではダメな時もあるだろう。悩ましいな。まあ、今回は主殿も無事でしたし、その命に従うまでですな。しかし、恋というものはいいですな」
「はは、お主がそう言うか。だが、ハーネイト殿は女性関係で非常に辛い思いをしておるからのう」
そして近くでゆで卵を食べていたシャムロックが話に割り込んできた。そしてミロクのその話を聞いたリシェルとシャックスが興味津々で彼に質問してきた。
「他言はここからは慎んでくれ。主殿は、昔大勢の女性に追いかけられ、非常に怖い思いをしたそうだ」
「正確には、あの怪物の力を受け付けず倒せるその体の特異性を、所属していた組織も合わせ狙っていたということですがね。まあ、あの血の呪いを跳ね返せるようになるというなら、当時の人たちは必死になって求めるのは仕方のないことだ」
ミロク曰く、主であるハーネイトがなぜ女性についてどこか壁を置きたがる傾向にある理由を全て聞いている。
それは彼が幼い時に一人になった原因、つまり能力の使用を目撃したのが、気になっていた同年代の女の子であったこと。例の恩師と村を護れなかった血徒による事件、特異体質な体を狙われ続けたこと、それに関連し多くの魔女に追い掛け回されたことなどを挙げる。
そのほかにも、彼にはつらい記憶が幾つも刻まれている。宝石の国の女王による恐ろしい修行の日々、復讐に燃える女剣士との戦いに魔女による拘束や拷問など、旅の長さに比例し彼の心はぼろぼろに傷ついていたのである。
その中でも彼の過去で一番影を落としている物が恩師の件であり、彼をずっと縛り付けて苦しめている。「優しくて、強い王様になって」、初めて恋をした女性の最期の言葉を、彼は決して忘れない。
絶対に約束を守るからと彼は壊れた心に唯一の言葉を刻み、自身を顧みずに駆け抜けてきたのであった。それが原因で魔女ともトラブルを重ね、彼は益々魂を削られていったという。
「師匠は、ずっと苦しみながら今までやって来たんだ。俺も話はある程度聞いていたから、あまり刺激になるような話題は話さないようにしていた。好きな人を、結局助けられなかった。その話を聞いて、その血の怪物たちに怒りを覚えたっす」
「それは、悲しい。彼が女性を苦手としている理由、どうにかしてあげたい、モノです」
「まあ、時間が解決するものだとは思って居るがな。魔女の森出身者を苦手としているのも先述した理由があるのでね」
「今の話は、決してあいつの前で言うな。かなり傷ついているから暴走でもすれば大惨事だ。凄惨なあの血の悲劇を唯一生き残って戦い続けた。その事実が孫の傷の治りを遅くしておる」
「魔女の件についてと恩師の件については特にタブーだ。ギリギリ心を保っているようなものだぞ。私も、同じ目に遭った時果たして正気でいられるものか」
リシェルとシャックスはハーネイトのつらい悩みをどうにかしてあげたいと考えていたが、ミロクとシャムロックに言わせるなら、時が過ぎるのを待つしかないと言われ、二人は複雑な表情でレストランを後にした。
その間にハーネイトはリリエットにより治療を受け、どうにか体力を取り戻しつつあった。どこか目を背けるハーネイトに、リリエットは少し困り顔を見せながらも額を撫でつつ話を続ける。
「本当に、貴方は不思議な人ね」
「それを言うならばリリエットもだ。あの時のこと、まだ忘れていないからな」
その頃、ハーネイトは部屋で傷を自力で癒しながら、リリエットと話をしていた。
「それは、その。……今では、申し訳ないって。でも、純粋にすごいって思ったから、みんなに言ったらあんなことになるなんて。……謝っても謝り切れないわね、本当に」
「そして、こうして再び出会うなんてな。運命とは相当意地悪な仕組みで成り立っているのだろうね」
ハーネイトとリリエットはその昔、同じ剣術道場で訓練を受けていた生徒であった。しかしハーネイトの異能力を彼女が目撃し、それをほかの人に話したため彼が孤立する原因を作った張本人であった。そして彼女は父の都合で道場を離れ、その後行方が知れずにいたのであった。
やや複雑な関係であるこの二人だが、リリエットも自身が行ったことについては深く反省しており、だからこそ今度は彼のためになりたいとも思っていた。けれどもハーネイトはそのことについて全く言及してこなかったため、互いにこうして話す機会が今までなかったのであった。
「そう、なのかもしれないわね。ねえハーネイト、貴方は今霊宝玉を持っているわけだけど、その力を使うことでこの戦い、早く終わらせられるわ。他の幹部たちもあなたの素質を見抜いているみたいだけど、きっとあなたは霊量子を完全に支配できると思う」
「そう、か。しかし、これはエレクトリールのものだ。彼女に許可を取らないと」
「まあ、それもそうだけど。それは彼女があなたのために持ってきたようなものよ」
リリエットはエレクトリールがとてつもなく強い男が好きだというのを付き合いから知っていた。そして彼女から聞いた話では、大王様の能力で見つけたのが別の星の人間、ハーネイトであったことを知り本人は非常に驚いていた。
「もしかして、最初から分かって私の事務所に、来たのか」
「そうかもしれないわね。それだけ彼女の思いは強いわ。だからここまで来たのよ。どちらにしろ、短期間で私の父さんたちに勝つなら霊量子を理解し操らないといけない。あの時ウルグサスの言っていた、龍の力ってのもその霊量子と関係があると思うわ。だからこそよ」
「だから、その霊宝玉か。手のひらで操られているみたいだ。だが、覚悟しないといけない、か」
「だったら、こちらを向いて」
リリエットはそういい、ハーネイトの胸元に手をそっと当て、力を込めた。するとハーネイトはその衝撃に歯を食いしばりながら耐え、青白い光を放っているリリエットの姿、そして彼女の後ろにいる十二単を着た美しい女性の霊を見た。
リリエットがハーネイトの胸の部分にある霊気孔を活性化させ、同時に霊宝玉から放たれる霊量子をハーネイトのもともと持つ魔力として存在している霊量子となじませるように工夫した。
彼女は潜在的に力があるものを能力開花させることができ、それができる人材は他にシノブレード、ボガーノードしかおらず、数が少ない霊量士の中でも非常に貴重な存在であり、また医療技術にも精通している有能な人材であった。
「こ、これは。以前よりもはっきり見える。霊量子、綺麗……だけど、恐ろしさも感じる」
「シャックスから聞いていたけれど、非常に恵まれた素質を持っているのは間違いないわね。これでより強くなれるわ。あとは……ひたすら戦うだけね」
「そ、そうか。ああ。これが霊量子の力……また鍛錬の日々か」
ハーネイトは、内なる新たな力を感じ感動していた。それと同じくして、断続的に起きていた胸の痛みなどが無くなった感じがして、顔色が少し良くなる。
「後は自身でコツをつかんでちょうだい。それにしても、残りの幹部たちは今頃……」
リリエットの独り言が気になったハーネイトは、聞きたかった残りの幹部について質問した。
「ええ。モルジアナ、アルティナ、ヨハン、シダナレ、ブラッドバーン、シノブレード。残りの幹部はこれだけよ」
「そう、か。しかしここまでうまくいくと何か裏があるような気がするな。敵の罠……か」
「実は私も気になったことがあって」
それは以前、リリエットが魔法使いの動向を探っていた時の話であり、その魔法使いは単独でとある辺境の街に出向き、5つの結晶を手にして戻ってきたのを彼女はみたという。その色や形から、魔法協会が所持していた魔結晶であることをハーネイトは把握した。
この魔結晶は膨大な魔力を秘め、それを開放すればかなりの質量を誇るものでも空に浮かせることや海に浮かべて船にする際の推進剤として利用できる代物であった。
問題はその魔法使いがなぜそれを求めて魔法協会を襲撃したのかであったが、そこまでは情報不足でハーネイトも考察に時間がかかっていた。
「なんだと? 魔法協会が。やはりロイの言ったことは本当だったか。そしてそれが何かに利用されているのか。慎重にやりたいところだが、こうなるとどうなるか見当がつかん」
彼がそう言ったとき、伯爵たちが部屋に戻ってきた。ハーネイトの様子を見て、問題なさそうだと思い彼らは安心し声をかけた。
「お、もう大丈夫か相棒」
「ま、まあな。行こうか、みんな。作戦開始だ」
ハーネイトの掛け声で先に車の方に向かっていたメイドたちを除き全員は急いで一階のロビーまで向かった。そしてホテルの玄関を出るとシャムロックたちがベイリックスの整備をしていた。
「ハーネイト様、お車の用意はいつでも。万全の状態です」
「それはいいが、今回通る道は空気が砂塵を多く含む影響か機械の故障が多発する地域だ。すぐに修理できるようにしておくと大丈夫だと思う。フィルターの予備を用意しておこう」
「了解しました」
そして次々に彼らはベイリックスに乗り込む。それを確認し、ハーネイトは再度指示を出したのであった。




