第92話 エレクトリールの正体 1
「そうですか。ハーネイトさんは、何のために戦うのですか?」
「戦う、理由か。それは今まで出会ってきた人たちの笑顔を守るためだ」
「本当に、それだけの理由であそこまで力が出るのですか?私は、それがまだ分からない」
エレクトリールには、ハーネイトの言葉がにわかに信じられなかった。それだけで本当に剣を取り大勢の敵に立ち向かえるのかと。それに対しハーネイトは、落ち着いた口調でなぜそうなのかを説明する。
「……もうヴァンやリリーとかから、私の体験した悲しい事件の話はある程度聞いただろう?」
「そ、それは……はい」
「私はね、その事件の唯一の生き残りにして、事件を解決した。だけど、命の灯が消えた人は事件が解決しても戻って来ない」
ハーネイトは、彼女に対し15の時に体験した事件を静かに語った。愛している、護るべき人を2度も助けられなかった、凄惨な事件が起こした悲恋の話。血の怪物が、村を、人の命を、大切な物を、何よりも初めて好きになった人を、全て奪っていった。その話を聞いていく中でエレクトリールは、大粒の涙を浮かべていた。
「私は本能的に、村を放置すれば同じような被害が近くの村で起きると判断し、火炎属性の大魔法で村を焼き払い消滅させたんだ。血を蒸発させれば幾らあんな化け物でももう出てこれまいと。その弔いの炎を見て、自分は何故生き残ったんだって、無性に悲しくて、やるせなくて、無力を許せなかった」
血徒により村を壊滅させられたその日の夜、ハーネイトは恩師の形見を手にしたあと人が誰もいなくなった村を火炎魔法で焼き払ったと言う。こんな魔法の使い方など、したくなかったと彼はその時の心情を口にこぼす。
彼にとって魔法は誰かを助けるための道具、手段と見ているからこそその直前の一番辛かったことと合わさり燃え盛る情景を決して忘れないように、唯一生き残った自分は皆の想いを継いで生きていかなければならないと暗く悲しい決意を抱いたのであった。
ハーネイトのその言葉にエレクトリールは無性に悲しくなった。それは自分も似たような経験をしてきたからである。異世界の悪魔に友人たちを連れ去られた時、自分ともう一人、アポロネスだけ被害を免れたが、失った仲間のことを思うとやるせなくて孤独感と無力さから心がおかしくなったと彼女はそう言い、お互い同じような目に遭ってきたと彼にそう伝えた。
「そう、か。それで君は軍人の道を選んだんだね。もう後悔したくないと。自分は、あの後何処か自暴自棄になってたよ。魔女や教会の連中に体を狙われること数年、ロイ首領と出会うまでは本当に地獄の日々だった。そのせいで、異性が怖くなって、さ」
ハーネイトはそれから、話せる範囲で事件の後に起きた更なる悲劇も話したのであった。後悔したくないと、亡き者の想いを継ぐためにと、彼は体も心も摩耗させながら力を得ていつしか、医療魔法の祖として、大魔法の王として、伝説の解決屋として名を馳せたのだが彼のむなしさと辛さを埋めるには値しないものであったと言う。
「ハーネイトさん。本当に、昨日はごめんなさい。あなたのことをもっと知っていれば、あのようなことには」
「いや、それはこちらが謝ることだ。それと、エレクトリールはそんなに私に上に立ってほしいのか
い?」
「は、はい。私は、あなたのようなお方に仕えられるなら全てを投げ売ってでも、そうしたい。そしてその作り上げた世界を見たいのです。貴方が好きだった人が言った、優しくて強き王、貴方なら絶対にそうなれると、信じています」
彼女の真剣かつ必死な思いを乗せた言葉に、ハーネイトは複雑な顔をしながら言葉を返す。
「言うねえ、しかし人並みの幸せも知らないまま、王様になっても民たちのことをどれだけ理解できるだろうか。ましてや、人じゃない俺が上に立てば怖がられるだろうね。実際、村に入るななんて何度か言われたことあるんだ」
「そ、それは」
エレクトリールはハーネイトの言葉を聞いて口が止まった。自身がどれだけ彼のことをわかっていなかったか、それに気づかずいやなことを言ったと彼女は思ったからである。
「王様になるっていうなら、それまでに普段暮らしている人たちのように、さまざまなものに挑戦したい。まだまだ、未熟だと私自身が感じている。休暇もそのために欲しいんだ。そうしてもっと人に近づいた時、改めてどうするか考えたい。恩師の言う王としての道は、そこにもあるのだろう」
ハーネイトはもっと日常のことや周りにいる人たちが楽しんでいるものを更に理解したいといった。恩師は、もっと世界を知り人を知ってほしいとも生前に言っていた。だから、改めて旅をしてそれがわかってから、その時にもう一度考えたいと冷静に、エレクトリールにそう説明した。
「ハーネイトさんらしいですね。私はその答えを聞いて安心しました。理由があるのでしたら私は待ちますし、少しでも協力したいです。あ、あと1つお願いがあります」
「どうした?」
「ハルディナさんにしたように、思いっきり抱きしめてほしいのです」
「……わかった。それでいいなら」
そうして、ハーネイトはゆっくりと近づいて、エレクトリールの体をぎゅっと抱きしめてあげた。本当は怖いけれど、自分と同じ辛さを味わってきた彼女の求めを拒むことがなぜかできなかったのであった。
「本当はね、冷たい体を感じられたくないんだ。冷えているのがわかるだろ?」
「でも、気持ちいいです。ずっと、傍にいていいんですよね?」
「勿論だ。気の済むまで、好きに」
「えへへ、私はあなたに出会えてよかった」
触れられて細胞が痛みを覚える感覚に加え、エレクトリールの帯電した体がハーネイトの肉体に負荷を与えるが、それでもハーネイトは笑顔を絶やさずエレクトリールをしばらく受け止めていた。そうして落ち着くと、異変はすぐに訪れた。
「なので、ハーネイトさん。私を、私のすべて、受け止めてください!」
そういい、エレクトリールがハーネイトの顔を見つめた瞬間、ハーネイトは直感で危険を察した。だが一歩間に合わなかった。
エレクトリールは突然体から高圧の電気を発生させ、ハーネイトを感電させようとしたのであった。
「なっ、まさか、ぐ、ぐおおおおおおっ! この電撃はっ」
今まで浴びたこともないほどの強烈な電圧に体がついていけなかった。そして必死に逃げようとするも彼女の抱きしめる腕の力が、華奢な見た目に反して半端なく強く、ハーネイトは必死に電撃に耐えながら隙をついて魔法で数メートル後方にワープした。
「がはっ、魔法防御がなかったらお陀仏だった。どういうことだ、エレクトリール!」
体の所々が黒焦げになり、片膝をつきながらハーネイトは鋭い目つきで彼女に理由を聞いた。しかしエレクトリールは彼の姿を見ながら、何か恐ろしいものでも見たような表情をしていた。
「やはり、貴方は私の。私の選んだ人」
エレクトリールは、目にうっすら涙を浮かべ、悲しさと嬉しさが同居した顔になっていた。
「どういうことだ。まさか、私を殺そうと?」
「半分は、そうです。そのつもりで力を使いました。しかしあなたは私の電撃に耐えられました。通常ならば即死してプラズマとなるところです」
それを聞いたハーネイトは久しぶりに恐れを抱いていた。彼女が何を考えているのかがわからなかったことと、その驚異的な電撃。サルモネラヴァンと死闘を演じた時に初めて、死というものを理解したが、今のそれは過去の戦いで感じたものに匹敵するほどであった。
「はあ、なぜ試す真似をした!しかも不意打ちとは」
「本当に、すみません。私はもう、私の能力で好きな人を殺したくないのです。私自身危険だって、分かってはいます、だから」
そういい、彼女は話し出した。ハーネイトは静かに魔法で傷を治しながら話を聞くことにした。その中で、彼は驚愕の真実を知った。
「私は、DG幹部執行官、一番官にして、DGの実質NO.2、なのです」
その言葉に、ハーネイトは顔が引きつっていた。そして最初に出会った頃のことを思い出しすぐに気になった点を質問した。
「じゃあ、なぜあの時手負いでここに来たのだ? それと星が襲われているというのは?」
その言葉に、彼女は重い口を開き、泣きそうな顔を見せながら彼の顔をじっと見つめていた。




