第62話 ハーネイトの生み出された経緯とオーダインの目的
その頃霧の龍は6人を背中の上に乗せて日之国の麓まで来ていた。ハーネイトの容体が急激に悪化し、彼はまともに立てなくなっていたことに、ユミロたちも彼の変化に戸惑い対処に苦慮していた。
「くっ、体が動かない。そ、んな……嘘、だろ……っ! 前にもあったけど、それ以上に体が重たいぞ」
「ハーネイト、どう、した? 具合が悪いのか?」
「どうしたんだ本当に。なあ、しっかりしろ! 大丈夫か相棒。ったく、いつも無茶ばかりするつけが来たんや」
ユミロとヴァンがすぐに駆け寄り顔が青ざめ目の焦点が今一定まらないハーネイトの体を揺さぶりながら気を確かにと声をかけ続ける。だがその反応は段々と弱くなっていく。
「ヴァン、城が見えてきたわ。こうなったら私たちだけで城まで彼を」
「勿論だ、すまんがドラゴンさんよ。相棒の容体が思わしくない」
「分かっておる。今まで、無理しながら戦い続けてきたこの若き戦士の肉体が悲鳴を上げている。いやでも、己の本心に嘘をついて戦い続けなければいけなかったのだろうな。ヴァンといったな。これを渡しておく。先ほど渡すのを忘れていたが、我を呼び出す笛とこれだ」
ウルグサスはヴァンの手に先ほど渡すと約束した細長い木製の笛と、一枚の鱗のようなものを魔法で渡す。
「こ、これは一体」
「一時的に彼の力を回復させるアイテムだ。それは我の龍の鱗、それにはお前とハーネイトに概ね必要なエネルギーが蓄積されている。しかし根本的解決にはヴァン、貴様の力が必要だ。彼の体の全てを知る男よ、概ね彼がどういう存在かそれだけは理解してついてきているのだろう」
ウルグサスから渡された2つのアイテムを見たヴァンは驚くも、綺麗な鱗の中にある膨大な力を感じ、確かにこれならあれの代わりになる。そう考えていた。
「そこまで、お見通しとは。……とにかくまずは相棒の中にある炉心ってのを完全に起動させないといけないな。ハーネイト、しっかり捕まれよ。お前らもついてこい。あの力を手に入れるためにも、お前にくたばってもらっちゃ困るんだ。絶対に助けるからな」
「待ってよヴァン!」
「炉心という物と、霊量士を御する力が必要、ですか。ユミロ、ここから飛んでも大丈夫ですか?」
「問題ない、俺に掴まれ!」
「なぜこのようなことに。頭の整理が追い付きません」
すでに返事をする気力のない彼をお姫様抱っこで抱きかかえ、ヴァンは龍の背中から飛び降りる。それに続きユミロにしがみついたシャックス、リリエット、リリーも後を追うように降りて滑空していった。
「しかし、人ではない超生命体が存在するとはな。しかし今は彼に託すほかはない。同じ女神に作り出された予言を覆す希望の神子たちよ」
霧の龍はハーネイトのことについてそう思いつつ急いでベストラのある町の方角に飛んで行った。
その頃アレクサンドレアルが信頼を置く極秘エージェントの1人、カイザル・ロギュードは機士国から少し離れた所にいた。
「ハーネイトよ。早く事態を収拾しなければ敵が新たな手に打って出る」
彼とその部下は、機士国の研究者の中でも特に重要な人物の救出に成功するも、敵の魔獣や機械兵の軍団を相手に大振る舞いをするまでの力は彼にはなく今の現状をもどかしんでいた。
「秘密拠点に研究者たちを避難させてきたが、兵力の数だけでは圧倒的にこちらが不利だ。まだ他に兵の生産拠点があるのか」
カイザルはそう考察していた。敵がこうして人以外の兵を利用出来ているのは研究によるものであり、そこさえ潰せば大きく敵の足を遅らせることができると考えていたものの、予想以上に敵側の研究が進んでいたことを彼はまだ把握できていなかった。
「かつてハーネイトと行動を共にした連中も蜂起して戦ってはいるものの、いつ戦況が覆るかわからない。集めた情報によれば白い男と言う存在がDGに拠点に攻撃を仕掛けているというが……」
いつ揺れ動くかわからない、不安定な天秤。敵拠点が謎の男に襲撃されている予想外の出来事を踏まえても、どう転ぶか未だわからない戦況をそう例えカイザルは山から遠くに見える機士国の方角をしばらく見続けていた。
またDGの幹部であり天神界のスパイであるミザイルは、北大陸のとある小拠点で白い男の話を聞き、ある人物を思い出していた。
「単騎であれほどの動きができるやつは、あの男を除いて、私が知る限りでは1人しかいない」
ミザイルは飲み物を口に含みながら書類を手に取り内容を確認していた。長年DGに密偵として活動していた彼は、DGは自身が本来所属する天神界の活動ですでにまともに機能していなかったと、少し前にハーネイトを見て力が既に目覚めているのを確認しそろそろ抜けるころ合いかと考えていた。
DGが真にアクシミデロを狙う理由、その目論見を完全に叩き潰すために。一方で白い男の介入。ミザイルは苦笑しつつも文章を目で追っていた。
「天神界において、強大な力を持つ男、オーダイン。シルクハイン様の弟か。別の世界に飛ばされていたとは聞いていたが、ようやく会えそうだ」
ミザイルはその実、その男をよく知っていた。互いに立場は違えども個人的な付き合いは長く、そしてあのNEMO計画に関わってきたオーダイン・スキャルバドゥ。彼こそ、天神界の介入で弱体化したDGに追い打ちをかけつつ、ハーネイトを探している張本人であった。
その白い男、オーダインが来たということは、自身の仕事ももうすぐ終わる。潮時でありその蹴りをつけるため内側からDGを破壊しようと画策していたのであった。
DGの中には、ヴィダールの力をどこかで宿してしまった者が少なくない。しかし、それは不完全でありあまり放置すると女神の機嫌を損ねたり、その能力者自体が神に楯突く危険な存在になるため実質能力者集団となっていたDGを消滅させないといけない、そう彼は考えていた。
「いやあ、かの昔は繁栄を誇り多くの星を滅ぼしてきた宇宙人たちも、見る影も形もないね。それと女神の世界に手を出し、遺跡の秘密まで狙おうとする以上は容赦しない」
北大陸の中央部に存在するコーレノードと言う中規模都市。DGの手に落ち彼らの重要な拠点の一つとなっていたが、その拠点は今、形もない状態であった。
町の中央部にある時計塔の頂点に立ち、顔に似合わない高い声で自身が行ったことをどこか棚に上げてそう言う白い男、白夜・ノーザンクロノ・フォルカロッセ。本名オーダイン・スキャルバドゥ・フォルカロッセと呼び、この星とは違う次元から来た人物で、少し前に宇宙から落ちて来た者の正体である。
腰まで伸びる黒く艶やかな長髪に七色に光る虹彩、顔立ちも体つきも美しく、まさに人形が命を吹き込まれたかのような存在であった。白い外套、白を基調としまとめた服装。神の使いと言われれば納得がいくかのような存在感を周囲に与えるそんな男。その彼が、創金術能力を使いDGの軍勢に度々襲撃を掛けていた。
「兄の実質子供にして、6界の龍の力を制御できる最強の存在だが、正直兄の計画には賛同しかねるところがある。年端も行かない子どもに、あまりにもその運命と宿命は重荷が過ぎる。ドラギス様の力を宿した存在、確かに必要なことなのだろうがな」
白夜はそっと目を閉じ、昔のことを思い出した。
Dカイザー。謎多き龍の力を宿す悪魔人の代表。彼がかつて人間を率いて天神界を襲撃した事件があった。
その際に、オーダインの兄でありDカイザーの孫でもあるシルクハインは、あるまだ幼い子供を祖父に託した。その子供こそ、ついに旧世界の支配者たる力を全て宿し、安定させることに成功した対世界、世界龍用の神造生物兵器。そう、ハーネイトのことであった。
戦うための徹底調整と女神ソラが生み出した神具「無限炉」、さらに6つの龍の力と幾つもの特殊な因子を体に施された赤子を、ある目的で生みの父であるシルクハインは祖父に託した。
本来なら父であるミロクに渡したかったのだがそれは叶わなかったため、偶然来たDカイザーに、ミロクを探す依頼と並行して、ハーネイトを神人ではなく人として育てて欲しいと頼んだのであった。
最初はDカイザーも戸惑い反対するが、女神ソラの恐るべき計画を聞きその上で、かつてある事件で封印された実の父を開放する術をハーネイトが持っていると伝えると快諾し故郷の世界に戻ったと言う経緯があったと言う。
その一部始終を見ていたオーダインは悲しそうに空を見上げ、ハーネイトのことをずっと心配し続けていた。
「ああハーネイトよ。お前はどこで何をしている。悲しき定めを生まれながらに背負った者よ」
長年の追跡調査でDカイザーと言う者が弟をここまで連れてきたことは分かっていた。しかし天神界からくる際に転送に失敗し、ここからかなり遠い星に転移してきたという。
オーダインはハーネイトについて、何も知らずにこの星に連れてこられ、どう成長し何を見てきたのかが。改造を徹底的に施されながらも人として生きてきた彼の身を案じていた。いくら裏で女神を倒す作戦が秘密裏に動いていても、彼個人はその作戦には正直複雑な心境を抱いていた。
強い北風が時計塔に襲い掛かり、その寒さに外套をしっかり羽織る白夜。しかし彼も、ハーネイトがなぜこの星にいるのか、本当の理由を知らされずにいたのであった。
「私に言い渡された任務は弟の捜索、そしてもう1つ」
白夜は天神界の総帥であり統治者である兄から3つの任務を言い渡されていた。子であるハーネイトを探すことに加え、そのもう1つである、古代人が作り出し悲劇をもたらしたある装置を守ること。
更に女神から言い渡された任務、DG及びヴィダールの力を自分たち以外で宿した存在を抹殺することであった。
そう遠くない未来にこれらが同時に達成されることになるとはこのとき彼は予想だにしていなかったのである。




