第52話 紫色の異界電脳空間
その頃、オプタナスの触手に捕らわれて魔物の体内で気を失っていたハーネイトは、心の中から前に見た紫色の不思議な空間を認識し、その世界に1人静かに立っていた。
正直内心、彼は相当焦っていたがそれではいけないとどうにか冷静に周囲を探ると、あの転送能力で直した道具や武器の数々、イジェネートで回収した金属の塊、そしてユミロとシャックスがいたのであった。
「な、マスター……大丈夫なのか?」
「おや、これは。ハーネイトではないですか。なぜここに」
「ここは――。またあの世界。それにユミロとシャックスか」
「そういうことですね。しかし不思議ですよ。普通にこうして呼吸も食事もできるわけですし、飽きませんね。そしてあのアイテムも。驚きの連続です」
「最初は、驚いた。しかし、興味深いもの、たくさんあるぞ」
「紫の空間、はるか遠くまで広がっている。物がたくさんある。見たことないのも多いな。こうして、はっきりと認識できたのはいつぶりだろうか」
シャックスがこの世界における感想を述べながら周囲を見回していた。彼もハーネイトと同様、何かがこちらに向かってきているのを感じていた。
ハーネイトは寝ているとき、度々この景色を見ていた。しかしはっきりとは見えず、まるで水の中で目を開いたような状態でこの世界を見ていた。
また、能力で移動させたユミロたちがこの中でどう暮らしているのかが気がかりであった。
そういうのも、物や武器についてはよく能力で消したり召喚したりしていたものの、生物。それも人間をこうして呼び出したり格納するといったことは一時的にはあれど長時間行ったことはなく、ハーネイトは彼らを心配していた。
だが2人とも不満足な顔をせず、それどころかこの前店で買った紅茶を飲んで楽しんでいるのを見て、若干彼は腹立っていた。
しかし中にあるものはある程度使っていいとユミロに言っていたため、彼らに何も言えなかったハーネイトであり少し呆れつつも先ほどのことを思い出しどうしようかと考えていたのであった。
「それはこちらもだ。しかし誰だ、こちらに来るものは」
目の前に、こちらに向かい歩いてくる何かを捉えた。ひどく静かな足音、そして影を見ただけでもわかる異形の存在。すぐさま彼は身構える。
「ようやく、来たか。貴様」
以前の聞き取りづらく、冷たかった声とは違い今度ははっきりと聞こえ、厳しく厳つい声の中に彼は、どこか暖かみを感じていた。
「我が名は、コズモズデビルトゥス、その96の悪魔が第1冠位将、フォレガノと言う」
フォレガノと名乗ったその者は、2つの鋭利な角が側頭部から生え、その眼光は冷たく鋭く、華奢な体に対し巨大かつ太い両腕両足が印象的な、禍々しいフォルムであり悪魔と言われれば、まさに納得する姿をしていた。
しかし機械でできているようにも見える胴体や腕の部分をみて、悪魔ではなく兵器か何かかとハーネイトは当初そう分析していた。
「コズモズデビルトゥス――フォ、レガノ? 聞いたことがないな。というか、前々から見ているこの景色は何なんだ」
「口の聞き方が悪いな、遍く希望と奇跡をもたらす者よ。まあよい、ここは次元の裂け目、隙間と言える空間だ。そして、貴様の心の中でもある」
「な、予言って……それに次元? 心の中?いきなり何を言っているか意味がわからないな。そしてフォレガノ、か。一体何なのだ」
「我らは、魔本に縛られ封じられた魔人。貴様の中にある魔本の中に眠りし者。まあ、魔本という形の別の何かだが」
「それは、あの1ページも開けなかった魔本のことか?」
改めて、ハーネイトはこの目の前にいる悪魔が、魔本の中にいることを確認し、2人のやり取りをユミロとシャックスは黙ってみていた。介入するべきではないと双方考えていたからである。
「そうだ、しかし、今の貴様なら読めるはずだ。我らを封印した戦友はお主に全てを託したのだからな」
そうフォレガノが言うと彼の足元に黒く、分厚い本が現れた。そしてハーネイトが魔方陣が幾重にも重なった表紙に手を触れると、勝手に本が開いた。
「これが、魔本の力か。多種多様な悪魔が、本に捕らわれている。他には、これは人間!このような形になっても、質量と言うか目に見えない重みを感じる。そして、シャックスたちの使う力と同じものを感じる。最初に手にしたときは、禍々しい気は感じたが、ここまで強力な波動を感じなかった」
その所の1頁1頁には魔物の写真と悪魔についての説明、そして情報が詰まっていると見て取れる謎の装置が張り付けられていた。その内容をよく読んで、ハーネイトはこれが何なのかをフォレガノに問う。
「我らは、遥か昔にこの星の民、正確に言えば同じ敵と戦う友の一人に捕らえられた。その敵に呪われ苦しめられていたわしらはこの本にそのすべてを封印されその後長らく呪われた書となっていた魔本は、使う資格のあるものに巡りあった。それが貴様だ。あれの後継者、ようやく目覚めたか」
フォレガノはハーネイトを見ながらそう言い、彼が持っている本を指さした。そう、その本はある実験により生まれた、悲劇の産物でありしかし、コズモズデビルトゥスと名乗る彼等を救う唯一の方法でもあった。
「俺が、その使い手だと?冗談にしか聞こえないが」
「現に、目の前に我らがいる。これが答えだ」
「我らの否定は、貴様の存在の否定」
新たな声に気付き、周囲を確認するハーネイト。すると新たな悪魔が現れ、更にハーネイトの足元に、様々な色の魔本が現れ、勝手にページがめくれる。それと同時に、今まで聞いた声とは違う声がこちらに歩いてくる。
「あたしは魔人の書に封印された魔人よ。プリヴェンドラー、覚えてね。全く、あんなのに憑りつかれたからってあの龍頭の男、何を考えてこんなことを」
「私は、古代人が編み出した機装鎧、その魂、ネメシウスだ。機神の書にデータが記載されている。私たちの力を引き出し纏うことが、お前に課せられた使命の1つだ。龍頭のヴィダールに出会った際は礼を言うが良い」
「プリヴェンドラー、ネメシウス? 魔人に機神の書? な、何を言っているのだ」
「かなり前に、あなたが拾い上げてくれた魔本。あなたには魔本を開放する力がある、いや、そうなるようにあなたは資格者として作られた。この紫色の空間に、私たちが解き放たれたのも、あなたが内に眠っていた力が目覚めようとしているからなの」
濃い緑の服を着た、よく手入れされたロングヘアーの女性が魔本について説明する。しかしハーネイトはきょとんとした顔をしていた。一体何を言っているのだといわんばかりの表情である。
「あなたは、この先戦うことになる恐ろしい存在、私たちが封印された理由、犯人を倒すために生を受けているのよ。そのための力、そろそろちゃんと目覚めさせないと」
「我らが受けた、恐ろしい力、呪い。それを取り除けるのはお前だけなのだ、あやつの孫よ」
「一体、あなた方は何を言っているのだ?次元?機械だと。そして、何故私のことを作られたものだとかたくなに言うのだ。それに孫?」
「悪いが、それを説明する暇はない。このままでは魔物に食われてしまうだろう」
「そうだった、あの陸タコに捕まったままだった。……後で、話はしっかりしてもらう」
自身がオプタナスに捕らえられたのをフォレガノの言葉で思い出し、どうにかして抜け出そうと焦るハーネイト。その言動を見てプリヴェンドラーが声をかける。
「あたしたちが力を貸すから、早く脱出しなさい」
「しかし、どうすればいい」
「ならば、体の一部を貸せ。貴様のイジェネート能力で、悪魔の腕を作り出すのだ」
「それは、やはり体を預けるということではないか。どうせ乗っ取るつもりだろう?」
彼は目の前の悪魔や魔人たちを警戒していた。封印されていたというならば、それが解ければ何をしでかすかわからないと判断していたからだ。
「しかし時間がない。それに我らは」
「貴方と共にある。この先、あなたはもっとすごいことを知ることになるわ。でも大丈夫、私たちの呪いを打ち払ってくれるなら、その力が目覚めたならね。それと、貴方の中にある龍の力、それを目覚めさせれば……」
「貴様の力ならできるはずだ。そして、その過程が貴様の出生と力のすべての答えに繋がるだろう。すべてを導き、守る。それが、貴様の背負う運命。あれに刻まれた予言の神子としての務めを果たさねばならん」
「我らの力も貸そう。そうすれば龍の力など制御も容易いだろう。恐れるな、己に」
3人は改めて叛逆する意思はなく、むしろ彼に有益な情報を提供すると持ち掛けてきたのだ。その言葉に彼は困惑し、ひきつるように笑っていた。
「は、はは。体の中に、こんな世界があって、悪魔や人、機械がいて。やっぱり、普通じゃない。だけど……っ! 」
ハーネイトは少し黙り込み考えた。そして、再度口を開いた。
「だけど、追い求めていた物すべてが、私のすべてがそれで分かるなら、その話に乗ってやる。そしてみんなにかけられた呪いってのを祓ってここから開放できる方法を探そう。さあ力を貸してくれ! 」
彼の思いのたけを込めた叫びが紫色の空間に激しく響き渡ると、フォレガノはハーネイトの右腕に素早く取りつく。
「魔本の力も、出したいイメージがどれだけ正確に構築できるかが重要よ」
「ハーネイトよ、お前は今まで内なる力から目を背け続けてきた。失うのが怖いと、制御できなくなるのが恐ろしいと。それは罪だ。故に、退けば真実は得られず。さあ、全てを知りたいのならば、我が名を叫び解き放て! 貴様にできないことは、何もない!」
「ああ、私の下に集い、今ここに幻想を形作り現世に結ぶ!…………フォレガノ!!!!!」
ハーネイトはフォレガノの名前を声が枯れるほどまでの大きな声で叫んだ。すると急に体が光だし、紫色の異界空間は白き光に包まれた。そして次の瞬間、ハーネイトとフォレガノはその空間を抜け出していた。
「わわっ、いきなり暴れだしたわ!」
「どう言うことだ。って、相棒、何なんだそれは」
ヴァンはハーネイトの体を探るため微量の微生物を魔物のなかに潜入させ調査し、ハーネイトの生存を確認した。
「ははは、生きてやがるぜ。しかしこれは、右手から光が?」
そのとき魔物の胸部から血が吹き出し、悲痛な叫び声を上げるオプタナスのその身を割きながら、異様なものが体外に突き出したのだ。
「こ、これは! 」
「人の腕では、ない。誰なの!? 」
クノイチの2人は口に手をあて、そのまま絶句する。予想だにしなかったことが彼女たちを不安にさせ、足をがくがくと震えさせた。
「これは、どういうことなの……あんなの、見たことがない」
「まさか、ハーネイトが。本当に彼は人間なの?あれは悪魔の、腕だわ……あんな戦い方は聞いたことない」
リリーもミカエルも、その異様かつ想定外の光景にかたずをのんで見守るしかなかった。
そう、彼は今までの己に対する罪を認め、力を受け入れ行使する。その答えを選択したのであった。




