第43話 謎の召喚獣と蒼き衣の魔女
研究者たちがそれぞれ暗躍している頃、ハーネイトたちは郷田の呼びかけに応じるため街の中を急いで走りながら城に向かっていた。
しかし突然、南門の方からからドスンドスンと、何かが全速力で走る衝撃と音をその場にいた全員が認識し足が止まる。
「何だ一体――っ、お、おい! 後ろからでかい狼がこっちに来てるぜ」
「あんなでかい狼はみたことがないでござる。魔獣か何かですかね」
南雲と伯爵は振り返りながら、その狼の姿を目で捉えると振り返りながらすぐに戦闘態勢に入った。
「あのレベル、恐らく野生の獣ではない。プログラムトレースオン、トリコード!」
その間にハーネイトは遠くからその狼を目で分析していた。XFAプログラム「トリコード(トリコーダー)」は特定の条件を事前にプログラムし、条件に合致するものに更なる分析をかける魔眼系統の技の一つである。
彼は周辺にいる魔力値の高いものを条件指定して探し狼を捉え、そしてその狼の魔力量について瞬時に分析をした。そうすると、どうも彼の見立てでは誰かと契約して呼ばれた獣である可能性が高いと判断した。
理由としては、魔力の値、つまり凝縮率と、魔力の質が自然由来のものでなく、獣の中にある魔力と不純物の割合が召喚獣の特徴である9対1であったからである。もし魔獣なら10対0になるという。
この不純物こそ使役者の魔力でありそれを経験で知っていたハーネイトは使役者を探せば事を収めることができると踏む。
「ほう、確かにこのでかさは、野生でもお目にかかれないほど異常ではあるな」
「確かにそうだがおい、応戦するのか?」
「そうだな、みんなは先に戻って。こいつは私がどうにかする。使役している本体さえ叩けば問題ない」
そう言うとハーネイトは方向を変えて、刀で体の前面を守る体勢となりながら巨大な狼を迎え撃つ。
「すぐに増援を呼んでくる、暫し待たれよ!」
「気を付けてくださいよハーネイトさん」
「ああ。さあ、早く行くんだ」
「どうか気を付けてくださいね」
そうしてハーネイトを除く他全員が、城に向かって猛スピードで走っていったのであった。一抹の不安が付きまとう感じがしたが、あの歴戦の戦士なら大丈夫だと全員信じて指示に従ったのであった。
「やれやれ、帰って早々これとはついてないな!」
ハーネイトの浮かない表情など気にもせず巨大な狼は、その場から動かずに彼の姿をその瞳に写していた。
「綺麗な魔力が体を満たしているみたいだ。召喚獣の場合、魔力は術者依存、しかも術者の魔力精製度は非常に高い。つまり……術者もかなりの強者だ。しかし教会の者でもBKでもない。召喚術は魔法協会でも使用者はほぼ皆無で術式も先生たちのとは全く違う。なら消去法で魔女の森かっ!」
彼は、その大狼を召喚したとされる術者のポテンシャルの高さを魔力の質で判断しつつ、近くに術者がいないかどうか目を閉じ、意識を集中させて周辺を警戒する。すると狼は彼の行動を見るな否やいきなりハーネイトに猛然と襲いかかる。
「っく、いきなりか。獣らしいな。ぐぬぬぬ、っ! 」
その狼の鋭い爪をハーネイトは素早く刀の腹で受け止め、勢いで押し返して狼を吹き飛ばす。
「この狼をどうにかせねばな。街中で大暴れでもされたら被害は尋常ではない」
彼に勢いよく吹き飛ばされた狼は、空中で姿勢を建て直しつつ軽々と地面に着地してから再度ハーネイトを睨み付け威圧する。
「しかし、何だこれは。私の足止めが狙いのような」
そう考えつつハーネイトが目の前の狼をどうにかしようと考えていたとき、突然狼は勢いよくウォオオオオンンと吠えた。ハーネイトの足元に突然青白い魔方陣が現れ、動きを封じる。
「大魔法、だと? しかも40番か、打消しが間に合わないほどの速さ。私でなければかけられたことに気づくことすらできないほどだ。っ、しくじったか」
突然のことに一瞬驚くも、すぐに冷静になり今使われたのは40番の大魔法、極点寒陣だと理解した。
「なぜだ、周囲に術者がいない。まさか! そもそも大魔法を使える人材が少ないうえに、こんな使い方するとは相当ひねくれた奴と見た。免許持ちでない魔法使いで、大魔法を使えるのは数えるほどしか……っ!」
「相棒、大丈夫か!」
大魔法で足元を凍らされ拘束されたハーネイトをすかさず助けようとヴァンはハーネイトの元に駆け寄る。彼はハーネイトが心配になり指示を聞かずこうして来たのだ。
しかしそれを見た巨狼は、ハーネイトの足についた氷を解除しつつ、体に噛みつき口にくわえると瞬時にその場を立ち去ったのであった。あっという間の出来事でさすがの伯爵も、一瞬状況の理解に頭がついていけなかった。
「しまった、おい、このっ、私を離せ! 」
「お、おい、相棒を離せや! ちっ、敵はかなりの手練れか、へっ、おもろいやないか、しかし醸そうにもあれが足りへん。個有領界・中毒の多い料理店を使うにしてはあれやしな」
伯爵は興奮しながら独特の口調で叫び、ハーネイトを捕まえた狼を追いかけるため、体の下半身部分霧状に変えて噴射し、超高速で狼を追う。
「何て早さだ、食らいつくで精一杯や。しかも迷霧の森の方角に進んでやがる」
その間にもハーネイトを捕らえた大狼が街の出口に差し掛かる。すると門の中央に堂々と何者かが立っていたのであった。
「離せ、離せ! っ、こうなったら!」
「止まりなさい、シルバーファング」
ハーネイトが掌から魔閃を放ち狼の動きを止めようとした時、門の中央に一人の女性が堂々と立っていた。彼女は向かって来る狼に命令すると、大狼は4本の足すべてでブレーキをかけ、目の前で止まった。
その人物の声の高さと容姿からその人が女性であることはすぐにわかった。美しい栗色の、外側に少しはねる長い髪を腰まで伸ばした、青を基調としたスカートと上着を着こなした可愛らしい女性が、この大狼の飼い主である。
「いい子ね、シルバーファング。連れて来てくれてありがとう。もう休んでいいわよ」
「ふざけるな、ユミロ、シャックス! 援護を」
「うおおおおお!」
「私の主に手を出すとは、まあ美しくないですね。フルンディンガーの錆となりなさい」
「な、なっ! 何よこの大男っ、あと美形の変人! 呼び出したものがおっかないわね」
そう言われると、大狼シルバーファングは投げ捨てるようにハーネイトを口から吐き捨てて解放し、女性が持つ金属の試験管のようなものの中に狼が吸い込まれた。それを彼女は服の中に直す。とその時、ハーネイトがユミロとシャックスを呼び出した。
「悪いが、ユミロを相手にして勝てるなどと思うな、それとこの私を誰だと思っている」
「お前、ただじゃ済まさない。がああああああ! 」
「私は、悲しい。私も一応元執行官なのですが。では失礼します。私たちの前から失せなさい、以上。彼の邪魔はさせませんよっ!」
ユミロは勇敢に吠えながら背負っている武器を手にして構え、シャックスはハーネイトが強いと言わなかったため悲しんでいたが気持ちを切り替え、彼は語気を強め背中に背負っていた変形弓を展開しつつ手に持った。
「わっ、いきなり何よ!」
「それはこっちのセリフだ魔女さんよ」
「うがああっ!! 我が主の邪魔をするなら容赦しないぞ」
「喰らいなさい、美しい矢の数々を! 希望の神子に手を挙げるならば全力で護るまでです。監督者責任という言葉がありますのでね!」
ユミロはハーネイトに何かしようとした目の前の女に対し手にしていた斧となたを合わせたような大きな武器で地面を数回殴る。それを女はどうにかよけるがそれに合わせ、シャックスが彼女の背後から青い光矢をフルンディンガーから数発放つ。それを彼女は側転しながらかわした。
「ユミロ、シャックス、そのくらいでいい。ありがとう。戻っていいよ」
「う、うむ。何かあれば、また呼んでくれ」
「フッ、仕方ないですねえ。まあいいとしましょう。ではまた」
そうしてユミロとシャックスはハーネイトの指示通り、召喚ペンの中に戻った。ハーネイトは2人の動きを見て、とりあえず仲間にしていてよかったなと思いつつ呆れた顔を見せながら魔女の方を鋭い眼光で睨みつける。
「さあて、よくも私を凍らせようとしたな。……免許は?」
「何よ、魔法免許のこと?」
「そうだ。協会かBK関係者なら全員が持っているはずだ」
「……ないわよ」
ハーネイトは静かに、彼女に魔法免許の有無を問う。日常で使う通常の魔法はともかく、大魔法を使うには通常免許が必要である。
昔ある魔法使いが違法な魔法を用いて、国中の無関係な市民に対し儀式に必要な生贄を確保するためにおぞましい虐殺を行った悲しい事件があり、魔法による犯罪を防ぐためそういう制度が作られたという。
しかしこの魔女はそれは持っていないという。つまり、この美しい魔法使いは只者ではない、魔女の森という魔法集団の出身であることが判明する。魔女の森、ハーネイトが一番警戒するその魔法組織は彼にとっても因縁の深い相手であった。
「だろうな、胃腸薬上乗せだ。……魔女の森出身者か。また、私を捕まえて体を調べるつもりか!」
「だったらどうする?」
「こういうことだ!魔より来る 大いなる枷 黒く空を染めおおい重なる蛇のよう、捕らえろ鉄鎖の無限牢獄! 大魔法26の号・鎖天牢挫」
彼女を拘束するため、ハーネイトはすかさず魔法を発動する。しかし魔女もそれに合わせ、彼の妨害をする」
「いきなり激しいわね、だったらこうよ! 微睡の風 失落の渓谷 崩れ果て夢散する深意 水底まで眠り堕ちろ!大魔法12号・仙呪解念」
「な、ぐっ……!魔法使い同士の、戦いは魔粒子の扱える量で決まると言うが、この魔女は……それに協会の使う魔法をここまで行使できるとは。免許もなしにどうやって覚えたんだ」
「へえ、やるわね。私のに耐えられるなんて、流石ね」
「舐めるな……っ天魔の彩 獄鬼の黒 6つの腕に枝分かれ 穿通せよ、魔の理よ! 大魔法18の号・六魔天閃」
かかった対象者の意識を奪う仙呪解念をハーネイトは耐え、刀を突き出しながら大魔法・六魔天閃を剣先から放ち魔女を撃つ。けれどもそれは全て見切られ、6つに放射した光の一撃は鮮やかな動きでかわされてしまう。
「魔法使いにしては身のこなしがいい。ぐは、っ、やれやれ、あのさあ、あまり手荒いのはよくないよ? というか、誰なんだ本当に」
「手荒いのはあなたの召喚獣と、あれ。なんで人間が? まあそれは後で確認しましょう。それとそういうときは先にあなたが名乗らないと? まあ分かっているから、こうしてきてもらうのだけどね」
彼女の名はドロシー・ステア・ミカエルといい、青いロングドレスを着た、腰に幾つもの試験管や杖が身につけられている、肩まで髪を伸ばした茶髪で赤眼の女性である。
ハーネイトは立ち上がりながら、目の前に立つ女性に質問する。どうも、彼女はハーネイトのことを知っており、そしてその上で召喚獣を使い、ここまで連れてきたのではないかと推測する。
「ミカエルか、魔女の森の新参者のようだが……それで、こんなことして何のつもりか?捕まりに来たの? 」
「違うわ。あれ、あなたあの手紙のこと知らないの?」
「手紙だと? 何のことだ」
彼のその言葉に、魔女の表情がみるみる青くなる。それを見たハーネイトは、彼女自身が何か計算違いをしているのではないかと指摘した。
「こ、これは不味いことになったわね。てっきり私たちがこの国に送った手紙を見ているかと思って、こちらの要求を飲んだのかなと」
「あのさ、さっきの召喚獣の動きからどう見ても私のことつけてきてただろ。それならわかるんじゃないのか? 手紙読む前にこうして連れ去られたんだけど……」
「そ、それは! う、済みませんでした。はい」
ハーネイトはミカエルのことを心の中で、相当うっかりさんなのではないかと思っていた。そしていきなりあのような方法で連れてこられたことに憤り、普段見せないような表情を見せつつ事情を聴こうとする。
「このポンコツ魔法使いさん。要求ねえ、しかしやり方が荒いしなんか雑だし。全く、魔女の森出身の魔女もこうも差があるとは、ほとほと呆れる話だ。あの時に私を捕まえようとしたあの魔女たちのほうが身の毛もよだつほどに怖いが」
「な、なによ、こっちはね、ハーネイトの力をどうしても借りたくてここまでやって来たのよ。それと、他の仲間と先輩、親たちが昔貴方にひどい仕打ちばかりしてきたことは、ちゃんと知っている。それは償いきれないこともね。でも私は違う! あなたを、伝説の魔法取締官、そして魔法解決やとして見込んで頼みたいことがあるの」
彼女はやや喧嘩腰になるも声を震わせながら、彼の力を借りたくてそうしたと開き直りつつ説明した。
「……依頼か、ならば事務所に連絡してほしいのだが」
「だーかーら! あなた南の方までほとんど来てないじゃない。事務所の場所も住所もよくわからなかったし、だからどうして頼めばいいか分からなかったのよもう。知り合いに貴方がここ最近このあたりにいるって教えてくれたからこうしてどうにか顔を見ることができたんですからね」
彼女はそう言い、呆れつつ顔をうなだれる。彼女の必死な様子と言葉にハーネイトも思わず彼女の話を聞くばかりになっていた。
「それはどうもすいませんでした。霧のせいでまともに森を抜けられない、つまり南の方に足を運べないのだ。それで結局どうしたいのだ?」
「こっちは、こっちは、グスン、うわーんっ、家族がこのままじゃ、っ」
「な、いきなり泣き出したのだが」
すると今度はミカエルがいきなり泣き出しその場にへたり込んでしまう。そんな彼女を見ながら忙しい人だなと思いつつ、ハーネイトは彼女に近づきながらどう落ち着かせようか考えていた。
その頃、八紋掘たちは城に着き、夜之一のいる部屋まで全速力で駆けあがり夜之一に事の次第を報告していた。
「というわけで、只今ハーネイトがその狼に応戦しております」
「八紋掘、なぜその場に残らなかった? 他の者もだ。伝達は1人で事足りるであろう? なぜ加勢しなかった」
夜之一は、八紋掘の対応について言及し、それで本当に良かったのかと尋ねる。その言葉に、その場に居合わせた全員の表情が焦る。
「とっさのことで、対応を誤ったとしか言えないです」
「私も一緒に応戦すれば……。空気に呑まれるとは未熟ですね私」
「何をしている、悔やむ暇があるなら、すぐにハーネイトの元に行くのだ。大丈夫だとおもうが、もしその狼が魔法使いの手下と考えた場合、先程の手紙と含めても不安だ」
彼は悔やんでいる暇があるならすぐに加勢しろと伝える。
「早く向かわないとな、では拙者は先にイーヤッホウ!」
南雲は城の窓から飛び降り、すっーと風に乗り滑空する。
「待ちなさい南雲、ハーネイト様から単独行動禁止と言われたでしょ! 」
南雲の後を風魔が追いかける。南雲は行動力については誰よりも俊敏なところがあるが、これが方向音痴と合わさると問題がありそうならないために、風魔はハーネイトに南雲の監視を頼んでいた。しかし当人不在のために制御できずこうなってしまったのである。
「では私らもいくぞ。夜之一様、失礼します」
「らしくないミスだな。次はそうならないようにな。影宗」
「ハーネイトさん、今向かいます!」
残りの全員も急いで部屋を出て、ハーネイトの元に向かう。その少し前、ハーネイトは泣いているミカエルと話をしていた。
「ど、どうしたのだ。いきなり泣き出して。何があったのだ」
涙を流しつづけるミカエルに対し、どう対応すればいいのか判断を迷っている彼。そしてミカエルは細々と話し始める。
「妹と母が変なやつらに捕まって、身動きがとれないの。助けようにも結界が……」
「何、誘拐案件か。私の他に助けは求めているのか?」
ミカエルの言葉を聞き、真顔で話を聞くハーネイト。事実なら早く救出に向かわなければ取り返しのない事態が起こりかねないだろう。そう考え、さらに詳しい話を聞く。
「助けを求めようにも力を貸してくれる人が他にいないし、その結界は魔法ぶつけても壊せないの、ぐすん。どうすればいいのか分からなくなって、その時あなたの事と友人の話を思い出したのよ」
事情を聴きながら、ハーネイトは見た目に反して幼く見えるその女性の頭を無意識に、軽く撫でて落ち着かせようとする。
相手は自分の心も体も傷つけてきた憎い魔女、憎しみがこみあげるはずなのになぜかどこかに師匠ジルバッドの雰囲気を感じた彼は、その感覚に戸惑いを隠し切れなかった。
そのときヴァンと、さらにその後ろにリリーが来て、ようやくハーネイトに追い付いたのであった。




