第202話 力を奮えなくなった英雄
ハーネイトとヴァンはすぐに取り残されその場から動けない少女の前に立つ。状態を確認し特に負傷している様子ではないこと、呪血の影響を受けていないことを確認した。
「あ、あの、ひっ!」
「お嬢ちゃん、んな化け物を見たような怯えた顔をせんでもええやろ……って」
「こ、怖いっ! 」
「え、待ちなさい!その先にはまだ呪血が」
怪物に襲われそうになり、恐怖で足が動かなかった少女だったが怪物がハーネイト、ヴァンの手で討伐されたことに気づき安堵していた。
しかしまだ変身を解除していなかったハーネイトの姿を見て、少女は一気に顔が引きつり後ずさると急いで起き上がり2人から逃げようとまだ汚染が残っている街の中央部に走っていった。
それに気づいたヴァンは逃げようとする少女を捕まえようとし、ハーネイトは少女が呪血領域に入ろうとし急いで制止しようとした。
だが2人の行動もむなしく、少女は不用意に呪血の広がった場所に足を踏み入れてしまう。
「え、そ、そんなっ!た、助けてぇ!!! 」
まるで獲物がかかったようだといわんばかりに、血の海から何体も紅儡が現れ少女の手足を掴むと、底なし沼のような血だまりにあっという間に引きずり込み、必死にもがく少女の抵抗も及ばず血海の中に姿を消したのであった。
「そ、んな……な、何故、何故なんだぁ! 」
「嘘やろ……っ、何であれに近づいたんやっ、はっ!そうか、俺たちの姿にびびって取り乱して」
「判断を誤って血海のそばに……私のミスだ、変身を解除していれば」
「ハーネイトだと分かって、素直に近寄ったやろうに。っ、相棒、血の海を片っ端から浄禍や、弔い合戦といくでぇ! 」
「っ、……あああああっ! 」
一度呪血領域こと血海に入れば、二度と戻ってこられない。それを分かっていた2人は少女を助けられなかったこと、それが自分たちの今の姿によりそれに恐怖し判断を誤らせたことによる結果だと判断し至らなさに憤り、自分たちを許せずにいた。
それでもヴァンはまずは血海を消し去るべきだと能力を開放し、ハーネイトは周囲の建物を破壊するがごとく闘気を発散しまるで何もかも顧みない戦士の如く街中に存在していた血海を龍の力で消し去り、街を元の姿に戻すことに成功した。
「はあ、はあ、仇は取ったで、っ、な、相棒っ! 」
「私は、私は……っ、何で、怖がらせるつもりなんて全くなかったのに、怖がられたくないからみんなを助けようとしたのに、っ」
消耗の激しい2人は、がれきの残る街中にて動けずにいた。するとヴァンはハーネイトの様子がおかしいことに気づいた。精神に不調をきたしている、そう判断した矢先にハーネイトは意識を失いその場に倒れこんでしまったのであった。
すぐに抱きかかえたヴァンはエレクトリールの指示で向かっていたフューゲル、メイドナイツのファターティア、オフィーリア、シャムロックらと合流し事情を説明した後、ミスティルトシティにあるハーネイトが管理しているホテルまで移送したのち、部屋に運ぶと彼を寝かせたのであった。
ハーネイトの異変に関して、情報はあっという間に広がり別作戦に従事していた多くの仲間がホテルに駆けつけ、もう3日間も目覚めない眠り姫と化したハーネイトの身を案じていた。
特にハーネイト直属の幹部、ミロクとミレイシア、シャムロックとサイン、更にリリエットたちは
対応に追われつつ何故意識を失ったのかヴァンから話を聞き、その件について極秘に話をしていたのであった。
「もう、3日も目覚めていないのねヴァン」
「そうだエヴィラ。今までも血海の件やそれを生み出す怪物との戦いで多くの辛い経験をしてきたのは知っているが、助けられたのにできなかった、それが自身のせいだってのに堪えたんやろな。完全におかしくなってたで」
「街は結果的に解放でき、被害も想定よりはるかに少なくすでに復興のために多くの人が活動していると。しかし、ハーネイト様がこのまま目覚めないとなると今後どうすれば」
ある一室にて今後の活動について話をしつつ、何があったのか再整理していたエヴィラやヴァン、ミレイシアたちは重く暗い雰囲気の中話を進めていた。
「ミレイシア、今は信じるしかないぞ。だが、孫も何故変身を解除せずに少女の元に向かったのだろうか」
「まだその時残党がいると気配で察して、戦闘状態を解除できなかったんや。それが仇になるとはな。……悪い、やっぱ辛いわ。言い訳したくないけどよぉ、余力が残っていればあの結果にならなかったんかもしれへん」
「過ぎたことだ、悔やむ暇があるなら次はどうするべきか考え改善しろ。そう、言ってきたじゃないか、ハーネイト」
「サインよ、それはそうだがしかしな……」
直属の部下らはヴァンの話を聞いていたうえで話を進め、ヴァン自身も助けられなかったことについて実は辛いと本音を漏らす。
それを聞いたミロクとミレイシア、エヴィラはヴァンもまた優しく、しかしそれゆえに傷つきやすいのではと思いつつまだ正直に打ち明けてくれる彼のことに仲間意識を強めていた。
問題はサインであり、どこか冷淡に過ぎたことよりもこれからどうするべきかだと吐き捨てるような感じで思っていたことを述べ、それにシャムロックは困惑しながらなだめようとしていた。
すると部屋のドアが開き、そこにはエレクトリールの肩を借りつつ立っている、ひどく憔悴した生気のどこかない、弱り切ったハーネイトがいたのであった。
「すまない、迷惑をかけた、な」
「ハーネイト!目覚めたのね」
「ようやく起きたか、眠り姫さん」
「……あ、ああ」
目覚めたことに安堵するミレイシアたちだったが、依然状態が芳しくないハーネイトを見てすぐに駆け寄りまだ安静にしているべきだと諭す。
「ハーネイトよ、まだ安静にしておった方がよい。体もまだ震えておるぞ」
「そうだ、しっかり休めハーネイト。でねえと容赦しねえぞ」
「じっちゃん……俺、もう刀も握れないっ、怖いんだ、戦うのも、力を使うのも」
体が震えているハーネイトを介抱しようとしたミロク達だが、ハーネイトの漏らした悲痛な言葉に思わず動きが止まる。
そう、今回の一件でずっと張りつめていた糸が切れたかの如く、ハーネイトは戦う意思を喪失し龍の力を使うどころか愛刀を握ることにすら恐怖するほどになってしまっていたのであった。
「そこまでとは、おい……何でだよ、相棒! 」
「困ったことになったわね。……彼にはもっと力を付けて欲しいのに、っ」
「今は休め、孫よ。ずっと戦ってきた疲れが出てきたのだ。わしらで大体のことは対応できる、今は休息をとるのだぞ」
「っ、手前……ふざけてんのか! 」
「サイン!やめなさい、何をしているの」
エヴィラは弱り切ったハーネイトを見て、若干のいらだちとそれ以上に彼が今までにどれだけ辛い思いを隠して、我慢して戦ってきたのかを理解し悔しさをにじませた表情を見せる。
ミロクは早くハーネイトを安静にさせようとエレクトリールと共に彼を連れ出そうとした矢先、サインはハーネイトの胸倉を掴むと血相を変え、少し涙を流しつつ啖呵を切る。
「こんな、こんな、腑抜けたハーネイトなんて、見たくなかったぜ。っ、今までだって、仲間を救えなかったり街を守れずに悔しい思いをしてきただろ、俺だって悔しかった。なのに、何でこんな、ここで心が折れちまったんだ」
サインは今までのことを思い出し、長い間傍にいて友として、部下として苦難を共にしてきたことを口に出したうえで、何故ここで心が折れてしまったのか分からず思わずハーネイトの胸に顔をうずめてしまう。
「サインよ、主殿は元々戦うのを好まない性格だ。けれどもあれらを退け、打ち倒す力があるばかりに周りの者が、大人たちが担ぎ上げ脅し、戦うように仕向けさせた。それが間違いだったのだ。ずっと主殿は傷ついていた、それを治す暇もなくさらに戦った結果がこれだ」
「それは、分かっている。付き合いも長いしな、だけどよ、だったらなんで打ち明けなかった」
「それを言えば、仲間を危険にさらすかもしれぬ。または言ったところでどうしようもないとあきらめていたのか、それとも優しさが故に抱え込んで秘めていたのかもしれぬ」
シャムロックはハーネイトの性格を見抜いており、しかしそれでも完全にフォローできなかった自分たちと、血の怪物と戦う力がない上で年端もいかない力のある少年少女を無理やり戦わせた魔法協会の一部の者やいくつもの国の大臣に対しずっと憤っていて許せなかったことを話した。
またミロクはハーネイトが置かれていた当時の状態について、以前聞いた話から彼の心境に関して推察しつつ、今までこうならなかったのが奇跡だと述べつつエレクトリールと共にハーネイトを寝かせていたまで運びしばらく付き添っていたのであった。
「……刀も持てない、か。それだとハーネイトはもう戦えないのか? 」
「そうかもね、だけど、1つ方法があるかもしれないわ」
「なんだと?どういうことだミレイシアよ」
「ハーネイト様はあの姿を少女に見せ、怖がられそれが原因で救えなかった。ならば戦う姿、偏している姿をあまり晒さずに、自身の代わりとなる何かを操り戦わせれば変身を使わずともある程度はいけるかと」
「まさか、お主の持つ人形師としての技術を主殿に教え込むつもりか? 」
「ええ、だけど、それ以上の力を見つけ出したの。状態がある程度までよくなったら、ある場所に案内して代わりの戦い方、力をハーネイトに覚えさせる。それなら戦力の低下もどうにかできるし私にも益があるわ。保険、かけていてよかったわ」
ミレイシアは今のハーネイトの状態でもどうにか別の方法で戦闘力を維持できる方法を知っているといい、それを聞いたヴァンたちはその詳細が気になりつつまずはハーネイトがある程度まで精神状態が良くなるようにと願いつつ、各地でまだ散発的に発生している事件への対応に追われていたのであった。




