第162話 双極の決戦戯(ダブルタッグ・シュペルヴアトゥーク)
「間に合わねえ、ったく、醸してみるか!」
その時だった、上空から声が聞こえるな否や伯爵が現れ、手から菌の帯を伸ばしザイオがカードを付けた部分に触れ分解しようとした。そして結果はうまくいったものの、肝心の変身解除が起きていなかった。
「カードは分解したが、変化が収まらねえ」
「ということは、剥がす方法ではもう無理だぞ!」
「だったら変化した部分だけ食べてくれる!」
「削ぎ落すまでだ、創金剣術・剣嵐」
伯爵とハーネイトのコンビネーション攻撃により、ザイオの変化した部分が削ぎ取られていく。ザイオはあまりの痛みに悶絶し逃げようとした。
「済まなかったなぁ……遅れてよ。だがぁ俺らが来たからにはぁあ!逃げ場はないぞ研究者!!!」
「武器商人と手を組んだのが運の尽きだ。さあ、あいつらの居場所を洗いざらい吐いてもらうぞ」
ザイオの背後にいつの間にか、ヴァルターとメッサーが構えており、逃げ場をふさぐように包囲する。
「貴様ら、もしや!」
「それがどうしたぁああああ!今より貴様は、俺たちの手により苦悶に耐えながら後悔することになるのだぁあああ!」
まだ理性を残しているザイオが、ハーネイトたちにそういうと周囲を破壊するかのように大暴れし始めた。
「あの腕の触手が思ったより早くて多い。隙を作らせるには……」
「あの部位は俺たちで相手をする。本体を叩けばいいはずだろう」
「伯爵、内側から醸せないのか?」
「内部には何もいねえんだわ、外からならいけるんだが……」
伯爵は珍しく困惑していた。内側から醸せば一発で終わるのに、何も眷属となれる微生物がいないことに計算が狂い、どうしようか再度考えていた。
そもそも生きている限り何らかの微生物はいるはずだし、今までご飯にした魔獣たちはもちろん眷属が体内に大量にいたため、すべて伯爵の支配下に置いて内側からご飯にできていた。だからこそ彼はおかしいと思ったわけであった。
「グロロロロロ……ッ!」
「まだいるのか、ってあれは魔獣オンビリル!ちっ、ただでさえあれなのに、どうするか」
ただでさえ忙しいのに、魔獣の気に当てられ巨大なサル型の魔獣まで出現し、その場が混乱寸前に陥る。
「まだ仲間がいたのかよ!」
「仕方ない、伯爵、そっちの相手は任せた!」
「へっ、いいぜ相棒。そいつの中に眷属がいねえ以上、霊量子絡みことヴィダール的なあれだろ?頼んだぜマイバディ」
そういうと伯爵はすぐにターゲットをオンビリルに変更し、微生物を大量に体中からガスのように噴射し飛びながら突撃する。
「確かに歯ごたえというか手ごたえがまるでない。幽霊か何かか?」
ハーネイトは藍染叢雲でザイオを何度か斬るものの、どうも手ごたえを感じず一旦間合いを取り、すぐに状況分析する。
「そういえばリリエットたちが言っていたな……だとすると、この前の戦いで使ったあれをやるしかないな。ふぅ……」
そうハーネイトが思考を巡らせている間にも、伯爵は圧倒的な能力差でオンビリルの体をディナーの如く食べていく。醸せるなら何でも分解する、伯爵ことヴァンの力はすさまじいものであった。
「オンビリル、か。なかなかうまいな、へへへへへ」
「ギャアアアアア!!!」
腕が6本もある、10mは越える大きさの魔獣は怒涛の連撃を繰り出すも全く伯爵の体には影響がない。それどころか彼に触れた部分が徐々に変色し腐り始める。既に味見は済んだ、ならば後は全部頂くまで。ニヤッと伯爵は笑い、周囲に菌の障壁を生み出すと壁を飛ばすかのようにそれをオンビリルにぶつけ吹き飛ばしながら、内側と外側から捕食していく。
「おいそこの鬼野郎、周りの雑魚はこちらに任せて早くあれを倒してくれ」
「フン……いわれなくてもやるわ、たわけが」
その光景を、周囲に湧いて出ている小型の魔獣、ケニフィの群れを倒しながら見ていたヴァルターとメッサーは、伯爵をせかすように言い、それに彼が不満そうに言葉を返す。
「さあ、内側からブッ醸すんだぜ!」
「グギャアアアアァ……ッ」
日和見之反乱劇、今日もこの技の餌食になった哀れな生き物。伯爵は高笑いしながら、オンビリルの姿が消滅していくのを見つつ、生命エネルギーを取り込んでいく。
「すごいなあぁああ!なんだあの生命体はぁ!」
「どうもあのエヴィラという女の仲間らしいと。とにかく規格外だが、味方なら頼もしい。いや、敵にしたくはない」
「フハハハは、じゃあ残りの雑魚は死ねええええ!」
伯爵の情報についてもエヴィラから断片的に入手していたヴァルターであったが、改めて力を目のあたりにして、その性能の高さに驚愕していた。
「おうおう、あの二人もなかなかの強さやな。おもろいな、サイボーグコンビか」
そんな伯爵もヴァルターとメッサーの息のあったコンビネーションを見てなるほどと感心していた。
「某も負けていられないな!文斬流・井の蛙・二束三文斬りぃ!! 」
ヴァルターたちと同じく、八紋堀もケニフィたちに得意の剣術をぶつけ撃退していく。
「みんな強いな、本当に。さあ、あとはその変身を解除するまでだ」
ハーネイトは藍染叢雲を掲げ、霊量子を武器に纏わせながらジャンプし襲い掛かり変質した肉体の一部を切り裂く。
「ピギャアアアッ!」
「やはり手ごたえありか、ならばっ!弧月流・刃月!」
ハーネイトは得意技の刃月による衝撃斬により、ザイオの変化した肉体部分に大ダメージを与えるも、いまいち決定打になっていない。こうなったらあれを使うかと、黒の霊龍の力を引き出した戦形変化を使うことにした。
そうして自身の右足で軽く六芒星の魔法陣を描くと、それを起点にさらに大きな魔法陣が発生し、それとほぼ同時に彼は黒い光に包まれた。
「……戦形変化・黒翼斬魔!」
前にDG幹部と交戦した際に使用した、黒き龍の魔人。龍翼をたなびかせてからその力をもって彼は勝負を一気に決める。
「これで決める!黒翼斬界!」
するとハーネイトは6枚の翼の先端をザイオに向け上空から切り離すように打ち込み、それが大型のミサイルのようにザイオの体に全弾直撃し、大ダメージを受けた彼の体がどさっと地面に崩れ落ちる。
「ギギギギャアアアアア!」
「っ!変身が解除されたか、これで終わった」
自身も魔本変身を解除して、ザイオに近寄り抱きかかえる。変身の影響ですでに体も心もボロボロな彼を見ながら治療魔法で応急処置を施すハーネイトだったが、ザイオは彼をにらみつけていた。
「がはっ、ぐぅ、貴様ぁあ、なぜいつも邪魔をする……っ!」
「貴方たちの研究が、結果的に多くの人を苦しめることをすでに、読んでいたからです」
ハイディーンたちの研究チームが行っている研究のことについて触れ、結果的に多大な犠牲を払うことをすでに予期していたハーネイトはきっぱりとそういうが、ザイオは納得のいかない表情をしていた。
「やらなきゃ、わからんだろう、が……この小僧……っ!お前も、あの封印機関のトップなら、あいつらの脅威くら、分かるはずだ」
「確かに、あいつらに勝つには並大抵の努力では足りないでしょう。特にあの紅儡を始めとした脅威は……しかし無理やり向こうに土俵を合わせても、果たしてそれでうまくいくのですかね。マースメリアの時もそうでしたが」
「それでも、私たちは、お前のような力が、欲しかった……っ!大切なものを、奴らに奪われたっ!紅儡が、別世界の侵略者が、大事な物を、全部っ!」
「……私も、師匠や恩人、それに何の罪もない人を助けられなかった。だから強くなろうとした。やり方は違えど、互いに後悔したくないという結果は同じ、か」
そうザイオが言い切った瞬間、突然彼が苦しみだし悶絶しながら白目をむく。ハーネイトは大丈夫かと問いかけるが、彼はいきなりこう言いだしハーネイトを困惑させた。
「グガアアアアアアッッ!!!だまれだまれだまれ!あのお方の声が聞こえる、ああ、全てを壊せと。ヴィダール……っ」
「どうしたザイオ!……気を失っただけか」
そしてザイオは気を失い、力なく倒れこんだのであった。どうにか最悪の事態を防ぐことができハーネイトの表情が通常通りの優しげなものになる。けれど今のは何だったのだろう、それを思うと再びどこか暗い表情になったのであった。
「情報を手に入れたが、ザイオはこのざまだ。同業者でない以上、魔法での治療に限度がある。手当をしてホミルド先生の所へ運ばないと」
そう考えた矢先、ハーネイトのもとに南雲と風魔が駆け付けたのであった。