第143話 ロイ首領とハーネイト
「やあロイ首領。あれからどうだ?」
「どうもこうも、忙しいに決まっておるじゃろ、おぬしはお主でまた事件を見つけてきたみたいじゃしなあ、困ったものだよまったく。悪魔や魔獣に変身するアイテムの横行、か。20年前よりもひどい」
よく来たな、とそう言わんばかりに彼女はすぐにお菓子とお茶を用意し、少し傷んだソファーに腰かけたハーネイトにふるまう。それから彼女はハーネイトと面と向かう形で座り、話を切り出した。
「そうなのですか……まったく、いつになれば私は落ち着いて眠ることができるのだ」
「そりゃ、しばらく無理じゃろうなハハハ。断れない男である限りな」
ロイはハーネイトの在り方について多少冗談めいたことを言いながら好物のクッキーを手に取り静かに食べる。
「……早急に解決して、魔法協会関連の仕事も手伝う。少しだけ待っていてくれ。どちらにせよ、協会は今回の件でもう立て直しは不可能と言っていいだろう」
ハーネイトも先ほど彼女がしていたようなため息をついてから、魔法協会に関して話を切り出した。
今回の一件で実は、魔法協会に属していた構成員の実に8割が魔女セファスの毒牙にかかり命を落としていた。殆どがゾンビ吸血鬼、血屍人こと血の怪物に食われたり、死霊術師が作成を得意とする骸骨戦士に襲撃された者であったという。
「何せ幹部の殆どが魔女セファスの手で殺されておったからのう。現場を見たときは思わず絶句して震えたわ。あれほど凄惨な現場は、あの血の海事件の時依頼じゃな」
ロイたちBKが魔法協会の本部を訪れた時、全員がその凄惨な光景に言葉を失った。歴戦の戦士である彼女でさえ思考が停止するほど、そこは血の海で満ちていたという。どれだけの憎悪があれば、このようなことができるのだろう。
あの魔女、セファスがどれだけ自身を追放した存在に異常なまでの感情を抱いていたのか。想像するだけで身の毛がよだつ。それほどだったと彼女は彼に話した。
「……そこまでですか。敵の目的が協会のほうだったとは、私が至らぬばかりに」
実はハーネイトはハーネイトで、魔法協会について調査を始めようとしていた。不審な人物が出入りしていると協会内でもそれなりに親交のあった、6聖魔の末裔の1人、アルマ・ガルペール・リスタイシアから報告と調査依頼があり、それにも出向こうとした矢先機士国でのクーデター及び王の行方不明事件が発生したため、本格的な調査にまともに人員を充てられなかったのであった。
それでも彼は、以前より遊撃諜報員としてサインに極秘任務を言い渡し協会の調査及びDGの隠し拠点捜索を行わせていた。
結果として、サインの報告によると彼が協会に足を踏み入れた時、既に何者かに襲撃されており、数名を助け出したものの、多数の死傷者が出ていたことが判明した。しかしそれらの情報は魔磁気嵐の影響で正確には届いておらず、それをハーネイトは悔やんでいた。せめてあの磁気嵐がなければ、いや、それがあっても正確に通信できる手段を構築しなければならない。と彼は思っていた。
そんな暗い表情を見せていたハーネイトに、ロイは声をかけ励まそうとする。
「そういわれても仕方ないがな、いや、いくら魔法使いと協会にあそこまで恨みを持つ輩がいるとは、こちらも思っておらんかった。それに認めたくないが、協会は実力者ばかりだからな。安心しきっておったのだろうな、お互いに」
魔女セファスの目論見の1つに気づけず、魔法協会の実質的な壊滅を招いてしまったことに2人は浮かない顔で話を続ける。本音は2人とも血の怪物事件の際に関して、協会の対応を始めとして快く思っていない節もありつつ、意外な形で終焉を迎えるという形に複雑な感情を抱いていたともいえる。
「せめてサインの情報が早く入っていれば、犠牲者を減らすことができたはずだ。それでも、6聖魔の内2人はサインが助け出したみたいだが」
「ガルペールとグラシア家の2人か、それ以外は外に出て調査をしていた者たちだけだったな、無事な協会の関係者は。いや、議長のハズアップと副長のミルガロスも無事だったか」
無事な協会関係者はわずか10数名。先ほどハーネイトが言ったとおり、もはや協会は死に体の状態であった。
「ハズアップ氏も無事だったか、まあそうか。会長のアズナフル氏と違い、彼は私たちの活動にもそれなりに理解を示していた柔軟な思考を持つ人だ。恐らく見逃されたのだろう」
「全く、我らの活動に敵対及び反対していた人物の殆どがいなくなったとはのう。複雑な心境じゃ。あの魔女が起こした事件で、魔法界の勢力均衡が崩れてしまったからの」
魔法使いの勢力図、魔法協会にバイザーカーニア、魔女の森に魔銃士とそれぞれ独自の組織が存在していたが、DGにより戦力バランスが崩れている今ロイはあることを懸念していた。それは自分たちの親世代までたびたび起きていた、魔法使い同士の戦争がまたおきないかということであった。
「しかし、あの時のように勢力間戦争になるようなことはほとんどないと思いますよ?」
「ほう、なぜじゃハーネイト?」
「それは、私が多くの仲間を得て、様々な組織の人たちと新たに強固な関係を結べたからです」
ロイの抱く不安に理解を示しながらも、そうはさせないしなることはないとハーネイトは断言した。奇しくもDGとの戦いで各国や様々な組織がハーネイトの働きかけで結束できた。
今や敵同士ではない。それを強調し話すハーネイトは。我ながらよくここまでできたなと不思議に思いつつも、いい結果につながったことを喜んでいた。
「ふ、ふははは、ははは。それもそうじゃったな。本当にお主は昔から人たらしじゃな」
「いえいえ、私は情報を得るために、最善の手を取り続けてきただけのこと。自分の出生について知るためだけにやってきたことです。ですが、結果的に多くの人命を守れたのならばそれでいいかと思えるようになりましたよ、ロイ首領」
自分は、自分のできること、そしてそれが最短でいい結果をもたらせると信じ戦争の早期終結に導けた。その結果に誇りを持ち、同時に心の豊かさを彼にもたらしたのであった。
「ふっ、戦いの中で精神的にも成長したかハーネイト。さあ、わしも気分がよくなってきたからな。久方ぶりにもっと話そうぞ?」
そうして、2人は夜遅くまで話をしながら飲み明かしていた。ロイはハーネイトの精神性について危ういところがあるのを知っていた。
彼女もまた、ハーネイトの過去を知る数少ない人物の1人であり、魔女や協会にその体の特異性を狙われていた彼を保護し、まっとうな仕事を与え魔法教官として導いた存在である。このため彼は彼女に頭が上がらないと言うし、彼女のような幼女系なスタイルの女性が好きだと言うのは、全てこのロイという人物によるものであった。
あれからもう何年たつか、ロイはハーネイトの傷がまだ癒えていないのを見抜いた上で、少しずつ治せばいいと、焦らないようにと彼に言葉を送ったのであった。
彼こそが、この先も起きるだろう不吉な災いを祓ってみんなを導いてくれる、そう信じていたからこそであった。