第117話 ハイディーン救出
伯爵たちが戦っている少し前、ハーネイトはウルグサスと共に追われている男の救助に入ろうとしていた。
「ニャルゴ、来て!」
「ううむ、我の背に乗れ」
「ああ、モード、ウルムシュテルム!ウルグサス、邪魔するものは蹴散らしてほしい」
「荒いな扱いが、まあ良い、迅速にな」
そうしてハーネイトは呼び出したニャルゴの背に乗るとウルグサスから飛び降り、地面に降り立つと瞬時にその男を回収し背に乗せた。ついでに追ってに対し、ハーネイトは素早く魔法を詠唱する。
「焔の刃 光々として消ゆ 万象燃やし進む一撃と為し 野望砕け、決意の大炎火!大魔法31式・却火」
ハーネイトは右手だけで印を組みながら、手を突き出す。すると灼熱轟々と燃え滾る炎の球が放たれ、それが地面に着弾するとまばゆい閃光を伴った大爆発を起こし、迫っていたDGの兵士や機械兵たちを瞬時に吹き飛ばしたのであった。
そうして周囲を確認したのち、足元から魔力を放出しつつ空高く飛翔して、ウルグサスの背中にニャルゴと飛び乗った。黒き嵐ことニャルゴはその身を竜巻のごとく風をまとい突撃することもできれば、優雅勝つ丁寧な身のこなしで人を乗せて走ることもできる。こういった場面でニャルゴの速さと正確性が役に立つ。ハーネイトはニャルゴを最も信頼のおける使い魔としてみていた。だったら最初からこのニャルゴで各地を駆け回ればよかったのではないかと思う人もいるだろうが、ニャルゴの特性を熟知していた彼は移動において今回は使わないようにしようと考えていたからである。
「もう終わったのか。早いな」
「ああ。さあ、ようやく見つけた。ハイディーン」
ハーネイトは、追われていた男の正体をすでに龍の背中の上から見て見抜いていた。彼の目の前にいる白衣を着た男こそ、デモライズカードを開発した張本人であった。彼は研究所の中である情報を手に入れ、それをどうしても伝えたくて盗んできた際に、追手のDG兵たちに見つかったという。そしてハイディーンはうつむきながらも、彼に恨み言を言った。
地獄で何かを見てきたような表情、そして視線がハーネイトの体にひどく突き刺さる。
「お前は、いつも俺を見てくれなかったな」
「それは……」
かつて機士国に在籍していた際、ハーネイトは多くの科学者に支援を行ってきた。しかしハイディーンらにはあまり支援を行ってこなかったのであった。それは研究の内容が非人道的であり、一歩間違えれば人類の危機を招くものであったからであった。
人を変身させ異世界からの脅威に立ち向かう力を与える。けれどその力を制御できなければ暴走し、どれだけの被害が出るのだろうか、そう考えたハーネイトは彼の研究にはどうしても協力できなかったのであった。
それは、ハーネイト自身が人としてあまりにも化け物じみた体のせいで差別や迫害などを受けてきたからこそ異能の力を持つ苦しみを誰よりも分かっていたからそうしたのであった。
「俺だってな、お前みたいに星に迫る侵略者に対して戦いたかったさ。だが俺らはその力がない。だからああして研究をしていたわけだ。あんな化け物と戦えるのはお前ぐらいだよ」
「私は、本当は戦うのが嫌だった。でも、あの怪物の血を浴びても何ともない、巨大な敵も倒せる力が戦いを呼んでくる。異能の力を持つが故の苦しみを、分かってほしかった。もう、1人にしないで……」
ハイディーンは幼い時に侵略魔に両親を殺され、その後親戚のうちに引き取られた。その中で彼は両親を殺した存在を憎み続け、どうすれば勝てるのかをずっと考えていた。
その中で見つけたのが、一時的に同じようなものになり対抗すればという考えに行きついていた。そしてハイディーンはもっと別の目的もあったと告げる。
「俺はお前さんが、人を斬れないのを前から知っていた。だからこそ、少しでも悪い奴らを気にせず倒せるように、相手の醜悪さに応じて張り付けた対象を醜い化け物に変えればスパッとやってくれるんじゃないかってな。過去の話は、ある男に聞いた。俺も、お前の苦しみを分かってなかった」
ハイディーンはわずかな付き合いの中で、ハーネイトが甘い点を見抜き、彼なりにハーネイトの悩みをどうにかしようと得意分野で支援しようとしていた。しかしハーネイトはその本質までを理解できず、その研究を恐れていたのであった。そして自身の甘さがつくづくいやになり、彼はハイディーンに謝ったのであった。
「……俺の、せいで。甘さが招いたのか。……済まなかったハイディーン。余計な手間と気遣いをかけさせてしまった」
「……その言葉が聞けただけでも、いいさ。それと、DGの話はいろいろ聞いていると思うだろうが、霊界人と戦争屋は別々の派閥にあれど、どちらも凶悪だ。そこで俺は戦争屋の方の派閥の人間、つまり徴収官側に罠を仕掛けた。おそらく彼らはそれを使うだろうが、使ってきたなら、確実に殺せ。DGの悪行の数々は知っているだろ?」
「……分かった。元に戻せないデモライズカードの件はボノフという徴収官を倒した時にな。でも、自分の新たな力ならそれも解除できるかもしれない」
「なら話は早いな。あんたが昔から優しいのは知っている。多くの悪人を改心させてきたこともだ。だが、今回だけは鬼になってくれ。全員が貴様のよき理解者になるわけではない。どうしても、倒さないといけない敵もいる。それと、血徒に感染している敵がいるようだ。例の魔法使いも怪しい」
ハイディーンはハーネイトのもとにつく代わりに、条件を提示してきた。確実に奴らの息の根を止めること。それであった。彼自身もそうして戦争屋の集団を罠にはめた。あとはハーネイトに託したい。そう彼は考えていたのであった。そして時に非情に徹しろとハーネイトを諭したのであった。そうしなければ守れないものもある。彼の危うさをハイディーンは指摘した。
ボルナレロたちと同期であるハイディーンは、彼ら以上にハーネイトのことをよく見ていた。確かにやさしく、柔らかい態度は多くの人を魅了し、その一方で勇ましく戦うその姿は鬼神そのものである。しかしその二面性が危うい、そう考えていたが故に、今ここで気を付けてほしい。そう願い彼は伝えた。
口はやや悪くぶっきらぼうなこの男だが、内心彼のことを誰よりも心配していたのであった。
「鬼か……。そうだな。まだ、俺は覚悟が足りなかったようだな。ハイディーン、ありがとう。さあ、今からこの足で敵拠点を制圧しに行くから、一旦ある空間の中にいてほしい。それと、血徒……っ!また私から、大事な者すべてを奪うなら……!」
「あ、ああ。あの空間か。わかった、あとのことは、託そう。それとハーネイト、魔女は壮大な罠を張り、待ち構えている。くれぐれも用心してくれ。それが伝えたかったことだ」
そうして、ハーネイトは彼の頭に手をかざし、異界空間に彼を転送した。
「これで心残りはなくなった。ウルグサス、星を守るためには、非情に徹したときもやはり必要ですか?」
「そう、だな。それで守れるのならばな。だが、自身の力を信じれば結果も変わるかもしれないぞ。癒しの力も持つ緑の龍の力、それがカギを握るだろう」
「そう、ですか。……やりあわなければいけないか。魔女の罠か、想定はある程度していたが……って、そうなると伯爵たちが危ない!急いでくれ」
ハーネイトはハイディーンの言葉から嫌な予感を感じ、ウルグサスにそういい策をかんがえながら目的地である敵の本拠地へ向かっていた。そのころ敵の本拠地ではそれぞれ制圧していた部隊が合流しつつあった。
「しかし、エヴィラをどうにか確保したが敵の抵抗がぬるすぎる。まるで中に入って来いと言わんばかりではないか」
「そうですな。幾らハーネイト殿が戦力の補給ラインをぶち壊しても、ここまで兵力が少ないとは拍子抜け、ですな!」
「だからこそ気を付けないと。ハーネイトがよこした手紙の中には魔法協会が壊滅したとの報告があったわ。それと関係、あるのかしら。だとしたら、これは……」
一番塔を制圧し、サルモネラ伯爵は先に塔にたどり着いていた怪盗たちやルズイークたちと合流した。しかし、南雲と風魔は例の忍と対峙したままその場から動いておらず、その様子を全員で見ていたのであった。