6 . 仮想(アバター)と現実(オレ)
「何の話をしているのかしら?」
後ろから声を掛けられたハジメは
「態々背後に立たないで貰えますか会長。会長達の席は彼方でしょう。」
普段からミレイ達、生徒会メンバーが使っている特等席の方を指差す。
「別に此処で私達が食事を取っても良いじゃない。それよりも槙島君と何の話をしていたのかしらハジメ君。」
「………ゲームの話ですよ。『Phantasm world online』というVRMMORPGの話です。」
「VRMMORPG?」
よく分からなかった様子のミレイ。
「仮装現実大規模多人数同時参加型オンラインロールプレイングゲームの略称です。つまり、ダイブギアを使用したゲームですよ会長。」
「あれ~イチくんもPWOやってるんだ~。」
話に入ってくるのは書記のユイ。
「ハジメが夜一だよユイ。」
「え!夜一ってあの夜一?『無限』、『巨人殺し』の夜一?」
「その夜一。」
「コーヘイ君、何を勝手にリアル割れさせてるんですか!」
勝手にリアル割れさせたコウヘイに割と本気で怒るハジメ。
「あ!わ、悪いハジメ!」
「うん、今のはコーちゃんがいけないんだよ。つい最近も変な事件になったしね。」
謝るコウヘイに追撃を掛けるユイ。
「悪いじゃないでしょう。もしも何かあった時、コーヘイ君は責任取れるんですか?次は無いですから今後は気を付けて下さいよ。桐谷さんもこの事は内密にお願いします。」
「あぁ絶対しない。」
「うん、分かってるよ~。でもそっか~イチくんもPWOをやってるのか~。それなら一緒プレイ出来るのね~ハルカちゃん。」
意味深な笑みと共に黙っていたハルカに話掛けるユイ。
「へぇ、白峰さんもゲームをするんですね。」
「えへへ~、ハルカちゃんは私が誘ったの。」
「そうですか。でも、白峰さんもこのゲームをプレイしてくれているのは嬉しいですね。」
「あれ~もしかしてコレは~」
「えぇ、父の手掛けたモノを色んな人がプレイしてくれているのは嬉しいですよ。」
などと楽しそうに会話している中には入れないミレイの表情に影が落ちているのに素早く気が付いたミアが
「姉さん……コレ……」
と制服に手を突っ込んでタブレットを取り出して手早く操作してとあるサイトを表示する。
『Phantasm world online』‥‥プレイスタイルは自由度が高くプレイヤーの数だけあるとまで言われる人気VRRPG。グランドクエストを素直にプレイしても良し、生産職になって物を作るも良し、商人となって店を持つ良し。サブクエストも非常に多く、NPCもまるで本当に生きているかの様に対応してくる。それ故に好感度も存在してそれによってもクエストの発生が変わってくる為、ユニーククエストのトリガーが非常に分かりにくいがそれでも人気のゲームだ。
姉が概要を理解したところでミアは更にタブレットを操作してある動画サイトを開き、動画をスタートさせる。
映し出されているのは男性型のアバター。装備は全体的に黒色で纏められていて頭部も鼻まで覆い隠す黒竜を模した仮面を装備されているだけの軽装だ。
そのアバター、夜一が他のフレンドであろう男性アバターから青色の液体の入った蓋付きの試験管を受け取り、蓋を開けて一気に飲み干す。空の試験管をストレージに叩き込むと山のような岩石大巨人の方を見る。
このガルガンチュアは前回の500人規模の大隊級レイドの倍規模、1000人が同時に参加する旅団級の超級レイドモンスターでこの時は既に七度プレイヤーが退けられていた。一度目は様子見であったがその頑強さのせいで25本あるHPバーの2本を削った段階で全滅、前回は漸く半分までHPを削ったのだがガルガンチュアの行動が守備的なものから攻撃的なものに切り替わり、100人からなる中隊が二つ、二個中隊の盾職部隊があっさり瓦解、その後はあっという間に壊滅した。
今回はプレイヤーが形振り構わずにコミューンやクラン、パーティーの垣根を超えてエースを出し合う事になり普段はあまりレイドイベントには参加しないフリーの夜一もフレンドさんの要請もあって参加していた。編成は盾職が三個中隊、回復職二個中隊、攻撃職が三個中隊に武器の修理やアイテムの補給部隊として生産職が一個中隊。夜一は誘われたフレンドが生産職だった為、自身も薬師や錬金術師として働いていたのだがガルガンチュアのHPのラストバーに入ってから旗色が悪くなってきた。そこでフレンドさんと相談した結果、急遽戦闘に参加する事になったのだ。装備を一応用意していた戦闘用に変更してフレンドさん謹製のポーションでバフ掛けしているところで公式サイトのカメラに映ったようだ。
話は戻り先ず夜一の眼に映ったのは盾職部隊が薙払われているところだったので思わず溜息が出たが首を左右に振るとガルガンチュアに向かって走り出す。ステージが荒野でガルガンチュアの攻撃で更に荒れてしまっているという悪条件にも関わらず数歩でトップスピードに達する事が出来るのは戦闘用のサブジョブの一つが忍者であるだけではない。幾ら強化されようと感覚系が本人に依存するアバターの操作が夜一のボディバランスが優れている証明しているからの芸当なのだ。
崩れた前衛を擦り抜けるように駆け抜けてガルガンチュアの爪先飛び乗ると文字通りにガルガンチュアを駆け上がる。駆け上がりながら何かを関節各部へと投擲していく。ガルガンチュアの額にあたる部分に到達した時に夜一が跳躍し上昇の最中に印を切ってガルガンチュアの関節各部に打ち込んでいた物、爆雷符を仕込んだ苦無の術を起動させる。流石に如何に頑強なガルガンチュアでも脚部関節の全てをピンポイントで基点にされた上位爆炎系忍術スキル『爆雷陣』を喰らってしまえば一時的に結合崩壊を起こしてスタン状態に陥る。
崩れて無防備になったガルガンチュアの胸の中央に急所であるコアが僅かに見て取れた夜一は背中にXに背負っていた右の短槍を右手で引き抜きスキルを使用する。使用したスキルは投擲スキル『コメットブラスト』、跳躍時に下方向に向けて投擲して爆裂させて大ダメージを与えるスキルである。但し、投げた物は破壊され消滅する上に下手をすると爆発のダメージを自分も喰らう危険のある不人気スキルだが、夜一のメインジョブは竜騎士なので爆発の範囲外まで跳躍可能でメイン装備の槍と刀は不壊属性付き伝説級武装なので問題無く使用している。しかし、今回はインベントリの容量の関係上槍の方は置いて来たのでフレンドさんに即席で作って貰った爆槍である。それ故に『コメットブラスト』を選び、更にこのスキルの効果が発動点から対象までの高さによってダメージが跳ね上がり邪魔なコアを覆う岩鎧を破壊する威力を出す為に態々ガルガンチュアの頂点から跳躍したのだ。
『コメットブラスト』によって岩鎧が僅かに砕け中で跳ね回ってHITを上手く稼ぐ結果なりこの時点でラストバーの二分の一まで削れている。これは他のアタッカー達がこれ幸いと凹殴りしているからで特にダメージを稼いでいるのが『魔砲拳士』アキcyanと『錬禁剣士』MANATOの術師系アタッカーコンビだ。アキcyanはメインが魔術師、サブが格闘家の高出力のライン範囲系術をMPが切れるまでブッ放し放題で敵が寄って来れば投げまくってMPを回復させるプレイスタイル、MANATOの方は錬金術で敵にデバフを掛けまくって動きを封じてから斬り倒し、遠距離戦では斬撃を飛ばしてくる隙の無いコンビだ。
コアが見えるようになったので夜一が急降下してコアに吶喊する。『バスターダイブ』、空中で方向転換して目標に突撃する竜騎士の空中スキルでもう一本の短槍とリバウンドによるHPの半分と引き換えにガルガンチュアのHPバーを残り三分の一まで削る。急激なSPとHPの減少で疲れとダルさを感じながらも更に竜騎士の基本スキル『ジャンプ』を発動させて先程の高さまで跳躍すると切り札を切る。エキストラマジック竜魔法『ドラゴニックロアー』、とあるユニーククエストに巻き込まれ長期間脱出不可となり何度も叩き潰された末に黒竜に勝負を挑まれて激戦の果てに何故か気に入られて竜騎士のジョブと共に手に入ってしまった凶悪無比な反則級の大魔法である。勿論、使用条件が非常に厳しくその最低条件をクリアしたのは矢張り、ユニーククエストで森の奥深くに住まう賢者に連れ去らわれて長期間弟子として修行させられて得たエキストラジョブ隠者のお陰なのだが夜一はこのせいでイベントにはほぼ参加出来ておらず無名だったのだ。
『ドラゴニックロアー』の黒き光に奔流の様にコアを飲み込みHPをゴリゴリと削っていく。ガルガンチュアも踠いて抜け出しそうとするが夜一を誘ったフレンドさん、コウが戦槌と斧槍を両手に「大人しゅうしとけや!」と復活しそうだった右腕を文字通り粉砕して動きを封じる。それでもレイドボスであるガルガンチュアは僅かにHPを残して『ドラゴニックロアー』を耐え切り最終手段として自爆をしようする。アタッカー勢もSP、MPを使い切ってこのままでは全滅すると言う状況で『ドラゴニックロアー』でMPを使い切った夜一がコアの近くに降りてくる。夜一が左右に腰に帯びていた刀を抜き放ち、刀スキルの連撃系エキストラスキル『百花繚乱』によってコアを斬り刻んでガルガンチュアのHPを全損させる。
突然の幕切れに勝利に沸くが一歩遅れる。その隙に夜一は『百花繚乱』の代償に失ったHPとSPが倦怠感を引き起こしているがそれを無視してコウの元に行き、ボスのドロップ品を渡すと周囲が勝利を実感して騒ぎ出してその立役者である自分に近付いてくるのを察知するとマナポーションを飲み干すと突然姿が消える。
ここまでの動画を見たミレイがますます面白い玩具であるハジメをどう弄ってやろうかと思うのを察知したかの如くハジメの背中に寒気が走る。こういう生活が少なくとも後二年は続くのかと思っていた。