1.愛情一杯のバカップル(両親)と息子(オレ)
「ん~~ねむ。」
久し振りに目覚まし時計が鳴る前に起きてきた少年。しかし、起き上がろうとするが何かに阻まれて起き上がる事が出来ない。その何かは主に体の右半身に絡みついていて柔らかく温かい。
「ん?」
この少年は朝が非常に弱く、起きて直ぐでは頭が全く回転しないし、目も開いていないが日頃の習慣で
「母さん。」
少年が「か」と言うか言わないかで少年の部屋のドアが音も無く開き、「あ」でそのドアが矢張り音も無く閉まり、「さ」でササッと身嗜みを整えてベッドサイドに立ち、「ん」を聞いて少年が自分を呼んだ事を噛み締めながら少年に声を掛ける。
「ハーくん、おはよう。何か用なのかしら?」
少年の母親が少年に優しく挨拶すると共に用件を聞く。
「母さん、重い。助けて。」
少年が若干苦し気に言う。しかし、これでは母親が重いように聞こえても仕方ないが母は正確に息子の言いたい事を理解する。
「はい。ハーくん、ちょっと待っててね~♡」
母親が息子に言うと息子の布団の右側、丁度、人が一人分膨らんでいる部分を捲る。そこには20代前半と思われる美女が息子に抱き着いている。その表情は幸せそうだが、よだれを垂らして「あぁ〜ん、だめ、だめよそこは〜」などと寝言を言っていて、コイツは非常に残念なヤツだと理解出来る。
「オイ、起きろ。」
先程の息子に対しての甘々な声とはガラリと変わって寒々とした冷たい声を視線で美女を起こしに掛かる。
「んぇ?」
そこで漸く美女も半覚醒したようだ。
「起きろって言ってんだろぉーがさっさと起きてハーくんから離れろ!」
笑顔の似合う若々しいお母さんから一転、シャープな印象の目付き鋭い美女へと変貌してやけに堂の入った巻き舌で恫喝する母親。但し、ハーくんの部分は何故か息子の言うヤンキーモードでも甘々だが。
「うにゃ?………っ、せ、先生!?お、おは、おはようございま…ぅぅ!」
漸く残念美人が少年の母親、黒木 椿の存在に気付き挨拶しようとするがその前にツバキのアイアンクローが炸裂する。
「おい、ウイ。何でお前がハーくんのベッドに潜り込んでいる。
ハーくん、お部屋の鍵はちゃんと閉めた?」
ツバキがウイには魔王モードで、息子、ハジメには女神モード(ウイ命名)で話しかける。
「閉めた。」
この騒ぎでもまだ半覚醒程度にしか目覚めていないらしく一言で返すハジメ。
「へっへーん、鍵なんて10円玉でちょちょ…ギャピッ…」
余計な事を言った残念さんは万力の如き握力で強制的に黙らせられる。
「母さん、鍵付け変えて。出来たら電子ロックでお願いします。」
冷静な息子の一言に
「は〜い。業者さんを呼んで直ぐにやってもらうね。代金はウイのお給料から引いておくわ。」
笑顔で答える母
「へ?ちょ、ちょっと待ってください先生!そんな事になったら一体どれだけタダ働きを…「関係無い。だってウイのせいだし。」…そ、そんなぁ〜」
一応、抗議してみるがツバキの無慈悲な一言によって崩れ落ちるウイ。
此処で簡単に黒木家の説明をしておこう。父、黒木 一真はゲームのシナリオライター兼プロデューサー。母、椿は花守 紅姫と言うペンネームで月刊少女漫画雑誌の看板作家をしている。一人息子の黒木 一は私立一ノ瀬高校に通う二年生だ。
「母さん、着替える。」
相も変わらず眠そうな息子の一言でツバキは
「は〜い。じゃあ、お母さんは生ゴミを捨ててくるから着替えたら朝ご飯にしましょうね。」
ツバキはウイ、金森 初花を引き摺って行く。その際にウイカから
「え?生ゴミってもしかして私?」
と呟きが聞こえてくるがツバキもハジメも無視だ。
ウイカはツバキのアシスタントチーフで今年で3年目、アシ見習いや遊びに来ていた時も合わせると10年の付き合いである。当時6歳のハジメを母のファンとして母に会いに来た筈の14歳のウイカが一目見るなり飛びかかって来てツバキに蹴り飛ばされたのはハジメの忘れたい記憶の一つである。しかし、アシスタントとしては有能であり、近い将来漫画家としてデビューするのは確実と言われている期待の新人なのだ。だが、残念な変態だとハジメは思う。
着替えて終わって下の洗顔所で顔を洗い、歯を磨いてからキッチンに入ると既に食事の用意が整っている。リビングの方ではウイカ以外のアシさん達が先に食事をはじめている。
「ハジメ君、おはよー先に頂いてます。」などの声に挨拶を返して席につくハジメ。その際に見た味噌汁のぶっかけご飯を縛られて箸も使えないのにがっついている残念な人は見なかった事にした。
ふと父の席を見るが父の方もプロジェクトの終盤に差し掛かっている為、姿は無い。しかし、そこにはタブレットが置かれあり目の下に隈を作った父が映っている。その父が「お早う」と声を掛けてきたのでそれにキチンと挨拶を返し、そして親子三人で「「「いただきます。」」」と食事を始める。黒木家では出来る限り一緒に食事は食べるようにしている。例え、離れていても文明の利器を使えば声も聞こえるし、顔くらいは見られるのだから。