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8 団欒

「じゃあみんな揃ったところで、頂くとするか」

「ああ」

「は、はい」

「はいなの」


 父さんに続いてそれぞれの声が響き渡る。ここは広間。俺たちが食事をする時に必ず使用する一室だ。以前までは大きな長机が置かれていたが、3人が欠けた今は小さなちゃぶ台の上に料理が陳列されている。そんな食事の風景はいつもよりがらんとしていて、毎日使っている茶碗も心なしか小さく見えた。


「じゃあ、頂きます」

『頂きます』


 手を合わせ、なんとなく目を閉じてみる。もうあの3人と食事ができないと思うと不意に心に影が差すような感覚に襲われた。

 ——ダメだ。悲しむ時間はもう終わったんだ。

 そう言い聞かせ、影を振り払うようにかぶりを振る。


「どうかしたの?」

「いや、なんでもないよ」


 そんな行動を不審に思ったのか、俺から見て右に座っている如月が首を傾げて尋ねてきた。俺はそれに適当な返事を返し、目の前のおかずに箸を伸ばす。


「それにしても、昨日の今日で随分回復したの。私が見つけた時はボロボロのズタズタだったのに」

「食事中にエグい表現は止めてくれ……」

「十分柔らかいの。オブラートに包んだ上に風呂敷を被せたぐらいぐるぐる巻きなの」

「それ例えとしてどうなんだ……?」


 中々謎な言い回しを好む如月に、俺は思わず苦笑する。語尾が独特だとは思っていたが、どうやら感性も独特なものをお持ちのようだ。

 俺は気を取り直し、口内の白米を飲み込み口を開く。


「これは秋穂がやってくれた……はずだ。秋穂はうちのチームで唯一の回復術の使い手だからな。おかげでうちは医者いらずだよ。まあ、俺はずっと寝てたわけだから実際のことはわからないけど……」


 俺は視線を秋穂に向ける。するともじもじして目を逸らされた。まだ気まずいのだろうか。


「……はい、私が治療しました。お医者さんに診せるのが一番なんだけど、全身から氷柱が生えてる怪我人なんて運んだら不審がられるし……」

「秋穂、結構辛辣だな」

「わわっ! す、すみません。気分を害しちゃいましたよね……」

「い、いや、そんなことないよ。知らないうちに饒舌に喋るようになったなぁって感心してただけだから。うん、良きかな良きかな」


 申し訳なさそうに縮こまる秋穂に、俺は大袈裟に首を振りなんとか諭そうとする。


「まあ、秋穂がいて助かってるのは事実だしな。悪霊の存在すら知らない人も多い現代社会で俺たちの傷を癒すのは困難だ。その点、秋穂には感謝しないとな」


 ナイスフォロー、父さん!

 内心で親指を立てる俺。秋穂を見やると、先ほどとは違った雰囲気、照れた表情でもじもじしている。


「そんな……大したことないですよぅ……」


 俯きがちに小さな声でボソボソつぶやく秋穂。俺はそんな秋穂の姿に思わず頬を緩ませてしまう。

 ついさっきまで秋穂自身の重圧が彼女を押し潰そうとしていたが、その重みも幾分かマシになったようだ。


「あなたはああゆうタイプの子が好きなんだね」


 と、突如耳元で囁く声。咄嗟に右を向くと、そこには如月の顔が、30cmもないぐらい距離に存在していた。

 驚きと恥ずかしさに包まれた俺はさっと身を退ける。そんな俺の様子を見て如月はニヤニヤと頬を緩ませている。


「あんまり人のことをジロジロ見ない方がいいの」

「ち、ちがっ、今のはただ微笑ましかったというか……」


 その言葉に、俺は焦りを抑えきれずに取り繕う。正確には取り繕おうとするが言葉が上手く出てこない。


「そうかぁー、そうなのかぁー、でもなぁー、俺たちみんな家族だからなぁー」

「? みんななんの話をしてるんですか?」

「父さんは黙ってろ! あと秋穂は知らなくていいから、うん」


 煽る父さんと、状況が飲み込めていない秋穂。そして挙動不審を極めた俺がなんとか場を鎮めようと声を荒げる。


「そ、そういえば、悪霊ってなんで殆ど認知されてないんだ?」

「どうしたんだ、いきなり」

「ほら、さっき父さんが言ってたじゃないか。悪霊の存在すら知らない人が多い、って」


 俺は苦し紛れに、どうにかして話題を変えようとして思いついたことを口走る。正直なところ、あまり深い答えは期待していないが。


「そうだな、人間に直接害を与える悪霊は山とか森とかにいるから見つかりにくいっていうのと、陰陽寮が政府に掛け合って情報統制してるっていうのが大きな理由だ」


 陰陽寮……各地の陰陽師を束ねる、京都のどこかにあると言われている謎に包まれた機関だと認識している。それにしても、政府に情報統制してもらうって相当な権利があるんだな、陰陽寮。

 内心で感心していた俺だが、すぐに新たな疑問が湧いてきた。


「でも、それっておかしくないか? 悪霊は人間の血を求めてるんだろ? だったら人口が集中する都市部に集まるのがセオリーってもんだろ」

「た、確かにそうですよね。野生動物ならまだしも悪霊が森に住むっていうのは……」


 俺の言葉に同調し、不思議そうに首をかしげる秋穂。そんな俺たちの問いに答えたのは父さん……ではなく。


「都市部に集まる悪霊はほぼ全てが精神干渉型なの。心に闇を抱えていたりストレスを感じている人間に取り憑き、それらを増幅させ自殺させたり事故を引き起こさせたり。最悪人殺しをさせる場合もあるそうなの」


 如月が饒舌に語り始めた。まさに立て板に水の勢いでペラペラ語るその姿には、先ほどまでのどこか不思議な様子はなく、クールで知的な雰囲気だった。


「そして山や森に住む悪霊は基本、その地に住む動物を殺して霊力を溜めるの。ほら、悪霊は人間の血に含まれる生命力を欲しがるんだから、動物でも問題ないでしょ?」


 そこまで言うと、如月はこちらを見る。まるで感想でも求めるかのように。


「うーんと、とりあえずご飯食べていいか?」


 俺の指差した先には、一口もつけないまま温くなった豚汁が寂しそうに置かれていた……。

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