6 親子水入らず
その後、俺は3人の葬式に参加した。
午後の2時、如月に押されて本殿の大広間へと向かった俺は、あの事件以降初めてとなる家族との対面を果たすこととなった。ひっきりなしに泣き、一向に涙を止める気配のない秋穂。正装に身を包み、真剣な眼差しで前を見据える父さん。そして、和茂さん、三郷さん、斗真の3人の身体が入った木棺——
俺を送り届けた如月は、3人の棺に向かって深々と頭を下げ、俺を一瞥すると身を翻し広間を去った。
式自体は滞りなく行われた。しかし、3人の遺体を見ることや、火葬などはしなかった。3人とも身体の損傷が酷いらしく、父さんの配慮で俺と秋穂は見ることが許されなかった。火葬は翌日父さん一人で執り行うようだ。
俺は、目を背けたくはなかった。
だからこうして式に出席し、現実を受け止める努力をしている。
それが、如月と、あの3人と約束したことだから。
しかし、受け止めなければならない現実はあまりに無情だった。
枯れたと思っていた涙も、自分を襲う激しい後悔も、なくなるなんてことはなかった。だが俺には自分を責めている余裕も、自分を責められるだけの力もない。それは如月に言われたことだ。俺の心を抉り、俺の心を癒してくれたあの言葉。俺は彼女を裏切りたくはなかった。
だから今は、如月を裏切らないために如月を憎む。そう決めたのだ。
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「魁人、どうやら少し、大人になったみたいだな」
式の後、着替えを済ませた父さんが、広間に残っていた俺に声をかけてきた。
その声に厳しいものはなく、息子の成長を喜ぶ気持ちと、自分の不甲斐なさを恥じる気持ちが込められているように感じた。
「そんなことはないよ。今さっき心に誓ったことも、俺の幼さの表れだし」
俺は苦笑いを浮かべ、平静を保ってそう返す。
父さんはふっと微笑して、俺の隣まで来ると腰を下ろした。今考えてみると、こうやって父さんと2人で話すのはかなり久しぶりのように思う。
「……なあ、魁人。あんまりお前に話したことなかったよな。みんながなんでここに来て、陰陽師として住み込みで活動しているのか」
俺の横に座った父さんは、徐にそんな話を始めた。
俺は何も言わず、父さんの言葉に耳を傾ける。
「最初は和茂。実はあいつは、高校時代の俺の友人でな。大将なんて呼ばれるのもこそばゆかったんだ。お前が産まれる前から親しくしてたんだが、お前が10歳ぐらいの頃か、あいつの妻と娘を悪霊に殺されたんだ。その後、俺に土下座して頼んできた。『頼む慎、俺にあいつらを潰す術をくれ』ってな」
父さんは、当時を懐かしむように目を細め、更に続ける。
「三郷は、お前が12歳の時だったな。あいつは元々孤児だったんだ。身寄りのなかった三郷は、高校を卒業した後孤児院を出て1人で働こうとしていた。そんな折悪霊と遭遇し、俺が間一髪のところで助けたんだ。そしたら異常に懐いてしまってな。あんな調子だった訳だ」
笑みを交え、父さんは語る。
「斗真は、よくお前と喧嘩してたな。中学校に上がってすぐか。元々斗真は霊感体質だったから、悪霊の気配とかをかなり嫌ってた。俺たちが感じてるより強く、おぞましく感じるんだろう。親の虐待もあってか最初は捻くれたやつだったな。親が育児放棄で訴えられて、その結果ここで引き取ったんだよな」
饒舌に、雄弁に、父さんは語る。
何かを必死に隠そうと、堪えようとしているのがひしひしと伝わってくる。
なんだかんだ言って俺たちは、親子なんだから。
「秋穂は、まあお前もよく知ってるだろう。なんせ当事者だからな。他の神社の陰陽師たちから落ちこぼれだと蔑まれ、悪霊の囮として使われてたところをお前が助けた。あの時は、本当によくやったよ」
そう言って父さんは俺の頭を撫でる。力強く不器用、それでいて暖かい手のひら。
「みんな、愛すべき俺の家族だ」
どこか遠くを見つめる瞳。その瞳に込められた想いは、口に出さなくてもわかる。
「みんなには悪いことをした。あの時すぐに駆けつけていたら……。秋穂にも怖い思いをさせたし、楓君にも迷惑をかけた。そしてお前に、辛い役目を押し付けた」
辛い役目。
あの3人の、死を初めて知るという、辛い役目。
「俺はリーダー失格だ」
力無く微笑む。隠しきれない自嘲と後悔が、その表情から溢れ出していた。
「……父さんはさ、凄いよ」
気がついたら、言葉が溢れていた。
「父さんは凄い。自分を責められるところが凄い。みんなのことを思いやれることが凄い。あの状況で、『すぐに駆けつけていれば』って自信を持って言えるところが凄い。俺に罪を押し付けたりしないところが、凄い」
口を突いて言葉が溢れる。ふと横を見ると、そこには少し驚いた表情の父さんがいて。
少し安心した。
「父さんは、俺なんかよりずっとずっと凄くて、強い。だから俺にも教えて欲しいんだ。もっともっと、強くなる方法を」
芯の通った声で、心からの気持ちを伝える。俺の、今一番父さんに伝えたいこと。父親という存在に伝えたいこと。
叔父でもなく姉でもなく兄でもなく妹でもなく、父に。
「お前は……進んだんだな、前に」
父さんは呟く。その目には先ほどまでの後悔や自嘲の色はない。それは、使命に燃える男の目だ。
「そういえば、まだお前のことを言っていなかったな」
父さんは思い出したように、その口を開く。
「篠月魁人、3月8日生まれの20歳、大学2年生。5歳から陰陽師の修業を始め、他の誰より研鑽を積んできた。しかし実戦経験の数は他の誰よりも少ない」
父さんの口から溢れるのは、すべてが俺の情報。
俺の辿ってきた軌跡。
「そして俺の、大切な息子だ」