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4 溢れ出す、流れ出す

 あれからどれだけの時間が経ったのかわからない。目を開くとそこは見慣れた天井。憔悴しきった状態でもわかる、俺の部屋に間違いなかった。


 ——あれ、俺どうしてたんだっけ……

 布団に包まれたやけに重い身体を動かすと、鈍い痛みが全身を襲う。


「っ……!」


 ——思い出した。

 その痛みがトリガーになったのか、全てを思い出した。みんなで悪霊討伐に出向いたこと、和茂さん、三郷さん、斗真と合流したこと、帰る途中に一際大きな気配を感じたこと……。


「そうだ、みんなはっ!」


 勢い良く上半身を起こす。痛みに構うことなく、大声を自室に響かせて。


「ここにはいないの」


 背後から声がした。反射的に声がする方に振り返ると、そこに居たのは少女だった。箪笥にもたれかかり座っている、小さな身体の少女。

 病的なほど白い髪。それを肩の辺りで切り揃えており、色白な肌とうまくマッチしている。どこか西洋人形のような風貌だが、顔の作りは明らかに日本人で、不思議な雰囲気を纏った少女。

 そしてその姿は、掠れ消え行く意識の中で見た少女に酷似していた。


「君は……?」


 まだ判然としない頭で考えられることはそう多くはなかった。思わず口を突いて言葉が零れる。


「私は使霊術師。悪霊を助け、悪霊を挫く者。ホントの名前は如月きさらぎかえで、なの」


 ついさっき聞いたような台詞とともに、聞き慣れない名前を告げられる。それは完全に日本人のもので、やはりどこか不自然だ。

 頭が少し冴えてきた。そして、落ち着いた脳で再度、今起きている現象について考える——

 ——そうだ。


「みんなは! 和茂さんと三郷さんと斗真は!」

「ここには居ない、言うなれば、この世にはいないの」


 今にも掴みかかりそうな気迫を受けて返ってきた言葉は、残酷で、現実的だった。

 吐き気と目眩めまいが身体を襲う。しかし俺は何も吐くこともなく、涙が流れることもなく。溢れるものは感情と声だけ。

 ——そんな……あり得ない……和茂さんが、三郷さんが、斗真が、みんなが——


「嘘だ! みんなが死ぬはずない! そんなことあるわけ——」

「黙るの」


 凛とした声が響く。俺の怒声を蹴散らす声。鈴のように綺麗な声だが、俺の声を制するだけの迫力と芯を持っていた。


「質問して自分の望まない答えが返ってきたら怒鳴る。まるで子供なの」


 ——この女……!

 頭に血が上った俺は言葉を探す。少女に対する反論を必死に。

 しかしそれは見つからない。語彙力の問題ではなく、ただ単に少女の言うことを、それが正論だということを、心の中ではわかっているから。


「……怒鳴ってこないということは、一応理解はあるみたい。……少し待ってるの」


 少女はそう言って立ち上がる。そんな少女を俺は訝しげに見ながら。


「……どこへ行く」

「ご飯、あなたの分を持ってくるの。どうやら今のあなたの胃袋は空っぽみたいだから」


 俺の腹を指差すと、少女は襖を開けて部屋を立ち去る。


「そうか……」


 がらんとした部屋で、俺は一人呟く。

 何も吐くことができないのは、あの時に何もかもを失ったから。

 全てが溢れ吐き出た、あの時に。


×××××××××××××××××××××××


「ふぅ……じゃあ、色々教えてもらうぞ」


 差し出された食料を緑茶を用いて胃に流し込み、俺は少女を見据える。


「やけに落ち着いてるの。さっきの荒れ方が嘘みたい」

「そんな訳あるか。今にも身体が引き裂かれそうだ。3人がいないなら死んだほうがマシだとも思った。でもそれじゃ、和茂さんが、三郷さんが、斗真が報われない」

「……良い表情なの。でも少し気負い過ぎ。もう少し肩の力を抜くの」


 少女の言葉に少し照れ臭さを覚えながらも、俺は自分の知りたい情報について尋ねる。


「あれから何日経った」

「丸1日なの。今は4月14日の午前10時過ぎ」

「父さんと秋穂は無事だったのか?」

「2人とも無事なの。あの2人があなたと私を見つけてくれたの」

「良かった……」


 ホッとした。あの2人とは結局合流出来ずじまいだったから……。

 そうだ、そういえばまだ——


「そういえばまだ、お礼を言っていなかったな」


 ふと思い出した俺は、少女に向かって深々と頭を下げる。


「別にいいの。それに私はあなたの仲間を助けられなかった」

「違う、家族を助けられなかったのは俺があの時逃げたからだ。父さんを呼びに行くと言ってそれで——」


 矢継ぎ早に言葉を紡ぐ。少女は頭を下げたままそう言う俺の肩に手を置くと——

 そのまま思いっきり押し上げた。


「痛たたたたっ!?」

「それは違うの。少なくともあなたのせいじゃない。あなたでは絶対に3人を助けられなかった。あなたにはあいつに敵う力がない」

「それはっ!」


 少女は手で俺を制して続ける。


「あの場で状況をひっくり返せたのは私かあなたのお父さんだけなの。なのにあなたが自分を責めるのは不毛。だから今は、あなたは私を責めるべきなの」


 少女は真っ直ぐ俺を見て、ふっと微笑を浮かべながら。


「あなたの気持ちに整理がついて、あなたの思いに踏ん切りがついて、ただの子供から一歩大人になれたら、その時初めて自分を責めればいいの」


 少女は諭すように告げる。俺は何も言わず、否、何も言えずに俯いている。


「だから、気負わずに吐き出すといいの。躊躇わず全て、あなたの胸の内を」

「俺の……胸の内……」


 少女はこくりと頷く。


「今は全て私のせいにしていい。だから聞かせて欲しいの。あなたの悲しみを」


 俺は覚悟を決め、深く息を吸う。深く深く、思いが、言葉が、途切れることのないように。


「ふざけんじゃねぇぇぇ!」


 吐き出す。思いを、言葉を、勢い任せに、失った悲しみをぶちまける。


「どうしてこんなことになった! あんな化物がいるなんて聞いてねぇぞ! どうして俺だけ何度も家族を失わなきゃならねぇんだ! だいたいお前! アイツを倒せるだけの力が有りながらなんでもっと早く来ないんだよ! みんなが死んだのはお前のせいだ! それから……」


 息も絶え絶えに、俺は最後の望みを紡ぐ。


「……強くなりたい。あんな奴に遅れをとらないぐらい、強くなりたい!」

「……それで全部?」


 その問い掛けに俺は強く頷く。すると少女は、花のような笑顔を浮かべて。


「よくできました、なの」


 優しい声音で、全てを許容してくれるような声色で、少女は告げた。


 そして、俺は泣いた。

 緊張がプツリと切れたように、堰を切ったように溢れ出す涙が枯れるまで。

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