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3 感情の奔流

「父さん! 秋穂! どこだ!」


 俺は走った、叫んだ。例え脚がもつれても、例え声が枯れたとしても、ただただひたすらに助けを求めた。

 時間は刻一刻と過ぎていく。俺は言い表せない焦りを曝け出していた。

 ——早くしないとみんなが……!

 俺が再び息を大きく吸い森全体に響くような声で叫ぼうとした、その時だった。


「そんなに急いで何をお探しかな?」


 背後から声がした。その声音は至って平凡。しかし俺は心臓を何か冷たく鋭いもので抉られているかのような、酷く冷めきった恐怖を覚えた。


「誰だ!」


 俺はそう言って振り返り、声の主を見ると、言葉を失った。

 その男は青白い肌に黒の長髪で、声を聞かなければ女性と間違うような中性的な美しさを感じさせる。身長は俺よりかなり高い。

 そして彼は純白の着物を着ていた。そう、きっとそれは、純白の着物だったのだろう。


 その着物には、赤々とした鮮血が飛び散っていた。


 間違いようのない血の赤、俺がかつて見た穢れのない赤。初めての戦場で初めて家族を亡くした時に見た、空虚な赤。

 俺はすぐに、それが誰のものであるのかを悟った。

 そして込み上げる泥の様な感情。胃から逆流してくる液体。自己嫌悪記憶過去失敗憎悪後悔責任激情狂気——


 俺はそれをすべて吐き出し、投げ出した。


「嗚呼ああぁ阿阿阿亜亜アァアぁ唖々!」


 叫ぶ。数秒前とは違う叫びを、森の中に響かせる。


「悔恨、悲哀、恐怖、苦痛と言ったところかな」


 目前の男は呟く。表情を変えることもなく、酷く冷め切った瞳で。


「霊気は抑えてるはずなんだけどなぁ。まあ、こんな格好じゃ流石にわかるか」


 更に男は続ける。なんの気もなく、どうでもいいことのように。


「あの3人は私が殺した」


 酷くあっさりと。


 俺の中に湧き上がる感情、一言ではとても形容できないモノ。その言葉は濁りに濁った感情の濁流となり、俺の心の堤防を1秒足らずで欠壊させた。


「嗚呼アアア!」


 言葉にならない叫びと共に地を蹴る。武器など何も持たず、家族の仇を自称する男に向けて、抑えきれない殺意を込めて。


「うーむ、つまらないなぁ。もうちょっと面白い感情が見られるかと思ったんだけど」


 男は表情を変えない。残念そうに、退屈そうに、俺を蔑むように見据える。

 男は右手を空に掲げ、力無く振り下ろした。


 瞬間、現れた禍々しい気配。それは先ほど4人で感じたものに相違なかった。その直後、驚愕する間もなく、なす術もなく、俺の身体に無数の何かが突き刺さった。


「っ……ぁ……」

「そんなわかりきった憎しみじゃ、私は愉しくならないよ?」


 全身に走る鋭い痛み。俺は訳も分からず倒れ伏す。薄れゆく視界の中、見えた自分の身体には——


 鋭く尖った氷の棘が、至る所に刺さっていた。


「君は結局何もできないんだね。仲間を助けることも、私を愉しませることも」


 倒れた俺の元に近づいてくる冷めた声。虚ろな意識を集中させなんとか顔を男に向けるが、その言葉に反論することは叶わない。肉体的にも、精神的にも。

 俺にできるのは、ただただ男を睨みつけることだけ——。


「じゃあ、そろそろフィナーレかな。そんなに大したことはしてないけれど」


 男は手を挙げる。そして男の、血に濡れた手が振り下ろされた。


 否、切り落とされた(・・・・・・・)


 ここで初めて動いた男の表情。しかしそれは苦痛に歪んだものではなく、ようやく見つけた愉しみに頬を緩めているようだった。


「ようやく面白くなってきたねぇ。それで、君たち(・・)は何者なのかな?」


 『君たち』、男はそう言った。

 ——もしかして……父さんたちが……

 満身創痍の、今にも消えそうな意識を奮い起こし俺は顔を上げる。

 助かるかもしれないという期待と、早く逃げてくれという懇願が入り乱れる思考を向ける。男の背後、その先にいたのは——


「私は使霊術師。悪霊を助け、悪霊を挫く者、なの」


 刀身から柄の部分まで真っ黒なナイフを持った小さな体躯の少女と、黒装束に身を包み仰々しい大鎌を持った鬼の仮面の人物。


 ——父さんたちじゃ……ない……?

 脳内を疑問符が埋め尽くしていたが、それ以上思考することを、俺の身体は許してはくれなかった。

 ここにいるのは自分たちだけのはず、自分たちでも歯が立たなかったのにどうやって……

 そんなことを考えている余裕は、俺にはなかった。

 張り詰めていた意識も、糸が切れたように消えていく。

 もしかしたらそれは、俺が深層心理で目の前の光景に安心したからなのかもしれない。

 そして俺は落ちていく。

 暗い暗い闇の中に光る、一筋の光を目指して。


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