29話 復讐者への礼
声は確かに聴いたはずなのだが部屋の中には今入った僕たち以外誰もいない。
「やあ私はシグ、ここのギルドマスターをしている」
声は聞こえるのだがやはり姿は見えない、何処かに隠れているのかそれとも透明化や相手に認識できない様にするスキルでもあるのか……。
そう考えたのだがその予想は外れていたようだ。
「何処を見ている、私はここだ」
声の聞こえてきた方向を見れば、奥にある事務机の上の調度品の一つなのかと思っていた小さなアンティーク人形が存在を誇示するかの様に飛び跳ねていた。
目の前の動くアンティーク人形ことシグは恐らく異形種ドール。
呪いや祝福と言った効果時間の長いバフ・デバフスキルの多い種族で支援系の職と相性がいいのが特徴だが高レベルで取得できる呪い系のスキルにはかなり強力なものもあり1対1の直接戦闘でも十分戦えるとロータスが言っていたのを思い出す。
つまりこんな人形でも油断していい相手ではないのだ。
「取り敢えず其処に掛けると良い」
その体躯に似合わないハスキーな女性の声で椅子を進めてくるシグ。
全員が椅子に座ったところでNPCのメイドらしき人が紅茶を運んできて配膳を終えてメイドが部屋を出たところでシグが口を開く。
「ベル君、まずは今回の件について君がこのギルドにもたらした情報とアリスを救ってくれたことに礼を言っておこう、ありがとう」
そう言って小さな体で優雅に礼をするシグ。
「いえ、成り行きでこうなっただけですから」
「理由はどうあれこちらの利益になったということだ礼はさせてもらう、それとアリスについてだがそいつはそんなんでもそこそこ優秀なギルドメンバーでね出来れば戻ってきてほしいんだが、いいかな?」
これは僕に言う必要はないと思うのだが……何かの契約などがある訳でもないのだ、これはアリス本人が決める事だろう。
「アリスが良いなら僕は構いませんけど」
そう応えると「ふむ」とシグは一つ頷くと
「だそうだがどうかな?」
今度はアリスに問う。
そんなシグにアリスはきっぱりと
「私はギルドに戻るつもりはありません、今回の件でベルさんがウェルターさんに払ったお金の事もありますがこの命を救ってもらった恩がありますから」
と答えた。
「ふむ……まぁこのギルドに敵対する意思がないならそれでも構わないさ、その恩とやらを返し終えてから戻ってきても良い、なんならベル君がこのギルドに所属してくれてもいいんだけどね」
優秀なギルドメンバーの回収のついでなのだろうが職業的に暗殺ギルドに所属するというのもありだろう。
まぁ今ここで決める必要はないけど。
「考えておきます」
「そうか、良い返事を期待してるよ、それから今回の件の礼だが少々少ないが金を用意した」
そう言いながらどこからともなく自分の体の半分ほどの大きさの袋をどこからともなく出してくるシグ……どうなってんだ?
「よっこらっせっと……中身は金貨150枚だ、あとはギルドメンバー専用の訓練所の使用を許可しよう」
特に断る理由もないのでお礼はありがたく受け取っておくとしよう。
「ありがとうございます」
それで用は済んだらしく後は軽く雑談をしてヤタガラス本部を後にした。




