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大きな木の上には (熊井視点)

連続投稿三話目

 とりあえず俺達三人は手分けして探す事にした。

 次々と色んな物を持っていこうとする木佐を止めるのは骨が折れたが、なんとか必要な物だけ持たせて行かせる事ができた。宇佐美はうだうだ言って行こうとしないから、蹴り出してさっさと探しに行かせた。

 あのガキの行きそうな場所は分かっちゃいるが、他の場所に隠れている可能性もあるから別れて探すのは一応だ。

 木佐は裏門から特別棟周辺、宇佐美は校門から第一棟周辺だ。あいつらだって、さっきは逃げられはしたが同じ轍は踏まないだろう。………たぶん。


 そういや、あいつらが昨日もあのガキを見たと言っていたが、まさかこんなことになるとはな………



 あのガキが桜を見に来たと自分から公言していたことから、俺は中庭の桜樹のところに向かっている。

 ガキが言っていたことが嘘の可能性もあるが、他の場所はあいつらに任せてあるし、校舎内は他の奴らが見回っているから問題ない。

 ここにいなかったら、俺も他の場所を手当たり次第探すだけだ。



 と、まあ中庭の桜樹ところに来たわけだが、馬鹿でけぇ桜にやっぱりすげぇなと思う。四階建ての校舎を優に超える様は圧巻だ。あのピンク色の花が咲き誇る今の時期は尚更迫力を増す。地面にも散った桜色が相まって別の世界に来たような錯覚を起こさせる。何度見ても飽きる事なく見入っちまう光景だ。昔と何も変わんねぇ姿が懐かしい。

 だが、だからといってこんままボサっと突っ立てる訳にもいかねぇ。さっさとガキを探さなくちゃいけねぇ。


 大きい桜の木がすっぽり入っちまう広さの中には、ベンチやら花壇、茂みがあるがガキの姿も生徒の姿もない。授業中だから当たり前か。昼休みや放課後なら結構人の姿があるんだが、まあいない方が静かでいいな。

 なんてつらつら思いながら、ベンチの後ろやら茂みの裏を見て回った。


 残念ながら予想は外れたようでガキもいないようだし、最後に木の裏を見てから他の場所でも探すかと桜の木の下を通っている時だった。



「――――あ」


「っい、あ?」


 小さな声と共に上から何か落ちてきて、それが俺の頭に当たった。とりあえず拾ってみると、可愛らしいうさぎが描かれたピンク色の子供用の箸だった。

 上を見上げると間抜けそうに口を開けている、絶賛逃亡中のガキの姿がそこにあった。ついでに言うと包みを開けて弁当らしき物を膝に乗せている姿が、だ。


「よぉ、ちみっこ?飯は美味かったか?」

「………残念ながら今食べるところだったからまだ味は分からないが、きっと美味しいと思う。母の力作なんだ」

「そりゃ、良かったな………」


 皮肉を込めて言ったんだが、律儀に返された。このガキも木佐に似たところを感じる。つまり、扱いにくい子供だと理解した。

 しかも見つかっても顔色を変えないあたり、普通の子供より質が悪い。ただ危機感が無さ過ぎる頭の悪い奴という可能性もあるが、たぶん、いや絶対に俺が無理矢理下ろそうとしないって分かってんだろうな。

 ガキのいる枝は俺の背より高い所にあり、座っているガキの足も俺が手を伸ばしてもぎりぎり届かない所にある。俺よりも低い木佐や宇佐美は尚更だ。それを分かっていて、あの場所を選んだんだろう。

 それに俺が木を登ったり、降りるように説得をするとも思ってない、というより分かっているようだ。ガキは手を振りながら「弁当を食べたら降りるから、箸こっちに投げてくれません?」なんて言ってくる始末だ。堂々としたもんだ。


 あのガキの目的は俺達に言った通り、この桜を見ることだったんだろう。それはもう達成したが、自分が逃げられる事もないとは理解して、平然と俺に落ちた箸を返すように要求してんだろう。

 俺だって無理矢理下ろそうとしたら危ないし、面倒だ。それも分かっててのあの態度だろうな。

 普通の子供だったら、怒られるんじゃないかって縮こまったり、怯えたり、後ろめたく思ったりと何かしらの反応をすんだろうに。一応、人に頼む時は敬語だったがな。


 はぁ、と溜息をついてガキに箸を投げてやった。ガキは器用にも片手でキャッチして、俺に向かってサムズアップした。溜息をつきすぎて、幸せが逃げて行きそうだ。


「なぁ、ちみっこ」

「もぐもぐ、ゴクッン………なんだ?卵焼きはやらんぞ?」

「いらねぇよ。………なんで、今だったんだ?」


 ほーれほーれと卵焼きを見せつけていたガキはそれをパクリと食べると、主語のない質問でも何に対してか悟ったようで何処か遠くを見つめるように呟く。



「人なんて簡単に死んでしまう。後からなんて言って、後悔するほど遣る瀬無いものはない」



 私はこの桜が見れて幸せだ、と言ってまた食べ始める。

 遠くを見つめる姿は数年生きたぐらいじゃ、ましてや親の庇護下にいる子供が見せるものとは思えない儚さを感じた。


 この桜を見るなんていつだってできたはずだ。だが、木佐達は昨日このガキが学園の校門に来て驚いていた姿を目撃している。

 聞いた感じだと昨日初めて知ったはずなのに、その日のうちに決めて実行するなんてこのふてぶてとしたガキにしては短慮だと感じた。会って間もない俺が言うのもなんだが、このガキならちゃんと考える事ができただろ。捕まえた時にも自分で他のやり方を考えていたからな。それも時間があまりかからなさそうな方法ばかりではあったが。

 数ヶ月待てば、体育祭は生徒の関係者以外は入れないが、文化祭で学園に入ることは可能だ。

 その時にだって、この桜は見れるはずなんだが――――


「それじゃだめなんだ。………私は臆病者だから」


 俺の考えていた事を読み取ったかのように、箸を止めたガキは俺を見据えてそう言った。

 だが、続いた言葉を言うガキの目は悲しそうだった。


 ざわざわと風に吹かれた桜が揺れて、花びらを散らす。

 誰にでも怖がられる俺を見ても平然としているガキが臆病者になんて見えなかったが、ガキが言いたいのはそういう事じゃないんだろう。


 ガキにだってガキなりの考え方がある。


 俺はただ、そうかと言ってガキが食べ終えるのを桜の木の下で待つ事にした。


「あ、そうだ。ヤーサン――――じゃなかった熊井さん、これあげるよ」

「あ?んっ、サンキュ。ってか、俺はヤクザじゃねぇよ」


 ガキが木の上から寄越したのは、可愛らしいいちごのプリントがされた包みの飴玉だった。

 それを口に入れると甘ったるい味がしたが、視界に映る淡い桜色を見るとたまには悪くねぇもんだと思った。

ありがとうございました。

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