カオスな状況だな
元々白かっただろう少し薄汚れた壁に幾つか並んだスチール製のロッカー、中央に書類の置かれたテーブルが数台合わせて並べられた部屋は如何にも事務所という感じだ。
部屋に入ってすぐにあった、応接用に置かれたソファが二つ、低いテーブルを間に挟んで対面させてある。私は革張りの艶々とした座り心地の良さそうな茶色のソファの一つに座っていた。私の目の前にはお茶ではなく、子供が飲みやすいようにコップに注がれストローの入ったオレンジジュースが置かれた。
うん、おいしい。オレンジジュースは100%に限るな。
「で、ちみっこはなんで、学園に侵入………来ようと思ったんだ?」
私に質問を投げかけたのは対面のソファに腰を下ろした熊みたいなヤーサン………じゃなかった、熊井さん。
ちなみに、さっきの守衛二人組は自分たちのデスクに座って弁当を食べながら、こちらの話に耳を傾けている。いいな、私も母特製弁当を食べたい。
「私は………桜を見に来たんだ」
「桜?あー、あれか………」
「確かにあの桜、すげぇよな」
「そうだな」
「あ、知ってる?この前あそこで告ったやつがいてさー」
「ほう」
ダンッと床を踏みつけ、熊井さんが喋る二人を振り返る。その瞬間、熊井さんを見た二人の顔が青褪めるのを私は見た。どのくらい恐ろしいかなど、たかが五年程しか生きてない私には計り知れない。っていうか想像したくない。
「で、学園の桜のことは誰に聞いたんだ?」
「………風の噂だ」
子供を怯えさせないように笑顔を作って話そうとしているのは分かるんだが、その笑顔が微妙に失敗して、元の強面がさらに恐ろしいことになっているのに気づいてないのか。気づいてないんだろうな、大の大人でも泣き出すレベルなのに。
「………おい、くまさん、またあの顔になってんじゃないか?」
「………だろうな。初めて会った時も気を遣ってくれたんだろうが、他の奴らみんな半泣きになってたから、やめた方がいいと思うんだけどな」
「あ、俺もそう思う。あの子、泣いちゃって………ないな」
「………宇佐美は今でも腰抜かすのにな」
「………そう言う木佐も固まって動けなくなんだろ」
こそこそと話す二人の会話は、不自然な笑顔?に青筋を浮かべる本人に丸聞こえだった。おお、口元が引き攣ってもっとすごいことになってるな。
はあ、と息を吐いたヤーサン………じゃなかった熊井さんは俯いて頭をガシガシと掻くと、顔を作るのを止めて、元の怖い顔で私に視線を戻した。後の二人は熊井さんの行動に目を見張っていたけど、聞こえてないとでも思ったのだろうか。………骨を拾ってやるつもりはないが、合掌ぐらいはしておいてやろう。
「やめて!なんで手ぇ合わせんの!?」
「あの年で察しているのか………」
「はあ………」
もうすでに半泣きのチャラ男っぽい宇佐美さん、感心したように頷く真面目っていうより天然っぽい木佐さん、疲れたようにため息をつく案外苦労性らしい熊井さん。そして、気楽にジュースを飲む私。
――――混沌と化した空間がそこにあった。
読んでいただき、ありがとうございました。