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たびのおわりに

作者: 1919093
掲載日:2015/07/20

「少し外に出てもいいかな?」


少しでも気を抜くと閉じてしまいそうな瞼をなんとか押し上げつつ、ワシは彼女にそう言った。

彼女は優しげに微笑むと、枯れ木のようなワシの身体を車椅子に乗せ、外へと連れ出してくれる。


「もう少しで夏ですね、今年も暑くなりそうです。」


どこから取り出したのか、草臥れた麦わら帽子をワシの頭に載せながら、彼女はそう言った。

草臥れた麦わら帽子は、所々がほつれていて、いくつも穴が開いていた。

それでも日よけ程度の役には立つだろう。

なんの役にも立たないワシに比べれば、随分と優秀なやつだ。

随分長い間、共に旅した相棒だったような気もするが、どうにも記憶が曖昧だ。


そもそも…そう、そもそもだ。

ワシを運んでくれている彼女は誰だろう?

かなり前から、ワシを甲斐甲斐しく世話してくれているというに、名前もわからない。

いや、名前を聞いたことがあったのに、ワシが忘れているだけだろうか?


「いつもの場所に行きましょうか?」


彼女がそう言う。

いつもの場所が何処なのか知らないが、カックリと頷く。

彼女が連れていってくれるなら、悪い所では無いだろう。

いつも世話をしてもらっているからだろうか、名前も知らない彼女に全幅の信頼をおいているワシが居る。



初夏の日差しを受けながら、二人で緩々と草原の小道を進むと、小高い丘に出た。

舗装もされていない道では、車椅子を押すのは大変だろうに、彼女の顔には少しの疲労も感じない。

それどころか、車椅子の押し方にも、枯れ木のようなワシの身体を労わる気遣いを感じるほどだ。


丘の上からその先を眺めると、鬱蒼とした森が広がり、その先には立派な城が見える。

城まで行くのは苦労しそうだな、とは言え城になんぞ行く予定も理由も無い。

などと考えていると、彼女が車椅子の方向を変える。

先ほどの景色に目を奪われて気付かなかったが、すぐ隣に何やら石が並んでいる。

ああ、これは墓か?

ひとつ、ふたつ、みっつの墓石だ。

なるほど、ワシにはもう分かった。


「ワシもこれからここに入るのかね?」


そう言うと、彼女は大きく首を横に振りながら


「何言ってるんですか、そんなのまだまだずーーーーっと先ですよ」


そうかな?そんなことは無いだろう、逆に今そこに入ってないのがおかしいくらいだ。


「そんなことを言ったらあの人達に怒られますよ?リエット、メイア、マリナ。みんな貴方が来るのはまだずっと先だって」


おお、随分と懐かしい名前だ。

ついさっきまで忘れていたが、なんでこんなに大切な名前を忘れてしまっていたんだろう。

いくら老いぼれたポンコツの頭でも、忘れていい名前では無いはずなのに。


みんな大事な仲間だった、いや、死に別れた今でもずっと仲間だと思っている。

この世界に来てできた、肉親よりも大事だと思える仲間達。

辛い時も楽しい時も、ずっと一緒に戦ってきた。

ほ、そうだそうだ、あいつ達が居たから、ワシは神をも倒せたんだった。

一人では無理だった。

皆、優しく強く頼りがいのあるやつらだった。

でも、神さえ倒したワシ達でも、寿命には勝てなかった。


最初がリエット、世界でも並ぶ者の居ない剣豪だった。

女だてらにと言うといつも怒ったが、あいつの剣に切れない物は無かった。

そんなあいつも歳をとって、つまらない流行り病で逝ってしまった。

あいつが死ぬ間際の言葉…確か、「死神だけは切れなかった。だが、いずれは切る。」だったか。

最後の最後まで剣のことしか考えとらんかったな。


次がメイア、世界でも最高位の魔法使いだった。

ワシのことは魔法の練習台とでも思っていたんじゃないだろうか。

大陸一つを消し飛ばせるような魔法の練習台というのも、なかなか骨が折れたのを覚えている。

しかし、今でも心残りは死に目に会えなかったことだ。

転移魔法の研究中に「ちょっとキミの生まれ故郷を見てくるよ。」と消え去ってから数日後、物言わぬ身体になって帰ってきた。

あの時は、なぜ止めなかったのかと自分自身を責めたが、あいつの知識欲の前にはワシが何を言っても聞かなかっただろう。


最後がマリナ、世界で一番の盗賊だった。

盗賊とは言え、困ってる者からは盗まなかったし、誰よりも義を大事にしてた。

迷宮での罠の扱いは誰よりも優れていたし、良く回る頭と舌には誰も敵わなかった。

ただし、盗賊とは言え国盗りまでやらかすとは思わなかったが。

ワシに王様をやれと言ってきたときにはさすがに腰が抜けた。

そんなあいつも最後はあっけなかった。

新しく見つかった迷宮の噂を聞いたあいつは、事もあろうに一人で迷宮に向かった末、片腕だけ残してこの世を去った。

どうしてそんな無茶をしたのか、もう冒険なんて出来る歳では無いのは自分が一番良くわかっていただろうに。

そんなことはわかっている。

その当時、ワシの身体はすでにまともに歩くことも出来なくなっていた。

そんなワシを見兼ねてのことだろう。

なにせ件の迷宮には、どんな身体の不調もたちどころに快癒するという薬があるという噂だったのだから。


「身体の具合は平気ですか?少し日射しが強くなってきました、木陰に行きましょう」


彼女に押されて車椅子はカラカラと進む。

悔やんでも悔やみきれない過去を思い出したワシは、よほど具合の悪そうな顔をしていたのだろう。

彼女の気遣いが辛い。

神を倒したことなど、ただの過去だというのに。

彼女達を失った記憶だけは、何度思い出しても鮮烈にワシの心を締め付ける。

耄碌した頭なのに、毎日思い出しては忘れを繰り返す。

ただ、辛い思い出でも彼女達を忘れずにいたいという、ワシの女々しさかもしれない。


…いや、まだ何か大事なことを忘れている気がする。

なんだろう、とても大事なこと。

何かが欠けている。


木陰に着くと、彼女が優しくワシの汗を拭ってくれる。

ずり落ちそうな麦わら帽子を直してくれる。

筋張って枯れ木のようになったワシの手を擦ってくれる。


木陰には涼しげな風が吹き、その風に合わせて彼女が歌いだす。

とても懐かしい歌だ。

この歌を聴くと、もう帰れない遠い故郷を思い出す。

目を閉じ、穏やかに詠う彼女の長い耳が風に揺れる。


ああ、思い出した。

このポンコツ頭には嫌になる。

彼女の名前。


「ディアナ」


ワシがそう呟くと、彼女はビクリと体を揺らし、歌を止めた。

ゆっくりとこちらを向いた彼女の顔には、驚きと喜びが半々くらいで浮かんでいて。

その美しい目尻には涙が滲んでいた。


「随分と…久しぶりに名前で呼んでくれましたね。」

「すまん、永いこと忘れていたみたいだ。」

「いいんですよ、彼女達が戻ってくる前に思い出してくれたのですから。」

「彼女達?」

「ええ、リエット、メイア、マリナ達ですよ。」

「彼女達はもう戻ってこれないだろう、いくら老いぼれのワシでもそれくらい覚えている」


まぁ、先ほど思い出したばかりだが


「そんなことを言ったら、彼女達におしおきされてしまいますよ?」

「できるものならしてほしいくらいだが、彼女達はほれ、そこの墓石の下だ。」


そう言って墓を眺めると、また気分が落ち込む。

そんなワシを見つめるディアナの瞳には、優しさに溢れている。

彼女達が戻ってくる…それが本当ならば、どれほど嬉しいことか。

だが、死んだ人は生き返らないのだ。

魔法のあるこの世界でも、蘇生魔法だけは存在しない。


「もう、随分気弱になってしまったんですね、昔の貴方はもっとこう…押しが強かったと思いますよ?女性を誑かす時限定ですけれど」

「何か勘違いしているような気もするが、それだけ歳を食って老いぼれたということじゃないかな」

「世界を捨てようとした神を打倒した男が何を言っているんですか、貴方が望んでできないことなんてこの世には存在しないんですよ?」


神を倒したことなんて何も凄くはないし、今ここに居るのはただの大事な人を失っても生き続けた老いぼれだ。

こんな男が一人で何を望んだって、世界は何も応えてはくれないだろう。


「さぁ、貴方の望みはなんですか?私の愛する勇者様」


愛してるときたもんだ、勇者とかなんとかはどうでも良いが、そんなことを言われたら少しくらい我儘を言ってみたくなるじゃないか。


「…また、みんなに会いたいよ。」

「みんなと旅がしたい。」

「リエット、メイア、マリナ…そしてディアナ、君と一緒に。」


ワシがそう呟くと


空から何かが落ちて来た。

「遅くなったな!ようやく死神を切り伏せられたので、急ぎ戻ったぞ!」

空間が歪んで何かが出てきた

「あちらの世界は興味深すぎる…随分とあそ…研究に時間がかかった」

金色の扉が現われ、開いた先から何かが訪れた

「いやーまいった、若返りの薬探すだけならまだしも、無くした腕の代わり探すのに時間かかったわ」


あまりの出来事に呆然とする俺は、抱きついてくる彼女達の為すがままとなっていた。

老いた身体には少々酷とは言え、心地よい窮屈さに身を委ねる。

彼女達はヨボヨボのワシを指さし「老けた老けた」と笑っているが。

その目はどれも優しさと喜びに輝いている。


ディアナがワシを後ろから抱き締めると


「また、みんな一緒ですね。」


と呟いた。


そう、またみんな一緒だ。


彼女達の旅は今日終わり。


これからまた、俺達の旅が始まる。


その時、強い風が吹いて、ふいに俺は眩しさを感じる。


相棒は一足先に旅に出たようだ。


どこまでも青く、遠くに続く空に、草臥れた麦わら帽子が吸い込まれていく。















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