レッツ異世界
「入りなさい」
中から、武藤の整然としつつもどこか冷たい声がする。
界人は軽く深呼吸をして、中に入った。
「お疲れ様です。部長」
「お疲れ様。とりあえず座りなさい」
「は、はいっ」
界人は無駄に座り心地の良いソファーの、できるだけ先端に腰かけた。
「君は今年で何年目になる?」
武藤が間髪いれずに切り出した。この人はいつもそうだ。無駄な前置き、世間話など一切しない。必要なことを、ただストレートに伝える。そこが武藤の優秀なところであり、怖さでもあった。
「5年目になります」
「そうか、ならそろそろ頃合いだろうな」
左遷だろうか、クビだろうかと、界人は思った。
「君は現状に満足しているかね?」
界人の目をまっすぐ見据え、武藤は尋ねる。
「い、いえ、より一層の高みを目指して頑張りたいと思っています」
界人は心にも無いことをとっさに答えた。こういう『やる気勢』的な態度は、当社では必須なのだ。
武藤は眉ひとつ動かさず、すこしだけ頷いた。
「そうか、ところで君、彼女はいるのかね?」
「は、はい?」
「彼女はいるのかと聞いている」
あまりにも唐突で、またこの場にふさわしくない武藤の問いに、界人は面喰ってすぐに答えることができなかった。
「い、今はいませんが、学生時代には何人か…」
「そういう与太話はいい。ご家族は?」
「一人暮らしです。親は姉と一緒に実家にいます」
界人は汗で背中がぐっしょりだった。なんなんだこれは。何が良いたいんだ。
武藤は変わらずまっすぐとこちらを見たまま、少し満足したようにこう切り出した。
「良いだろう。では、君に一つ任せたい案件がある」
「えっ、ほ、本当ですか?」
「長期の案件になるだろうが、君に向いていると思う。受けてくれるな?」
てっきり説教されるものとばかり思っていた界人は、予期せぬ状況に心躍った。まさか武藤から直々に自分に仕事に依頼をされるとは。もしかしたら自分は結構評価されているんだろうか。
「やらせていただきます!」
界人はピンと背筋を伸ばし、はっきりと答えた。
武藤は変わらずあくまでも淡白に冷酷に、こう言い残すと部屋を後にした。
「詳しくはメールで連絡する。今日からクライアントのところに行くように」