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心世界のシャーデンフロイデ  作者: トッシー00
第1章 心怪討伐
8/15

覚悟の涙-2

第3話、Bパートです。

 数日、また数日と経った。

 あの事件が起き、早くも一週間が経過しようとしていた。

 あの二日間はあれほど長く感じたというのに、ここまでの一週間は比較的短く感じる。時間の流れってどうしてこうも気まぐれなのか。


 そして土曜日、今日でなんとか5th昇格まで行きたいところだ。

 そうすれば少しは、アイスの力になれるだろう。

 アイスはシャーデンフロイデを所持している。心怪に対する有効打を与えられるのはアイスしかいない。


 ……でも、本当はそれではいけないんだろうな。

 僕では心怪にダメージを与えられない。だから僕にできることは限られている。アイスを補助しつつ逃げ回るだけだ。

 クラスの皆の前であんな大見得を切っておいて、補助と逃げ回るだけって……なんか情けなく思えてくる。


 もし僕も、シャーデンフロイデを持っていたら。

 シャーデンフロイデ、心怪に対抗できる力か……僕にも。


-----------------------


「……久しく見ない間にこんなに大きく育って」

「出会って早々そのお母さんトークやめてくんない?」


 アイスと出会うのはあの日曜日以来だ。

 相変わらずアイスは姉のような母のような――僕の保護者のようなポジションを貫いているようだ。

 言い方はあれだが、確かに僕はこの一週間頑張った。頑張ったというより、意地になったといった方が正しいのかな?

 毎日アホみたいに言われる。『能天気にゲームやりやがって』『ノコノコ逃げてきやがって』って。

 でも僕は気にしなかった。何度も殴られそうになりながら、辛い目に会いながらも僕は怯むことなくポイントを稼ぎ続けた。

 その結果現在のポイントは15000。後半分で5th昇格となる。


「できればこの二日間で5th昇格までいきたいんだけど。大丈夫そうかな」

「今のあなたなら、頑張ればね」


 一週間前とは違い、僕を少なからず認めてくれているのか言い方の柔らかさのあるアイス。

 頑張れば……か、なら僕は頑張るしかないのだろう。

 そして心怪を倒して……倒して……。


「………」

「どうしたの?」


 急に黙りふける僕に、アイスが尋ねる。

 そうだ。心怪を倒す。それが今の僕の目標であり、ここにいる理由だ。

 でも……心怪を倒して、全てが終わった先に、僕の何が変わるというのか。

 僕が心怪を倒すのに貢献したと、誰が信じてくれるだろうか。


 そして意識を取り戻したヒロナリは、僕を責めるだろうか。


 僕は……。


「――いや、なんでもないよ」

「……そう」


 いや、考えるな!!考えてはいけない。

 僕は決めた。決めたんだから。


「ねぇアイス。僕もシャーデンフロイデを手に入れることってできないかな?」

「どうして?」


 フィールドに向かう道中で、僕はアイスにそんな質問をしてみた。

 理由は簡単。僕もシャーデンフロイデがあればより心怪を倒すのが楽になるだろうし、僕にもちゃんとした役割ができるからだ。

 今の僕なら心怪にダメージを与えることもできないし、自己防衛も正直期待できない。

 僕的には気軽に質問をしたのだが、アイスはその質問に少しばかりキツめの口調で。


「……力がほしいだけの理由で力を手に入れようとするのはやめた方がいい」

「どうして?僕がシャーデンフロイデを持っていればアイスの力になれるだろうし」


 その僕の発言は、あまりにも気軽過ぎたのだろう。

 今度はさらにきつい口調で、アイスは感情を乗せて返した。


「力を持つということは、より多くのことに関わるということよ。それがどういうことかわかる?」

「……それは」

「中途半端な覚悟で力を手に入れ、人より先に進む。けどね……その先で後悔をしても、力を手にしたものは引き下がることができない」


「――力を持つものには、それ相応の責任が問われる。『なんとかなる』なんて甘えも、『間違えた』なんて弱みも許されない。背負うものはどうにかしなければならないし、間違えを起こすことも許されないのよ」


 ……まただ。アイスの言葉に僕は震えを感じた。

 これだ、アイスの強さは。彼女の言葉には重みがある。今回のそれも虚言ではない、感情が物語っている。

 彼女にこれだけの言葉を言う資格がある、それは本心であり、偽りじゃなく本物の……力を持っているから。


 そして、それに対する責任と覚悟を、持ち歩いているからだ。


「国を担う首相が息まいて選挙に出て当選したはいいが、結果を残せなければついて行く皆も腐っていくのよ」

「ぐ……そりゃあ、ごもっともで……」

「……人は自分より強い者を大勢で責めて堕落させるのが大好きな生き物なの。だから力を持った人というのは……"責められる覚悟"を持つことも必要」

「!?」


 今のアイスの言葉。

 それはまさに、今の僕の心境と強く一致した。

 あの日、僕は大多数の生徒に責められた。正直今でも陰湿なことをやられている。

 そうか、僕にはその覚悟がないから……僕はこんなにも。


「よく言うでしょ?『売れた作家は自分の作品を美化するな』って。サイトで掲載されている間は一部の人から良い評価を得られるけど、それが世に送り出されたら話は別。ちょっとでも隙見せたらすぐ叩かれて、ツ○ッターとかで下手に言い返せば格好の的にされて評価転落よ」

「ア……アイスは評論家にでもなりたいの?」

「私は私の思っている事を素直に言っているまでの事よ。凡人は常に狙ってるのよ……"目立って調子に乗ってるやつがヘマするのを"。最近アイドルを卒業したあの人だって卒業した瞬間酔いつぶれてスキャンダル喰らってさんざん叩かr」

「そ……それ以上は言わない方がいいんじゃないかな!!」


 なんかそれ以上言ったらいけない気がするなぁ……。

 とにかくアイスがいかに毒舌なのかが改めてわかった。あんまり弱みを見せないようにしよう……。


 こうして色々話をするうちにクエスト発着場へ。

 今日はキー解除を優先と言うことで、初級Bを中心に回ることに。

 僕はこの数日は初級Bばかりを歩きまわっていたから、初級Bに関しては色々知識を得ている。

 魔法使いのソロは僕には無理だったので適当な人たちとマッチングしてパーティを組みポイントを集めていた。

 キー解除も4つのうち2つすでに解除済みだ。だから前みたいに負担はかからないはず。


 フィールドに付くなり、僕はセットしたスキルや属性攻撃を主に先へと進んでいく。

 後ろで見ているアイスも、今日は手間がかからなそうだといった目でこちらを見ている。それはそれでどうなんだろうか。

 そして午前11時に始め、12時くらいには3つ目のキーを解除することに成功した。

 あとはポイントを10000ほど貯めれば昇格、これなら明日には昇格できる!!


「はぁ疲れた……」

「あとはポイントだけね、したら……ちゃっちゃとポイント貯めますか」


 そういって、アイスはゲートへ転送するアイテムを使い、すぐさま初級S地区へ。

 そして付くなり、あの強敵が姿を現わした。


「お、お前は……?」


 そう、我が宿敵――インパクトボアである。

 一度倒せばポイント3000。超ド級モンスター(大げさ)。

 お前に会うのも久しぶりだ。元気してたかと聞きたいところだが野暮な真似はやめておこう。


 お前と僕は敵同士、食うか食われるかだ。


「卒業試験ってところかな。そいつ4体倒せば丁度クラスアップみたいだし」

「……ふふふ、燃えてきたぜ!!」


 久しぶりに身体の底から熱くなるものを感じた。

 今ならやれる!あの時とは違う。


「いくぞボアーーーーーーーーーー!!」


 僕が叫ぶと同時に、ボアもボォォォォォ!!と叫びを上げる。

 そして前僕がしてやられた直角での猪突猛進。相変わらずの早さだが今回の僕はただくらうだけじゃない。

 僕はよけずにシールドを張った。防御技スキル≪スタンダードシールド≫である。

 初級者御用達の防御スキルであるがそれなりに防御をしてくれる。これで僕へのダメージは約3分の1。前よりも装備を強化しているためHPは5分の1くらいしか減っていない。

 当然貫通して吹き飛ばされるが、吹き飛ばされたことによってボアと距離が開く。そこで僕はすぐさま詠唱する。


「そこだ!アイスの氷でボアを足止めして!!」

「……指示を出されたのなら答えよう」


 前みたいにまかせっきりではない、僕がタイミングを指定する。

 距離、そして≪氷結効果≫によって足止めされているボアならば、詠唱は十分に間に合う。

 そして僕はボアの弱点である火の魔法、魔法技スキル≪スタンダードファイア≫をボアに放つ。

 ボアに対するダメージは効果抜群で、隙あらばよけながら魔力とHPを温存。この調子でならば……。


 リベンジは、可能だ!!


「これなら、いけるぞーーー!!」


 こうして20分ほど戦い、ボアはやぶれた。

 ボアはボス級クラスのため撃破ボーナス、それとパフォーマンスポイントによるボーナスが手に入る。


「か……勝ったーーーーー!!」


 ばんざーい!!僕は喜びを隠すことなく持て余した。

 ポイントもきっちり3000ポイント手に入ってるぅ!!すっげぇ多い。50とか100とかちまちま稼いでいたのが嘘みたいだ!!


「や、やったよアイス!!」

「うん、HP真っ赤だけどね」


 ちなみにHPは後一撃喰らえば死ぬくらいの値。

 回復アイテムや魔法も8回くらい使ったし、1回倒すごとのリスク高っけ!!


「はぁ……はぁ……」

「じゃ、あと3体いってみよっか」

「鬼か!!」


 ボアは数分後にまた復活する。って回復アイテム足りないんだけど!!


「今度は私も攻撃に参加するから。なんかもうめんどくさくなっちゃって」

「さ、さようですか」


 多少飽きられムードの中、今度はアイスが参加してボア退治がかなり楽になった。てかほとんどアイスの攻撃。

 撃破ボーナスとパフォーマンスポイントのさほどをアイスに取られ、5~6回倒すことでポイントはとうとう、

 目標の30000に到達。画面には『昇格しますか?』の文字が。

 当然僕はYESを選択。するとこれまで貯めた30000ポイントを全て消費し5thに昇格した。


「うおぉぉぉぉぉ、なんかすっごい強くなった気がするぅぅぅ!!」

「5thは例えるなら、ヒヨコがアヒルになったくらいね」

「まだ飛べないんですか……」


 どうやら6thから5thの昇格は比較的簡単(というか頑張る必要もないらしく)、あまり賞賛をあびるほどでもないらしい。

 ちなみに4thへの昇格に必要なポイントは200000。多っ!?一桁増えてるしぃ!!


「ちなみに1stはBからSまで一定ポイントで、昇格ごとに50000000ポイント必要だから」

「うおぉぉぉ、遠くなる話だぁぁぁ」

「でも見返りはすごいよ、スキル装着数も増えるし昇格ごとにそれに適したスキルを一つ選んで報酬としてもらえる。5thなら5thクラスの50個から一つ選べるよ」


 アイスに言われオプション画面を開くと、確かにスキル装着数が増えていた。それも3つも。

 報酬はとりあえず≪サポートアップ≫を選んでおこう。攻撃は二の次で。


「さて、したら今日は解散にしようか。にしても本当に頑張ったね。偉い偉い」

「それは何?弟を褒める姉的な?」


 頭をなでなでしてくるアイス。別にうれしくなんかないんだからね!

 でも……頑張った……か。


 僕は、本当にこのままでいいのか……な。


「どうしたの?」

「……ねぇ、僕は今のままで、心怪に立ち向かえるのかな?」


 いつぞやに戻ったように、弱気な発言をする僕。

 アイスはそんな僕をまた叱るだろうか、と思っているとアイスはいつもに比べて優しめに言葉を返した。


「あなたは進む覚悟を得た。それだけでも充分だと思うよ」


 そう、僕は進む覚悟を決めた。だけど……。


「……後悔はしていないよ、けど……怖いんだよ」

「なにが?」


「全てを終えた後に、何も残らなかったら僕の……覚悟はどうなるんだって」


 僕は、この一週間に思い込んでいた胸の内を明かした。

 そう、今の僕は結果に対する見返りを求めてしまっている。心の奥底で……感謝を求めてしまっている自分がいる。

 それが怖くて……情けなくて。


「つまり……あなたは欲のままに心怪を倒そうとしてるってこと?」

「……ごめん、そんなつもりはないんだけど。さ……なんかこう、怖くてさ」

「……」

「もし全てが上手くいったとして、友達が目を覚まして……その友達に責められ孤立したらさ。僕の努力……誰にも知られぬままに僕だけが嫌な思いをして。僕の覚悟が全部……」


 全部……無駄になったら。


「……そんなことに悩むくらいなら、あなたは心怪と戦うべきじゃない」

「っ!アイ……ス……?」

「正義と悪は裏表。そして一番やっかいなのは……『欲まるだしの正義』よ」


 アイスは優しさを隠し、またも厳しく僕に言葉を投げかける。


「欲に駆られた正義こそ悪以上に悪な物はない。人は見返りを求める――等価交換の原則は従来の人の性よ。それならば……己の目的のままに悪を成している人間の方が利口よ」

「……僕は」

「確かに私も、奥底では結果を求めている。それはけして否定しきれないもの。だからこそね」


 アイスはそう言って、僕の間近へ来る。

 そして、泣きそうな僕の顔を……目を、まっすぐな瞳で見つめ言う。

 思わず圧倒される。目を反らしてはならない。例えそれが情けない眼差しだったとしても、僕は彼女を見つめ続けた。


「だからこそ、完全なる正義を演じる必要はない。演じることは偽ること。だから……どれだけ醜くてもいい、汚れていてもいい、情けなくてもいい」

「あ……あぁ……」


「抱え込まなくていい、今は泣いたっていい。だから……強くありなさい――"ハイドくん"」


 初めて、アイスに名前を呼ばれた。

 そして彼女は言った。"強くなれ"ではなく、"強くあれ"と。


 形ある正義のように、強くなることはできないかもしれない。

 だって人は愚かで、感情がある。辛いことがあったら泣きたいし、寂しい思いをしたら辛くなる。

 だからこそ強くあれと、彼女は言ったのだろう。

 そんな彼女に今は……今だけは、僕は。


「アイス……ごめん。今だけで良い……手を握っててもらえ……ないかな?」

「いいよ」


 仮想の世界の中で、彼女の手を強く握る。

 温かみなどあるわけがない、けど……確かに感じることのできた彼女の手の温もり。

 僕の傍にはアイスがいる。そう……この世界に来て、彼女は僕を見捨てることなくずっと見守ってくれていた。

 そうだ。だからこそ僕は自分をさらけ出せる。そして……恐れず前に進める。


 彼女と一緒なら……どこまでも。


「アイス……ありが……とう……うぅ……うぅぅ――」


-----------------------


 僕は一人で考えていた。


 理由を、ただ一人で考えていた。


 結果的に、全てをぬぐい捨てることはできなかったかもしれない。


 けど、捨てきれなかった分に、手に入ったものもある。


 例え全てが終わって、結果が実らずに、僕の覚悟が無駄になってしまっても。


 例え見返りがなく、感謝されなくとも。



 その覚悟が手にしたものは、掛け替えのない大きなものになるだろう。

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