覚悟の涙-1
第3話、Aパートです。
僕は今、どんな気持ちで前を進んでいるのだろうか。
僕は覚悟を決めた、逃げずに立ち向かうことを決めた。
理由もある。故に僕だけの道がある。
だけど、心のどこかで、僕は何かを期待してしまっているのだろうか。
勇敢に前を進み、成すべきことを成した先に、いったい僕は何を求めるのだろうか。
僕は、友達を助けるために戦うのだろうか。
それとも、友達を助け……感謝をされたいが故に、戦うのだろうか。
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休日が終わった。
土曜日と日曜日、いつもと同じ学生の休み。
何ら変わりのない、至って普通の休み。
その変わらないはずの休みが、いつも以上に長く感じた。
その二日間で、僕はとてつもない体験をした。
人を意識不明にする謎のモンスターと遭遇し、傍にいた仲間を失った。
その恐怖から逃げようとして、自分の中で考えに考え、立ち向かうことを決めた。
その二日間は、流れるままの日々ではなく、僕にとっての一つの分岐点となっただろう。
心世界オンラインと出会い、その裏に隠された何かに触れた。
そして引き下がらなかった。この先僕に……いったい何が待っているのだろうか。
今日は月曜日、学校が始まる。
僕はいつものように松葉杖で学校に通う、学校は家のすぐ近くにあるため、そんなに苦労はしていない。
――色んな事がありすぎて忘れていた。この世界では……僕は走ることも、自由に地を駆けることもできないんだっけ。
僕の名前は"月村灰土"。とある町の中学校に通う中学二年生。
境遇は前も説明したように、小さいころに事故で両親を無くし、右足と右目を失っている。
その後は父親の親戚に引き取られ今に至る。親戚の伯父さんと叔母さん、それと仕事で遠くにいる義姉とはこじれることなく仲良くやっている。
義足生活も、片目の生活も長い年月を得て慣れてきたため、特に大きな不自由などはない。
だからけして同情してくれとは言わない、僕には片足と片目がないだけで他の人たちと同じ。他の人とは違うなんて思ったことなんてない。
学校に付き、僕は自分の教室に行き、自分の席に座る。
見た感じいつもと変わらぬ雰囲気、しかし……奥底でヒソヒソと怪しく話しているのが目に映る。
恐らく、意識不明になった"沖大成"と、"町来藍"についての話題だろう。
この間の土曜日に、僕と共に心世界オンラインをプレイし、意識を失った二名だ。
当然僕は間近にいて関わっていたため、僕が教室に入ると僕をちらりと見る生徒が二人、三人と……。
いやだなぁ、何か言われそう。ちゃんと対応できるだろうか……。
「はいみんな、席についてください」
ガラガラ、と教室を開け僕らのクラスの担任である井月先生が教壇に立つ。
化粧をした20代半ばのまだ経験の浅い女性教師、去年うちの学校に来たばかり。
井月先生に言われ、みんなが席に座る。そして委員長の神園鈴音が号令をかける。
「起立、礼、着席」
みんなが椅子に座る。
そして先生が挨拶をした後、すぐに大成の意識不明の話題に変わった。
「みなさん、つい先々日、クラスの沖さんと町来さんが意識を失い病院に搬送されました」
その話題が出ると、クラスのみんながざわついたのがわかった。
突然の意識不明、まさかその理由がゲームのモンスターにやられて意識を失いました……なんて、なにも知らない大人に言っても信じてはもらえないだろう。
それこそ昔あった、ポリゴンショックによる体調不良のようなものか何かで解決されてしまいそうだ。
いるんだよ、それに倒されたら最後……意識不明に陥れる電脳世界の化け物が。
「なんでもゲームをやっている最中に起こったとかで……何か知っている人がいたら先生に教えてください。みなさんも危ないゲームとかあったら手を出さないように……」
先生はテンプレよろしくそう言って、続いて学校行事についての話に映る。
最後らへんに大成達のお見舞いの話とか出たくらいで、今日のところ彼らの話題はそこで終わった。
何か知っている人……か、僕以外のどこにいるんだか……。
先生が教室から出た後、また生徒間でのヒソヒソ話が聞こえてくる。
――大成が意識不明ってマジかよ。
――らしいよ、心世界オンラインだっけ?あれやってる最中に。
――都市伝説になってるあの噂の謎のモンスターだっけ?本当にいるもんなのか?
――いやいやありえないだろ、あれか?ログアウト不可とかよく創作物に出てくるあれか?
とか、噂話は絶えない。その中で、特に聞きたくないものも。
――確か土曜日っていったら、あいつ月村と一緒にゲームやるとか言ってたよな。
――言ってた言ってた。ってことは月村が大成を……。
――普段大人しい奴ほど怖いこと考えてるって言うしな。
……どうしよう。
とりあえずあまり他の人を見ないようにしよう、変な噂で悪者にされたらたまらない。
話しかけられた時にでも、とりあえず本当の事を言おう。信じてくれなかった時は……どうにでもなるだろうさ。
と、噂されている僕を見兼ねたのか、一人の少女が僕の元へかけよってきた。
「月村くん、おはよう」
「おはよう、神園」
挨拶をしてきた鈴音に、僕は元気4分な挨拶で返す。
神園鈴音――先ほど号令をかけていた委員長の女の子。
長い髪を二本に分けており、その先に小さな鈴をつけた女の子。
顔はそばかすがあるがそれなりに愛嬌のある顔立ちをしている。小学校の時からの幼馴染だ。
それと、"神園"という性からわかるが、彼女はあの有名な神園一族の生まれらしい。
神園の性を持つものは各分野で天部の才を持つと言われているが、彼女も例外ではなく、前に行われた全国模試では全教科満点の全国1位という結果を残している。
なお、全教科満点の1位は6人いたらしく、リストを見るとどれもが"神園"。つまりは全員が神園一族である。すげぇな……。
「なんか元気ないね、どうしたの?」
「色々あってね……」
鈴音の質問に対し、僕は濁すように答える。
最も、鈴音自身も僕が土曜日に心世界オンラインをやっていたことを知っているはずなのだが。
鈴音もまた心世界オンラインのプレイヤーだ。たまたま土曜日はログインしていなかったらしいが。
知っていてなお、その話題から入らないところが、彼女の優しさを物語っていた。
「……まぁその、気が向いたら話してよ」
「……ごめんね」
気が向いたら……か。
悪いが気が向く時間はなさそうだ。さっそくこちらに来てる3人くらいの男子生徒を見れば。
その中央にいるのは同じクラスメートの塔宮翼だ。あいつも心世界オンラインのプレイヤー。
そして、大成の親友でもある男だ。
「おい月村、ちょっと聞きたいことがある」
「……うん、なに?」
わかっていたよ、といった具合に僕は流れるように答える。
「土曜日、お前大成と一緒に心世界やってたよな?あいつが意識不明になった理由……もちろん知ってるよな」
「うん、僕はその場にいたからね」
隠す必要もない、僕は素直に答えた。
僕は当事者だ。隠せば変に疑われる。どうせ責められるなら本当の事を言うよ。
「……なにがあったか話せよ」
激しく睨みをきかす塔宮。
素直に言って信じてくれるだろうか、だが僕が見たのはあの光景だけだ。
大成は……心怪にやられて意識を失った。
初級フィールドに突如現れた理不尽なモンスター、まさにそれは死神だった。
強いとかじゃない、とにかく理不尽なのだ。こちらの攻撃を通さず、一方的に僕らに恐怖を植え付ける化け物。
そんなのと、噂でしかないそれと、僕は出会ってしまったのだ。そしてそれは無情に……ゲームを楽しむプレイヤーを昏睡状態にする。
それは作り話じゃない……真実だ。
「……大成は、心怪にやられて意識を失った」
「っ!?お前……それマジで言ってんのか?」
詰め寄る塔宮、その後ろにいる二人の男子生徒も一緒に詰め寄ってくる。
心配してくれているのは鈴音くらいか、まぁ……わかっていたよ。
怖い、でも言い訳ができるわけじゃない。ましてや別の理由をでっちあげられるほど僕は無情ではない。
「……本当……なんだな?」
「始めたばかりの僕が心怪の話題を出すんだ。仮に僕が大成を意識不明にしたとして……そんな方法を僕は知りようもないし、理由もない」
そう言うと、塔宮は納得したのか、まだ半信半疑なのか……一歩引いた態勢をとった。
僕はただ全て、真実のまま話した。そこに嘘偽りは……ないはずだ。
……最後に、大成が消えゆく中で聞こえたあの声……あれは大成の本心だったのだろうか。
だとしたら塔宮たちも……いや、何も考えないでおこう。
このまま素直に引き下がってくれ、今僕に責められても、今の僕にはなにも……。
「……んで、なんだ?お前は大成が消えゆく様を黙って見ていただけだっていうのか?」
……僕の思いなど素直に通るわけはなかった。
痛いところを突かれた。僕は思わず口ごもる。そこで答えられないのはまぎれもない、僕の弱さだ。
「それで、お前は運よく命拾いしたってわけか?」
また詰め寄ってくる塔宮、僕はただ黙ってることしかできない。
まるで、こうでも言いたげな顔だ。
――どうして命拾いしたのが、僕なんだ……って。
意識不明になったのが大成と藍ではなく、僕だったらよかったと、そんな風にも聞こえてきたぞ。
……本当はいけないことだ。それは被害妄想でしかない……けど。
あの時の、聞こえてきた大成の本心が……僕を追い詰めていく。
「……そうだ。その時助けてくれた人がいて、運よくね」
「んだよ、それ……」
僕の曖昧の答えに、塔宮は納得できないような顔をしていた。
「も、もうやめようよ。月村くんはだって被害者だし」
責められる僕を見て、鈴音が必死に僕を庇う。
だがそんなのでは、塔宮の怒りは収まらない。
「おいやめろ鈴音、そいつは友達見捨ててノコノコ逃げてきた奴だぞ」
……やめてよね、そういう言い方。
だめだ。やっぱりこううまくいかないんだよな。完全にもう、僕が悪者だ。
でも、不思議とそれがいやではなかった。あの時の僕なら……今必死に言い訳していたのかな。
アイス、君に言われ覚悟を決めたから、今僕はこうやって意地を張っていられるのかな。
だったら、最後まで僕は立ち向かうよ。
がたん!
「っ!?」
僕は机を思いっきり叩き立ちあがる。って足が痛い……。
僕の突然の行動にクラスの空気がしんとなり、場が無音になる。
そして僕は言った。もうそれは、意地を張ったままに。
「そうだよ。だから僕がそいつを倒す。心怪を倒して……大成を取り戻す」
まっすぐな目で、僕は塔宮に言い放った。
それを聞いた彼奴は、強張った形相で僕の間近に来て。
「ふ、っざけんなよてめぇ!!てめぇまだやり始めたばかりの初心者プレイヤーだろうが!!なんだよ、責任でも取ろうってのか!?」
「いや、僕は逃げないって決めたんだ」
「かっこつけてんじゃねぇよ!それを理由に自分だけ心世界楽しみたいだけだろ!?大成を意識不明にしておいて平然とゲームやろうとしてんじゃねぇよ!!」
塔宮はそう叫び、僕の胸倉を掴んでくる。
苦しい、怖い。けどそこで逃げては……あいつを。
死神を……倒せない。
「いや、僕がやる。あの死神を倒せばきっと……大成は」
「虚勢張ってんじゃねぇよ!!笑わせんな!!」
きっとこいつらには、僕が理由つけてゲームを楽しみたいだけだと、そう思っているらしい。
そうか、塔宮からすれば……僕も人の不幸を笑っているようなやつに見えているのか。
――でも、どっちだよ。
そうやって、無関係な奴一人責めないと気が済まないくせに。
事件の責任を一人に押しつけて、心の中で楽しんでいるくせに。
僕も僕だ。心の奥底でこいつらを見返したいって思ってる……最低だ。
ひょっとしたら、僕は何かの見返りを求めているのだろうか。
僕の戦う理由ってその程度のものだったのだろうか、だとしたら……お笑いだよね。
いいよ、だったら今はみんなの不幸の的になるよ。
そうやって僕を責めて……笑うだけ笑えよ。
「……ふふ」
「なにが……おかしい」
「……塔宮……怖いんでしょ?」
「――――っ!!!」
その後、僕は塔宮に思いっきりぶん殴られた。
そして学校が終わり、家に帰宅。
叔母さんからは殴られ後の事を聞かれたが、ぶつけたと誤魔化した。
さて、もうあいつらの事なんて関係ない。僕は僕の戦いをする。
……見返りか、僕は感謝されたいのかな。
……考えるな。僕は決めた。その理由に立ち向かうだけ。
……。
………。
「アイス、いるかな……」
フレンド登録リストを見ると、アイスは今現在別の事をやっているようだ。
だったら、僕だけでどこかへいって鍛えないと。
「……鍛錬なら一人だってできる。時間がない……やるぞ!!」
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人は使命を成す上で、己の欲と戦っているのだろうか。
僕は大成を救いたいのか。それとも……大成を救って感謝をされたいのか。
だとしたらもし、大成を救った後で大成が本性を現し、いじめられたら僕は……とてつもなく後悔するのだろうか。
この時、僕にはまた別の恐怖が生まれた。
立ち向かう恐怖のあとにある。立ち向かった後の結果に対する恐怖。
それが、僕の決心を鈍らせる。僕の焦りを促す。そしてまた、この自問自答を繰り返すことになる。
――僕はどうして、ここにいるのかと。