初めての初心者指南-2
第2話、Bパートです。
インパクトボアに吹き飛ばされ、女の子に色々言われ、出だしが散々な僕。
しかしまだ始まったばかり、当たって砕けろとは言ったもの……なんか違うな。
とりあえずこれはそう、始まったばかりでまだ身体がなまっているだけなんだ。
僕が本気を出せばこんなでかいだけのイノシシなんてわーちょっとこっちに突っ込んでこないでくださいやめてくださ……。
「……もうかれこれ6回もフィールドと街を行き来してるね」
「迷惑をおかけします」
初めて30分くらい、僕はもう6回も死んでこのざまである。
徐々にアイスの顔が呆れから怒りに変わっていくのがわかる。
死亡5回目くらいから銃を顔に向けてくるんですがやめてくださいお願いします。
「ただでさえ私が足止めしてあげてるのに大したダメージも与えられない、おまけに魔法はずすとかなんなの?人のご厚意を無駄にするって人間としてやっちゃいけません」
「面目ないです……」
確かにインパクトボアはそこらへんをばたつかせジグザグに移動をしている。
移動するとしばらく止まるのだが(それに加えアイスの能力による足止め)、魔法を放つと同時にボアが移動を開始する。
しかも結構早く、初級S地区のモンスターであるため僕の装備(最初に選べるやつ)では一回のダメージ量で7割削られる。
やっぱり初級Sはまだ早すぎる、でもそれを言ったら自分がついてる意味がないと言ってアイスは聞かない。
「次死んだら、パーティ解散か焼き土下座ね」
「パーティ解散でいいです」
とりあえずこれ以上迷惑かけるわけにもいかない。
インパクトボアはやめて、ちょっと歩いて草むらの多い場所へ移動。
そこらで出てくるキノコやらチューリップやらのモンスターを倒す地味な作業へ。
先ほどのボアよりは弱く、アイスの補助があってどんどんモンスターを倒していける。おぉ、急に強くなった気分。
初級Sだけあって、ポイントも溜まり素材もたくさん手に入る。
「よし、これで20体目だ!最初からこっちにすればよかったね」
「そうだね、回復アイテム使ってくれてるのがどなたなのか弁えた上で調子に乗ろうね」
「すいません」
死ぬわけにはいかないのでアイスには定期的に回復を頼んでいるのだが、結構な回復アイテムを使わせてしまいちょっぴり反省。
手に入ったカネー(この世界での金)でいくらか返さないと怒られそうだ。
こうして数時間、弱いモンスターを倒し続けたが5thになる気配は一切ない。いったいどんだけかかるのだろうか。
「全然5thにならないね」
「そりゃあね、ポイント以外にもキー解除しないといけないからね」
アイスは当たり前のように言った。
キー解除とは、クラスアップする上でポイント以外に重要になってくる。
一定以上のポイントを集めるというのもキーの一つで、その他特定のモンスターを倒す。特定のクエストミッションを消化する等がある。
ちなみに今は一定以上のポイントを集めている最中、5thに必要なのは30000ポイントで、ここ数時間で溜まったのはわずか1500ほど……遠い。
「雑魚狩りでこの時間で1500なら早い方よ、初級Bの大型モンスターなんて初心者がまともにやったら30分で300とかだし」
「……ちなみにさっきのインパクトボアって倒すといくらくらい?」
「3000くらいね」
「10回倒せばいいのか」
いや、僕が10回死ぬだけだろうな。僕を見るアイスの目が物語っている。
素直にここらのちっこいモンスター倒していこう、こうゲームって最初は地味な作業からなんだよなぁ。
こうしてさらに数分、今日は2000くらい溜まった。この調子で行けば10日くらいで5thになれるはず。
「疲れた……」
「私は暇でしかたなかったよ」
アイスは終始あくびをしていた。
確かに2ndSレベルの人からすれば欲しい素材もないしポイントも溜まらないしで暇なことだろう。
ワープで街に戻り、改めてアイスにお礼をする。
「ありがとう、助かったよ」
「そりゃあどうも。次からは属性攻撃くらいは身につけておいてよ」
次からは少しくらい効率を上げてくれと、鍛錬を急かすアイス。
属性攻撃か、今日ので火、水、風、土の4つのうちどれかは手に入るかな。
このゲームには属性が存在する。
属性は全部で6つ、それぞれ火、水、風、土、光、闇が存在する。
光と闇は上級クラスで手に入れるには苦労する。が、属性相性に囚われないその破壊力に惹かれる人は多いらしい。
……ん?ちょっと待てよ。属性の話で僕は一つあることに気付いた。
「ねぇ?アイスの"氷属性"っていったいどこで手に入れたの?取説には書いていなかったよ?」
そう、取説やネットには氷属性のことなど一切書かれていなかった。
属性は全部で6つ、氷なんて存在しない。ましてや氷で相手の行動を制限するなんて芸当はこのゲームに存在しないはずだ。
いったいどういうことなのだろうか、アイスにそう尋ねると、アイスは珍しく答えにくそうな顔をした。
「……どうしても答えなきゃいけない?」
その発言からは、答えるのがめんどくさいというよりは、答えられないという方が近かった。
チート……でも使っているのだろうか。確かにこの手のゲームにはチートを使って力を手に入れるやつもいなくはない。
でも、アイスがそんなものに走るとは考えたくない。みんなそれぞれ頑張って自分を鍛えようとしているんだ。
アイスだって例外ではない、でも……。
「……まぁ、これから心怪と戦うことになるんだから答えておいた方がいいかもね」
「心怪?心怪となんか関係があるの」
「――そう、これは心怪のコアを媒体として作られた。対心怪用武器――通称:≪シャーデンフロイデ≫」
対心怪用の武器、シャーデンフロイデ。
取説にはまず書いていなかった。ネットには……そこまで深くは見あさっていない。
それに心怪用って、いったいどういうことなのだろうか。
「シャーデンフロイデには大きな特徴が二つあるの。一つは個々にゲームの仕様外の能力が搭載されていること。私の二丁拳銃≪アブソリュート・ヘイトレッド≫は氷属性という、仕様外の属性を持っている」
「つまり……君だけのオーダーメイドなオリジナル武器ってこと?」
簡単に例えるならそういうことらしく、アイスはコクンとうなずいた。
「そしてもう一つは……心怪のことは昨日話をしたよね?」
「うん、そいつに倒されるとプレイヤーは意識を失うんだっけ?」
そう、それこそがこのゲームの最も恐ろしい最悪のバグだ。
僕の友達はそいつにやられ意識を失った。そして僕は……それと対峙しなければならない。
「心怪には特徴がある。それは出現するフィールドに縛られないこと。理不尽な威力と攻撃判定、そして……"通常の武器によるダメージは一切遮断される"」
それを聞いて、僕は驚きを隠せなかった。
やられると意識不明になる上に、ダメージを与えられないモンスター……だって。
そんなの、そんなの一方的な暴力だ。もはやそんなのゲームでも何でもないじゃないか。
というか、運営はなにやってるんだよ。そんなのを放っておいてただで済むわけないじゃないか。国だって、どうしてなにも報じようとしないんだよ。
「……おかしいよ、やっぱり」
「そう、おかしいのよ。でもシャーデンフロイデなら心怪に"ダメージを与える"ことができる。どうしてこんなシステムを作ったのか……だから私はそれを知りたい。心怪と……シャーデンフロイデ。いったいこのゲームを作った者たちが、国が、何をしたいのか……」
アイスが踏み入れている領域は、今の僕には想像できないほど、深いものなのだろう。
恐怖のモンスターと対峙するだけじゃない、そのバックにいる何か。心怪に関わるということは、そういうことなのだろう。
そして、ボアに何回も殺されているこんな初心者が……その領域に踏み入れようとしているんだ。無茶を通り越して無謀じゃないか。
逃げたい、逃げなければまずい。僕はまだ無事だ……だから。
「……怖気づいた?また逃げようとしてる?」
「あ……」
……そうだ。何を考えているんだ僕は。
アイスに言われて考える。あの時……逃げようとした時の僕を。
僕は逃げないと決めた。逃げずに立ち向かうと決めた。
下手をしたら、僕も意識不明になって、二度と目が覚めなくなるかもしれない。
でも、誰かが僕を助けてくれるかもしれないという希望もある。が……そんなのは可能性の範疇だ。
可能性に身をゆだねるやつほど逃げたがりで……やることが中途半端で。
怯えていて、情けなくて……。
そんなのは嫌だ。だから……。
「……自問自答しているあなたに、一つだけ教えておいてあげるわ」
「な、何を?」
「どうして、こんな恐怖のオンラインゲームを……大勢のプレイヤーが笑顔でプレイをし続けているか」
「――『自分だけは大丈夫だ』って……心から信じ切ってるからよ」
……思わず身震いした。
それを言った瞬間のアイスが、恐ろしく怖かった。
腐ったものに向けて放たれる怒りとか、憐れみとか、そんなんじゃ表せない重い感情。
アイス……この人はやっぱり普通じゃない。心怪に対抗する武器を持っていたり、自分から心怪を倒しに行ったり。
まるで何かを憎んでいるように、正義感や勇敢などではない、許せない何かに己をぶつけているように。
「……ログアウトする前に聞かせてよ」
「なにを?」
「アイスは……どうして心怪を倒し続けるの?」
その質問に、アイスは冷徹な眼差しのまま
―――答える。
「――誰も、やらないからよ」
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自分だけは大丈夫だ。自分は安心だ。
そう言って自分は関係ないと、他人の不幸を笑った人はどれくらいいたのだろう。
その慢心が、娯楽の快感で人を繋ぎとめる。
僕はどうして、こんな世界と出会ってしまったのだろう。
この世界に生まれ落ち、目的の理由もないまま生まれ落ち。
ただそのまま、そいつらと同じく慢心して、関係ないと歌い生き続けるためか。
いや違う、この時僕は理由を手に入れた。
その時から、僕は他とは違う生き方ができると思えた。
シャーデンフロイデ――他人の不幸は蜜の味。それが人の本質だとしても。
今の僕を、否定する権利は誰にもないのだから。