ようこそ
第1話のあとがきです。
久しぶりに怒りに駆られた。
あんなにも、心の中から怒りが煮え滾ったのは久方ぶりだっただろうか。
頭にくる出来事を終えた後、少女は憂さ晴らしにフィールドに出ていた。
浴衣姿で、長い水色の髪をはねつかせ、颯爽と地を駆け抜ける。
握る銃から放たれる銃弾は美しいプリズム、辺り一面の地層を身に写した後、華麗に破裂するのだ。
そこから出来上がる氷景色は、敵であるべき魔物さえ釘づけにする。
「……なんか、とにかくむかつくなぁ」
倒しても倒しても、憂さが晴れない少女。
絶氷の異名を持つ少女――アイスはフィールド一面を駆け回る。
どんだけ走っても未だに頭の中は煮えており、氷の名を持つにしては今日の自分は炎といった感じ。
「……あいつ、明日にでもぴーぴー言ってゲームやめんのかな」
あいつ、先ほど必死に逃げ文句をたらし、被害者面してただただ言い訳しかできなかった少年。
始めたばかりで災難な目に会った。同情はするが正直干渉したのは時間の問題だった。
今のもやもやも、その少年が生み出したものだったからだ。
「ったくも……」
とにかくモンスターを狩り続ける。
辺りには他の人もいる。これはフリークエスト、特に決められたことなどなくただモンスターを倒すだけ。
たまにレアなモンスターが出たり、フリー限定のイベントなどあるが特にそんなのもない。
そんな中で、なにやらこそこそと話声が聞こえてきた。
――なんだろうあいつ。
――なんか叫びながら無謀なことやってるぞ。
――すげぇむきになって、初心者魔法使いなのにソロとか。
なんだろう、そう思ってアイスはその方向に目を向けた。
ちょっとずつ近づくと、そこには見覚えのある姿が写り込んだ。
黒いマントを羽織った。短パン姿の魔法使い。
右の目は黒い髪で隠れており、残った左の目からは涙のモーションが出ていた。
このゲームはプレイヤーの感情をドリームゲートが読み取ってアバターに変換される。
少年は涙を流しながら、打撃属性もないのにロッドを振りまわし、よりにもよって中級クラスのモンスターと必死に戦っていた。
「うわあああぁああぁぁぁ!!うえおぉぉぉおおおぉぉぉおお!!」
うわぁ、すげぇシュール……。
なんて思いながら、半場呆れ気分でそれを見るアイス。
しかしいったい何をしているのか、考えられるのは一つ。
自分に言われ、むきになって何も考えずフィールドに出た。ということなのだろうか。
「なんでたおれないんだよぉ!!魔法唱える時間ないから打撃で……ってダメージ低いしぃ!!」
打撃使えるようにするならメイスにすればいいのに……。
アイスはそう思ったが、その少年――ハイドは何も知らない初心者であった。
見てられなくなったアイスは、銃を両手に加勢する。
バァン!
「……なにやってんの?」
アイスが一撃放った後、モンスターは凍りつく。
アイスの姿を見て、ハイドが半分涙声で言った。
「……か、かたきうちのための……たんれん?」
それを聞いて、アイスは思わず噴き出しハイドから顔を反らす。
「……凍って動けないうちに、魔法詠唱したら?」
「……いいの?」
「撃破ボーナスくらい譲るよ、あなたがここまで必死にダメージ減らしたんでしょ?」
ぶっちゃけダメージのほとんどはその前にやってたプレイヤーが与えたもの。
しかし初心者のロッドの魔法くらいなら、倒せるくらいのHPまで減っていた。
ハイドはアイスに言われ、魔法を唱え始める。
「う、うん!ありが」
「やっぱいやだ」
「えぇーーーーーーーーーーーーーーー!?」
そう言ってアイスはハイドからとどめを奪っていった。
あまりにひどく、ハイドは悲しみに怒りを混ぜた形相でアイスに迫る。
「なんてことするんだよ!?」
「別にあなたがここまで一人でHP減らしたわけじゃないでしょ?ソロプレイヤー気取るなヒヨコが」
散々に言われ、落ち込むハイド。
そんな彼を見て、アイスは素朴に質問をする。
「……逃げんじゃなかったの?」
「……嫌になった」
答えはそれだけで充分だった。
それを聞くと、アイスの中にあった憂さは完全に晴れ、すっきりした。
これに気分を良くしたのか、さっきまでゴミ屑のように見ていたハイドを半分認めてしまうような勢いであった。
そして、アイスはハイドに手を差し伸べ――言った。
「――ようこそ、心世界オンラインへ」
こうして少年は、心世界の扉を開けた。