プロローグ 人の不幸を笑う世界
プロローグです。
果てしない地平線。
見惚れてしまいそうな綺麗な景色。
そこに住まう人々は、何を思い、目的で……そこに居続けるのだろうか。
ここは人が作り出した世界の中。
果てしない地層も、綺麗な景色も全ては作り物。
技術の進化が可能とした、限りなく現実に近い仮想の世界。
そして僕たちは、ここにいる意味がある。
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今、僕たちは自然に囲まれた国にいた。
この世界には三つの国があって、今僕達がいるところが一番穏やかなところなんだけど。
まぁ……どこに行ってもそこにはモンスターやら特定の素材やらで、落ち着かないんだけど。
そう思っている僕も、そのモンスターの討伐を目的としてここに来ている。
来ているというよりは、ここを拠点として1ヶ月。目的遂行のためにずっとここで待ち焦がれていたと言った方が正しいかな。
この心世界オンラインには様々なモンスターがいる、様々な道具や素材もある、レアな金品もある。そしてプレイヤーそれぞれの目的がある。
それぞれモンスターにも強弱があるし、僕たちプレイヤーにも強弱がある。
僕の今のランクは5th。例えるなら――つい最近初心者を卒業しました。って感じ。
そんな僕が打ち倒すべきとしているモンスターは、計測不可能の未知の化け物。
なんでこんなことになってしまったのか、そしてどうして初心者同然の僕が、そんな未知数の化け物にこだわっているのか。
まぁ……それにこだわっているのは僕だけじゃない。
「本当に……ここあたりで狂乱の死神が出没したの?」
自然に囲まれたフィールドを歩きながら、隣にいる僕の仲間にそう聞いた。
隣にいる仲間――"アイス"はおちゃらけたように返す。
「知らない、噂は噂。確定じゃない限り探すしかないでしょ」
アイスの軽い返しに、僕は少しむっとなる。
アイス――浴衣姿の、透き通った長い水色の髪をした少女。
大人しいというよりはクールな印象を植え付ける、和を強調したアバター。
左目にある翼をあしらったアイメイクから、キャラモデルに対するこだわりが見てとれる。
顔立ちはきつくなく、美人というより美少女といった具合にすらりと整っている。まぁアバターだからプレイヤー本人はどうか知らないけど。
外見を有名な物に見立てて表すなら、『雪女』ってところかな。
名前もアイスと雪や氷を意識した名前だし、作った本人も意識しているのだろう。
そして本人の性格だが、名前通りにクールな……クールにしては少しばかりおかしい、というかひねくれている。
「……まぁ頼りっきりの僕が君に文句言える立場じゃないけど」
「そこは大丈夫、ハイド君には囮っていう重要なお仕事があるじゃない」
「お仕事っていうか完全に君の道具扱いだよねそれ」
冗談にしては真顔すぎる。そんな彼女の心ない言葉に僕はため息交じりで返した。
ちなみに、"ハイド"というのが僕の名前。ゲームでの名前。
実のところ本名も同じ、灰は土に帰ると書いて廃土。
名前をつけた父はビジュアル系好きなのか、と思われてしまうことが多少あるかもしれない。
僕の名前の名付け理由でも聞いて優雅に話をしたいところだけど。
僕の両親は……もうこの世にはいない。
数年前、僕を襲った悲劇は大切な両親と右の目、そして右足を奪い取っていった。
リアルの僕は中学二年生の身体障害者で、右目が見えず右足のひざから下が義手となっている。
顔の右半分は痛々しいやけど跡が残っており、失った右目を眼帯で隠している。
眼帯なんて、今時じゃコスプレか邪気眼進行者くらいしかつけないものだと思っていたけど、重苦しい理由でつけている僕からすれば軽く考えてはいられない。
もうこの右目は見えないし、走ることもできない。おそらくは二度と。
いや、ひょっとしたら今の時代の技術なら右目と右足を取り戻すことができるのかもしれないけど、治療費が高くて子供の僕では手が出せない。
お世話になっている伯父さんと叔母さんにはあまり迷惑をかけれないし、こうやって"ドリームゲート"でオンラインゲームをやっている事自体贅沢なのだろう、
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西暦2012年。技術が急成長した今の世界。
技術は日々ものすごい勢いで進化しており、その勢いは衰えることを知らない。
その技術、世界の進化は急激に――20世紀から21世紀へと時代が移ると同時にそれは起こった。
21世紀初頭、2001年に突如世界は新たな法律、"世界統制法"を施行させた。
それは全ての国々の情報、機密を全て統制する組織の形成、国々はそれら国家機密を全てその、世界統制軍に包み隠さず提示しなければならないというもの。
それと同時に、世界中の人々の個人情報の管理、人々の観察を一つの軍が行い平和を目指すと言うものだ。
当然、発表されると同時に世界から反発が起こった。そんな恐ろしいことを言うのは誰だと、3か月にわたり壮大なテロ行為が行われた。
だが、それらは何事もなく受け流された。その軍は……圧倒的な技術と軍事力を保有していたからだ。
世界統制軍ならび、全世界総合大統領――ゴッドエデンの名は一気に全世界を震撼させた。
それと同時に、全世界であらゆる新技術のプレゼンが行われた。
新たなる医療技術、今までの技術では不可能とされてきた病気の治療も近年で可能になると当時話題となった。
その他に車、家電製品、新世代のネットワーク、娯楽、自然環境保護。あらゆることが一度に全て進歩する。2001年は新時代の到来と言われた。
時代の移り変わりと同時に。それはまるで魔法のように、世界をがらりと変えたのであった。
そのうちの一つが、次世代多機能携帯型情報機器。通称:ドリームゲート。
訳すると"夢の扉"。まさにその名のとおりであった。
携帯電話が世に出始めたばかりだというのに、これが発表されるとすぐさま携帯電話は姿を消した。
その形状は小さなチップ。頭にぺたりと貼りつける極数センチの小さいチップである。
それを張り付けると、もはやディスプレイなどいらない。電子パネルを視覚認識され、脳内に直接音が響き渡る。
電話、メール、インターネット等の従来の機能から、上記のディスプレイいらずの電子パネル、出始めた携帯電話とは比べ物にならない電波とバッテリー寿命。そして当時ではあり得ないほどの進化したアプリケーション。
当時の人は言った。これは未来の技術か魔法か何かだと。
実際これが世に出回ると同時に世界のあらゆる所から電波塔が地から生えてきたという映像までネットに流れたほど。きっと長年裏で作っていたのだろう。
その技術と費用はどっから湧いてきたのだとか、ツッコミたいことも山ほどあるけど、一般人の僕が知る由もないことだろう。
そして、ドリームゲートが世に出回って数年、今僕らがやっているオンラインゲーム。『心世界オンライン』もドリームゲートのアプリケーションの一つだ。
発表されたのは5年前、サービスを開始したのは約3年前と聞く。
バージョンは現在ver3X。僕はここから始めたばかり。
そのクオリティというのがまたすごい、ドリームゲートに接続するコンパクトパソコン(通称:コンパソ)を使用するがそれらを買いそろえても得られる者は絶大。
それはよくライトノベルに出てくるような『仮想世界』そのものであり、その目に映る景色視覚、草むらを踏む音からリアルに伝わる聴覚、そしてあらゆる感覚と爽快感。
初のドリームゲート対応型オンラインゲーム。それが心世界オンラインだ。
発表されるとベータテストの応募者が全世界から数万人を超えたとか、その中からわずか1万人くらいしか当選しなかった。
そしてサービスが開始されると1ヶ月でユーザーは一千万人を遥かに超え、3年経った今でもあらゆるユーザーがこの世界にログインしている。
ただ、このゲームにはよからぬ噂がある。そして――"最悪な事件"も未だに起こり続けている。
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この世界では、僕は走れる。
綺麗な世界を観れる。感じれる。何不自由なく。
この世界では、僕は魔法使いだ。
右手には杖を、かっこつけたマントなんか羽織っている。
顔の右半分が黒い髪の毛で隠れているのは、リアルの自分を意識してのことか。
容姿自体は、幼さを残した少年型アバター。ボトムスが短パンで膝から下を露出しているのは、この世界で僕の足が健在であることを証明するため。
全体的にみると、ちょっぴりショタチックなイメージを意識づけられる。別に狙っているわけじゃないけど。
隣にいるアイスと並ぶと、姉と弟のような……そんな感じかな。
「ここだね、このあたりで"心怪"――狂乱の死神が出たって……」
僕はそう言うと、思わず息詰まる。恐怖が身体の内から吐き出るような……。
"心怪"、そう呼ばれている怪物は他のモンスターとは全く異なるもの。
プレイヤー達を恐怖を植え付ける、最凶最悪のバグだ。
そして、それを倒す力を……僕はまだ持ち合わせていない。
だけど、隣にいるアイスはそれを持っている。それらを打ち倒し、全てを救えるであろう力を持ち合わせている。
力はない、自身もない、けど……逃げたくはない。
力あるものに任せて、いつかは全部が解決するだろうって、そうやって後ろに隠れて見ているような真似はしたくない。
確かに怖いさ、一生冷めない眠りに陥ってしまう可能性だってある。一瞬の油断が最悪の事態を招く、そんな相手と僕らは戦おうとしているんだ。
怯える僕、だがアイスは怯えるどころか、まるで普通にゲームでモンスターを倒すような……そんな面持ちで凛として立っている。
いくら心怪に対抗する力を持ち合わせているとはいえ、男の僕に比べて強くあろうとしているアイス。
そんな彼女を見て、僕は情けなくなった。そんな僕を見兼ねたのか、アイスは。
「……不安がらなくていい、友達を取り戻すんでしょ?だったら、絶対勝たないと」
「……そうだね」
珍しい彼女の気遣いに、僕は拳を強く握りしめる。
そして、沈黙が続き……その自然豊かな景色は――すぐに姿を変えた。
「よし…………行こう!!」
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西暦2012年、成長し続ける世界、進化し続ける技術。
だが、今でも人々は欲望と悪意の柵から抜け出せずにいた。
日々増え続けるいじめ、自殺者。
裏で起こる人種差別、進化し続ける技術の独占。
法に縛られないところにある小さな戦争、素晴らしい世界を満喫する人の裏で、傷つき続ける人々もいるということを僕たちは知っていた。
そんな世界とは違うもう一つの世界で、壮大なる戦いがあった。
1年前、心世界オンラインにて初めて出た"意識不明者"。そして出現する謎の心怪――"絶氷の剣"。
さらにその1年前、今では伝説と呼ばれ続けているプレイヤー。"アリス・ヴァルキリア"。
その2年を経過して、2012年。心怪による意識不明者は続出している。
心世界オンラインの表と裏。その少年と少女は、この世界の裏を見て、大いなる陰謀に立ち向かおうとしていた。
人を意識不明へと陥れる謎のモンスター、≪心怪≫。
それに対し唯一の対抗手段となる謎の武器、≪シャーデンフロイデ≫。
恐怖に対して立ち向かう者。
心怪を狩り続ける者。
復讐を目的とする者。
涙を隠し明日を目指す者。
過去の罪に向き合う者。
この世界にいる理由は人それぞれ、人が開くべきは夢の扉ではなく、真実の扉。
人は愚かで、本質が悪であることを知ってなお、それに向き合わなければならない。
現実と仮想、そこに境界線などない。
―――なぜなら。
この世界は、人の不幸を笑う世界なのだから。