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4話

『世界』のどこか 14:45



「恭助君とニル君が来てるね……あの二人は何企んでるんだろう……恭助君め、見えないように隠してるな。奇矯さんを楽に死なせる方法とかだったら嫌だな……『私の計画と相反するし』」


 近くの家でニルと恭助が奇矯を死なせない方法を考えていたその頃、エィストはそれとは完全に逆方向の想像をして嫌そうな顔になっていた。隣ではジェラルドが腕を組んで椅子に座り、時折唸るような声を上げて考え込んでいる。


 二人は話し合いを終えていた。正確には、エィストからの頼みをジェラルドは聞き終えていた。話の内容は彼自身が覚悟していた無理難題ではなく、簡単どころか彼自身がやろうと考えていた事でもあった。


 彼はその話自体の必要性には納得していた、なぜそれが必要なのかも、エィストは彼に教えていたのだ。その為、彼はエィストの頼みを聞く事を内心で受け入れていた。彼が考えている事は別にあるのだ。そう、彼自身がエィストに会う目的としてきた男の事だ。


「お前の考えは理解した、が、カイムはどうするんだ? お前、あいつをずっと探してきたんだろう?」


 ジェラルドは不思議に思っていた。エィストは話の中で一度もカイムの名前を出さなかったのだ。彼がどれだけカイムを探していたか知っているジェラルドにとっては不思議極まる事だった。


 そんなジェラルドの考えを聞いたエィストは悪戯っぽく微笑んだ。まだ何か隠しているらしい、そう感じたジェラルドは不振そうにエィストを見たが、彼は特に戸惑うでもなくその隠し事をジェラルドに教えた。


「ペンダントの出所なんだが……本人から出たと考えるべきだね」


「ん? だがペンダントを持っていたと思わしき鎧武者は……」


「ああ、その通りだ。しかし、私はこう思うね。『カイムがペンダントを渡した』んじゃないかって」


 その言葉にジェラルドは目を見開いた。無理も無い、カイムの持っているペンダントがどのような意味を持つ物なのか知っている者ならば、それを彼自身が他者に渡すという事の異常さが理解できるのだ。


「あのペンダントは元々カイムの物じゃなかった、あいつの奥さんの持ち物のはずだ。今や形見となってしまったが、それをカイムが他人に渡すのか?」


「落とすよりはまだ可能性のある話だと思わないかい?」


 エィストは確認するように『可能性』という言葉を使ってジェラルドに問いかけていたが、同時にその声からは確信の色が見て取れた。ジェラルドもまた確かにそうだと思わず頷いてしまう、カイムはエィストと並ぶ力を持っているのだ、落とすなどといううっかりは無いだろうと彼もまた内心疑問に思っていたのだ。


 だが、落とすという事はありえないにしても他人に渡すというのはまたありえない話だった。確かに落とすよりはエィストの言う通り可能性のある話だが、それでもジェラルドは渡すという行為に疑問を抱いていた。


「あいつ、私やお前にもあのペンダントを見せることはあっても渡すことは無かったじゃないか。なぜ鎧武者に渡した?」


「それは勿論、ニルの事だろうさ」


 それを聞いたジェラルドは思わず納得して頷いていた、それならばありえるかもしれない、と。カイムが妻とまだ存在してすら居なかった娘を置いてどこかへ消えた理由を知っている彼はエィストの言う説こそ一番可能性が高いと感じていた。


 そこまで考えてジェラルドはエィストがその理由を知らない事に気が付いた。彼からすればカイムは妻を置いて勝手に挑み勝手に消えた男という扱いなのだろう、そこは正しておこうと椅子から立ち上がる。


 急に椅子から立ち上がったジェラルドにエィストはどうかしたのかという表情を浮かべていたが、それに構わずジェラルドは言葉を発する。カイムへの多少の善意を込めた声で。


「なあエィスト、お前は知っているか? カイムが行方不明になった理由を」


「さあ、知らないな。あいつの性格からするとやっぱり勝手に修行に出たんじゃないか? まあ妻置いて出て行く奴にも多少は娘を思う気持ちくらい」


「違う」


 はっきりとした声で告げられた言葉にエィストは言葉を止めていた。強制的に止めさせられたのだ、彼の、ジェラルドの力によって。それほど重要な話なのかとエィストは真剣な表情をした。その表情は近くの家で恭助している者と同じだったが、それを知る者は居ない。知っていたとしても今のジェラルドの雰囲気で言葉が出せなかっただろう。


 だが、エィストのそんな真剣な表情を見たジェラルドは思わず吹き出して笑っていた。そこで緊張の糸が切れたのか、彼から発せられていた力も消えてエィストは拗ねてジェラルドを睨んでいた。「せっかく真面目にしたのに」と言いたげな表情だ。ジェラルドは一言謝って本題へと入った。


「悪いな、別にお前の顔がおかしいわけじゃないんだ。正直、これ真面目に話す事じゃないしな。まあカイムへの善意も込めて真面目にやろうと思ってたがお前の態度でやる気が失せた」


「酷くないかな? 酷くないかな? 人が真面目な態度になったらやる気が失せるって……」


 いかにも傷ついたと大げさな態度で示すエィストをジェラルドは無視した。彼の行動に一々返しているといつのまにか別の話題へ入って本題を忘れかねないのだ。それを防ごうとジェラルドはエィストが二の句を告げる前に話した。


「あいつが出て行った理由な、奥さんに追い出されたそうだ」


「……はい?」


「追い出されたんだよあの馬鹿は。お前と相打ちになって帰ったら『強くなるまで帰ってくるな』って言われて追い出されたらしい。行方不明になる寸前に偶然会った俺だけが知る事実だがな」


「……本当に?」


「本当だ、まあ、本人もここから出たいとは言ってたがな、妻を置いて出て行けなかったんだろうよ。まあ、なのに妻本人に追い出されたと」


「私は何も言われなかったどころか、その人が悲しそうな顔で家に来て『探してくれ』って頼まれたんだけど?」


「お前あの人の性格知ってて心も読まなかったのか……カイムが言うには、『エィストさんを焚き付けておく、彼に追いかけられた方が強くなれるだろう?』と言われたそうだ」


「……本当に?」


「本当だ」


 暫くの間顎に手を当てて何かを考えていたエィストだったが、それが紛れも無い真実だと気づいた彼は思わず大笑いしていた。『あの』カイムとは思えない話だ、あまりにも本人の性格と一致しない出来事だ。だが真実だとエィストは確信していた。


 そんなエィストの態度を見たジェラルドは表情には極力出さなかったが、内心では安堵していた。何百年以上続いたカイムを探す事が実の所彼の修行につき合わさせられていただけだと解ったのだ。怒り出すかもしれないとジェラルドは覚悟を決めていたが、それは無駄に終わったらしく、エィストは楽しそうに笑っていた。


 暫く笑っていたエィストだったが、何かに気づいて声を抑え、笑い声を引っ込ませて楽しそうな中にもどこか真剣な色を混ぜた、だが恐ろしいほどの威圧感が込められた雰囲気でジェラルドの方を向いた。圧倒的な威圧感に彼は思わず目を逸らしたが、逸らした目のやり場には既にエィストが居た。


「なーなージェラルドちゃん、私はともかく娘のニル君も知らないっぽいよ? これどういう事? どーゆー事だろうねー」


 ふざけた調子だったが、目の奥は笑っていなかった。先ほどの話が真実だという事は理解したらしいが、それでも納得できなかったらしい、先ほど外で奇矯が発していた冷たい空気すら冷風に思えるほどの空気だ。まるで極寒の地で吹く風のようだとジェラルドは感じていた。


 なぜそこまで冷たい空気を発しているのかとジェラルドは圧倒されながらも戸惑いを覚えていたが、よく考えてみるとエィストという存在は母親によく似たニルをかなり気に入っていた事を思い出した。


「あー、もしかしたら、知ってるかもしれないぞ?」


 苦し紛れに発せられたジェラルドの言葉にエィストの威圧感は彼が後ろを向いたと同時に一瞬で消えた。だがジェラルドは一層緊張感を覚えていた。威圧感が消えたという事は、いつそれが爆発して自分に被害が及ぶかわからないという事だ。その為に彼はいつ何が起きてもいいようにと身構えていた。


 だが、それはまったくの杞憂だった。ジェラルドに背中を向けるエィストは何も感じられない。恐らくは無表情なのだろうと考えていたが、振り向いたエィストの表情は圧倒的な、笑顔だった。


「そうかもね! 今度本人に聞いてみるよ! うん! 教えてくれてありがとー!」


 言うなり抱きつこうと飛び掛るエィストを、身構えていたジェラルドは殴りつけて吹き飛ばした。少し力加減を誤ったからか、エィストは壁を突き破って隣の部屋まで飛ばされて壁に叩きつけられていた。やりすぎたかとエィストを見たジェラルドだったが、すぐに本気で殴らなかった事を後悔するはめになった。


 そこにエィストは居なかったのだ、その代わり何故か壁には『残念』の二文字が書かれた紙が貼られていた。どこへいったのかとジェラルドが辺りを見回したが、居ない。そこでなにやら自分の懐に違和感と嫌な予感を覚え、じっと自分の懐を見つめた。ジェラルドは見つめた事を後悔した。


 ジェラルドの懐に誰かが居た。いや、誰なのかはジェラルドはわかっていた。自分をごまかせるほどの力を持つこの場の人物といえば当然エィストしかいない。だが姿が違う。黒い長髪に黒い軍服のような形の服、それに赤い飾りを幾つか付けた女だ。ジェラルドは当然その女の事を知っていた。


「なぜここでニルの外見なんだ? お前は彼女にはなれないだろう?」


 呆れたようなジェラルドの言葉にエィストが、いや、外見がニルのエィストは彼女とまったく同じ不敵な笑みを浮かべて言葉を発した。当然、声もまったく同じだ。


「教えてくれたお礼だ。取っておくといい……ああ、私は確かに彼女とカイムにはなれないがね、外見くらいは似せられるさ」


 口調さえも同じだ。その辺の演技力は本当に優れているなとジェラルドは溜息をついた。ニルの外見のエィストに抱きつかれるのは精神的に辛いのか、それともエィストに抱きつかれる事が拷問だと感じているのか、目には疲れが見て取れる。


 そして嫌そうなジェラルドを面白そうに眺めるエィスト。そんな状況だったが、ついにジェラルドが本当に嫌になったのか外見を無視してエィストに言った。「離れろクソ野郎」と。言われたエィストはニルの不敵な笑みを崩さないまま離れると、その姿は消えて後には面白がるように笑うエィストの外見のエィストが立っていた


「ニル君に抱きつかれるのは嫌なのか……なんて奴だ、私なら嬉しくて泣くね」


「お前に抱きつかれるのが吐き気がするほど嫌なだけだ」


 吐き捨てるように告げられた言葉を聴いたエィストは大仰に嘆いて見せたが、ジェラルドは溜息をつくだけだ。そんな彼の反応が面白くなかったのか、エィストは少しだけ詰まらなそうに椅子へ座って欠伸を一つした。




 ジェラルドはしばらくの間精神的な疲れを隠せないといった表情で黙り込んでいたが、やがて黙っていても仕方がないと口を開いた。そんなジェラルドの様子に気づいたエィストもまた詰まらなそうな態度を崩す。


「まあ、どうでもいいが私はこれからどうすればいいんだ……」


 その問いはエィストにとっても聞いて欲しかった事だったのか、嬉しそうにしていたが何故か口を開かず曖昧に微笑むだけだった。疲れていたジェラルドは嫌そうな顔をしたが、その曖昧な微笑みに何を見出したのか姿勢を正す。


 ジェラルドが話を聞く態度になってもエィストは曖昧な笑みで微笑むだけだった。まるで「今にわかる」と言いたげだとジェラルドは感じていた。実際その通りだったようで、エィストは彼の考えを読んだのか満足げに頷いた。


 そして、外の方へ目をやったかと思うと少しだけ慌てたような、ただしジェラルドの目から見れば明らかに演技だとわかる態度で椅子から立ち上がり、やはり演技染みた態度で口を開いた。


「そろそろ家から出て行った方がいいと思うよ? 君にとっても私の計画にとっても有用な事だからね」


 それだけ言うと何か含みを持たせた薄ら笑いを浮かべてエィストの姿はどんどんと薄れ始め、最終的には完全に消えていた。どこかへと移動したようだ。話はここまでかとジェラルドもまた椅子から立ち上がり、部屋を出て歩き出した。


 どこかから、自分を見ているエィストに気づきつつ。







 待てど暮らせどニルが戻ってくる気配が無かったので、随分と長話だなあと駿我が内心で思っていたその時、やっと冷たい雰囲気を放つことを止めた奇矯が駿我の座るベンチの目の前に立っていた。


 駿我は奇矯からは見えないように安堵の表情を浮かべ、それを一瞬で消し去ると奇矯の座る場所を作るためにベンチの端へ移動する。そんな彼の気遣いを理解した奇矯は一度頭を下げると無言のままベンチに座る。そしてそのまま息を一つ大きく吐くとやはり無言のままで駿我の座る方へと体を寄せた。


 奇矯が無言でこちらへ近づいた理由を駿我は図りかねていたが、彼女の視線によってその疑問は氷解していた。目は駿我の刀へと向かっていたのだ。彼女の息は荒く、頬も紅潮している。そして駿我は感じ取っていたのだ、彼女から発せられる僅かな殺気を。


 思わず駿我は殺気に反応して刀へと手をやっていた。彼が刀へと手をかけた事を理解した奇矯は気まずそうに目をそらし、明らかに落ち込んだ様子で肩を落としている。そんな様子を見ていた駿我は内心慌てた。また冷たい雰囲気になっては駿我自身が緊張して疲れるのだ。


「と、ところで奇矯さん。お主はエィスト殿に一体何の用でござるか?」


 話題を作ろう頭に浮かんできた事を咄嗟に言った駿我に対し、その意図に気づかなかったのか奇矯はほんの少しだけ首を傾げたが、やがて彼に自分の用事を教えていなかった事を思い出して口を開いた。


「私はエィストさんに鎧武者の正体を聞きに来たんです」


「それだけでござるか?」


 駿我は内心で感じていた。何かがある、と。奇矯はその言葉に少し動揺したが、少しの間沈黙したかと思うと改めて口を開き、言葉を発した。


「その、恥ずかしながら悩みを解決していただこうかと……前々から頼んでいたので」


「その悩みとは? あ、ぶしつけな質問故に答えたくないなら答えなくても結構」


 その言葉に奇矯は少し考え込むような姿を見せた、駿我の目には話すか話さないかを悩んでいるように見えていたが、実際にはどうやって煙に巻くかを考えていたのだ。ニルならば即座に見破れる程度の隠し方ではあったが、付き合いの短い駿我は気づくことが出来なかった。


「……そうですね、私は自分の人生を振り返って、自分を変えたいと思ったので……」


 駿我はその言葉を聞くと奇矯の目を見つめた。具体的な内容は言わないその話に僅かな不信感を抱いたのだ、しかし、奇矯の目には欠片の嘘も見られなかった。嘘を付いていないと判断できた為か駿我は納得して奇矯から目を離した。


 その瞬間、駿我に気づかれないように奇矯は安堵の表情を浮かべていた。ちょうど、先ほど駿我が浮かべていた物と同じ表情を。それもまた駿我がまた目を奇矯に戻す寸前、彼がその表情を浮かべた時と同じく一瞬にして消え去っていた。


 それに気づかなかった駿我は内心で安堵していた。もう冷たい雰囲気はまったく感じられないからだ。どうやらもう奇矯はそうなる気はないと悟った彼はとても喜んだ。そして、彼女の悩みの事を考え、何を思ったのか奇矯の方へ体を向けると言葉を告げた。


「その悩み、拙者が手を貸せる事であるならそうさせて欲しいでござるよ、ニルの親友ならば拙者にとっても友でござる」


 言葉を聞いた奇矯は一瞬目を見開くと、嬉しそうに小さく何度か頷いたかと思うと満面の笑みを浮かべていた。何か重いものから解放されたような、そんな柔らかで清々しげな笑みだ。


 気持ちが伝わった事を駿我は喜んだ、ニルの親友だけあって自分とは相性が良さそうだと実感しながら。その満面の笑みの中にある、複雑な感情に気づきつつも。


 笑いあった二人はそこから話を始めていた。駿我と奇矯の共通の話題であるニルの話だ。取るに足りない内容から、かなり重大な話まで、それを話し合えるくらいには二人は仲良くなっていた。


 ニルの行動は正解だったと内心で駿我は認めていた。二人だけ、しかも暗く冷たい雰囲気を放つ女性と共に放り出された時は一体どうすれば良いのかと慌てた駿我だったが、そんな考えは完全に無くなっていた。


 一方、奇矯もまた話をするのが楽しいのか、先ほどまでの雰囲気が嘘のように楽しげに、時折ふざけるような態度まで見せていた。実際のところ、彼女がニルと二人で駿我をからかった様子を見る限り、彼女の素の部分はこちらのようだ。


 駿我は話を聞くうちに奇矯とニルの互いへの理解の深さを感心してすらいた。今まで彼女の親友は自分一人だと思っていたのだ、彼女自身そこまで他人を理解しようとは考えない性格である事を知っている駿我にとっては予想外であったが、同時に喜んでも居た。


「それにしてもなあ、ニルとここまで仲良くなれるのは自分だけだと自惚れていたが……そうでもないらしいな」


「それは私もです、実際にあなたを見るまで私はニルの親友は自分だけだと思っていましたよ」


 駿我の言葉に奇矯は頷いていた。彼女もまた駿我と同じく彼のニルへの理解の深さに感心していたのだ。内心ではここまで同じかと心を冷やすのを通り越して呆れてさえいたが、それはおくびにも出さない。そして、そんな二人の話は唐突に止めさせられていた。


 互いの事を感心しあう二人は、唐突に動きを止めている。駿我の手は刀へ、奇矯の手は懐の扇へとそえられていた。二人はほぼ同時に何者かの気配が近づいてくる事を感じていたのだ、それは悪意こそ感じられなかったものの、強烈な力を感じさせる物だった。


 強い力に自然と警戒する姿勢に入っていた二人は目配せをして、その気配が現れるであろう方向へと目を向けた。気配はゆっくりと、ゆっくりと歩くように近づいてくる。


 そして気配が目の前まで近づいた瞬間、駿我は何を思ったのか体を翻して奇矯の背後へと回った。驚いて思わず気配への警戒を絶ち駿我の方を見た奇矯だったが、彼女はそこに居た者の姿を確認した瞬間凄まじい怒りを見せた。


「あなたは……! また、ですか……!」


 駿我は抜刀して奇矯の背中に迫る刀を受け止めていた。なぜか完全に気配へと警戒心を向けていた奇矯とは違い、彼には警戒心を周囲に回す余裕があった。だからこそ、ほんの僅かだが感じられたのだ、そう、鎧武者の気配が。


 そして、駿我が自分を守った事を認識した奇矯は少しだけ怒りを弱め、駿我を、いや、駿我の刀を熱っぽい表情で眺めていた。が、それも一瞬の事だ。即座に表情を真剣に怒りを込めた物に戻し、先ほどから手にかけていた扇を懐から神速で取り出し、数日前と同じように刀を掻い潜って鎧武者の体を突き飛ばそうとした、だが、それはできなかった。


 扇が鎧武者に当たる寸前にそれは駿我を刀で弾き、そのままの勢いで奇矯の手を斬る事で扇の軌道をずらして見せたのだ。幸いにも、咄嗟に手を迫る刀からずらしていた為に奇矯の手は斬りおとされる事無く浅く斬られただけで済んでいた。


 それでもその傷を見た駿我は激怒し、鎧武者へと先ほどまでとは桁違いの速さで迫っていた、同じように奇矯もまた吹き出すように怒りを放ち、痛みを無視して扇で鎧武者を『斬ろうと』した。が、その二人の行動が鎧武者に届くよりも速く、鎧武者は吹き飛ばされていた。


 鎧武者が何かに吹き飛ばされた事を確認した駿我と奇矯は思わず足を止めて、その何者かを見極めるように見つめた。何者かはどこからどうみても生き物だった、それも、彼と彼女がよく知る生き物だ。そう、まるで一つの生き物のように狼と蝙蝠が固まって鎧武者にぶつかっていたのだ。


 それでも鎧武者は余裕があったのか刀を一振りすると狼と蝙蝠の集団を一瞬にして弾き飛ばした。だが、その弾き飛ばされた動物達は一瞬にして人型の何者かに変わっていた、駿我はその存在を知らなかった為に内心では誰なのかと考えていたが、奇矯は違った。彼女が間違うはずも無かった。助けられなかった、人なのだから。


「ふざけてくれるなよ鎧武者。私の目の前で命の恩人を斬るとはなんと酷い事じゃないか生憎だが今日の私はどっかの馬鹿に抱きつかれた性で機嫌が悪いんだ何が言いたいかというとだな……くたばっちまえ」


 人型、ジェラルドは怒っていた。最悪の気分で外へと出た彼の目に飛び込んで来たのは鎧武者と、『エィストから関わるように頼まれた個人的にも興味のある』女と、彼女の前に立って刀を受け止める侍の格好をした男だった。


 次の瞬間には男は弾き飛ばされ、女は手を浅く斬られていた。何が起きているのかを即座に把握した彼は問答をする事もなく、実の所自分自身のストレスの発散もかねて吸血鬼を意識した力で鎧武者を攻撃する事を決めていた。鎧武者の中身が何者なのかを彼はエィストから聞いていたが、そんな物は一顧だにもしていない。


 体が山のような数の狼と蝙蝠になった彼は凄まじい勢いで飛び込むと紙くずのように鎧武者を吹き飛ばし、そのまま鎧武者を食い千切ろうと狼の牙を向いたのだ。が、そうする前に『彼ら』は鎧武者によって吹き飛ばされてしまった。


 その為に彼のストレスは発散しきれず、苛立ちと怒りを込めて言葉を吐いていた。そこまで行った所で彼はようやく二つの視線に気づき、見知らぬ男へと『お前誰だ』という目を、見知っている女性へと宝物を見つけた少年のような目を向ける。同時に彼はエィストが今にわかるという視線を込めて自身を家から追い出した理由を確信した、自分にこうさせる為だったのだ。


 そこまで考えて彼は一度溜息をついた、どうやらここまではエィストの読み通りに行ってしまったようだ。だがそれでも彼にとっては興味を持っている女へと接触できた事は嬉しかったらしく、挨拶と礼をせねばならないと近づいていった。隣に居た男が一瞬身構えたが、敵意が無い事を察するとすぐに刀を下ろす。


 そしてとうとう女性の目の前までやってきた彼はにこやかに笑い挨拶をしようとして、そのまま何かを追うように凄まじい勢いで広場の外へと出て行った。あまりに突然の事で何が起きたのかと奇矯と駿我は慌てて辺りを見回し、そして気づいた。吹き飛ばされて彼らから離れた位置に居た鎧武者が何時の間にか消えていたのだ。


 ジェラルドが鎧武者を追っていった事を察した奇矯と駿我の反応は異なっていた。奇矯はジェラルドを追うように手から血を流しつつも扇を持ったまま凄まじい勢いで広場から飛び出し、駿我は奇矯を静止するように手を取って彼女を引き止めている。取った手が血を流していた方だったために奇矯は思わず顔をしかめ、駿我もまた手を離して一言謝罪を入れた。だが、引き止める意思は変わらないようだ。


 何故止めるのかと非難を込めた瞳で奇矯は駿我を睨んでいた。その目に一瞬気後れした駿我だったが、そんな事は関係ないと自分を奮い立たせ、口を開いた。頭に親友の姿を思い浮かべて。


「ニルはどうする? 置いていくのか? それにあの『怪物』が追っているのに拙者達は追いつけるのか?」


 その言葉に奇矯は瞳を一瞬迷うような物に変えた、彼女にとってもニルを置いていくというのは気が引ける行為なのだ、だが、それでも追わなければならない理由が彼女にはあった。


「大丈夫ニルなら何も言わなくても何が起きたのかくらい把握できます! それにあの『怪物』の気配は覚えましたから!」


 奇矯が心の中でニルに謝りながら言った言葉だったが、それは真実でもある。彼女ならば何も言わなくても理解するだろうという考えは駿我の中にも確かにあった、というより、間違いなくそうだろうという確信すらあったのだ。


 その為に駿我は少しだけ迷った。鎧武者の事が奇矯にとっての悩みの一つである事を彼は見抜いていたのだ。そして、彼女の『仲良くなって欲しい』という言葉を思い出して決意した。が、それは少しばかり遅かったのか奇矯は既に走り出している。駿我は慌てて奇矯を追っていく、自分が走ると同時に全身機械で出来た何者かが広場の方へと入っていったが駿我はそれを気にする事は無かった。


 そして、そんな姿を一匹の猫が眺めている事に結局彼は気づかないままだった。




 奇矯と駿我がその場を去って数分した後、ジェラルドが出てきたのとは違う方向にある扉が開いた。やっと話を終えたニルと恭助が部屋から出てきたのだ。二人は奇矯と駿我を待たせてしまった事に少しだけ罪悪感を覚えつつ外へ出たが、そこには誰も居なかった。変わりに全身機械の『怪物』がベンチに座っていたが、ニルと恭助はあえて気に留めなかった。


 恭助はあまりに待たせすぎて二人が帰ってしまったのかと顔を青くしたが、ニルはそうは思っていなかった。間違いなく何かがあったのだという核心があった。奇矯にせよ駿我にせよ理由も無しに自分を置いてどこかへ行く人間ではない事をを彼女は知っていたのだ。


 絶対に理由があるとその場を少し見て回っていたニルだったが、ふと恭助が不安そうな顔をしている事に気づく、どうやらまだ奇矯と駿我が怒って帰ったのではないかと不安に思っているらしい。安心させるためにニルは頭を撫で回した、そして、そこで気づいた。地面に落ちている血に。恭助もまたそれに気づいたのか蒼白といってもいいほどに不安そうな表情になった。


 血を見つけたニルはしゃがんでその血を少しだけ指に付け、何を思ったのかそれを舌で舐めた。不審そうな目で彼女を見ていた恭助の視線にニルは一切構わなかった。舐めた血から何を感じたのか、目を細めて恭助の方へと向く。真剣な表情だったがその中には僅かだが面倒そうな色があった。


「……多分、これは奇矯の血だな。何が起きたのか分かるか?」


「まあ、なんとなくはね……ニルさんは?」


 ニルは不敵な笑顔で頷いて見せる。その時彼女は既に何が起きたのかをほぼ把握できていた。恭助とニルは互いに何が起きたのかを自分の中で予想している事を理解し、その考えを二人は同時に話し始めた。その内容は先ほど起こった事とほぼ同じ物だった。


 二人の話す内容はまったく同じだ。どうやら互いに同じ結論に至ったようだと理解した二人は今からどうするべきかと考え始めた。が、それは彼と彼女の思考と会話に割り込む者によって中断させられた。


 全身機械で出来た人型だが人間とは言い難い姿の『怪物』だ。その存在の事をニルと恭助は一応知っている程度には知っていたが今は関係無いと判断して気に留めなかった。そんな二人の会話を先ほどから聞いていたのか、その『怪物』は訳知り顔で笑っている。


「二人の考えてるそいつ、侍っぽい奴だろ? そいつなら今さっきどっか行ったぜ?」


 その言葉を聞いた二人は一瞬顔を見合わせると一度頷いて『怪物』に礼を言うなり走り出そうとした、が、『怪物』に静止されていた。まだ続きがあると目で告げているその存在に対してニルと恭助は早く話せという意思を載せた視線をぶつけた。


 視線を受けた怪物はニヤリと笑い、これからエィストに教えるつもりだった事を特に教えたかったニルへと告げた。


「カイムがこの辺りに来てるぜ、あいつとも久しぶりに会ったが、相変わらずで安心したな」


 そう、彼の話とはカイムの事だった。彼が帰ってきた事をエィストに教えに来ていたのだ。カイム自身はエィストに教えないようにと言っていたが、その時彼は既にその場を離れていたのでその事は知らなかったのだ。


 話を聞いたニルは足を止めていた。そして、少しばかり迷うような態度を見せたがしばらくすると何かを決めたらしく恭助に一言二言告げてその場から恭助と共に姿を消していた。見たことも無い父親よりも親友を選んだようだ。


 先ほど見かけた侍の格好をした男がニルと腕を組んでいた者の一人だという事を彼は知っていた為に、そう理解した。そしてその理解は正しかった。が、間違ってもいた。恭助が何の反応も返さなかったのは気になっていたが、彼にとっては重要な事ではない。


 そんな二人がその場から去り、そこには彼以外何も居なくなっていた。そこで彼は先ほどジェラルドが出てきた扉へと手をかけ、勢い良くそれを開いた。が、そこには何も居ない。エィストの視線を感じることもできない。紛れも無く留守だった。


 もしかすると今の話を聞いてエィストが急いで出て行ったのかもしれないと彼は判断していたが、それは間違いだ。だがそれに気づく事無く、彼は自分の中で勝手に納得してその家を出た。


 留守ならば後で来れば良いと考えているのか、それとも面倒になったのか彼はその場を後にした。広場の出口には何時の間にか猫が立っていたが、彼の目にはどうみても猫にしか見えないので特に気に止める事は無かった。




 そして、その場に来ていた者達全員がどこかへ消え去ったその時、一つの影が現れた。姿を隠す霧、ニヤリと笑う雰囲気、そう、ジェラルドの前に現れていた『夢』と名乗る存在だ。その存在はニヤニヤと笑いつつ別のどこかを見るように呟いた。


「まあ、頑張れよ奇矯。お前がどうなるかは駿我とジェラルド次第だがな……」


 そう、ここまでは全て彼の予定通りだった。鎧武者が奇矯に手傷を負わせるのも、ジェラルドが奇矯と関わる事も、そして、駿我と奇矯からニルを離す事も、全てがうまくいっている。


 そして、ニヤニヤと笑って何かを企むような雰囲気を出す彼は、その雰囲気を誰に見せるでもなく消えていった。



 そして、鎧武者とカイムと奇矯の話は何時の間にか何ページも進み、次の章へと進むのであった。

後から設定弄ったりして大変な事に……ちゃんと設定作ってもこのザマです。

それに、なんだかとっても自分の作品に自信が持てません。まあ尊敬する成田良悟さんみたいには行きませんよ。書いて改めてわかったことですが、文章表現を軽くして読みやすくしつつわかりやすいストーリーって難しいですね……ぶっちゃけ、ここからラストへつなげる事はできるんですがそれだと直球すぎないか?という……

ただ、やっと全体の見通しは出来たので面白い面白くないは別として、ちゃんとラスト行ききれますよ。忘れてて回収しない伏線とかありそうで怖いですが……

それに、人数は少ないけど「この人を登場させる意味って?」っと聞かれると言葉に詰まってしまう奴が何人か居ます。 2012/3/18/19:30

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