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2話

『世界』のどこか 14:00



 『怪物』の一人である吸血鬼ジェラルドはレンガで出来た歩道を歩いていた。太陽が照りつける今日の天気は吸血鬼を装う彼にとっては不快なのか、たまに仇でも見るような目で太陽を凝視している。


「せめて曇りか雨なら良かったんだが……生憎の快晴か。まったく太陽と言う奴は……いや、だが月は太陽の光を受けて光る物だ、間接的には太陽も……待て、確かこの『世界』の太陽と月は……」


 独り言を呟きながらたまに悩んでいるような表情となるジェラルドだが、それでも足を止める事は無い。それは普段の彼を知る物なら違和感を覚えるだろう。普段の彼はそのような事が頭を掠めるとすぐにその場で立ち止まり独り言を続けるのだ。


 だが、彼にとって月や太陽よりも優先すべき重要な事があったために足を止めなかった。そう、カイムの話を聞いた彼はカイムを探している者の元へ行こうとしているのだ。つまり、エィストと呼ばれる『怪物』の元へ。


 当然彼はその者もカイムの手がかりが見つかった事を知っているだろうと予想していたが、それは特に深くは考えなかった。深く考えるだけ無駄だと思っていたのだ。


「まあ、あいつなら当然知っているんだろうがな……それでも会って話をしない事には始まらないだろう」


 先ほどの太陽と月の話に自分の中で何らかの理解を得たのか満足げに笑いつつもそう呟きながら怪物はレンガの歩道を歩いていた。だが、何かを感じたのかふいに立ち止まり後ろを振り向いた。


 そこには数日前にも彼の背後に立っていた者が居た。相変わらず霧を放ちその奥にうっすらと影のような何者かが見える『夢』と名乗るそれだ。


「数日ぶりだなジェラルド、お前があんまりにも遅いから先に来てしまった。まったく、数日待たされるなど滅多に聞かないぞ」


 『夢』はどこか怒るような口調で言葉を告げていた。どうやらジェラルドが到着する事を数日前に会った時から待っていたらしく、まるで待ち合わせに遅れた事を非難するかのような視線をジェラルドは感じていた。


 そう、『かのような』だ。実際は約束など一切していないのだからジェラルドが『夢』に非難されるいわれは全く無いのである。


「お前と待ち合わせをした覚えは無い」


 つまり、ジェラルドが歩く事を再開しながら返した言葉は完全に正しかったのだ。だが、それをわかっていて嫌がらせをしているのかそれとも本当に分かっていないのか『夢』は大げさに腕を広げて嘆くように言葉を吐き出す。


「ああ、なんて奴……長年の付き合いの私が待っていたというのにそれを数日待たせておいてこの態度……お前はなんてむごいんだ……」


「『勝手に待っていた』だろう。私はお前とだけは長い付き合いなどしたくなかったよ」


 当然ジェラルドはその発言も冷静に返したが、返された『夢』はニヤりと笑う。無論顔は見えないのでそう感じさせる雰囲気を発し出していた。どうやら分かっていての嫌がらせだったらしい。




 その雰囲気を察したジェラルドは面倒くさそうに、だが歩は緩めずに溜息をつき背後の『夢』を無視して先に進んでいた、だがその歩は次に『夢』が発した言葉によって止まることになった。


「なんてむごい……私がせっかくお前のためを思ってご執心の女の明確な現在の居場所と目的を調べてやったというのになんて奴だ……」


 その言葉を『夢』が呟いてジェラルドの姿を確認した『夢』は困惑していた。『夢』はそれを言えばジェラルドがまた数日前のように凄まじい速度でこちらに近づいてくるだろうと予想していたのだ、だが現実は違った。


 確かにその言葉はジェラルドの足を止めたが、特に興奮したり凄まじい速度で近づいてくるなどという事は無く、むしろ面倒くさそうにまた一つ溜息をついて一切振り向かずに言葉を返したのだ。


「……現在の居場所を知ってるようなストーカーにクソ変態扱いされたのは結構傷ついたぞ」


 どうやら数日前の『夢』の発言を覚えていたらしい、それを察した『夢』は面倒くさそうな態度を肩をすくめていたが何かを思い出したのかまたニヤりと笑うような雰囲気を発し始めた。だからこそ『夢』は気づかなかったのだ、ジェラルドから感じられる倦怠感とはまた違う何かに。


「なんでそんな余計な事は覚えてやがるんだこいつは……しかも根に持ってやがったのか」


「根に持っているわけじゃない。変態に変態呼ばわりされるのは苦痛なだけだ。お前こそ、『随分と私を動かそうと頑張ってるようじゃないか』」


 どうでもよさそうな倦怠感と共に発せられたその言葉は間違いなく『夢』を驚愕させていた。確かに彼はジェラルドを自分の計画のために動かす事を考えていた。が、それが読まれる事もまた読んでいたのだ。つまり『夢』の驚いた理由は話の内容ではなかった。


 声音から発せられる倦怠感の中にうっすらとだが、感じたのだ。吸血鬼ジェラルドと名乗っている『怪物』の持つ怪物としての力を。


「……何のことだろうな、さっぱりわからんよ。それに、他にもお前に教えてやりたいことが」


「それより、だ」


 『夢』の続く言葉を封殺する形でジェラルドは言葉を入れていた。だがそれくらいであれば『夢』は言葉を止めない、だが実際には止めていた。その言葉にはある種の意思の力が込められていた。そう、「黙って話を聞け」という単純な意思が。


 声音には先ほどまでの退屈そうな雰囲気はなく、純粋に真剣な物がある。どうやら本気で『夢』の言葉を封殺したらしく、普段の吸血鬼マニアの彼とはまったく違う『何か』が話しているような感覚を『夢』は感じていた。


 黙り込む、というより力によって強引に『夢』を黙らせたジェラルドはそれを一切振り返る事も疑問に思うことも無く当然だという風に背を向けたままで『夢』に対して意思を感じさせる言葉を告げた。


「お前が何者か、何が目的だ、などとはもう聞かない。意味が無い。私が聞きたいのはコレだけだ、私に、何をさせたい?」


 凄まじい威圧感と意思を共に告げられた言葉は『夢』に届くなり、その圧倒的な力で『夢』の口を開かせて真実を話させようとした。当然それに抵抗するだろうとジェラルドは読んでいたが、『夢』は届いたその言葉に抵抗するでもなく、当然のように受け入れると口を開いていた。


「ああ、簡単さ。お前はお前らしくお前の動く通りお前の感じる通りお前の考える通り動いてくれればそれでいい。それが俺の目的だ」


 当たり前のように告げられたその言葉を受け取ったジェラルドは一瞬だけ見透かすように『夢』を見ると、また背を向けて歩き出した。どうやら真実であると悟ったらしく、それ以上何も言う事無くジェラルドは歩いていった。


 堂々とした歩で進む彼から感じられる圧倒的すぎる怪物の雰囲気、どのような力であってもねじ伏せられてしまいそうな力。それは彼が凄まじい力を持つ怪物である事を万民に示していた。


 が、数秒たったかと思うとその怪物の雰囲気は四散してまた吸血鬼マニアのそれとなり、再び目を太陽に向けたり側に落ちている偶然十字に折り重なった形となった木の棒を触れれば死ぬとばかりに避けている姿や何故かゴミ箱に入っている赤い液体、トマトジュースらしき物に興味を示す姿が見えた。


 実際にどれほどの力を持とうとやはり彼は吸血鬼マニアでしかないらしい、そう考えた『夢』は怪物がしたそれよりも遥かに盛大に溜息をついていた。


「結局、あいつは彼女の情報を聞いていかなかったか……そんな調子で本当に大丈夫なのか? 本当にこんな調子であいつはあいつらしく動くのか? まあ、いいか」


 何かを諦めたような口調で独り言を呟いた『夢』だったが、彼もまたジェラルドが行く方向へと歩き出した。何故か数日前のように消え去る事無く、勿論外見はそのままで。当然近くを通る者は居たが目を向ける者も背ける者も居ない、まるでそれがその場に居ない者であるかのように。




 だが、『夢』はにも関わらず自らを観察する視線を感じて十字路になっているその場で立ち止まった。その後少し周りを見回したが、彼を見ている者はどこにもいない。相変わらず彼がその場に居ないかのように誰もが彼を知覚できないでいる。


 それに少々の困惑を覚えていた『夢』だったが、何かに気づいて足元を見た。彼より遥かに小さい動物が彼を見ていたのだ。それは黒と紫の中間の体毛を持ちにゃあと鳴く猫だった。


 そんな少し顔が悪人面というだけのただの普通の猫がジッと『夢』を見つめているのだ。その場に居た者ではジェラルド以外誰も知覚できなかった彼を。


 だが『夢』にはどこからどう見てもそれはただの猫にしか見えなかった。もしかしたら気づかせないほど強い力を持つ『怪物』なのかもしれない、そう考えた『夢』はその猫に触れようとした。


 すると猫はそれを拒むように一言にゃあと、意思疎通をする気すら無いのか意思を伝える事無く離れていった。かと思うと、またこちらの様子を窺うように近づいてやはり観察するような視線を向けている。


「……何か用事でもあるのか?」


 思わずそう呟いた『夢』に対して猫はまたにゃあと鳴き声を上げたがやはり意思を伝える事無くこちらを観察している。まるで霧と影に隠された『夢』の中身を見透かしてやろうとでも言うような視線を向けている。


 だが、その視線も長くは続かなかった。どこかから声が聞こえたかと思うと、ジェラルドが行った方向とは違う歩道の先から少年が手を振っていたのだ。猫はその少年を見ると『夢』から視線を外し、そのまま走り去っていく。


 そして猫が少年の下に到着すると猫を抱き上げて、一瞬『夢』を怪訝そうに小首をかしげて見ていたが、何もわからなかったのか怪訝そうな表情のままその場を後にしていった。


「今のは……恭助か? なぜだ、何故奴が……」


 猫と少年が去った後も『夢』の困惑は続いていた。猫が去っていった方向に居たのは間違いなく恭助だった。一瞬『夢』は自分に手を振っているのだと錯覚したが、どうやら猫に対して手を振っていたらしい。


「何にせよわからないか……あの猫一体なんだ……?」


 その猫が真っ当な存在ではないのは『夢』は既に確信していたのだ。


 だがどれだけ考えても答えは出なかったのか、困惑したまま『夢』は既に見えなくなったジェラルドが歩いた方向へと進んでいった。












『世界』のどこか 14:00



 『夢』が困惑した顔で道を歩いていたその頃、ニルと駿我は二人でレンガの歩道を歩いていた。



 彼らが歩く場所は数分前に恭助が凝視していた方向と一致していたが、周囲を歩く人の中にそれを知る者は居なかったので特に何かが起きるわけではなかった。


 そんな事実を知ることなく、駿我はあたりを興味深げに見回していた。彼にとってはそこはあまり来た事が無い場所だったためか、生えている植物や歩く動物や怪物達へキョロキョロと目を向けている。


「そういえば、君はこの辺の事をよく知らないんだったね」


 そんな駿我の姿を楽しげな雰囲気で眺めていたニルはいつも通りの口調で駿我に話しかけた。当然、歩みは止めていないが駿我にしか分からない程度に歩幅を短くしてゆっくりと歩いている。


 ニルの行動に最初は困惑した駿我だったが、しばらく考えてそれはキョロキョロと周りを見ている自分がじっくりと物が見れるように気を使ってくれたという事に思い至った駿我は心の中で頭を下げた。


 その意思が言葉にはしなくとも伝わったのか、ニルは一瞬照れるように目線を逸らしてから苦笑している。様子を見る限り、どうやら駿我の予想は当たっていたようだ。


「ふふ、キョロキョロとまあよく興味が尽きないね。私はここへ来る事がわりと多いからもう見飽きてしまったよ」


「そうでござるか? なんというか、ずっと昔来た時よりも遥かに奇妙な雰囲気ではござらぬか」


「確かにそうだ、久しぶりに来た奴なら大体同じ事を言うだろうね。例えば、私もちょっと見ない間に銀で出来た歩道が赤茶色のレンガに変わってたから驚いた」


 その言葉に駿我は思わず目を見開いた。ニルが最後に来た時、このレンガの道路はまるで別物で、話によれば銀で出来ていたようなのだ。だが、駿我の驚いた点はそこではない。


 駿我が驚いていたのは日時だった。そう、ニルがこの場へ最後に行った日、それはまだ数日前なのだから。だがそこは駿我も『世界』の住人だ。それくらいで長々と驚いている彼ではなかった。


 驚くのをやめた彼はやはり、エィストの趣味なのだろうなあと溜息をついていた。それもどうやら正しかったらしく、その溜息にあわせてニルは苦笑して肩をすくめて見せた。


「もしかしたら明日には金になってるかもな?」


「それはまたド派手な……そして何故銀からレンガなのか」


「どうせどこかの世界の写真か絵でも見て『レンガか……それは素敵だ、試しにこの辺の歩道を全部レンガにしてみよう!』とか思ったんだろうさ。あいつなら一瞬だろう」


 やけにうまい声真似でエィストの真似をしてみせたニルに、その場を歩く多種多様な姿の『怪物』の幾人かが驚いたように見ていたが、やがて何に思い至ったのか理解した顔で視線を外して歩いていった。


 その様子を隣で眺めていた駿我は困惑を隠せずにいた。彼はエィストの事をあまり知らなかったので、その声真似が本当に似ているのかはわからなかったが周囲の反応を見る限りかなり似ていたようだ。そう考えていたがそこでふと気づいたのだ。『怪物』たちがニルを見る目にはどこか懐かしむような、恐れるような色があった事に。


「ニル、お主の父親のカイム殿がエィスト殿に並ぶほどの力を持つのは理解できたでござる。だが、今歩いていった連中の視線は何でござるか?」


 かけられた言葉に対してニルは正確に意味を理解したのか面白がるように微笑んでいた。


「ああ、あいつらか……私の父親はどうやらかなりのバカだったらしくてな。エィストを潰しにいく途中で他の『怪物』も蹴散らしていったらしい」


 実の父親をバカ呼ばわりしているニルの言葉が駿我には理解できなかった。その点ではなく、話全体の内容が、だ。エィストといえば『怪物』の中で最も強い存在の一人であると知っているこの『世界』の住人にとってはその名前は桁違いに危険な物なのだから。


「そのエィスト殿に挑んだという事が既に初耳でござるが」


「話してなかったか? どうやら色々と凄い事になった末に引き分けで終わらせたらしくてね。エィストの奴がカイムを探す理由もそこらしい」


 それはただ決着が付けたいだけではないのか、それで長年ニルの父親を追い続けているのか。その言葉に対してそう感想を持った駿我だったが、表情や雰囲気からそれを察したニルが多少エィストを擁護するように訂正を加えた。


「まあ妻子を置いて自分に挑んだバカが気に入らなかった、というのもあるんだろうがね。何せあいつは私の母親の性格をとても気に入っていたらしくてな」


「性格を気に入っていたとは……ああ、変態で通ってるエィスト殿に好かれるとは苦労したんでござろうなあ。それはカイム殿が潰しに行くのも無理はない」


 納得しつつも同情を隠せないといった顔で頷いていた駿我の考えを裏切るかのように、面白がるような笑顔を浮かべたニルは今語った話から出た駿我の結論とはまったく違う事を言った。


「違うと思うぞ? 私の母親の話によれば本人は『山を越えるのに理由は要らない』とか『なんとなく挑んでみたい』とか言ってたみたいだ」


 その話を聞いた駿我は思わず頭を抱えていた。妻子を捨て、身を隠してまで最強の『怪物』に挑む理由が『なんとなく』というのは完全に理解を超えていたのだ。『怪物』はそういう感情で行動する者が多いことも知っていた為納得はできていたが、理解はできなかった。


 頭を抱えて理解不能と言いたげな表情をした駿我に対してニルは苦笑し駿我の肩を何度かそっと叩き、不敵な笑みを浮かべてみせた。どうやら気にするなと言っているらしい。


 実際その通りだと感じたのか、それとも考えるだけ無駄だと思ったのか、はたまたいつも通りのニルの笑みに落ち着いたのか、駿我は編み笠ごしにも分かる疲れたような雰囲気を発しつつも微笑んで見せた。




 そうやってお互いに笑みを浮かべたりしつつも歩いていた二人だったが、ふと、ニルが足を止めたかと思うと遠くをじっと見ている事に駿我は気づいた。何者かがそこに居るらしく、ニルの不敵な笑みの中には駿我にしか分からない程度にそれとはまた違う何かが見て取れた。


 それはどうやら親愛や友愛のような感情のようだ、そう駿我が気づいてニルに話しかけようとした時、既にニルはその何者かの近くまで歩いていた。駿我は慌ててニルを追って横に並ぶほどの所まで行くと改めて話しかけた。


「どうしたんでござるか? 何やらとても急いでいるようでござるが」


 駿我のその言葉を耳に入れたニルは少しだけ横を向いて、駿我と目を合わせた。そこで駿我は気づいた、ニルの目の奥が輝いているのだ。心から幸せを感じているような、人生で最高の出来事を経験したような、そんな輝きを目の奥に宿していたのだ。


 不敵な笑みは変わらなかったが、横に居た駿我にだけは見せたその輝きに圧倒されるように彼が息を呑んだことを確認するとニルは口を開いた。『面白い事』を前にした時のふざけたような、狂ったような口調ではない普段の声だ。


 だがその声音からはどうしようも無いほど嬉しそうな雰囲気を第三者からでも察することが出来た。周囲を歩いていた数少ない者達すら彼女の声を聞き、思わず彼女の顔を見てやはり駿我と同じように圧倒されている。


「紹介しなくちゃいけない人が増えてしまったね……あのベンチに座ってる女が見えるか?」


「女?」


 その言葉を聴いた駿我と周囲に居た者達は思わず遠くにあるベンチを見た。肉眼では人間が居る事を捉える事すら難しいかなりの遠距離だが、当然のように彼らはそのベンチに座っている女の姿を見た。


 女は腰の辺りまでは着物、そこから先はまったく違う印象の洋服を履くという奇妙な格好をした人物だ、だがその服装に疑問を持つ者は居ない。それ以上の格好をしている者も彼らの中には居た性もあるのだろうが、彼らが目を向けたのはそこではなかったのが大きな原因だ。


 彼らが目を向けたのは女の圧倒的な暗さだった。そう、暗いのだ。女は恐ろしいほど暗い雰囲気を発していた。陽光の暖かさをまったく歯牙にもかけず、まるで自分を呪うように腰に携えられた中身の無い刀の鞘を握り締めている。


「彼女だ、随分自分を追い込んでるみたいだな……」


 ニルは痛ましい者を見るように女を眺めていたが、やがて周囲に居る者全てが女に視線を向けている事に気づいて何を思ったのか悪戯っぽい笑みを浮かべた。


「ところで駿我以外の諸君は彼女を眺めてしてどういうつもりなのかな? 下心とかなら私と彼女とこっちの男の三人がかりで消滅させてやるが、どうする? すまないが『怪物』の諸君の良心が塵ほどにも無い事を私はよく知ってるんでね」


 ニルの言葉からは本心からそう考えているというよりも、人をこの場から離れさせようとする意図が見て取れた。が、発せられた言葉を外側のみ理解した周囲の者達の反応は早かった。その中には人の姿を取った『怪物』ですら存在したが、ニルが自らよりも力を持つ存在だと直感したのか、それとも隣で今も女を凝視している男が無意識なのか刀に手をかけた事で何故か危機感を覚えたのか皆慌ててその場を去っていった。


 そして周囲の者達が去ってからも女を凝視していた駿我だったが、やがてその表情は驚愕の色を帯びていった。駿我が感じた物は視線だった。そう、女は向けられた視線に対して怪訝そうな顔をして視線を返していたのだ。不振な者を見るようなそれを、なんとなく感じられる『同類の香り』と共に。


「周りの連中には離れてもらった事だし、紹介しなければな。彼女は奇矯って名前でね、私の、そう、私のもう一人の---」


 ニルが何かを話していたが、駿我の耳にはまったく入っていなかった。初めて感じる『同類の香り』と『もう片方の疑問』への驚愕と動揺でニルの言葉は駿我の耳に届く前に消え去っていた。


 変わらず視線を注ぐ駿我。だが、視線を向けられた女の表情は変わっていた。怪訝そうな目で駿我を見ていたその視線を少しだけずらしてニルを見て、笑ったのだ。それを見た駿我は直感していた。その人物がニルにとっての何であるのかを。


 女は笑っていた。先ほどまでの暗い雰囲気は完全に吹き飛び、顔には見る者を見惚れさせるような満面の笑顔を、瞳には太陽の光すら凌駕しているのではと錯覚させるほどの溢れんばかりの輝きを灯しているその女はベンチから立ち上がると、凄まじい速度でこちらへ向かってきた。いや、ニルの所へ向かってきていた。


「---もう一人の、親友さ」


 そして、女はニルが言葉を言い終わる寸前にすぐ近くまで来たと思うと、勢い良く、抱きついた。




「なんて偶然! いつぶりでしょうか、ニル!」


 静けさを連想させる印象からは程遠い凄まじく興奮した様子で抱きつき、やはり凄まじく興奮した調子でニルに対して話しかけるその女、奇矯を見た駿我は奇矯の抱きつくという行為そのものよりも根の部分から感じられる『同類の香り』に視点を置いていた。


 格好や顔、持ち物などの様々な部分から自分と立ち位置を同じくする人間の雰囲気を感じていたのだ。何故そのような雰囲気を感じるのか、駿我の視点は完全にその一点を見ていた。


「ふふ、本当に『偶然』だね。奇矯」


 なので、抱きついてきた奇矯に対して少しわざとらしく偶然を強調しつつもそれを受け入れるように抱きしめたニルに対して反応する事もなかった。普段の彼ならばあ然とするか、親友がつまりそちらの趣味があるのではないかという疑いの眼を向けていただろう。だがそれは結果的には正解だった。


「ニルは相変わらずですね、とても素敵な香りがします」


「私はどう考えても無臭だろう。後そんな発言は誰かが居る時はやめてくれ」


 困ったような表情をするニルに対してその理由がまったく分からなかったのか奇矯はニルの腕の中で小首をかしげていた。そんな彼女の顔を確認するとニルは一層困った表情を浮かべた。今度は本当に困っている雰囲気を見せている。


「往来で抱きついたり、そんな事を言ったり、君としては友愛を示しているのかもしれないが……はっきり言って」


「嫌でしたか?」


 言葉を繋ぐように告げられたその言葉はニルを躊躇させた。目の奥には相変わらず互いに輝きがあり笑顔があったが、奇矯は悲しそうに、まるで親友に自分の全てを拒絶されたような苦しそうな顔を見せていた。


「ああ、そういう事じゃない。君の事は大好きだ。だけどね、毎回毎回君と再会するたびに私が、その」


「その?」


「そういう趣味があるんじゃないかと疑惑を持たれるんだ……普段は誰も居ない所だから良いが、今日みたいな状況だと本当にきつい……」


 嫌な物を思い出しているらしく、不快そうで、だが友人としての愛情表現を曲解された事への怒りを混ぜて独り言のように呟いていた。そして、そんなニルの様子にも駿我は気づいてはいない。相変わらず奇矯を見ている。


「エィストに至ってはポップコーンとドリンクを持ち出して『続けてくれ』なんて言ったんだぞ? 私たちがそういう間じゃないと知っている奴がだ。覚えてるか?」


「ええ、覚えてますよ、覚えてます。あの時は二人でエィストさんに制裁を加えましたね」


 ニルの話を理解した顔になり奇矯は抱きつくのをやめると数歩下がってニルに笑顔を向けた。そして先ほどから自分を凝視している男が気になったのかそちらを向いて若干戸惑いながらも言葉を発する。


 奇矯の様子を見たニルもまた、駿我が予想したあ然とした姿や困惑した雰囲気でない事に気づくと一瞬何かを考えるような表情になり、即座に駿我の表情の原因を自らの頭の中で突き止めたのか納得した様子で奇矯の言葉を聴いた。


「先ほどからこちらを見ているこの方は?」


「ああ、駿我だ。私のもう一人の親友だよ。駿我、君も何か……おい、駿我?」


 その言葉でようやく正気に戻ったのか、駿我は疑問を振り切るように首を一度振ると奇矯の方に向きなおしていた。話は一応聞いていたのか、奇矯がニルの親友だという事を理解し、改めてそれに対して驚きを表した。


 自分以外でニルの親友という者が居る事も、それが自分の同類の香りを発している女である事も駿我は初めて聞いたのだ。駿我はその意味でも困惑していた。だが、そうやって困惑している間に奇矯とニルが自分の反応を待っている事に気づくと慌てて言葉を返す。


「うむ、いや、ニルも言っていたが拙者の名は駿我。ニルの親友の……まあ、侍のような格好をしているただの人でござる」


 苦笑と共に告げられた言葉に奇矯は少し首を傾げたが、その言葉の内容を理解すると目の前の男と同じように苦笑を浮かべていた。駿我の言葉の中に、僅かな自嘲の色があったが、彼女はそれに気づかなかった。


「私は奇矯と言います。先ほどニルが言っていましたが、ニルの親友ですよ。ただの、そう、上半身だけ和風なただの人です」


 そして言葉と共に片方の腕を前に出した。どうやら握手を求めているらしく、片手を突き出したままその腕をまったく動かしていない。少し遅れて駿我がその握手に応じると、奇矯はどこか楽しそうに笑い出した。そしてその笑いの意味に気づいた駿我もまた笑っていた。


 二人が握手したままニルの方を見てみると、なぜかニルは首を傾げている。どうやら初対面の二人が大したやりとりも無くすぐに仲が良くなった事が疑問らしい、その事に気づいた二人は同じ事を考えていた。そう、「なぜか仲良くなれそうなんだよなあ」と。


 心の中で思った言葉を二人はほぼ同時に発していた。そして言い終わると相手が同じことを考えていた事に思わず顔を見合わせていたが、それはニルの堪え切れなかったような笑い声で中断させられた。


「そうか、そうかそんなに仲良くなれそうなのかお前らは……ククッ、流石は私の親友達だ。波長が合う」


 腹を押さえながら告げられたその言葉に二人は顔をまた見合わせている。するとそれを見たニルは笑い声を堪える事を放棄したのか両手で腹を押さえて大笑いし始めた。


 そしてしばらく笑っていたかと思うと笑いすぎたのかむせ返り、瞳には薄らと涙が浮かんでいた。それを見た二人は慌ててニルの背中の方へ回ると彼女の背中をさすり出した。が、まったく同じ行動をしたのが逆効果だったのかニルはまた耐え切れなかったように笑っている。


 中々笑いをやめないニルに困ったような視線を向ける二人、それに気づいたのかニルは何度か笑いをかみ殺しながらなんとか笑い声を抑えようとした。だが少し抑え切れなかったのかたまに声が出ていた。




「それにしても、『偶然』だなあ奇矯。君、この辺に住んでるんだったか?」


 しばらく続いた笑い声もやっと抑えきったのか落ち着いた調子でニルは話していた。やはり偶然という言葉を何故か強調していたが、奇矯と駿我はそれに気づきつつも問う事は無い。


「いえ、私はここに用事があって来ました」


「用事でござるか?」


「ええ、色々とやらなければならない事がありまして……まずは、エィストさんの所へ行く事ですね。どうやら会わなくてはならないようなので」


 エィスト、という名前を言葉に出した時奇矯は数分前に自分の友人となった少年の姿を思い浮かべていた。だが、そんな遠くをみるような表情に気づきつつも駿我とニルの反応はそれへの疑問ではなかった。


 その言葉を聴いた駿我は思わずニルの方へと顔を向けた。そしてやはり同じようにニルもまた駿我の方へと顔を向けている。今度は二人が顔を見合わせる番だった。その姿を見て不思議そうに首を傾げる奇矯へと二人は顔を向けた。


「そいつは偶然でござるなぁ、拙者達も同じ目的地なんでござるよ。共に行かぬか?」


「『偶然』じゃないか。私たちも同じ目的地なんだ。一緒に行くか?」


 それを聞いた奇矯は一瞬目を見開いて、幸せそうな笑みを浮かべて頷いた。


「はいっ!」


 という、楽しそうに口から出た一言を付けて。そしてその言葉がニル達へ届くより早くニルの腕に自分の腕を入れて腕を組むような形にする。その行動をニルは予想していたらしく、ならば自分もともう片方の腕を駿我の腕へ入れてやはり腕を組む形にした。


 それらの流れを予想していなかった駿我は少し慌てたが、数瞬すると慣れたのか三人は腕を組んだまま歩き出した。中央にニルを、その左右の腕に奇矯と駿我が絡んで完全に息の合った歩幅で進んでいる。


「なあ、奇矯さん」


 だが、その歩幅を少し乱し数歩先に進むと駿我が思い出したようにニルの先に居る奇矯に対して話しかけた。




「なんですか? もう少し早く歩くべきですか?」


 その言葉に対して奇矯は自分の足が遅かったかと少しだけ焦るような顔をしたが、それは駿我の否定の言葉とニルのこのままでいいと言いたげな視線で抑えられた。


「いや、そうでは無い。少し疑問があってな。つまり、その。拙者達、本当に初めて会ったんでござろうか? どこかで会った事があるような」


 駿我が感じていた『同類の香り』ではない『もう片方』とは既視感だった。初めて会った気がしないのだ。まるでどこかで目の前のニルの親友に会った事があるような感覚だ。だが、駿我は目の前の奇矯の顔を見たのはこれが初めてだった。


「いえ、私たちが顔を合わせたのはこれが初めてのはずですよ。ニル、ですよね?」


 奇矯は少し考えるようなそぶりを見せたが、やがて首を振った。そして確認とばかりに話を振られたニルは一瞬奇矯に目を向けまた同じように考え、やはり首を振っていた。


「確かに君たちが顔を合わせたのは初めて……だと思うぞ? 話くらいなら昔したかもしれないが……覚えが無いな。いや、お前まさか」


「ん?」


「まさかお前……こいつに気が有るのか……いや、親友を前にしてそんな」


 いかにも汚いものをみるような目で駿我を見ているニルに対して、駿我は溜息をついて肩をすくめてみせた。そのくらいの事で慌てるほど彼のニルとの付き合いは短くないのである。それがただの冗談である事をすぐに見抜いていた。


 だが、その隣に居る女の反応までは気づく事が出来ていなかったのか、駿我は奇矯の方を見るとすぐに慌て出した。まるで信じているものに裏切られたような絶望を背負った表情で奇矯が立っていたのだ。目には涙すら浮かんでいる。


「そ、そんな……ニルの親友だからすごく気があう……って……思ったのに……」


「いや違うぞ! 拙者はそういうの無いでござる! いや俺にはそういうアレは無くてだな! おいニルお前もなんとか言ってくれ!」


 途切れ途切れに聞こえてくる苦しげな声に慌てて駿我は自らの身の潔白を主張し、思わず素の口調になっている。そんな姿をニルは笑いながら眺めていた。


「ははは、最低な奴だね。いやあ、本当に酷い。奇矯、大丈夫か?」


 駿我に背を向け、体を震わせる奇矯を慰めるようにニルが肩を叩いていた。そしてその手を奇矯が掴むと怖い者に会ったかのように親友の手を握り締めている。


「い、いや本当に、人を変態みたいに言わないでくれ! 頼むから!」


 慌てる駿我に体の震えを止めた奇矯はゆっくりと、ゆっくりと駿我の方を向いた。そして、その顔にあったのは。


「冗談です」


 満面の、笑みだった。


 どうやら先ほどの震えは笑いを堪える震えだったらしい。それに気づいた駿我は脱力するように肩を落とした。横ではニルが笑い転げている。奇矯とニルの二人は即興で駿我をからかう方法を考えて視線を一瞬交えることで計画を実行したらしい。


「なあ、お主……さては結構悪戯とか好きでござろう? しかも人を騙すような演技が得意な類でもあるのではないか?」


 肩を落としたままで口調も戻した駿我の態度に奇矯は少しだけやりすぎたかという意思を込めてニルの方を見て、ニルは少しだけやりすぎたなと同意する視線を返した。


「ええ、大好きです。でも本当に仲の良い人以外にはそんな事しませんから安心してください」


「その通り、こいつは演技が得意なんだ。それに私と同じで人を、特に仲の良い人をからかうのが大好きらしい」


「いや、周りに人が居なかったから良かった物を……一歩間違えば拙者は変態の仲間入りでござった」


「安心しろ、私も奇矯もそれが分かっててやったんだからね。親友を変態だと誤認させてたまるか」


 ニルの隣では奇矯もまた同意見だとばかりに頷いていた。周りに人が居ない状況も織り込み済みだったようだ。駿我は肩を落としたままでより一層深い溜息を漏らした。


 そして顔を見合わせた二人がその落ち込み方を見て流石に悪いと思ったのか駿我に対して謝罪すると、駿我は気にしていないと手を振り、再び歩幅を合わせて腕を組み三人は歩き出した。



「それにしても」


 駿我と奇矯の間で腕を両方組んだ形になっているニルが感慨深げに呟いている。その感慨深げな声に思わず二人は歩きながらもニルを見ていた。


「それにしても、君らはすぐに仲良くなったね……いやそれは私もそうだが……顔合わせて、握手して、仲良くなるか……」


「それがどうしたんでござるか?」


「何も問題は無いと思いますが……」


 二人の疑問の声にニルは足を止めないままで昔を思い出すような遠い目をしていた。そう、彼女は思い出していたのだ、二人と初めて会ったその時の事を。


 そして彼女から発せられた言葉を聴いた二人もやはり足を止めてはいなかった。だが、それでも互いがニルと初めてあった時の事を思い出して遠い目となった。


 奇矯と駿我はどこか同類の香りのする二人だった。そう、その出会いに至るまで。


「私たちが最初に出会った時は……どっちも殺し合いになったんだよなあ……」

また登場人物の役割が変わった……ラストはちゃんと決めてるんですが、そこへ行き着くまでがすごくきついです。

文章書く段階よりもどうやって思い描いたラストへ導くかが難しい……

そして、今回の後半は凄く書くのが大変で今も指が痛いです。もう文章が何書けばいいのかまったく……やっぱり真剣に物を書くって大変な事だなあ。

それにストーリー進めるよりもただの雑談的な部分がやはり冗長になってしまってる感がする。

後、1話あとがきでも書いた怪物の力云々ですが、最強物大好きの書き手が作った設定なので「お前の力で十二次元宇宙がヤバイ」状態です。今回は表現できそうにありませんが……

まあ、描写の間違いやら伏線のミスやらはおいおい修正していくとして、3話を書かなくては…… 2012/3/10/1:12

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