表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/13

蛇足 エピローグ

『世界』のどこか 数日後の朝



「で?」


 カイムとエィストがぶつかり合ってから数日後、エィストの住居には二人の人影と一匹の猫があった。二つある人影の内、小さい方は続きを促すその言葉に首を傾げる。


「で? って、何が?」


「……だから、それは結局どうなったんだ?」


 人影は恭助とジェラルドだった。朝だというのに当然のように徒歩でエィストの家に入り込み、窓際で日光に当たってもそれをまったく気に留めない彼の態度は恭助にとって不審であると同時に心配だった。


何せ、ジェラルドは周りから見てすぐにわかるほど意気消沈し、周囲に暗い雰囲気を放っていたのだ。ただの雰囲気であるために視覚的には何も感じられないが、恭助の目には日光を覆わんばかりの暗い何かが幻視できる。


 しかし、それを気にしても仕方が無いと判断した恭助はとりあえずジェラルドの雰囲気を無視する事に決め、先ほどまで話していた内容を思い出す。彼とジェラルドはカイムとエィストの闘いの話をしていた。恭助が当人達から聞いた話だ。


「ああ、うん。あの二人はね、その後でニルさんの所に行って結果を話したらしくってね。家に帰ってきた時は互いに悪態を吐きながら殴り合ってたよ」


 何故か恭助の頭の上に乗っている猫がその話に嫌そうな顔をしたが、ジェラルドはそれの正体に気づきつつも何も言わない。言う気力が彼には無いのだ。また彼から発せられる何かが広がっていく。


 そんな彼の様子に若干だが話しにくそうにしながらも恭助はやはりそこに触れず、結果だけを話す事にした。


「結果的に言えば……やっぱり引き分けだったってさ」


 やはり猫はつまらなそうに顔をかいていた。ジェラルドはその結果に同じくつまらなそうに溜息を一度だけつき、黙り込む。彼の目はもはやどこも見ていない。まるで生きる価値を失ったかのような落ち込みようだ。


 やがてそんな空気に我慢の限界を覚えた恭助が彼に理由を聞こうと口を開く。


「ところで、ジェラルドさん? どうしてそんなに落ち込んでるのかな? 何かあったの?」


 が、その質問を彼にぶつけた数秒後には後悔し、何故予想できなかったのかと自分を責める事となった。そう、ジェラルドの落ち込んでいる理由は彼にも容易に想像できる物だった。


そんな恭助の姿に猫がどこからか小さなボードを取り出し、『その質問は酷い、20点』と書いて頭の上に掲げていたが、誰も気がつかなかった。


 恭助の言葉を返すジェラルドの口調は沈んでしまうのではないかと思わせるほど重かった。


「ふられたんだよ畜生……ああそうだよ私は、別に友達で良いと言ったが……断られるのはそれでも辛いのさ……」


 猫と恭助が思わず同情の視線を向けたが、ジェラルドの嫌そうな視線が帰ってきた為止める事にする。恭助はそれでも同情の気持ちがあったのだが、猫の方は面倒臭そうにジェラルドを見つめていた。


「ふられたっていっても君、『今は、ごめんなさい」だったにゃん、将来的にはOKかもしれないにゃん。なんでそんなに落ち込んでるのさ」


 どこからか聞こえてくる声にジェラルドは言葉を返そうと口を開いたが、その中にあった奇妙な口調に気づいて思わず吐きそうな顔をして猫の方を見つめる。それに気づいた恭助は頭の上の猫を腕の中に抱きかかえた。


抱きかかえられた猫は気持ち良さそうな顔をし、ジェラルドの吐きそうな顔を見ないように必死になって恭助の方だけを見つめている。どこか青ざめたジェラルドは落ち込んだ雰囲気を一端置いておき、心底嫌そうな顔で猫に話しかけた。


「なあエィスト。何やってるんだお前……今『にゃん』とか言った? 言ったよな? 確かに聞いたぞ? お前のおかげで吐き気と怖気が同時に襲ってきてしまったぞ……」


 今にも死にそうな顔で嫌悪を表すジェラルドに猫は嘆息し、恭助の肩から降りると同時に液体になったかのように形が崩れ、床に立つ頃には既に人型のエィストに戻っていた。彼は不満そうにジェラルドを見つめていた。どうやら猫の姿を気に入っていたらしい。


「酷いなあもう。私はカイムがやってたから自分も! と、思ってやってみたんだよ? あいつよりは似合ってるでしょ? 似合ってない?」


「五十歩百歩だな」


 冷たく切り捨てるジェラルドの言葉にエィストは思いきりおおげさに嘆いて見せた。だが、どうでも良さそうなジェラルドの態度に良い反応が期待出来ない事を悟ったのか、つまらなそうに嘆くことを止め、何故か恭助の頭を撫で回す。


 突然撫で回された恭助は少し驚きながらくすぐったそうにしてはいたが、エィストの手を受け入れて特に嫌がる様子を見せていない。が、撫でられた理由は機になったのか疑問を込めた視線をエィストに向けた


 その視線を受け取り、当然のように細かい意味を察したエィストは舌を小さく出し、その理由を仕草に込めて説明して見せる。通じるはずが無い行動であり、実際にジェラルドには二人が何をしているのかまったくわかっていなかったのだが、恭助には伝わったらしく彼は頷いていた。


「何やってるんだお前らは……」


「ああ、恭助君が『なんで撫でてるの?』って聞いてきたから」


「エィストさんが『丁度いい場所に頭があったからつい』って返したんだよ!」


 息の合った二人の声にジェラルドは関心しつつも、不気味に思えてきていた。エィストは奇矯に危害を加え、彼女の死に場所を用意し、その一方で彼女の死を回避する為に行動するなど、それら全てを彼に黙って行ったのだ。当然、怒っている物だと考えていた。


 だが、実際にはそうではなく二人は何事も無かったかのように楽しそうで、何よりも仲が良かったのだ。まるで奇矯の命など、彼らにとってはどうでもいい事だとでも言うかのように。そのような疑念が頭をよぎった彼は思わず恭助とエィストに疑いの眼を向けていた。


「ち、違うよ! 奇矯さんの事がどうでもいいとかそんなのじゃないからね!?」


 数瞬で彼の眼の意味に気づいた恭助が慌てて声を出していた。エィストもまた、恭助の頭から手を離すとほんのわずかに真剣な色を含んだ表情を浮かべてジェラルドを見ていた。



「僕にとってはエィストさんは家族なんだし確かに悪い人なんだけど僕は人の事を言えるような人間じゃないしやっぱりエィストさんとは仲良くしたいなって思うんだよね、確かに僕に何も言ってくれなかったのは寂しかったけど僕もカイムさんの事黙って」


「恭助君」


 大げさなほどに必死に早口のごとき言葉を発しながら腕を振ったりと落ち着きの無い恭助に対し、エィストは一言で彼を黙らせた。数日前にジェラルドが『夢』にした時と同じように力を使って言葉を止めたのだ。


 話の途中で急に言葉を止められた恭助は不満そうにエィストを見つめるが、そのエィストの目から意思を感じ取ると納得した顔で微笑み、ジェラルドの方へと駆け寄った。


 その流れを不思議そうに見ていたジェラルドに何事かをささやき、ジェラルドが頷いたのを確認すると身を翻して扉を開け、外へと出て行った。




「恭助君から何を聞いたんだい?」


 エィストが恭助に視線で伝えたのは『少し席を外して欲しい』という一念だった、彼にはまだ恭助に隠している事が幾つかある、その中には現状では隠しておきたい事もあったのだ。


 彼の質問に対し、ジェラルドは思いきり人の悪い笑みを浮かべた。その様子を見ただけでエィストは内心で彼の次の発言を予想する事が出来た。


「教えてやらん」


 きっぱりと言い放つ彼の言葉はエィストの予想通り、彼への悪意と、少しばかりの八つ当たりがあった。どうやら奇矯にふられた事をまだ気にしているらしい。エィストは思わず面白い物を見るような目をジェラルドに向けていた。


 そんな視線をうざったそうに受け、ジェラルドは言葉を続ける。そこにはどこか真剣な念が見て取れた。どうやら真剣な話らしいとエィストはまた少しだけ真剣な色を増して続く言葉を聞く姿勢に入った。


 彼の態度をジェラルドは少し意外に感じていた。自分への面白い物を見るような目から彼はふざけた態度を取るであろうと予想していたが、それは外れていた。エィストの性格を把握できていなかったようだ。


「お前が俺の質問に答えたら教えてやる。恭助がカイムと出会った場所とその理由を、な」


 エィストは頭の中に恭助を思い浮かべ、不満そうに思っていた。何故自分には話してくれなかったのかと考え、自分も隠し事を山ほどしている事を思い出し、家族の事を言うような自分ではないと気づいてやめた。


「質問って?」


「ああ、それはあれだ。お前……」


 そこまで言うとジェラルドは言葉を止めた。なにやら何らかの覚悟が必要な話題らしく何度か深呼吸をし、その後覚悟を決めたのか彼は『怪物』としての凄まじい力を発しながら声を出す。たった一言の言葉を乗せて。


「なあ、『夢』」


 


 その一言を聞いたエィストはニタリと笑った。心の底から楽しむようなその笑顔を向けられたジェラルドは彼の体から発せられる楽しそうでいておぞましい気配を受けて心底嫌そうな顔をした。


 そんな彼の反応を数瞬確認したエィストは声を上げて笑い始め、彼が笑い声を止める頃には何時の間にか現れた彼の周囲に霧が現れて彼の姿を覆い隠していたのだ。エィストは既に正体不明の『夢』となっていた。


 正体がわかっている以上、それは正体不明でもなんでもないのだがそれでもジェラルドの目にはエィストではなく、『夢』以外の誰にも見えなかった。その『夢』は雰囲気でだけニタリと笑い、声を出す。ジェラルドの呼び声に合わせた一言を。


「よう、ジェラルド」


 言葉を受けたジェラルドは全力で彼を警戒し、即座に攻撃できるように準備をしていた。数日前にエィストに会った時以上の警戒心だ。そんな気配をエィストに浴びせつつも彼は真実を話させる為に言葉に力を乗せた。


「やっぱりな、あれだけ霧を見せられてお前がエィストだという事に気づかない奴なんていない」


「まあ、気づかれるのはわかってたがな。別にバレたって俺には損が無いわけだしな」


 『夢』が発する口調や雰囲気はエィストのそれとは完全に違う。ジェラルドですら先ほどエィストが『夢』になった瞬間を見なければ確信を持って目の前の『怪物』の正体は掴めなかっただろう。


「それでお前は、何故そんな格好で私に近づいた? 別にエィストのままでも構わないだろう?」


 『夢』はその質問に何故か指をふり、馬鹿にした視線をジェラルドに向ける。それを受け取ったジェラルドにはなぜか『ジェラルド君はわかっていないなあ』というエィストの声が聞こえていた。勿論幻聴だが、『夢』の行動はそういう意図なのだろうとジェラルドは納得する。


「私としてはね、エィストと『夢』は分けて考えて欲しかったのさ。ほら、君だって私が奇矯さんに何をしたがってたか、忘れたわけじゃないでしょ?」


 その言葉にジェラルドは数日前の『夢』が言った言葉を思い出す。確かに彼は言ったのだ、『奇矯がくたばったら』と。初めから彼が奇矯を殺す気など毛頭無かった事は元々予想していたのと、先ほど恭助とエィストから聞いた事もあって知っている。その為に彼はエィストの実際の行動との矛盾を感じていた。


 が、何時の間にか『夢』からエィストに戻っていた彼はどこか居心地が悪そうに曖昧な笑みを浮かべていた。


「言っただろう? 私が『他人の幸せを本人の意思を尊重しながら叶えようとする、なんて考えになったのは恭助君のおかげだ』って」


「ああ、言ってたな。だがそれがどうした? それと『夢』に何の関係がある?」


「うん、まあ、そんな『エィスト』と『夢』は別人の方が、いいだろう?」


 その一言でジェラルドはエィストの考えを悟った。恭助は彼を確かに変えていたが、同時にまったく変えていなかったのだと理解し、何年経とうがエィストはエィストだったと確信した。


 ジェラルドは多くを語ることも無く、一度だけ頷いてエィストの方を見つめた。相変わらず警戒の視線をまったく緩めていないが、それでもその意思は彼に伝わったようだ。エィストは楽しそうに笑っていた。


 そしてエィストは一息ついてから次の話題に移ろうとなぜか机に座り、やけに上機嫌な様子で声を発した。


「さて! 君の質問は以上かな? だったら君もさっくりと恭助君から聞いた話を教えてくれるよね?」


 一瞬だけだがジェラルドは先ほど自分が言った言葉を忘れていたために首を傾げた。だがすぐに思い出した為に面倒臭そうに笑い、彼はきちんと椅子に座って声を発する。


 その様子にエィストは興味深そうに体を乗り出し、耳をかたむけた。


「ああ、質問は終わりだ。まあ、教えてやるよ。まずあいつらが出会った場所はな……」








『世界』のどこか 同時刻



 ジェラルドがエィストにその話をしているその時、まったく同じ話をしている二人組みが居た。いつも通り刀を携えた駿我といつも通り不敵な笑みを浮かべているニルだ。


 だが今日の二人はそれ以外の点において決定的な違いがあった。彼らは普段和服や軍服のような服を着ているのだが、今のニルはスーツを着ていた。黒一色でスラックスを履いたその姿は普段と印象がまったく違ったが、やはり彼女には似合っている。


 対する駿我も和服ではなく、緑一色の服を着ている。編み笠をつけていないので本来の顔が見えている。普段の和服以上に彼に似合っていたが、本人に言えば落ち込むだろう。だが二人は自分達の格好について語る事無く、カイム達の話をしている。


「お前が私の居ない時に感じた気配は恭助の物だったみたいだ、どうやら猫の姿をしたカイムとあの場で出会って色々聞いたらしい」


「いや、だが何故恭助殿はカイム殿の正体に気づいた? 拙者達ですら気づかなかったでござるよ?」


「カイムが話しかけたらしい」


 駿我はなるほどと頷いた。それならば恭助は始めからカイムの事や奇矯の事を知っていてもおかしくない。


 カイムは事前に奇矯と会い、その後きちんとペンダントが渡されたか確認する為に猫の姿で彼女の前に姿を現そうとして、その前に娘の親友である駿我を見つけてどのような男なのかと観察していた。その過程で恭助と出会い彼としばらく行動を共にしていたのだ。


 それを本人から聞いて知っていたニルがエィストとカイムが引き分けた事も織り込んで駿我に説明した。数日前のあの場で事の経緯をほぼ何も知らないと言っていい状態だったのは彼だけだ。その為にニルは彼に説明している。そんな駿我も今はほとんどの事を把握できていた。


「それにしてもなあ、恭助殿が奇矯……を知っていたとなると奇矯、が彼と友好を築くのも仕組まれた事になるのではないか?」


 駿我が奇矯の事を呼ぶ時、つい敬称をつけてしまいそうになるのか一瞬言葉が止まっていたがニルはそこに物を言う事無く、ただ駿我の疑問に対して自分の予想する回答だけを話す。


「いや、違うんじゃないか? 多分だが、恭助の奴は奇矯の事は知っていてもどんな奴なのかまでは知らなかったはずだ」


 その言葉にしばらく駿我は考え込み、恭助の事をほとんど知らない自分ではニルの至った答えにすら到達できないので止める。だが、彼には一つ懸念している事があった。


「まあ拙者ではそこの真相はわからんが……奇矯にはその辺の話はやめておいたほうがいいのではないか?」


「なぜだ?」

 本当に理由がわからないという風に首を傾げるニルに駿我もまた首を傾げた。駿我と似たような性格の奇矯ならば話を聞けば恭助に仕組まれたのではないかと考えるだろうと彼は確信していた。そのような疑いがあれば、普通に考えてもいい気はしないだろう。


 だというのにニルはそれが分からないと言う。彼は長い付き合いでニルの考えならどんなに隠しても断片的には理解できるのだ。数日前はそれを利用して誘導されたが、今はその様子も無い。珍しくニルの思考が読めない為に彼は困惑していたのだ。


 だが、それは勘違いだった。確かに駿我はニルの思考を理解していたのだ。つまり、彼女は奇矯がどう考えるのかを理解していたからこそ駿我の言葉に首を傾げたのだ。彼女は小さく笑った。


「どうかしたんでござるか?」


 その行動に『お前もまだまだだなあ』という意思を感じ取った駿我は質問していた。単純な言葉だったが、その中には『何故まだまだなのか教えて欲しい』という意思がこもっている。これも、彼らが親友だからこそ可能な事だった。


 ニルは駿我の言葉と意思を正確に受け取り、答えようとして、思いきり楽しそうな顔をして止めた。


 一瞬何があったのか分からずに疑問を抱いた駿我だったが、ニルに数瞬遅れてある気配を感じた駿我もまた楽しそうな顔をした。待ち人が、遂に到着したらしい。


 二人は笑いながらも微動だにしなかった。駿我の背後から何者かが近づいている事に二人は完全に気づいていたが、まったく態度には現さない。


 すると、駿我の背後に居た気配はニルに向かって何かを放り投げてきた。凄まじい速度で投げられたそれは直撃すれば痛いのはまず間違いないだろう。が、それがニルに届くことは無い。


 ニルと投げられた物の間に割って入った者が居たのだ。それを確認したニルは、数日前と同じ流れにやれやれと肩をすくめていた。


「止めなくても良かったんだけどな。どうせ、当たらないし、何よりそれは危険物じゃない」


 割って入ったのは駿我だった、駿我は飛んでくる物を認識すると同時に笑いながらそれを越える速度で刀を抜き、その物の上部だけを斬って受け止めてみせたのだ。


 飛んできた物を腕に抱えつつもニルの言葉を聞いた駿我は数日前にも聞いた気がする親友の言葉に相変わらずの口調のままで、だが照れくさそうにはせず面白がって見せた。


「そういう訳にはいかんでござるなあ。何せ拙者らは親友。ならば体は勝手に動くし、拙者はそう行動する事を誇りに思うでござるよ」 


 今回は編み笠を被っていなかったために鎧武者だった奇矯にも彼の表情がよくわかった。ニルはその顔を見る事も無く、声音だけで堂々とした、だが少しだけ悪戯っぽい表情を浮かべている事を理解した。


「ああ、それは嬉しいじゃないか。そうそう、さっきの話の続きは……奇矯に聞いた方が早いかな?」


 ニルは彼の言葉を面白がって受け入れ、奇矯の方を見てまた笑う。


 そして奇矯にその言葉が届いた瞬間、彼女は駿我の目の前まで即座に走ってくると彼の腕の中にあった物から何かを取り出した。すると彼女は笑ってそれをニルに投げ渡し、次いで駿我にもそれを渡す。


 それは、アイスキャンディーだった。奇矯が投げてくる物が箱だと理解した上で駿我は蓋だけを斬るであろう事も、ついでにニルに投げた方が数日前の再現となって彼女が面白がる事も奇矯は理解していたのだ。


 そんな奇矯の服装は普段の物とは違い、ニルが着ている物とまったく同じスーツだった。なぜスーツなのかと駿我は首を傾げたが、それに気づいた奇矯は笑った。


「多分、ニルならこれをこういう感じで着るかなあ、と思って着てみたんです。自分を変える、第一歩ですね……まさか同じ服を着てくるとは予想していませんでしたが」


 一言で駿我はその意味を理解した。彼女は自分を変えようとしているのだ、その心が出ているのか腰に鞘が携えられていない。中毒と言っていいほど格好に拘る彼女がその服装を変えたのだ。その理由がわからない彼ではない。


 それでも精神への負担は避けられないのか、隠しているようでいて手がほんの僅かに震えて落ち着きが無い事に二人は気づいたが、それを言う事はしなかった。


 奇矯はそんな二人の気遣いを当然理解し、その上で感謝していたがやはり言葉にはしなかった。言葉にはせず、自らの分のアイスキャンディーを舐めつつ話し始めた。


「なんとなくそうじゃないかって思ってたんです、恭助君の事。でもあの子が悪い人にも見えないし、だったら、いいかなって」


 その話を聞いた駿我はその内容よりむしろ、ニルの表情に気が向いていた。得意げに『ほらな?』と伝えてくる彼女に駿我は『おいおい理解していくさ』と返し、内心でまだまだ奇矯の事を理解できていない自分を戒める。


 そんな彼の姿にニルは微笑んだ。そして奇矯の方を向き、ニヤリと笑って「お前らしいな」とだけ言うとおもむろに自分の持っているアイスキャンディーを彼女の口元に運ぶ。


 そのアイスキャンディーは三人共違う味の物だった。奇矯がニルと自身の好みに合わせて渡したのだ。それを相手の口元に持っていくならばそんな事をする意図は一つしかない。即ち、食べ比べである。


 それに気づいた奇矯もまたニルの前にアイスキャンディーを運ぶ。それを了承と理解したニルは遠慮なく彼女のアイスを舐めた。奇矯もまた、数瞬の後に舐める。それを見た駿我は大人しく自分の分を舐めていた。


 いくらこれから親友になるとはいえ、異性以前に親友であるニルならともかく、他の異性に彼女らと同じ事をする度胸は彼には無い。


 駿我のそんな姿に気づきつつもニルは奇矯のアイスを舐めながら話しかけた。


「そういえばお前、ジェラルドの告白を断ったんだって?」


 言葉が奇矯に届いた瞬間、彼女はあ然として思わずアイスを持っていた手を離してしまった。だがニルが空いている手でアイスを掴んだ為にそれが地面に落ちる事は無い。


「な……な、え?」


「いや、だからジェラルドの告白だよ。断ったんだろう?」


 奇矯は思いきり首を横に振ってそんな事は言った覚えが無いと主張した。普段の彼女とは違うその態度はどこか小動物を思わせる愛らしさがあったが、誰も気にしなかった。


「あれは! 私がちゃんとこの自分を変えられない内はジェラルドさんに返事ができないから断るも断らないもありません! 保留ですよ!」


 ニルは肩をすくめて小さな溜息をついた。ジェラルド本人から聞いた彼女の返事と今の彼女の言葉は、実の所底の部分では同じ物である。ただ彼女の言葉がどう考えても足りていない。


 あの告白の言葉では断っているのだ、ただ彼女自身は保留の意思を込めたらしく、その辺を見抜けないのはジェラルドの失敗かなとニルは考えていた。彼女であれば一言で奇矯の意図を察せるのだから。


「明らかに言葉足らずだ。ジェラルドの奴、落ち込んでたぞ。流石にもう落ち込むのは止めたと思うがね」


 ニルはジェラルドが既に落ち着いているという事を予想していたが、彼はほぼ同じ頃に落ち込んだままエィスト達と話していた。ジェラルドという『怪物』がそこまで落ち込むとは思って居なかった為にニルはそう判断していたのだ。


 奇矯は彼女の言葉にショックを受けていた。どうやら本当に自分の言葉足らずに気づいていなかったらしく、慌てふためいてどうしようとニルに掴みかかっていた。ニルは両手にアイスを持ちながらそれを器用にほどき、奇矯の目と自分の目を合わせた。


「後で言えばいいだろう? 大丈夫さ、あいつはそれくらいで怒ったりする奴じゃあないからね」


「でも……」


「大丈夫だ、本当に」


 その言葉の中に『とりあえず今は置いておけ』という意思を感じ取った奇矯はその通りに『とりあえず』ジェラルド絡みの話を置いておく事にした。今騒いでも仕方が無い事だと彼女もわかっていたのだ。


 そんな姿にニルは満足げに微笑むと、手に持っていたアイスの片方を奇矯に渡す。先ほど奇矯が落としそうになった物だ。何故かそのアイスは袋から開けられたばかりのようにまったく溶けていないが、奇矯にとっても駿我にとってもありふれた事だ。


 そのアイスを奇矯に渡し終えると、ニルは自分の持っていたアイスを駿我の口元へ運ぶ。流れを読んで次は自分かと考えていた駿我は当たり前のようにそれを一口分だけかじり、ニルと同じ動きで手に持っていたアイスを彼女へと運ぶ。


 彼女もまたその流れを当然わかっていた為に遠慮する事無く駿我の持つアイスを一口かじった。


「うまい」


「ああ、うまいな」


 そして二人は互いを見つめ、笑った。


 呟いた言葉は何故か互いの耳にしか届かず、奇矯にすら聞こえない。が、奇矯は二人の姿を見て落ち込む自分を完全にしまいこみ、変わりに悪戯っぽく微笑み、二人に声をかける。


「二人ともまるで恋人ですね、お似合いですよ」


 駿我とニルはそれを待っていたとばかりに意味深な笑みを浮かべ、互いに交差させていた腕を離すとニルはその手を自分の口元へ、駿我は何か覚悟を決めた顔で奇矯の口元へと手を運んでいた。


 その姿に奇矯は内心でやられたとニルの方を見た。彼女がそういう発言をする事は既にニルに読まれていたのだ。ニルもそんな奇矯に対し、悪戯っぽい視線で返す。


 だが、奇矯の口元にアイスを運ぶ駿我の顔は真剣だった。緊張しているのもあったが、それ以上に、どこか恥ずかしそうなのを隠すかのような気配が感じられる。やがてそれを払拭するように駿我は首を一度振り、友好を込めた笑顔で彼女に話しかけた。


「奇矯さ、いや、奇矯。これからは、拙者『達』が『お似合い』の『親友』になるんでござろう?」


 『親友』という言葉を強調し、断じて『恋人』ではない事を示す駿我の姿に奇矯はわかっているとばかりに嬉しそうにし、奇矯は自身の手の中にあるアイスを駿我の口元へ持っていき、幸せそうに声を弾ませた。


「はい! 喜んで!」


 言葉が響くと同時に二人は互いのアイスを一口だけかじって、顔を見合わせる。


 その後すぐに奇矯はアイスを自分の口元に戻し、二人へと顔を向けると思いきり幸せそうに、二人に見せ付けるかのように、笑った。


 そしてニルはそんな奇矯と駿我の間に入り、二人へ楽しそうに微笑みかけた。いつまでも、いつまでも。


 

 そんな三人のこれからの友好を祝福するかのように、空に浮かぶ太陽は彼らじっと見つめて輝くのであった。

まだまだまだまだ回収し忘れた伏線いっぱいあるんだろうなあ……

今作最大の失敗は『夢』の存在意義をちゃんと作れなかった事です。=エィストなのは最初から予定に入っていましたが、途中で主軸をカイムから鎧武者に変更する過程で彼の出番がほぼ無くなってしまうという失態をやってしまい、結果『夢』が何故出たのかを自分でも説明できない状態に……


ついでにこの作品の起承転結はこんな感じです。


起→プロローグまで

承→多分、エィストの家に全員集合する時まで

転→奇矯=鎧武者の正体を明かした時まで

結→奇矯の満面の笑みのシーンまで(その先は補足と蛇足)


修正作業は続けていきますが、次回何を書くかはもう決めてます。今度は多分、島です。B級アクション的な感じです、爆発したりナイフ投げたりなんか色々やって最後は地獄に落ちろベネット的なアレです。多分。

後、この作品の設定集とか必要でしょうか? 2012/4/10/0:34

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ